娘は合宿に臨みたい
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──娘は合宿に臨みたい
いよいよ合宿当日がやってきた!
今回の合宿は初等部3年の合宿と違って、野外活動がメインである。カレドニア地方でも7月においても比較的涼しい地域が選ばれ、そこでキャンプなどをして自立心を育てるのが今回の合宿の目的である。
それはそれとして合宿所で勉強もある。期末テスト対策だ。
クラリッサは最近成績が伸びてきたのでそそくさと勉強を終えた。ジョン王太子はクラリッサが背後からじわじわと迫っていることに危機感を覚えて、必死に勉強を頑張っていた。クラリッサに負けたら相当ショックなのである。だってクラリッサだぜ?
「キャンプだー!」
「おー」
勉強を終えたサンドラが合宿所を出てくるのにクラリッサが拳を上げた。
「それにしてもよく冷えておりますな」
「ひんやりー」
クラリッサのリュックサックは食材が入っているので魔術と氷で冷やしてある。
「人のリュックサックで涼を取らないの。キャンプ場にいくよ」
「おう!」
キャンプ場は合宿所から徒歩で15分ほどの場所に位置している。
「あそこが水源で、あそこが薪置き場で、あそこがトイレで、後はどこでも自由にテントを張っていいと」
「水源に近い場所にしようぜー。水って結構重いしさ」
「それもそうだ」
クラリッサたちは水源に近い場所に陣取った。
「それではテントを組み立てよう」
「テントはウィレミナちゃんが運んできたんだよね」
クラリッサが設営予定地を見渡し、サンドラがそう尋ねる。
「そ。まあ、クラリッサちゃんのだけど。クラリッサちゃんは食材運んでるし、サンドラちゃんは体力なさそうだし」
「ま、まあ、ここまでテントを運ぶのは無理かな……」
この時代のテントはまだまだ重いぞ。
「それじゃあ、場所もよさそうだし、ささっとテントを張ろう」
「おー!」
それからトンテンカンテンとクラリッサたちはテントを設営する。
場所は陽ざしもそこまで強くなく、水辺でもなく、虫が落ちてくる木の下でもないベストポジション。水源までの距離も近く、困りそうなことはない。
ちなみにシャワーやお風呂は合宿所の方にあるので、シャワーとお風呂の際にはまた15分かけて合宿所まで戻る必要がある。
「よし。設営完了。では、何しよっか?」
「はいはーい。ここら辺探検しよう。近くに川が流れているらしいし、見て来ようよ」
「いいね」
季節は夏真っ盛り──のちょっと手前だが、気温はそれなりに高い。水辺で涼を取るというのもそう悪い選択肢ではないだろう。
「川だー!」
「川だね。って、あれ? フェリクス?」
クラリッサたちが川を見渡しているとフェリクスの姿が見えた。
「フェリクス、フェリクス。何しているの?」
「ん。魚のいそうな場所を探しているだけだ。釣りをするにはなかなかよさそうな場所だからな」
「釣り、するの?」
「まさか。今回はただのキャンプだ。テントで寝泊まりするぐらいで満足しておく」
「もったいない」
クラリッサは以前食べた魚の味が忘れられないのだ。
「もっと魚釣りをする人間が多ければ考えたんだがな。いかんせん、あのクラスで魚釣りをするのは俺ぐらいだ。ひとりだけ道具を抱えてくるというのも悪目立ちしてよくない。それに飯ならちゃんとでるしな」
「ううむ。それもそうだ」
ひとりだけ釣り道具抱えてキャンプに来たら完全に浮いている。
「それはそうと、私たち料理作るからよかったら味見に来てね」
「……まあ、失敗してもバーベキューがあるしな」
「おい。どうして失敗する話をする」
フェリクスはそっと視線を逸らした。
「いや。だって、お前の料理にはあまり期待できないからな。家庭科の授業でも何か奇妙なものを錬成していたし。それで失敗しないと言われてもな」
