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娘は期末テストでいい成績を収めたい

……………………


 ──娘は期末テストでいい成績を収めたい



 夏の合宿が終わると期末テストが近づいてくる。


「いよいよ期末テスト間近だな」


「そうだね」


 夕食の席でリーチオが告げるのにクラリッサがあいまいに返事する。


「……大丈夫なんだろうな?」


「ばっちり。グレンダさんと頑張った勉強の成果を発揮して見せるよ」


 リーチオが訝し気に尋ね、クラリッサはサムズアップして返した。


「確かに最近はグレンダのおかげで成績がいいようだな。心配することはないか」


「任せといて。それより5位以内に入った時のご褒美の話を」


「本気で5位以内に入るつもりなのか?」


「もちろん」


 王立ティアマト学園高等部1年にはライバルが多数存在する。


 不動の1位であるウィレミナ。


 確たる2位であるフィオナ。


 なんだかんだで高成績を維持しているサンドラ。


 勉強もきっちり、風紀もきっちりなクリスティン。


 ああ見えて成績はしっかりしているヘザー。


 そして、我らがジョン王太子。


 これらを乗り越えて初めて5位内に入れるのだ。


「うーむ。5位内に入ったら新大陸に連れていくという約束だったな」


「そうそう。世界で今一番盛り上がってる場所を見てみたい」


 新大陸──コロンビア合衆国は今や人口でアルビオン王国本土を越え、リバティ・シティでは高級な自動車が走り回っているという話だった。誰もが富と成功を夢見て、新大陸に渡り、成功のチャンスを窺っている。


 無論、夢の国などない。


 成功を夢見て新大陸に渡ったものが全て成功するわけではない。成功するのは一部の人間のみ。だが、旧大陸に蔓延る宗教的迫害、民族的迫害、魔王軍の脅威からは解放される。それだけでも新大陸に行く価値はあると判断するものたちもいる。


 今の新大陸が世界でホットな場所のひとつに数えられるのは間違いないだろう。リバティ・シティでは近代的な交通インフラが整備され、自動車が行きかい、摩天楼がそびえているのだ。これをホットと言わずして何というのだろうか。


「だがな。新大陸でもマフィア同士の抗争が起きている。そうそう簡単にはいけない。手順を踏む必要がある。分かるな?」


「ニーノおじさんが敵対組織の首をすべて吊るすまで待つの?」


「お前はなあ……」


 普通ここは、敵対組織と講和が結ばれるまで待つの?と言うべきシーンである。


「とにかく、行けるかどうかは情勢次第だ。情勢によっては無理になる。その時は別のご褒美を考えよう。別荘を買うなんてのはどうだ?」


「新大陸に行きたい」


 クラリッサは頑なだった。


「だから、新大陸は情勢が整わないといけないんだ。抗争に巻き込まれることになる。そのことは分かるだろう?」


「でも、ニーノおじさんからいつでもきていいってお手紙が来てるよ」


「あの野郎」


 ニーノ──リバティ・シティを収める七大ファミリーのひとつヴィッツィーニ・ファミリーのボスであるニーノはクラリッサに親し気な手紙を送っていた。


「とにかく、状況が整わなければダメ」


「どうしても?」


「ダメ」


 危険地帯に娘を送り出すのは一度で十分。


「ぶー……。ご褒美がないとやる気がしない」


「ご褒美ならあるだろ。お前が無事にオクサンフォード大学で経営学の学位を取ったら、ホテルとカジノを経営させてやる。ホテルもカジノも数十億ドゥカートのビジネスだ。それを任されるのは大きなご褒美だぞ」


 そうである。


 クラリッサはちゃんと勉強して、オクサンフォード大学に入学し、そこで経営学の学位を取得すれば建設費だけでも数十億ドゥカートの巨大なホテルとカジノを任されるのだ。ホテルとカジノの構造物は新大陸の新鋭建築家が担当しており、ロンディニウムには巨大な摩天楼がそびえることになる。


 そんな巨大なビジネスを任せてもらえるのは大きなご褒美だ。


「でも、ホテルとカジノの建設って5年後でしょ? そこまでモチベーションを維持するにはもっとご褒美が必要だよ」


「はあ。一応新大陸旅行のことは考えておいてやるし、可能な限り配慮するからそれで納得しなさい。新大陸旅行できなくても友達も招待できる別荘を買ってやるからな」


「仕方ない。それで我慢しよう」


 クラリッサは渋々と言うように頷いた。


「そもそも5位内に入らないとご褒美はなしだからな? 分かっているな?」


「任せろ」


「不安しかない」


 クラリッサのこれまでの成績から考えると5位内に入るには奇跡が必要だ。


「まあ、グレンダと頑張って勉強しなさい。いい成績が出たらご褒美だ」


「わあい」


 クラリッサは両手を上げて喜びを表現する。


 しかし、果たしてクラリッサは本当に5位内に入れるのだろうか?


