娘は父の応援に応えたい
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──娘は父の応援に応えたい
爆竹が鳴り響き、王立ティアマト学園の体育祭が始まった。
まずは生徒たちが整列して、体育委員長が選手宣誓する。
クラリッサは列の中でちゃんと大人しくしているぞ。
その様子をリーチオたちは見つめていた。
「いやあ。クラリッサちゃん、学園満喫してるみたいですね。安心しました」
「お嬢様については私が常に報告を上げていましたが」
「それはさ。こうやって自分の目で見ないとね? やっぱり分からないものでしょ? そうですよね、ベニートさん?」
ファビオが不機嫌そうに告げるのに、ピエルトがベニートおじさんにそう告げる。
「そうだ、そうだ。やっぱり自分の目でクラリッサちゃんの成長を確かめたいもんだ。大体、お前の上げてくる報告書には心がこもってないんだよ、心が。もっと俺たちはクラリッサちゃんの本当の交友関係を知りたいんだ。ああやって賑やかな友達がいるとかな」
「ですよね。正直、ファビオ君の報告書には『異常なし』とかが多すぎて味気ないですよ。クラリッサちゃんが今日はどの子と遊んだとか、どういう遊びをしたとか、俺たちはそういうことが知りたいですよね」
ベニートおじさんがそう告げ、ピエルトがうんうんと頷く。
「……ご機嫌取りが……」
「何か言った、ファビオ君」
「いいえ。何も」
ピエルトはリーチオからたびたび叱責を受けているが、なんだかんだで幹部にまで昇進している。同じように敵対組織の幹部暗殺を繰り返していたファビオはリーチオの厚い信頼を受けているが、まだ幹部ではない。
「クラリッサにもプライベートというものがある。何でもかんでも報告されたらあいつだってやりづらいだろう。ファビオはそういう気持ちを持っているんだ。分かってやれ」
「了解です、ボス」
だが、ファビオの幹部入りも遠くないかもしれないぞ。
「さて、パール。多忙な中、よく来てくれたな。後で報酬は弾む」
「いいですわよ、リーチオさん。今日は友人としてクラリッサちゃんに招かれたのですから。お仕事ではないのですよ。だから、報酬は結構ですわ」
「そう言うならありがたく厚意を受け取っておこう」
パールという高級娼婦に出張サービスしてもらうならば、少なくとも100万ドゥカートはかかるだろう。世間話を話すだけでも商売になる彼女たちを貸切るというのはそれだけの価値があるのだ。いくらリーチオが宝石館のオーナーを支配下においていても、それは変わらない。
だが、クラリッサはよくよく宝石館に遊びに行って、その貴重な高級娼婦の時間を借りているのだからある意味ではリーチオはパールに大きな借りを作っている。今回の件にしても、リーチオは借りとして認識するだろう。
そして、リベラトーレ・ファミリーのモットーは『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』である。パールにはこれからリーチオより、いろいろと特別な配慮が与えられることであろう。
「それにしても体育祭を見に来るなんて何十年振りかしら。あまり昔と変わってはいないようですわね。応援団の衣装がちょっと可愛らしくなっていますけれど。昔はもっと野暮ったいものでしたわ。まるで道化のように色ばかり鮮やかで、デザイン性のないものでしたわ。けど、今の応援団の衣装はいいですわね」
「そうですよね。クラリッサちゃんたちが着ているととっても可愛らしいです。まあ、ちょっとスカート丈が短すぎる気もしますけれど」
「最近では肌を見せる方が活動的と思われているのですよ」
幹部だけどお金がそこまであるわけではないピエルトは颯爽とパールとの会話に参加するぞ。高級娼婦と話す機会なんて彼にはなかなかないのだ。
「賭けはやってないのか? 俺は白組に賭けるぞ。クラリッサちゃんになら200万ドゥカートは賭けてもいい。あの子は絶対に勝たせてくれる」
「おい。ベニート。お前じゃないだろうな、クラリッサに体育祭で賭け事を催そうというアイディアを吹き込んだのは。あいつはマジでやるつもりだったぞ」
クラリッサはベニートおじさんから馬の首作戦といい、いろいろ学んでいる。ベニートおじさんはリーチオに次いで見本となっている大人だ。いろいろと見本にしていけない大人の方にランクインするべきなのだが……。
「ファビオ。あれからクラリッサは賭けの件は諦めただろうな?」
