娘はカレドニア地方を観光したい
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──娘はカレドニア地方を観光したい
合宿2日目。
明日で合宿は終わり。キャンプも今日で最後だ。
2日目も進学コースのクラスを中心に勉強会が開かれる。
小テストなども実施されたが、クラリッサは難なくクリア。成績が確実に上がっていることを実感し、自分の勉強を助けてくれているグレンダに改めて感謝するクラリッサであった。本当にグレンダが来てから成績はとても伸びている。
そして、勉強会が終わると後は観光タイムである。
カレドニア地方はエディンバラを中心に広がっている。かつてはカレドニア王国というひとつの国家だったのだが、宗教に関する革命によって独立は失われ、今ではアルビオン王国の一部となっている。
そのエディンバラを中心とするカレドニア地方は見どころたくさんだ。
カレドニアの名産物カレドニアン・ウィスキーの蒸留所。今もカレドニア王国時代の伝統を守り続けるエディンバラ城。不明生物アッシー目撃談のあるアーカート湖などなど。見どころたくさんな観光地なのだ。
さて、そんな観光地でクラリッサたちは何を見て回るのだろうか?
「やっぱり、カレドニアン・ウィスキーの蒸留所は外せないよね」
「いや。普通に外すよ。私たちまだお酒が飲める年齢じゃないし」
クラリッサが事前に作成したしおりを見て告げ、ウィレミナが突っ込んだ。
「ええー……。将来、私のカジノでカレドニアン・ウィスキーを振る舞うかもしれないのに。それに試飲ぐらいだったら法律も許してくれるよ」
「ダメです。飲酒は20歳から」
若いころからアルコールを飲むと馬鹿になると言われているぞ。
「まあ、蒸留所を見学するくらいならいいんじゃないかな? お酒の作り方とか知っておきたい知識じゃない?」
「いいこと言うね、サンドラ。そうだよ。お酒の作り方ぐらい教わっておいて損はない。是非ともカレドニアン・ウィスキーの蒸留所を見学しよう」
サンドラが助け船を出し、クラリッサは勢いに乗った。
「しょうがないなあ。見学だけだからね?」
「イエス」
というわけで、クラリッサたちはカレドニアン・ウィスキーの蒸留所を見学コースに含めた。飲んだらダメだぞ。
「後はエディンバラ城を見て、エディンバラで買い物をして」
「アーカート湖は見ていかないの? アッシーが見れるかもよ?」
サンドラが予定を確認しているのに、クラリッサが口をはさんだ。
「アーカート湖は遠いよ、クラリッサちゃん。1日じゃ無理」
「残念なり」
合宿所からエディンバラまでは1時間程度の距離だが、アーカート湖までは数時間かかる。1日でそんなに多くの場所は見て回れない。
そもそもアッシーの存在自体がかなり怪しい。
「まあ、カレドニアン・ウィスキーの蒸留所を見て、エディンバラで買い物をすれば大満足ですよ。というわけで、レッツゴー!」
「おー!」
クラリッサたちはテントを含めた荷物を合宿所に置き、必要なものだけ持つと、合宿所にやってきた馬車に飛び乗ってカレドニア地方に繰り出した!
「まずはカレドニアン・ウィスキーの蒸留所だね」
「お酒はなんであんなに税金が高いんだろう」
「アルコールが健康に悪いからじゃない?」
「その割には上流階級はよく飲んでいる」
アルコール税が高いのは財政のためでもあるぞ。
そんなこんなでクラリッサたちはカレドニアン・ウィスキーの蒸留所に向かった。
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カレドニアン・ウィスキーの蒸留所、見学終了。
「凄かったね」
「あの樽の番している猫が可愛かったー」
最初は見学に否定的だったウィレミナとサンドラも楽しめたようだ。
「猫良かったね。なつこかったし。ああいう使い魔がいてもよかったかも」
「私はガラパゴスゾウガメよりも断然猫の方がよかったよ……」
ハリエットが可哀そうだからそういうことを言っていけないぞ。
「……クラリッサちゃんは何を真剣に見てるの?」
「ノート?」
そこでサンドラとウィレミナはクラリッサが黙り込んでノートをじっと見ていることに気づいた。いつにない集中力だ。
「クラリッサちゃん。それ何のノート?」
「ん。カレドニアン・ウィスキーの作り方のノート」
クラリッサのノートにはびっしりと蒸留所で説明があった材料や工程、装置の形が書き込まれていた。その精密さには驚かされる。
「はへー。クラリッサちゃん、真剣に聞いてたんだな」
「そだよ。カレドニアン・ウィスキーが密造出来たら大儲けじゃん」
「普通に不味いこと言いだした」
お酒の密造は犯罪です。
「クラリッサちゃん。お酒の密造は犯罪だよ」
「分かってる。今まではラム酒を密造してたんだけど、やっぱりウィスキーもあった方がより儲かると思うんだよね。出来は本物の3分の1でも、値段が5分の1だったら、割合売れそうな気がするしさ」
「お酒の種類の問題じゃないよ」
ラム酒もウィスキーも密造したら犯罪!
