娘は票を伸ばしたい
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──娘は票を伸ばしたい
新聞部への買収工作は成功した。
新聞部にはクラリッサの中等部生徒会時代の“功績”が掲載され、またそれを絶賛する記事も掲載された。
曰く、クラリッサは学園の改革者である。
曰く、クラリッサは生徒たちのことを思った本当の生徒会役員である。
曰く、クラリッサの献身的な努力によって生徒会は支えられていた。
まあ、どれも完全にでたらめとは言えないラインを攻めてきているので、ジョン王太子やクリスティンが新聞部に苦情を言うことはできなかった。だが、結局新聞部の買収を許してしまったフローレンスはカンカンである。
「なんとしてもクラリッサ・リベラトーレに票が入るようなことがあってはなりません! あらゆる権力を総動員してクラリッサ・リベラトーレの選挙戦を妨害するのです!」
ジョン王太子の選挙対策本部ではフローレンスが吠えていた。
「そ、それは選挙管理委員会として不味いのでは……?」
「既に相手は選挙管理委員会の監視の目を抜けて、新聞部に接触し、あんな三文記事を書かせているのです! この際、些細な事には目を瞑ります!」
選挙管理委員会が不正を容認するとか世も末である。
「しかし、我々が不正を行ったとなるとジョン王太子殿下の信頼にまで響きます」
「我々はあくまで個人的な意図からジョン王太子殿下をサポートしようとした。ジョン王太子殿下とは実際無関係。その気持ちで行きましょう」
実際のところ、ジョン王太子の選挙対策本部はジョン王太子の意志に反して設置されている。本人はフィオナと一緒に挨拶回りをしていたりするだけだ。
本人も知らぬところで信者が暴走しているとか恐るべきことである。
「まず、どうにかしてクラリッサ・リベラトーレの信頼を落としましょう。新聞部に中等部の生徒会選挙におけるクラリッサ・リベラトーレの違反行為の特集を書かせるのがいいですわね。それから闇カジノについても噂を広めるべきですわ」
「わ、我々が新聞部を強請るのですか? それよりも新聞部に対してクラリッサ・リベラトーレが不正を行ったということをアピールした方が……」
「馬鹿ですの!? 新聞部が自分たちがお金をもらって記事を書きましたなんて記事を掲載するはずないでしょう! ちょっとは頭を使ってくださいまし!」
それもそうだ。
新聞部が自分たちの不正を認める記事など書くはずがない。クラリッサからは大金を受け取っているし、それで印刷機が買い換えられそうでほくそ笑んでいるというのに。
ここはクラリッサの賞賛記事を黙認しながら、それを打ち消すような記事を書かせることが正解である。記事を書かせるにはクラリッサから買収されたことを黙っていることと引き換えに、とでもしておけばいいだろう。
「これは頭脳戦ですわよ。相手は恐るべき敵ですわ。魔王軍ですら裸足で逃げだすでしょう。ですが、我々は決して屈しない! 正門で、玄関で、廊下で、教室で戦う。我々が票の過半数を奪われ、落選の危機にさらされても決して屈しない!」
いや、落選の危機にさらされたら大人しく諦めよう。
「頭を使って戦いましょう。新聞部に書かせる原稿を準備なさい。どれだけクラリッサ・リベラトーレという生徒が怪物なのか暴き立てるのです。それから部活動での組織票集めも忘れてはいけませんわ」
「畏まりました、委員長」
フローレンスの指示に早速ジョン王太子選挙対策本部(自称)が作業に取り掛かる。ペンとタイプライターでネガティブキャンペーン用の宣伝記事を作成していき、外に出た生徒たちは部活動の部長たちにジョン王太子が生徒会長になることの素晴らしさを提唱していく。
だが、一足遅かった。
「新聞部でこういう記事を掲載するのはちょっと……」
新聞部に記事を突き付けたフローレンスに新聞部部長が申し訳なさそうに告げた。
「どういうことですの? お金をもらってクラリッサ・リベラトーレの賞賛記事は書けてもジョン王太子のために記事は書けないとでも?」
「お金をもらった? どこからそんな話が出たのか見当もつきません。とにかく、新聞部でこういう記事は掲載できません。特定の候補者のネガティブキャンペーンなど報道の公平性に欠けていますので」
「何をぬけぬけと! クラリッサ・リベラトーレの賞賛記事は書いたではないですか! それをばらしてもいいのですか!」
新聞部部長が首を横に振るのにフローレンスが叫んだ。
「ということなのですが、どうしましょうか?」
そこで現れたのが新聞部の顧問をやっている教師だった。
「フローレンス君。君は確か選挙管理委員会だったね。それならば選挙期間中に特定の候補者を持ち上げたり、貶めたりする記事を書くことが禁止されていることを知っているのではないかね? 選挙管理委員会である君がそれに違反するとは残念だよ」
「なっ……! さてはクラリッサ・リベラトーレに買収されましたね!?」
「なんの話かな? とにかく、この違反は選挙管理委員会の教師に報告させてもらうよ。ところで、記念撮影などどうかね。なんと新聞部ではカメラが購入できたのだよ」
ふふふと不敵に笑う新聞部顧問であった。もちろん、高価なカメラが購入できたのはクラリッサからの裏金を受け取ったからである。
「殿下が当選したらどうなるか思い知るといいですわ!」
「ハハハ。誰が投票しようとも我々は中立を保つよ」
恐るべし、クラリッサ! 選挙のやり方は完全にマフィア流だぞ!