……………………


……………………


 クラリッサが新大陸旅行に思いを馳せている中、必死な人がいた。


 ジョン王太子である。


 ジョン王太子はこの前の期末テストでついにクラリッサが同列に並んだのに戦々恐々としていた。何もジョン王太子が勉強をサボっているというわけではないのだ。ただ、クラリッサの成績が凄く上がってきているのだ。


 このままでは勉強の分野でまでクラリッサに負ける……!


 既に体育と魔術では手も足も出ず、生徒会長の座も奪われたジョン王太子にとってそれは危機であった。どうあってもクラリッサに負けるわけにはいかないという危機であった。どうあっても学問の分野においてはクラリッサに勝たなければならないという恐怖であった。


 そして、次の期末テストが近づいてきている。


 ジョン王太子は家──セント・ジェームズ宮殿において、多くの家庭教師に囲まれて勉強の日々を過ごしている。猛勉強の日々だ。家庭教師はどれもスパルタで、勉強はもちろん礼儀作法までジョン王太子に叩き込む。


 一時はそれで勉強が嫌になったこともあったが、今はそんなことは言っていられない。平民であるクラリッサに王太子が勉強でまで負けたと父と母──国王と王妃が知れば、それはもうお怒りの言葉が飛び出すだろう。


 それに加えてジョン王太子のプライドもズタズタになる。魔術で負け、体育で負け、選挙で負け、勉強で負けたらクラリッサに勝てるのはせいぜい音楽くらいのものだ。その音楽もクラリッサが美術に亡命したので勝負にはならない。


「くうっ……! クラリッサ嬢にだけは負けるわけにはいかない!」


 だいぶ打ち解けてきたジョン王太子とクラリッサだが、勝負は勝負。初等部からずっと続いてきた勝負を今になって投げるわけにはいかない。ジョン王太子は何としてもクラリッサに勉強においては勝利することを決意した!


「では、殿下。次は数学の時間であります」


「うむ」


 クラリッサが文系ダメダメで理系イケイケなの対して、ジョン王太子は文系イケイケ理系ダメダメであった。いや、ダメダメと言うというと言いすぎかもしれない。だが、ジョン王太子が理系を苦手としていることは確かだ。


 クラリッサが暗算も早く、公式もほいほいと駆使するのに対して、ジョン王太子は計算が苦手で、公式はチンプンカンプンになる。


 しかし、ジョン王太子は歴史はすらすらと年号付きで出来事を暗唱できるし、国語は古典にも現代文にも精通しているし、第一外国語と第二外国語も発音はいまいちながら文法は完璧である。


 つまり、理系さえどうにかすれば、ジョン王太子も勝ち目があるのだ!


「殿下。そこはこの公式を使うのです。さあ、その公式で得られた数字を代入して」


「ええっと。これをこう……」


「違います! 計算が間違っています! しっかり正確に計算してください! いくら優れた公式でも計算が間違っていては何の役にも立たないただの文字列です。いいですか、この公式を発明したのは──」


 ジョン王太子の家庭教師はスパルタであった。


 家庭教師がジョン王太子に合わせるのではなく、ジョン王太子が家庭教師に合わせる。ジョン王太子の父であるジョージ2世はジョン王太子のために一流の家庭教師を揃えている。国王のなさったことに文句は言えない。


 だが、もうちょっとばかり優しく教えてくれてもいいんじゃないかなと思うジョン王太子であった。


「聞いておいでですか、殿下?」


「きちんと聞いているとも。では、計算をやり直そう」


「はい。では、どの公式を使うのでしたかな?」


 ジョン王太子がスパルタ教育を受けている中、クラリッサも勉強に着手していた。


……………………


……………………


「では、この年には何が起きたでしょう?」


「印刷機の発明?」


「その通り。印刷機の発明で、これまで本に触れられなかった人たちも本に触れられるようになったのよ。クラリッサちゃんの教科書もそうね」


「ふうむ。それでルネッサンスに繋がるわけだね?」


「その通り。文学が多くの人々に広まったおかげで、皆の発想力が飛躍的に大きくなり、偉人たちを生み出したの。古代ロムルス帝国の歴史なんかも出版されて、とても人気作品になったのよ。ルネサンスの時代は古い時代を見直すことも行われたの」


「なるほど。私たちが何気なく教わっている歴史も、昔は教えてもらえなかったんだね。私たちはいい世界に生きているのか、勉強することが増えて不自由な時代に生きているのか。それが問題だ」