「けど、お酒の密造方法を見学しに来たわけだし」
「違うよ! 地域の伝統ある産業の見学に来たんだよ!」
「そんな」
クラリッサは戦慄した。
「なんて無駄な時間を……。地域の伝統ある産業なんてどうでもいいのに……」
「いや。どうでもよくはないからな?」
クラリッサはすっかり打ちひしがれてしまった。
「もう。クラリッサちゃんってば。次に行こう、次」
「次はエディンバラ城の見学だな」
クラリッサはふたりに引き摺られて馬車に乗り込んだ。
目的地はエディンバラ城。
「急げば大砲を発射するシーンが見れるかもよ」
「大砲?」
「そ。1時丁度に大砲が発射されるんだ。観光ガイドにそう書いてあった」
大砲と聞いて目を輝かせるクラリッサである。男子小学生かな?
「なら、急ごう。是非とも大砲の発射シーンが見たい」
「オーケー。まだ間に合うはずだ」
クラリッサたちを乗せた馬車はエディンバラ城へと急ぐ。
そして、到着。
「時間は?」
「12時30分。余裕あるよ」
そこでクラリッサも懐中時計を見る。
12時30分。1時までにはまだまだ時間がある。
「超デカい大砲があるらしいから見に行かない?」
「ええー……。それよりもお城の名所を見て回りたい」
「クラリッサちゃんはどう思う?」
そこでウィレミナがクラリッサに尋ねた。
「超デカい大砲一択。他に見るものなんてないよ」
「お城にはいろいろ価値があるもん!」
クラリッサとウィレミナの感性は男の子寄りだった。
「そういえば、エディンバラ城にはお化けがでるらしいよ……」
「はあ」
「何その目に見えてがっくりした反応」
クラリッサはあきれ果てたようにため息をついた。
「お化けなんていないの。お化けがいたらお化けに観光ガイドをさせるよ」
「凄いこと言いだした」
お化けをこき使おうとするクラリッサであった。
「けど、本当にお化けが出るらしいんだって。どこからともなくバグパイプの音楽が聞こえてきてね……」
「演奏が聞こえたら100ドゥカートお化けに進呈するよ」
「本当に信じてないね、クラリッサちゃん」
だから、お化けが本当に存在するならベニートおじさんの周りはお化けが大渋滞を引き起こしているはずなのだ。
「それより大砲だよ、大砲。大砲を見に行こう」
「おー!」
というわけでクラリッサたちはエディンバラ城名物の巨大な大砲を見学に。
「デカい」
「確かにデカい」
大砲は巨大だった。
「口径510ミリだって」
「砲弾の重量は175キログラム……」
どこまでも巨大な大砲にクラリッサたちが感嘆の息を吐く。
「でも、あまりデカすぎる大砲ってのも不格好だね。ほどほどのサイズがいいよ」
「そういうこと言わないの。これも貴重な歴史の一部なんだから」
今、東部戦線で一般的な火砲は18ポンド砲か4.5インチ榴弾砲だ。
「あ。そろそろ1時だよ」
「大砲の発射を見なくちゃ」
クラリッサたちは大砲の発射が見れる位置に移動。
「おお。4.5インチ榴弾砲だ」
「ここら辺は新しいんだね」
「だね。東部戦線で現役バリバリの大砲だよ」
4.5インチ榴弾砲は最新鋭の装備品で、東部戦線で活躍している。エディンバラ城の大砲は常に新しいものに変えられている。ノルマン宮殿の近衛兵たちも常に最新式の魔道式小銃を装備している。その点はあまり伝統を固辞していない。
「魔王軍の防御陣地を乗り越えるには砲兵の力が必要なんだ。魔王軍も最近では塹壕を掘り、鉄条網で足止めしてくる。鉄条網を除去する間、敵の攻撃にさらされないようにするためには砲兵がどんどん砲弾を敵の陣地に叩き込むしかない」
「なんかやたらと詳しいね、クラリッサちゃん」
「シャロンから聞いた」
シャロンは東部戦線からの帰還兵だぞ。
