娘はリバティ・シティを観光したい
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──娘はリバティ・シティを観光したい
「クラリッサ。朝だぞ」
「むにゃむにゃ。もう朝か」
リーチオがクラリッサの体をゆするとクラリッサが大きく欠伸して起き上がった。
「昨日は遅かったからな」
「けど、楽しかったよ」
昨日は遅くまでニーノの屋敷で談笑し、クラリッサはニーノの屋敷から見えるリバティ・シティの夜景を堪能していた。それからリバティ・シティ市内のホテルに移ったため、床に就いた時間はとても遅かった。
クラリッサは寝る子は育つを体現したような子供で、165センチ近くの身長があって、いつも寝る時間は早かった。いつも11時にはぐっすり眠っている。そして、朝もなかなか起きようとしない。外泊になるとハイテンションになって朝も目覚めるのが早いが、家では朝からぐずぐずしている。
「ふわあ。今日はどこ見て回ろうか?」
「リバティ・シティはいろいろと見て回る場所があるだろう。ニーノからも話を聞いている。だが、基本的にお前の行きたい場所に行っていいぞ。ただし、ニーノが安全を保障した場所だけだ。未だにリバティ・シティは小規模の抗争が起きてる。俺たちは観光に来たんであって、抗争をしにきたわけじゃない。いいな?」
「了解」
リバティ・シティのほとんどはニーノが率いるヴィッツィーニ・ファミリーの制圧下に置かれているが、一部では未だに薬物取引を行う犯罪組織が抵抗を企てている。ミッドタウン・ノースと呼ばれる地域は特に危険で、港湾部に接するこの地域ではヴィッツィーニ・ファミリーの支配に抵抗するギャングが集まっている。
「では、まずはどこに行きたい?」
「ミッドタウン・ノースギリギリのところ」
「おい」
ミッドタウン・ノースが危険なのは昨日ニーノから聞かされている。
「冗談、冗談。セントラルパークを見てみたい。それからロングエーカー・スクエアとブロードウェイ。後はロックフェラー・センターとエンパイア・ステート・ビルとコロンビア自然史博物館。それから自由の女神像にも上ってみたい」
「よし。決まりだな。なら、まずは朝食にしよう」
クラリッサたちはレストランで軽く朝食を取ると、ホテルの位置するリバティ・シティの街に繰り出した。
ロンディニウムもかなり発展した都市であり、世界の金融取引の中心地であるが、リバティ・シティはそのロンディニウムをもしのぐのではないかという発展具合を見せている。街にはどこも活気が溢れ、誰もがこのチャンスの国でチャンスをものにしようと目を光らせていた。
だが、その一方で貧しい人たちも目立つ。
ロンディニウムもブラックチャペルのようなスラム街があるが、このリバティ・シティはあちこちにホームレスがいる。チャンスの国にやってきて、チャンスをものにできなかった人々だ。コロンビア合衆国は誰にでもチャンスはあると謡っているが、誰もがチャンスを掴めるとまでは謳っていない。
「セントラルパークまで」
「畏まりました」
リーチオが馬車に乗って告げると御者が応じた。
クラリッサも馬車に乗り込み、ニーノが寄越した護衛は別の馬車でクラリッサたちの警護を続ける。
ニーノが警戒しているということは、まだこのリバティ・シティには確かな七大ファミリーに対する脅威が存在することになる。
何せ、これだけ巨大な都市だ。人口もロンディニウムに匹敵している。これだけの市場をみすみす見逃すとは思えない。それに、今でこそコロンビア合衆国は軍事力においてさほど大きな影響力を有していないが、この経済力と工業力を有する国家が本気で軍拡を始めたら、魔王軍にとっては大きな脅威だ。
芽が出る前に潰す。
魔王軍が間接的アプローチ戦略を取り始めた現在では、周辺各国の国力の観察と分析も行っているだろう。となれば、魔王軍はどうあってもコロンビア合衆国を混乱に陥れようとするはずだ。
「まあ、今は関係ないか」
リバティ・シティの暗黒街を守るのはニーノのヴィッツィーニ・ファミリーの仕事である。リーチオが心配するべきことではない。
「セントラルパークのどこに降ろしますか?」
「セントラルパークウエストの入り口で頼む」