 クラリッサとグレンダは雑談をするように歴史の勉強を進めている。


 グレンダの教育方針は勉強そのものに興味を持ってもらうこと。


 クラリッサが理系の成績がいいのは、彼女が理系の勉強だけを頑張っているわけではなく、理系の教科に興味を持って勉強をしているからだ。1を学び、2に興味を持ち、2を知り、3に興味を持つ。そうやって興味の連鎖が続けばその教科の成績は上がる。


 今、グレンダはクラリッサに文系科目にも興味を持ってもらおうとしている。


 歴史にはトリビアを付け加えて、小ネタから本題に興味を持ってもらう。歴史が連続したものであり、ひとつの出来事が、多くの出来事に繋がっているということを意識してもらう。ひとりの王が死んだことで、各地で戦乱が起きるということを話すと、クラリッサはとても興味を持ち、そこから革命やクーデター、新しい文明の興隆が起きると説明すればクラリッサは理解する。


 クラリッサは数学の公式をすらすら暗唱できるだけあって、記憶力は決して悪くない。ただ勉強そのものに興味が持てず、積極的に勉強する気がなかっただけなのだ。


 今はグレンダのおかげで少しずつ興味を持っている。義務的な勉強と言う印象を与えず、楽しく知識を学ぶという方針に転換したことで、クラリッサは歴史や国語に興味を持ち始めていた。大きな前進だ。


 グレンダはまだ学生であり、決して一流の教育者という称号を持っていない。だが、その才能は勉強嫌いのクラリッサに勉強に興味を抱かせるというだけのものはあった。流石はリーチオが面接を行って厳選しただけはある。


「さて、クラリッサちゃん。第一外国語の時間です」


「ああー……」


 そんなクラリッサでも第一外国語にだけは依然として興味が示せていなかった。


「では、これから第一外国語だけで会話してみよう。音楽を聴きながら、雑談する感じで。準備はいいかな?」


「よし来た」


 これを乗り切れば夢のホテル・カジノ経営者だ。


 クラリッサのホテルとカジノには外国人のお客も来るだろう。そういう時には外国語が話せなければ困る。そう考えてクラリッサは頑張って外国語に臨んだ。


「『今日は学校でどのようなことがありましたか?』」


「『美術の授業で絵を描きました。それから体育の授業でマラソン大会に備えて、長距離を走る練習をしました』」


「『美術はどのような絵を描きましたか?』」


「『リンゴの絵でした』」


「『リンゴの絵です』でいいのよ」


「ありゃ」


 しかしながら外国語と言うのは難しいものである。


 比較的文法や発音が似ているフランク語やゲルマニア語でも、アルビオン語に比べるといろいろと違いがある。それはその国が独自の文化を育み、独自の言語を発展させていった証拠なのである。


 エスキモーの100種類の雪をあらわす単語などのサピア=ウォーフの仮説は疑問視されるとしても、言語にはその地域で発展していった歴史がある。


 その歴史を読み解いていくのもまた外国語を学ぶということだろう。


 まあ、今のクラリッサにはそのような専門的な話は早いので、今は音楽で聴覚的に外国語を自然に受け入れさせ、実際の会話を行うことによって実践的な外国語を理解し、そこから文法の理解につなげていくというところだ。


 クラリッサにいきなり外国語の本を突き付けて、これを翻訳しなさいと言っても、全くやる気が湧かないだろう。辞書を引くのも楽しくないし、文法を調べるのも楽しくない。楽しくなければ勉強する気にはなれない。


 その点、この対話型の勉強はクラリッサの性分に合っている。クラリッサには外国語で書かれた本を読み解きたいという願望は──大学に入ってからはそれが必要とされるとしても──ないのだ。


 クラリッサはあくまで彼女の経営するホテルとカジノに来た外国人のお客をもてなすために外国語を必要としている。


 それを見抜いたグレンダはこの対話型の教育に切り替えた。


 対話の中に学ぶべき文法を少しずつ混ぜていき、単語を覚えると同時に文法も覚えてもらう。その効果は確実に上がっており、クラリッサの外国語の成績は上昇している。小テストでもなかなかの得点を記録していた。


「『クラリッサちゃんはホテルとカジノをどのように経営したいですか?』」


「『お客が時間を忘れて賭けに夢中になるようにしたいです。そのためにはホテルとカジノをセットにして、お客をゲームの世界に閉じ込めるということが重要です』」


 些か物騒な話も出てきたが、クラリッサの成績向上は見込めるだろう。


 さて、ではいよいよ期末テストの時間だ。


……………………

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ではあるが、グレンダさんは偉大だ…。クラリッサが勉強に興味を持つように導くとは…。
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