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娘は選挙戦を制したい

……………………


 ──娘は選挙戦を制したい



 投票日まで3日に迫った。


 今日は新聞部の“公式な”選挙記事が掲載される日である。


 各候補者の公約や学園への意見がインタビューされ、記事として掲載される。ついでに“どこからともなく発生した”新聞部の意外な予算で購入されたカメラで、候補者の顔写真もしっかりと掲載されることになった。


 それによると各候補者のインタビュー内容は以下のように。


 まずジョン王太子。


「ジョン王太子殿下の掲げる公約はなんでしょうか?」


「開かれた学園生活です。今は部活動も低調ですし、学園行事も不参加者が増えています。そういう状況を打破するためには、それぞれの活動が閉鎖的なものに留まるのではなく、開かれていなくてはいけません。風通しを良くし、生徒たちがそれぞれの活動に触れる機会を増やし、そうすることで学園生活を盛り上げていきたいと思います」


「なるほど。情報を広めるというわけですね。中等部の生徒会でも同じような方針を取られていたかと思いますが、その時は効果はありましたか?」


「はい。部活動は活発になり、学園行事も盛り上がりました。大いに意味はあったかと思います。高等部でも同じような改革が行えればと思っています」


「それでは次に学園への意見をお願いします」


「学園の風紀が乱れるようなことを黙認するべきではないと思います。風紀の乱れは最初は些細なものであったとしても、いずれは学園という大きな建物を揺るがすものになるかもしれません。そういうことがないように我々が生徒会として、風紀の乱れを監視し、学園側でも風紀の乱れを招くと思われたことには断固として『ノー』というべきです」


「ありがとうございました」


 次にクリスティン。


「クリスティンさんの掲げる公約はなんでしょうか?」


「ずばり規律ある学園生活です。今の学園は風紀が乱れています(彼女は声を荒げてそう告げた)。ギャンブルにカジノと本来ならば許可されるべきないものが、我がもの顔で居座っているのです。学園の本来あるべき姿から逸脱しています。この名誉ある王立ティアマト学園は次代のアルビオン王国を担う人材を育成するための場所だったはずです」


「なるほど。風紀の乱れを正すことが第一ということですね。中等部では生徒会庶務と風紀委員を兼任なさっていましたが、風紀の乱れについてはそのころから警告を?」


「はい。私は風紀委員として闇カジノの摘発に全力を挙げてきました。生徒会長になった暁には風紀委員の数を増員し、徹底的にこのような風紀の乱れと戦うつもりです」


「それでは次に学園への意見をお願いします」


「風紀の乱れに断固とした態度を。このままでは王立ティアマト学園は不良の温床となり、その名誉が失われてしまいます。次代を担うはずの人材は育成されず、悪さを覚えた子供のような大人ばかりが育つでしょう。学園は徹底的に風紀の乱れと向き合うべきです。これは教師にとっても他人事ではなく、我々生徒にとっても重要なことなのです」


「ありがとうございました」


 次にクラリッサ。


「クラリッサの掲げる素晴らしい公約はなんでしょうか?」


「(彼女は余裕を持った笑みを浮かべた)まさに学園の大改革。今の学園は正直言って退屈なものだ。中等部では自由はなく、高等部では受験勉強に追われる。勉強がしたいだけなら、家庭教師でも雇って家でやればいい。だから、学園生活では学園生活でしか得られない友人たちとともに、学園でしかできないことをやっていくべきだ」


「なるほど。とても素晴らしい公約ですね。中等部でもブックメーカーの創設や合同体育祭の実施などの偉大なる実績を残されていますが、高等部でも新しいことを?」


「もちろん。中等部時代の経験を活かして、高等部でも楽しいことをたくさん準備する。皆が学園に来たくてしょうがないような、そんな学園生活を演出するよ」


「それでは学園への素敵な意見をお願いします」


「このままだと聖ルシファー学園のようなライバル校に生徒を取られて、学園は衰退するだけだよ。思い切った決断をして、学園生活を盛り上げていこう。教師も生徒も分け隔てなく、学園生活を皆が楽しめるように心がけて、常に心に遊び心を持っていれば、これは達成できないことじゃない(彼女はそう告げてその瞳に決意の色を見せた)」


「ありがとうございました」


 以上がインタビューの内容である。


 よく見れば分かると思うがインタビューをしている新聞部の部員が明らかにクラリッサに肩入れしている。もはや新聞部はこの生徒会選挙において公平な存在ではないということが窺えるものであった。