フェリクスも家庭科の授業でクラリッサが家庭科室を料理しようとしたり、謎の物体Xを錬成したりしているのを見ているのである。それで料理に自信があるという顔をされても、言われた方は困るという話だ。
「失礼だね。私もあれから練習したんだよ。パパは食べてくれなかったけど、ピエルトさんとアルフィに試食してもらって、なかなかいいって判定をもらったんだから」
「……アルフィ?」
「そう、アルフィにも」
アルフィが合格点を出した料理です。
「その、ピエルトさんって人は何も言ってなかったのか?」
「言ってないよ。美味しい、美味しいって食べてたよ。おなかいっぱいだったから半分しか入らなかったみたいだけれど」
「…………」
間違いなく失敗している。フェリクスはそう確信した。
「いいか。火加減に注意しろ。そして、レシピ通りに作れ。変なアレンジはするな」
「でも、レシピ通りに作るよりアレンジした方が美味しくない?」
「料理でアレンジしていいのはプロだけだ。素人はまずレシピ通りに作るようにしろ」
大抵のメシマズはレシピに要らぬアレンジを加えた結果、そうなるのである。
「うーん。隠し味とか入れちゃダメ?」
「ろくなことにならないからダメ」
クラリッサは隠し味にチョコレートやマヨネーズを持ってきていたぞ。
チョコレートとマヨネーズの入った料理……。
「なら、たっぷり愛情を入れるね」
「まあ、それなら好きにしていいんじゃないか」
そういった時である。
「お姉ちゃんセンサーが反応しました! 何、何なのクラリッサさん! あれだけフェリちゃんには興味ない態度を取っておきながら、ここぞという時に攻めてくるの! 男の子の胃袋を掴むのはそれすなわち求愛行動よ!」
「姉貴……」
どこからともなくトゥルーデが現れてフェリクスとクラリッサの間に立った。
「もう! フェリちゃんが夕食はバーベキューで済ませるからいいって言ったから、何も準備してきてないわ! 対抗できないわ! それでもフェリちゃんは渡さないからね、クラリッサさん!」
「別に取りはしないよ」
流石にクラリッサもトゥルーデを相手にするのだけは疲れる。
「そうだ。なら、トゥルーデも一緒に料理作る?」
「え? いいの?」
「いいよ、いいよ。トゥルーデの家庭科の成績いいし」
そうなのだ。
トゥルーデは意外に家庭科の成績がいいのだ。裁縫も料理も人並み以上にできるのである。理由はフェリクスのお嫁さんになるためらしい。理由はともあれ、腕は確かな助っ人になるだろう。クラリッサがマイナスな分を打ち消してくれるはずだ。
「なら、フェリちゃんへの愛情をこめて作るわ!」
「そうしよう、そうしよう」
クラリッサは密かに助っ人を手に入れた!
「姉貴。愛情は入れてもいいが、体液は血液だろうと入れるなよ」
「加熱するから大丈夫よ」
「大丈夫じゃない」
愛情はあくまで気持ちです。
「さて、次は何をしようか」
「クラリッサちゃん。合宿所にテニスコートあったぜ。テニスしない?」
「うーん。テニスかあ。テニスもいいけど、キャンプに来てやることかな?」
「それもそうだ」
テニスならば学園にいる時でもできる。
「なら、あそこに見える山に登る?」
「山登りか。いいね」
クラリッサたちのいる川から木々の陰に隠れて、小さな丘とも山ともつかない突起が目に入る。本格的な装備や訓練が必要なさそうな山だ。
それに今は幸いにして夏。まかり間違っても滑落する可能性は低い。
「フェリクスも山に登らない? いざ、遭難したときに男の子がいると助かるんだけどさ。川はどうせ釣り具持ってきてないから眺めててもしょうがないでしょ?」
「遭難するような山か? まあ、いいや。一緒に行こうか」
フェリクスは渋々と頷いた。
「私も行くわ!」
そして、当然トゥルーデも参加する。
「空腹は最大の調味料だからおなかを減らしておかないとね」