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新聞部を買収し、部活動の部長を買収し、クラリッサは順調に票を伸ばしているはずであった。取り込めていないのは一部の生徒だけのはずだった。
「むう」
「どうしたの、クラリッサちゃん。票なら順調に伸びてるよ?」
「思ったより少ない」
そうなのである。
今回はジョン王太子との一騎打ちではなく、クリスティンが加わっている。品行方正にして、風紀委員としての実績もあり、小柄ながら頑張り屋のクリスティンに流れる票もあって、クラリッサ陣営は思ったより票が伸びていなかった。
とりあえず、野郎より美少女に入れるわ! という凄く適当な生徒もクラリッサとクリスティンのどちらに投票しようか迷っている。
「何か手が必要だね。いいアイディアは?」
「うーん。前回の反省を活かして、クラリッサちゃんが生徒ひとりひとりに訴えかけるというのはどうかな?」
「なるほど。組織票以外の票を狙っていくんだね」
「そうそう。この学園、部活動に所属している人の方が少ないし」
サンドラの言うことにも一理ある。
王立ティアマト学園は部活動の衰退を嘆いている学園だ。そこで部活動の組織票を手に入れても、入ってくる票は限られる。
選挙戦を動かすのは部活動にも所属せず、普段から選挙活動に興味のない無支持層。これを大きく取り込めれば、選挙戦は大いに優位になるだろう。
そのためにはクラリッサは金や暴力で殴るのではなく、ひとりひとりに顔と名前を覚えてもらって、公約を伝え、選挙当日に自分に票を入れてもらうように頑張らなくてはならない。ジョン王太子はその地道な努力でクラリッサに勝利したのだ。
「しかし、ジョン王太子の二番煎じというのも困りものだな」
「何かイベント開く?」
「アイディアあるの?」
「うーん。自由党とか保守党とか党大会や選挙集会を大人の人たちやるじゃない。そういう派手で、目立つイベントを学園内でやったらどうかな?」
「党大会と選挙集会」
アルビオン王国には様々な政党が存在する。
大きなものはふたつ。ホイッグ党から転じた自由党。貴族たちの大多数が支持する保守党。そして、その他もろもろ。合法的な泡沫政党から警察の公安によって監視されている社会主義政党まで。
そういう政党は党大会を行う。
政党の政治家たちと支持者たちが集まり、候補者は自分の公約や今の政治情勢、支持者への感謝や今後の政党のあり方について意見を交わす。その政党の意志決定をする上で重要な場である。どこの党も似たようなことをする。
党大会という単語だけだと、共産主義国家で偉い人が集まって行うようなものを連想させるが、あれは共産主義政党がほぼ単独で政権を担っているので、政党の方針が国の方針となるためである。別に共産党だけが党大会をやるわけではない。
そして、選挙集会。
こちらは候補者と支持者が集まり、賑やかな雰囲気の中で、候補者が支持者への感謝を述べ、選挙への意気込みを語り、公約を再確認する。東南アジアの選挙を見ていると、まるでお祭りのような集まりが行われているのが見られるだろう。政党や候補者のトレードカラーのシャツを纏い、ライブ会場のような熱気で選挙が行われる様子だ。
「党大会はあんまり関係なくない?」
「ううむ。だね。別に生徒会選挙は政党とかないし。となると、選挙集会?」
「そっちはいいね」
アルビオン王国でも東南アジアの選挙ほど熱狂的ではないが、選挙集会は行われている。政治は紳士のやるものなので、紳士的な盛り上がりの中で、政治家たちがアルビオン王国の将来について熱弁を振るう。政党によっては集会を開くと警察が鎮圧しに来るものもあるので、こっそり行われているものもある。