 だが、今回はクラリッサも暴力を控え、金の力で問題を解決していっている。


 このままいけば、選挙戦を制するのはクラリッサだ。


 しかし、そう簡単にいかないのがこの世の中というもの。


「『クラリッサ・リベラトーレ、新聞部と癒着の事実』『クラリッサ・リベラトーレの答弁に偽りあり』と」


「見つけたのはそれだけだが、他にもあるらしい」


 クラリッサがタイプライターで書かれた『告発文』のタイトルを読み上げるのに、フェリクスがそう告げて返した。


「怪文書戦略できたか。間違いなく犯人はフローレンスたちだろうけど、どうせ証拠も何もない情報をばらまいているだけだから、一時的に火はついても、すぐに消えるね。けど、投票日が3日後に迫っているのが問題だ」


 クラリッサはそう告げて考え込んだ。


「選択肢はふたつ。怪文書の出どころをジョン王太子を支持しているフローレンスの仕業だと暴き立てる。またはこちらも怪文書を流して対抗する」


 クラリッサは2本の指を立てて、そう告げた。


「怪文書の流し合いは泥沼になりそうだな」


「しかし、必ずしもフローレンスが犯人だという証拠を掴めるわけでもない。相手に与えられるダメージはもちろん怪文書の主を暴き立てることだけれど、それが不可能なのであればこちらも怪文書を流してダメージを相殺し合うしかない」


 フェリクスがあることないこと書かれた怪文書を眺めて告げるのに、クラリッサは冷静な態度を崩さずにそう告げた。


「つまり、並行してやるってことか?」


「そうなるね。幸いにして人手はある。私が怪文書を作成するから、フェリクスたちは怪文書の出どころを探して。フローレンスの周囲を探るのが早いよ。タイプライターも機種によって文字が違うから、それで見分けて」


「任された。怪文書を出回らせるのは?」


「赤シャツ隊の信頼できる人間に任せる。後はウィレミナとトゥルーデにも手伝ってもらうよ。サンドラはこういうの嫌いそうだから、フェリクスの方に回すね」


 そう告げてクラリッサは役割分担を決定した。


「ここまで来て負けるとかありえないから、絶対に敵の試みを叩き潰そう。泥沼になっても私たちには確かな支持層ができている。勝つのは私たちだ」


「ああ。やってやろう」


 クラリッサとフェリクスは決意を新たに選挙戦最終戦に臨んだ。


 まあ、やるのはデマの流布とデマを流布した犯人の特定なのだが。


……………………


……………………


「あの文書、見た?」


「見た見た。ジョン王太子が浮気してたなんてサイテー。フィオナさんがいるのに」


 どこからともなく出回り始めた怪文書。


 投票日2日前にして事態は混迷を極めていた。


 曰く、ジョン王太子は女子生徒3人と浮気している。


 曰く、ジョン王太子は選挙管理委員会を買収している。


 曰く、クリスティンは風紀委員時代に私情で権限を乱用したことがある。


 曰く、クリスティンは全男子生徒を丸刈りにすることを義務付けるつもりだ。


 こういう内容の怪文書が出回り、生徒たちは困惑するとともに影響を受け始めていた。既に流れていたクラリッサの怪文書よりも影響は大きいかもしれない。


 まあ、それもそうだろう。その流れてきた怪文書と言うのはクラリッサが自分に向けられている嫌疑から目を逸らさせるために意図的に流した怪文書であるのだから。


 新聞部の記事と違って怪文書は根拠のないことを適当に書き散らしても大丈夫。責任を取るべき人間は隠れているのだから。信用するもしないも、その人次第。だが、人はこういう根拠のないデマに限って信じ、広げたがるものなのだ。


 というのも、新聞部の記事と違って怪文書は一部の人間だけがこっそりと知ることになる話である。自分だけが知っている極秘情報というのは優越感を抱かせ、そしてそのことを自慢して回りたくなるのだ。