魔族と人間が殺し合う東部戦線をじかに見てきたのだ。ベニートおじさんは引退してクラリッサと接する機会は少なくなったが、今度はシャロンが東部戦線について捕虜を尋問した話や、ナイフだけで敵の司令部まで浸透した話、大砲の砲撃が敵を空高く吹き飛ばした話をするのでまた別の悪影響を与えているぞ。
クラリッサ。火砲の識別に強くなっても軍人以外の進路では役に立たないぞ。
ズーンッと大砲の発射音が響いたのは次の瞬間だった。
「おおー。空気がしびれるー」
「1時ちょうどだね」
大砲は空砲を発射し、その衝撃が響き渡る。
「これはいいものだ。さて、見るものも見たし、そろそろお土産を買いに行こうか」
「まだお城の中、全然見てないよ!」
サンドラは大砲などよりもお城の中に興味があるのだ。
「お化けでも探すの?」
「お化けはいいよ。カレドニア王の王冠とかが展示されているから、それを見て来よう。後はグレートホールという荘厳な大広間とかもあるらしいよ」
エディンバラ城には様々な見どころがあるのだ。大砲以外にも。
「じゃあ、適当に見て回ろうか」
「捕虜収容所記念館もあるらしいぜ」
「それは興味がある」
相変わらず碌なことに興味を示さないクラリッサである。
クラリッサたちはそれからエディンバラ城をゆったりと見て回った。
カレドニア王の王冠や戴冠式の時に使用する王笏。グレートホールと呼ばれる大広間から、地下の元捕虜収容所に至るまで。
「お化け、出なかったね」
「お化けが出るのは夜中なんじゃないかな」
「夜間営業限定か。酒場かな?」
「営業も何もないよ」
お化けは観光客から報酬をもらって生活しているわけじゃないぞ。
「まあ、大砲も見れたし、満足満足。次は何するんだっけ?」
「街でお土産の購入。何にしようかなー」
「突拍子もないものを選びたいね」
「選びたくない」
クラリッサの感性は相変わらず、謎であった。
それはそうと自由時間も期限が迫る中、クラリッサたちはエディンバラの街に繰り出した。果たしてお土産には何を買うつもりだろうか?
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エディンバラの街並みは美しいものだった。
古い街並みが残り、古都として君臨している。
「お土産何にする?」
「うーん。何か適当にお菓子とか」
問題はこのエディンバラで何をお土産に買って帰るかだった。
「男の人のスカートってよくない?」
「キルトね。でも、それをもらって喜ぶ人は少ないと思うよ……」
クラリッサはエディンバラ城で『男の人がスカート履いてる!』と大騒ぎしていた。だが、カレドニア地方では伝統なのである。
「けど、あのタータンチェックの衣類ってカレドニア地方ならではだよね。お土産にいいんじゃないかな?」
「……あれ、結構値段するよ」
「……お菓子にしておこう」
カレドニア地方のタータンチェックの織物は羊毛を使っているので結構高いのだ。
「クラリッサちゃんはどうする?」
「んー。私はパパにウィスキーを買って帰るよ」
「お酒、高いよ?」
「私の財布は凄く分厚いのだ」
クラリッサの財布はリーチオからのお小遣いでどっしりとしているぞ。流石はマフィアの娘と言うべきだろう。
「税金をくれてやるのは気に入らないが、美味しいお酒のために我慢してやろう」
「税金はちゃんと払おうよ……」
クラリッサは税金が大嫌いなのだ。
「では、買い物開始ー!」
「おー!」
というわけでクラリッサたちはエディンバラの街並みに繰り出したのだった。
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