「はい、ボス。ご友人の説得もあって諦められました。やるとしても6年になって体育委員長になってからだそうです」
「……完全に諦めさせんといかんな」
クラリッサはサンドラとウィレミナの説得で今年の体育祭での賭けは諦めたが、将来的に体育祭を収益化することは諦めてないぞ。
「クラリッサはリレーに出るが、リレーは午後だな。午前中は応援団の行事か」
「クラリッサちゃん、滅茶苦茶足早いですよね。俺、この間追いつけませんでしたよ」
「それはお前が鈍いだけだ」
いや、100メートルを8秒台で走る子に追いつくのは大人でも大変だ。
「さて、そろそろ始まるぞ」
そう告げて、リーチオたちは白組の応援団が集まっていくのを見た。
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「そーれ、白組ファイト!」
クラリッサたちが応援する中、競技は進行する。
午前中の競技は玉入れ、綱引き、借り物競争。
サンドラは玉入れに、ウィレミナはクラリッサと同じくリレーに、フィオナは綱引きに、ヘザーは借り物競争に参加だ。
第一の競技である玉入れではサンドラが必死になって、玉を拾い、籠に向けて放り投げていた。だが、運動音痴であることを公言する彼女なだけあって、なかなかうまく籠に入らない。必死に拾っては投げ、拾っては投げしているが、入ったのは1個、2個だ。
まあ、初等部1年生の運動神経など団栗の背比べ。
誰も彼も籠に入れられる玉の数は限られている。また体育祭本番ということもあって、緊張している生徒も多く、それによって籠に入る玉の数はより限られたものになっていく。2、3年生も合同で競技に参加しているが、そっちの方は優位に玉の数を競っていた。
結果は紅組の勝利。
「とほほ……。負けちゃったよ、クラリッサちゃん……」
「サンドラは頑張ったよ。頑張りが足りなかったのは2、3年生。彼らがもっと組織的に紅組の妨害を行っていれば勝てた」
「クラリッサちゃん。競技の内容、理解してる?」
「してるよ? 玉をより多く入れは方が勝ちなんだよね。それなら、相手に玉を入れさせないようにタックルとかかましてればよかったのに」
「うん。クラリッサちゃん。玉入れで妨害は反則だよ?」
「何それ。競技の意味が分からなくなってきた……」
「分からなくなってきたのはクラリッサちゃんの頭の中だよ」
クラリッサが持論を述べるのにサンドラに突っ込まれた。
「次はフィオナだね。頑張って」
「はい。頑張りますわ!」
第二競技は綱引き。
綱引きは戦略性も何もない。縄を引き続けるだけだ。
「位置について! よーい、ドン!」
合図が鳴らされ、白組紅組双方が綱を引く。
「そーれ、白組ファイト!」
クラリッサたちの声援の下、両陣営が綱を引きまくる。だが、綱は白組によったり、紅組によったり、一定ではない。ギリギリの均衡が保たれた末に──。
「そこまで! 勝者は白組!」
審判の声で勝者が決まった。勝ったのは白組だ。
「やった! やりましたわ、クラリッサさん!」
「流石だね、天使の君。文武両道とはまさに君のことだ」
嬉しそうに勝利報告するフィオナにクラリッサが微笑んで見せた。
「も、もう、クラリッサさんったら。私はそこまで勝利に貢献できていませんわ。でも、それはそれとして勝てましたから、皆さんのこれからの頑張りに期待ですわ!」
フィオナがそう告げて、午前中の競技の最終競技である借り物競争が始まった。
出場するのはヘザー。そこはかとなく心配を抱かせる人員だ。
「位置について! よーい、ドン!」
審判の合図で競技がスタートした。
ヘザーが駆け、くじ引きのように箱の中に入ったカードを引く。
「こ、これは……!」
ヘザーの引いたカードは──。
「ドエスのお兄さん! ドサドの執事さん! 来てください、来てくださいよう!」
ドエスのお兄さんとは他ならぬファビオのことである。
「ほら、行ってこい、ファビオ。クラリッサちゃんの白組の勝敗に関わるぞ」
「はあ。では、行ってきます」
ファビオは気乗りしないものの、ベニートおじさんにせかされて、グラウンドの方に駆けていった。流石に暗殺者なだけあって早い。
「来ましたよ。ゴールまで向かいましょうか」
「そうですねえ。馬車馬のように責め立てて走らせてくださいよう!」
「……普通に走りましょうね」
「放置プレイ! それもなかなかに燃えるう!」
「放置していたら競技にならないでしょう。ほら、ゴールまで走って」
「ああ。急かされているう。蔑んだ目で急かされてるう!」
扱いの面倒くさいヘザーである。