 そんなわけでクラリッサの流した怪文書はそれはもう凄い勢いで拡散した。


「クラリッサ嬢!」


「クラリッサさん!」


 そして、ジョン王太子とクリスティンがクラリッサの選挙対策本部に怒鳴り込んできたのは、その日の放課後のことであった。


「どうかした? 負けそうだから焦ってるの?」


「違う! この文章は君が流したものだろう!」


 ジョン王太子は『ジョン王太子、放課後の密会。ジョン王太子が囲う3人の女子生徒』という表題の怪文書を机の上に叩きつけた。


「……? 知らないけど?」


「ぐぬぬ。あくまでしらばっくれるつもりか。だが、君以外に誰がこんな文章を流すというのだね! 君以外ありえないだろう!」


「それは心外だ。私だってこういうものを流されていた」


 クラリッサはそう告げてクラリッサに対するネガティブキャンペーンを展開した怪文書をテーブルの上に並べた。


「む。確かにクラリッサさんも怪文書の被害を受けているようですね。こういうことをしそうなのは……」


「ど、どうして私の方を見るのだね、クリスティン嬢!」


 クリスティンはじーっとジョン王太子の方を見ている。


「ジョン王太子も支持層が過激ですから。ちゃんとフローレンスさんたちの行動を把握しておられますか?」


「フローレンス嬢は私の選挙にはかかわらないと言っていたよ。彼女は選挙管理委員会だからね。選挙戦に関わるのは不正行為になる」


「では、既に不正行為は行われているのかもしれませんね」


 クリスティンはそう告げて新聞部の記事のひとつをジョン王太子に手渡した。


「なになに。『選挙管理委員会のフローレンス女史が新聞部を脅迫!』と……。な、なにをやっているんだ、彼女は!」


 ジョン王太子はフローレンスたちの行動をまるで把握していなかったのである。


「ですが、あなたに関する怪文書はフローレンスさんの仕業だとして、私たちに対する怪文書はあなたの仕業ではないのですか、クラリッサさん!」


「ジョン王太子に関しては私のところのスタッフが義憤にかられてやったのかもしれない。けど、クリスティン。君も一応はジョン王太子のライバル候補者なんだからね? それも公約が被っているライバル候補者。君に対する怪文書もフローレンスたちの仕業かもしれないよ?」


「むう。そ、そういわれてみると……」


 クリスティンはうーんと悩んだ末にジョン王太子を見上げた。


「殿下。フローレンスさんに自白させてください。選挙戦がこのような形になるのは風紀が乱れている証拠です。正しい選挙戦の形に戻すためにも、フローレンスさんに怪文書を作成したことを告白させてください」


「い、いや、私はフローレンス嬢が本当にやったという証拠を持っていないのだが」


 仲間割れ発生! クラリッサとしてはにやにやタイムである。


「他に容疑者はいません。さあ、殿下。フローレンスさんに罪を告白する機会を」


「待ちたまえ、クリスティン嬢。計算高いクラリッサ嬢のことだ。自分で自分の怪文書を流した可能性だってある」


「私はそこまでクラリッサさんが酷い人だとは思えません」


「闇カジノをやっているような子だよ!?」


 そうそう、こうなるとクラリッサにとっては好都合だ。


 本来ならこの選挙戦は三つ巴の争いなのである。ふたりでチームを組まれるわけにはいかないのだ。3人が争い合って、互いを貶め合って、そこで初めて勝者が決まらなければならないのである。


「クラリッサ。犯人が分かったぞ」


 フェリクスが選挙対策本部に顔を出したのはその時だった。


「どうだった?」


「フローレンスの選挙対策本部にあったタイプライターの文字と一致した。実際に怪文書をタイプした人間も押さえてある。決まりだな」


 フェリクスはちょっとした脅しと暴力を使って、犯人を導き出していた。


「ということだそうだけど、ジョン王太子?」


「殿下」


 クラリッサとクリスティンが同時にジョン王太子を見る。


「わ、分かった。フローレンス嬢にはちゃんと言っておく……」


 ジョン王太子はしょんぼりして負けを認めた。


「クラリッサさん。あなたもこれ以上の怪文書を流さないでくださいね?」


「怪文書を流していた人を見つけたらそう言っておくよ」


「うがーっ! 怪文書を流したのはお前だろー!」


 というわけで、怪文書騒動は終わった。


 そして、ついに投票日当日が訪れたのだった。


……………………

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[良い点] 「私はそこまでクラリッサさんが酷い人だとは思えません」 すごい。あのクリスティンさんが…… ひとはわかりあえるんだね! (なお、悪魔が微笑む時代とする) [一言] 更新お疲れ様です。
[良い点] まるで、昭和の選挙だ。 [一言] 金の力。 金の暴力。と、いう方もおられますね。
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