御者が尋ねてくるとリーチオはそう告げた。
クラリッサは窓の外の光景に夢中で話を全く聞いていない。
「ほら、クラリッサ。セントラルパークだぞ」
「おお。ここが」
ここがかの有名なリバティ・シティの名所セントラルパークである。
摩天楼の並ぶ都市部をばっさりと切り取ったように公園は位置していた。
「公園は公園だね」
「そりゃなあ。公園に公園以外のものがあっても困るだろう」
コンクリートジャングルの中に緑生い茂る公園があるのが珍しいわけで、公園そのものは公園である。中には動物園などがあるが、小さなものだ。
「とりあえず、ぐるっと回ってみるか?」
「そうだね。運動、運動」
後年、この公園を舞台に様々な映画やコミックが作られるのだが、クラリッサたちが訪れたときにはそういうものはなく、クラリッサたちは他の観光客やジョギングなどに訪れている市民たちとともにこの広い公園をぐるりと見て回った。
「うーん。公園の緑からビルが見えるのが乙なものだね」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
クラリッサはなんだかんだで公園を満喫していた。
「さて、次は?」
「コロンビア自然史博物館」
コロンビア自然史博物館はセントラルパークウェストの正面に位置している。
「どんなものが展示されているのか知っているのか?」
「化石とか」
「アバウトだな」
クラリッサは事前に下調べなどしないのである。
ちなみにセントラルパーク外周にはメトロポリタン美術館もあったが、美術には興味のないクラリッサはノーサンキュー。流石のメトロポリタン美術館も農民が虐殺される絵を展示しているとは思えないし、仕方ないね。
しかし、理系には興味のあるクラリッサはこのコロンビア自然史博物館を観光リストから外さなかった。今日はどっぷりと自然史の世界に浸るのである。
クラリッサたちは入場料を支払うと、博物館の扉を潜った。
「おおー。デカい骨」
「実物の骨か?」
博物館の正面には今のワイバーンたちの祖先とされる巨大な竜の骨が展示されていた。これは実物の骨格標本であり、博物館の正面に堂々とたたずんでいた。
この惑星に隕石が衝突して惑星はその時に発生した灰によって寒冷化したことにより大型の竜種は絶滅。小型になって生き延びたものが今のワイバーンに進化したというのがこの世界における竜の進化の系譜である。
ちなみに進化論は普通に受け入れられている。人間とエルフの進化の様子を示した化石が発見されており、宗教的にも特に文句はなく、ただ『俺は生物が進化するところをみたことなんてない』という人間以外には受け入れられている。
そりゃあ、進化の瞬間を見たことのある人間は稀だろう。
「竜の骨格標本がいっぱいあるね。流石は自然史博物館」
「ロンディニウムだとここまで化石を展示しているところはないな」
アルビオン博物館はどちらかというと人間の作り上げてきた美術品などの歴史に焦点を当てた展示になっており、化石が見たいならばロンディニウム自然史博物館を訪れるべきである。それでも化石の量はコロンビア自然史博物館の方が多いが。
「おお。マンモスの化石もある。凄いな」
クラリッサはどうにも女の子らしからぬ感性をしており、美術館よりも博物館、美術品より化石という男の子のような感性をしている。
そのクラリッサからすると様々な化石や海洋哺乳類の標本が展示されているコロンビア自然史博物館は天国のような場所だ。クラリッサはしげしげと化石を眺め、かつてこの巨大な生き物たちが我が物顔で闊歩していた時代に思いをはせていた。
「クラリッサ。楽しいか?」
「とっても。やっぱり太古の時代はいいね。力こそパワー」
「意味が分からん」
クラリッサはシンプルな弱肉強食という暴力が支配していた太古の時代を好んでいた。そんな彼女だからこそ、アフリカの探検などにも興味があるのだ。アフリカのサバンナでは今日も過酷な適者生存の争いが行われている。
将来、本当にフェリクスが探検家になったら、ホテルとカジノで財産を築いたクラリッサがスポンサーになるかもしれない。そして、フェリクスが発見した生物の標本で博物館を作るのである。割とありそうな未来だ。