「審査するのはジョン王太子たちだぜ」
「……ジョン王太子を無理やり山に登らせよう」
「拷問はいけないぜ」
クラリッサたちの料理を審査するのは対抗チームであるジョン王太子たちだ。
「さて、山登りタイム!」
「あ。登山道が一応整備されてるじゃん。これなら足を痛めずに済むね」
「道なき道を行く方がワイルドじゃない?」
「遭難したらどうすんのさ」
まあ、遭難するような大きな山ではないが。
「では、早速登ろう」
「おー!」
そうと決めたらクラリッサたちも登山開始。
山は木々に覆われており、登山道には木漏れ日が差し込む。夏場でもそれなりに涼しいカレドニア地方でも、木陰が多く、標高の高くなっていく山は特に涼しい。先ほどの水辺でも涼が取れたが、ここでも夏の中の涼しさという風流が味わえる。
「木が大きいねえ」
「ううむ。こうも木々が生え茂っていると、山頂からの眺めは期待できないかもしれない。山頂から下界の連中を見下すのが登山の楽しみなのに」
「クラリッサちゃんは全国の登山家の人に謝って」
別に登山家は人を見下したいわけではないぞ。
「しかし、いいね。屋外で体を動かすというのは。陸上部は夏休み中も練習あるけど、学園で練習するとめっちゃ暑いから。こうして、涼しい場所で思う存分体を動かすのはいいことだ」
「全くだ。体は少し動かさないと鈍るからね」
陸上部は夏休み中も練習がある。ついでに言えば、成績が悪い生徒や希望者は夏休み中も補習を受けることができる。クラリッサはグレンダに勉強を任せているので、成績がよほど悪くない限り補習を受けるつもりはないぞ。
しかし、こうなると否が応でも受験が迫っているのを感じる。
クラリッサたちが一緒に夏を過ごすのも残り2回だ。
「お。あそこが山頂かな?」
「広場になってるね」
クラリッサたちが登山を開始してから1時間弱で山頂に到達した。
山頂は広々とした展望台になっており、木々は整えられ、下界が見下ろせる。
「ふはははは。山頂を支配したぞ。恐れ戦け下界の者どもよ」
「クラリッサちゃん。それ、どういうノリなの?」
クラリッサのノリは謎であった。
「あそこが私たちがテントを張った場所だね」
「おー。本当だ。よく見える」
サンドラが指さし、クラリッサが頷いた。
「双眼鏡があればよかったのにな」
「確かに下界でせませまと働く連中を見下ろせたのに」
「クラリッサ?」
クラリッサが支配者気分なのにフェリクスが神妙な顔をした。
「フェリクスたちはどこら辺にテント張ったの?」
「あそこだ。あの緑色のテント」
「あそこか。結構私たちと近い場所だね」
「まあ、水源やらトイレやらを考えるとあそこら辺になるだろう」
水源、トイレ、合宿所までの距離を考えると自然と位置は決まってくる。
逆に言えばあそこから離れた場所は不便だということだ。
「あ。ジョン王太子がいる」
「テント立ててるね」
ジョン王太子、フィオナ、ヘザーの3人組がテントの設営を行っていた。
だが、女子の中に男子がひとり。ここはジョンの王太子が頑張るしかない。男の子は力仕事の面で大きく期待されているぞ。
ジョン王太子は離れた山頂から見ても、ひーひーとテントの設営に苦労しているのが窺えた。フィオナやヘザーは散歩に行ってしまっている。
「見捨てられてーら」
「男の子はジョン王太子ひとりだけだからね……」
大方、カッコいいところを見せようとテントの設営は任せてくれたまえとでも言ったのだろう。そうでなければ少なくともフィオナはジョン王太子を見捨てないはずだ。
「さて、私たちもそろそろキャンプ場に戻ろうか」
「そだね。いい景色も楽しめたし満足満足」
クラリッサたちは山登りを堪能し、ホクホクの笑みでキャンプ場に戻った。
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