なんだかんだでヘザーはファビオを連れてゴールへ。
「連れてきましたよう!」
「はい。目標物は──」
ヘザーが告げるのに、審判の生徒がヘザーの札を確認する。
「……痛そうなもの?」
「そうですよう。この執事さんなら滅茶苦茶痛いことをしてくれますよう。画鋲で爪をはがしたりとか、余裕でしてくれますよう!」
審判の生徒が困惑した表情でファビオを見るのに、ヘザーが力説する。
「な、なら、ゴールということで……」
これでファビオは学園に居辛くなったぞ、やったね。
「ヘザー。早いゴールだったね」
「本当なら最後尾を走って、叱責される方がご褒美なんですけれどお」
「それは有料サービスだよ」
そして、ヘザーから金を巻き上げようとするクラリッサであった。
「さて、これで午前中の競技は終了か。お昼を食べに行こう」
「クラリッサちゃん。よかったらうちの家族と一緒に食べない?」
4、5、6年生の競技も終わり、応援を終えたクラリッサが告げるのに、サンドラがそう告げてクラリッサを誘った。
「あ。なら、うちも一緒に!」
「それでしたら私の家も!」
続々と人が集まってくるクラリッサの家である。
「な、なら、私も一緒に……。あのドエス執事さんと一緒にお昼を……」
「『ファビオに蔑まれて見られながら食事する』は有料サービスだよ」
「おいくらですかあ!?」
クラリッサが商売を展開しようとするのはサンドラに止められた。
「なら、お弁当たべよっか」
「おー!」
クラリッサの言葉でサンドラたちがそれぞれの家に散っていく。
クラリッサは彼女たちを待つために自分の一家の場所に向かった。
「ただいま、パパ。どうだった?」
「しっかり応援してたな。感心したぞ。あの練習も頑張ったんだろう?」
「そ。無賃金でね」
リーチオが感心して見せるのに、クラリッサがそう返した。
「いやあ。クラリッサちゃんの応援のおかげで白組優勢ですよ。やったね」
「まーね。私に応援されて頑張らない人はいないよ」
クラリッサは今まで白組に優位な点で綱引きの縄が千切れるようにしようとしたり、借り物競争で白組だけ簡単なものでいいようにしようとしたり、玉入れで紅組の籠が重さで落っこちるようにしようよしたり、様々なサボタージュを試みたが、全部ウィレミナに阻止されたので大人しく応援することにしたんだぞ。
「クラリッサちゃん。オッズはどうなってるんだ?」
「ベニートおじさん。賭けはできないんだ。せっかく学校行事を収益化できるのに、周囲の無理解のせいで開催できなくて。ごめんね」
「そうか。せっかくのクラリッサちゃんのアイディアがもったいないな」
ベニートおじさんはクラリッサのよき理解者だ。悪い大人ともいう。
「学校行事で賭けようとするな。それじゃあ、午後に備えてお昼にするか?」
「友達も一緒したいって。いい?」
「もちろんだ。連れてきなさい」
クラリッサが尋ねるのに、リーチオがそう答える。
「クラリッサちゃーん!」
「クラリッサちゃん!」
やがてウィレミナとサンドラがやってきた。
「どうも、娘がいつもお世話になっています、ミスター・リベラトーレ」
「いや。こちらこそ、娘に良くしてもらって助かっています」
リーチオはマフィアの本性を知られないように大人の対応で、それぞれの家族と挨拶を交わす。リーチオはTPOをわきまえたちゃんとした大人だ。クラリッサはベニートおじさんよりもお父さんをお手本にした方がいいぞ。
「ウィレミナの兄弟姉妹、多いね」
「でしょー? うちが貧乏な理由だよ」
ウィレミナの兄弟姉妹は8名はいる。下はよちよち歩きから、上は大学生辺りの青年まで。これだけ家族がいたら養っていくのは一苦労だろう。
「でも、羨ましいな。私も兄弟とか姉妹とかほしかった」
「そんなにいいもんじゃありませんぜ。食事は取り合いになるし、お小遣いも厳しいし。私はひとりっ子のクラリッサちゃんが羨ましいよ」
隣の芝は青く見えるという奴だろう。
「サンドラのところはお兄さんがひとりだね」
「うん。お兄ちゃんは大学生で、経済学を専攻しているんだって」
サンドラのところは兄弟はひとりだけだ。
「うちの兄貴は物理学だな。奨学金で通ってるから家庭の負担にはなってないけど、大学生って意外と大変そうだよね。うちの兄貴、勉強ばっかりしてる」
「そうだね。大学生の勉強って難しそうだし、それに学ぶことたくさんあるみたい」
ウィレミナとサンドラがそれぞれそう告げる。
「私は死んでも大学生にはならないでおこう……」
「クラリッサちゃん。勉強嫌いだもんなー。大学は無理かもね」