「じゃあ、先生に許可取って場所を確保して、選挙管理委員会に問題がないか問い合わせよう。他には何が必要かな?」
「……グッズ?」
「……なんの?」
選挙集会をいまいち何なのか理解していないクラリッサである。
「いや。私のトレードカラーである朱色のシャツで統一して、一体感をアピールすれば、他の候補者もビビるんじゃないかなって」
「投票日まで7日しかないのにそんなの用意できるの?」
「できるよ?」
「…………」
そこまでの学園外での権力を既に持っているなら、別に生徒会長になんてならなくてもいいのではとサンドラは思った。
「支持者を集めて、シャツを配ろう。決定」
「了解。私は先生に許可取ってくるね。場所はどこがいい?」
「そうだね──」
クラリッサが考え込む。
「正門前で」
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“クラリッサ・リベラトーレを生徒会長に!”
と、書かれた巨大な横断幕が正門前に設置された。
サンドラが場所の使用許可を取り、ウィレミナが選挙管理委員会の許可を取り、それから僅か2日でクラリッサの選挙集会のセッティングは完全に完了した。
魔道灯の輝きで照らし出されるステージ。アイドルのコンサート会場のようなそれが、瞬く間に王立ティアマト学園の正門に出現したのだった。
もちろん、クラリッサが魔術で生み出したものではない。これはリベラトーレ・ファミリーの構成員が夜中に学園に侵入し、大急ぎで組み立てたものである。リーチオが渋々と構成員を動員する許可を出し、クラリッサが賃金を支払って行われた。
この1日前にはクラリッサの支持者たちに瞬く間に作られた朱色のシャツが配布されており、そこには『王立ティアマト学園を再び偉大な学園に!』と書かれていた。どこかの大統領のスローガンを思い起こさせる文句である。
「諸君! 学園生活に不満はないか!」
「ある!」
クラリッサがその演台に上って支持者に訴えかけるのに、支持者が声を返す。
「低予算な部活動! 娯楽の少ない学校行事! 代り映えのしない日常! 我々の不満は今ここに集まっている! 状況を打開するには、この王立ティアマト学園を再び偉大な学園にするためには、生徒会の強力なリーダーシップが必要だ!」
「おー!」
クラリッサが珍しく大声を出すのに、統一された朱色のシャツの一団が叫ぶ。
「ジョン王太子も、クリスティン・ケンワージでも実現できないことを私は実現しよう! 夢のある学園生活を! 笑顔のある学園生活を! 娯楽のある学園生活を! 勉強だけが学園生活の全てではない! 我々には学園生活を楽しむ権利がある!」
「おー!」
クラリッサは熱弁を振るい続ける。
「王立ティアマト学園を再び偉大な学園に! 私は学園を変えて見せよう!」
「クラリッサ・リベラトーレを生徒会長に!」
朱色のシャツを纏った支持者たちが一斉に声を上げる。
この後、クラリッサの熱弁を見た生徒たちは『クラリッサさんなら学園生活を面白くしてくれるかもしれない』と思って、支持率がやや伸びた。
そして、ここで組織された朱色のシャツの支持者たちは『赤シャツ隊』と呼ばれ、クラリッサの生徒会選挙を大きく支えることになる。
赤シャツ隊だが別にイタリアを統一したりはしない。
それはともかく、伸び悩んでいた支持率が向上したことにクラリッサは満面の笑みであった。流石にクラリッサが開いたような選挙集会をジョン王太子やクリスティンが開けるはずもなく、彼らは地道な選挙活動を続けることとなる。
しかし、ここまで大げさにやって、本当に大丈夫?
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