「クラリッサ。こっちに面白いものがあるぞ」
「なになに?」
リーチオが告げると、クラリッサがやってきた。
「ほら。モアイ像だと。デカい顔の彫刻だぞ」
「なにこれ。何を思ってこんなものを……」
コロンビア自然史博物館には人類史における作品も展示されていた。
それがモアイ像である。
モアイ像はモアイ像である。あの何とも言えない表情をした石像が来場者たちを見つめていた。だが、説明文にはまだまだこの石像には謎が多いとだけ記されており、実際のところ、何がどうしてこのような石像を作ったのかについては謎だった。
「謎すぎる……」
「きっと昔の人間の楽しみだったんじゃないか?」
「娯楽がなさすぎる……」
クラリッサはもやもやとしたものを感じながらまた竜の化石の見学に戻った。
それからじっくり化石の見学を楽しむと、クラリッサは名残惜しいものを感じながら、昼食のためにコロンビア自然史博物館を1時30分過ぎに出たのだった。
そして、お昼はこの地方の名物であるロブスターロールを楽しむと、午後の予定に入った。午後は自由の女神像の頂上に上ることである。
バッテリーパークからフェリー乗り場に向かい、フェリーで自由の女神像が位置するフリーダム島に向かう。
フェリーから見上げれば、自由の女神像がはっきりと見える。
「おー。これぞリバティ・シティって感じ」
「だな。リバティ・シティの玄関口にあるものだ。あそこに見えるエリス島で移民は審査を受けて、コロンビア合衆国市民になっていったんだぞ。そのエリス島の目の前にこの自由の女神像がある。まさに新大陸の入り口だな」
エリス島にはコロンビア合衆国移民局が位置している。旧大陸からやってきた多くの移民たちはここで簡単な審査を受けて、市民になる。その時、目に入るのが自由の女神像だ。まさに移民たちにとっては希望の始まりだった。
もっとも、さして人権の重さのない時代である。感染症に罹患しているものは隔離されてそのまま死亡したり、家族で入国が許可されたり、されなかったりしてバラバラに生き別れたものもいる。
なんにせよ、移民たちの生活は自由の女神像を見上げることによって始まった。
「そろそろフリーダム島だぞ」
「自由の女神の天辺に登ろう」
クラリッサはワクワクしてそう告げる。
フェリーが自由の女神像のあるフリーダム島につくと、クラリッサたちのような観光客たちが下りていき、早速自由の女神像を足元の台座から見上げたりして感嘆の息を漏らしている。
自由の女神像は革命で一時的に共和制になったフランク王国から寄贈されたもので、自由と平等の精神を共有しようと市民の募金を主に建造された。
今ではフランク王国はヴィーン体制の下に王政復古し、王国に戻ったが、今でもフランク王国とコロンビア合衆国の関係は良好だ。
「さて、では早速登りますか」
「階段だぞ。途中でばてるなよ」
「任せろ」
クラリッサはグッとサムズアップすると、螺旋階段になっている自由の女神像の内部を上へ上へと向かっていった。エレベーターなどはなく、ひたすら自分の足で登らなければならないので歳を取った観光客などは眺めるだけで満足している。
クラリッサは自由の女神像の天辺から見える光景に興味津々であり、階段をかなり速いテンポで登っていく。ここら辺は流石は普段から鍛えているし、人狼ハーフの体力だといえるだろう。体力と魔力は底なしだ。
クラリッサが自由の女神像の天辺を目指すこと十数分。
「ついた!」
クラリッサは自由の女神像の天辺に到着した。
既に太陽は夕日に変わっており、夕焼けの中、明かりがともり始めたリバティ・シティの様子が見える。リバティ・シティの摩天楼に明かりがつくのに、クラリッサは感嘆の息を吐いた。それはとても幻想的で、近代的な光景だった。
「どうだ。感想は?」
「予想以上。ここまでとは思わなかった。ロンディニウムじゃ同じ光景は拝めない」
クラリッサは展望台からリバティ・シティを一望してそう告げる。
「なら、今日はそろそろ帰るか。満足しただろう」
「大満足」
クラリッサはそう告げて、リーチオともにホテルに戻った。
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