ふたりの会話を聞いて戦慄しているクラリッサにウィレミナがそう告げた。
「クラリッサさん。お邪魔しますわ」
「クラリッサちゃんとドサドの執事さん。お邪魔しますう」
そんなことをしていたらフィオナとヘザーもやってきたぞ。
「これはフィッツロイ公爵閣下。娘がお世話になっております」
「とんでもない。こちらこそ娘がとてもお世話になっています。あの子は最近とても明るくて、よくよく学園でのことを話をしてくれるんですよ。クラリッサさんと話したとか、クラリッサさんと遊んだとかで」
リーチオが頭を下げるのに、フィオナの父──フィッツロイ公爵も頭を下げた。
「今度とも是非よろしく──!?」
フィッツロイ公爵がそう告げかけたとき、彼の視線がパールに向けられた。
「ごほん。今後とも是非よろしくお願いします」
パールがしーっというように人差し指で口を押えるのに、フィッツロイ公爵はそう告げて、パールの方を極力見ないようにした。
「パールさん。ひょっとして?」
「そう。常連さん。宝石館のことは奥さんには内緒みたいだから、私の方も黙っておいたの。そういうお客さんは少なくないのよ。この体育祭でも何名か知った顔に出くわしているけど、お互い初対面ですって対応をしたわね」
「これは脅迫のネタになるのでは」
「ダメよ、クラリッサちゃん。私の信頼にも関係するのだから」
すぐに脅迫とかいうアイディアが思い浮かぶのもベニートおじさんのおかげだ。
「ヘザーがお世話になっていると聞きました。この子はちょっと変わっているので、友達ができて安心しております」
「ああん! お父様からも軽蔑されてるう! 蔑まれてるう!」
「……こういう子なので」
どんなときでも平常運転のヘザーだぞ。
「さあ、お昼にしよう。お昼を食べたら、午後の競技に備えて柔軟運動だ」
「午後はクラリッサちゃんとウィレミナちゃんだね。それからジョン王太子殿下も張り切ってたよ。男の子はこういうイベントで盛り上がるみたいだね」
「女の子も盛り上がってるよ」
クラリッサたちのお弁当は専属の料理人に作らせたものだ。サンドイッチを中心に様々な料理が色とりどりに収まっているぞ。
「クラリッサちゃん。おかず交換しようぜ」
「いいよ。レートは?」
「普通に1対1だよ」
ウィレミナのうちのお弁当も貧乏一家ながらなかなかのものだ。
「じゃあ、私も交換しよう」
「いいよ、いいよ。こういうのって賑やかでいいよね」
食事といえば、リーチオとふたりで食べるか、リーチオが多忙な時はひとりで食べるかだったクラリッサにとって学園での食事は実に楽しいものだった。友達と話しながら、わいわいと感想を告げたり、他愛ない世間話に興じたりして、食事するというのは、クラリッサにとってとてもいいものであった。
クラリッサにもう母はいない。兄弟姉妹もいない。だが、友達はいる。
「クラリッサさんのお弁当流石ですわね。私とも交換しません?」
「うん。君もこっちで食べよう」
フィオナがおずおずとやってくるのに、クラリッサは席を空けた。
「お友達とこうして食事するのはいいものですわね」
「私もそう思うな。特に美しい人と一緒だと会話も食事もより楽しく感じられるよ」
「も、もう、クラリッサさんってば。でも、分かっています? クラリッサさんも美しいかたなのですわよ。私はクラリッサさんとお友達になれてとてもよかったですわ」
クラリッサがにこりと笑って告げるのに、フィオナが顔を赤くしながらそう返す。
「私もフィオナと友達になれてよかった。これからもよろしくね、フィオナ」
「はい!」
クラリッサは常に本心を口にしているぞ。……多分。
「午後からジョン王太子殿下がいよいよリレーに出場ですよ、フィオナさん」
「ええ。殿下も練習を頑張っておられましたし、張り切って応援しますわ。クラリッサさんも応援しますので頑張ってくださいまし」
一応、フィオナの心はジョン王太子にある。……はずである。
「クラリッサちゃん。ドエスの執事さんとのサービスについてご相談があ」
「いいよ。どんなサービスをご期待かな?」
「拘束あり、言葉責め、ハードな鞭打ちでえ!」
その後、そのプランはファビオ自身とリーチオによって却下された。
そろそろ午後の競技の始まりだ。
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本日2回目の更新です。そして、本日の更新はこれにて終了です。
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