娘は連続殺人鬼を捕まえたい
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──娘は連続殺人鬼を捕まえたい
その日の放課後も部活動は行えず、クラリッサたちは都市警察に寄った。
「よう。来ると思ってたぜ」
レストレードはすぐに姿を見せて、クラリッサたちを喫茶店に連れていった。
「6人目と7人目の殺しだが、これまでの件と同一犯だ。死体からは内臓が抜かれていた。死体から内臓が抜かれていることを知っているのは、今のところ犯人と都市警察ぐらいだけだ。模倣犯にしてはできすぎている」
レストレードは安いコーヒーを注文し、そう語った。
「けど、今回は女性じゃなくて男性が殺されているよ?」
「そこだ。背景を調べたんだが、この男は北ゲルマニア連邦で賞金稼ぎをしている男だった。女の方は娼婦だ。恐らく男は女を餌にして犯人を引き寄せ、そこで捕まえるつもりだったんだろう。だが、返り討ちにあったわけだ」
「やっぱり賞金稼ぎだったか」
クラリッサの推理は的中していた。
「しかし、賞金稼ぎが返り討ちに遭うって不味いんじゃ?」
「ああ。武装したプロの賞金稼ぎがあっさり殺されるってことは、まともな訓練を受けていない都市警察のパトロール警官じゃ、対応できる相手じゃない。ちとばかり不味い状況になってるのに、捜査本部も対策を練りあぐねてる」
ウィレミナがおずおずと告げるのに、レストレードは頭を掻いた。
「そこは私に任せてもらおう」
そこでクラリッサがどうどうと宣言した。
「いやな。話聞いてたか? プロの賞金稼ぎが返り討ちに遭う相手だぞ? それもそのプロの賞金稼ぎは従軍歴があって東部戦線で4年戦っているんだ」
「私に任せろ」
レストレードがおいおいという顔をするのに、クラリッサはグッとサムズアップして返した。どこから湧いてきた自信なのか謎である。
「勘弁してくれ。俺の渡した情報でお前さんに何かあったらリベラトーレの旦那に豚の餌にされる。俺はもう少し長生きしたいんだ」
サンドラは豚の餌にするのはポピュラーな殺害方法なのだろうかと思い始めた。
「大丈夫。言わないから。まあ、ばれたけど」
「おい」
リーチオの嗅覚は警官特有の安物煙草の臭いを嗅ぎつけたぞ。
「それより連続殺人鬼だよ。どうすれば捕まえられるかな? 待ち伏せ?」
「それは警察がやってる。娼婦たちが集まる場所に武装した警察官を配置している。ここ最近は夜中に出歩くのは娼婦ぐらいのものになったし、いつかは引っかかるはずだ。しかし、娼婦ってのはあちこちで商売するからな」
今、ロンディニウムは連続殺人鬼の噂でもちきりになり、賢明な女性たちは夜間外出を控えていた。夜中でも外にいるのは娼館などに加わっていない娼婦たちだ。
「となると、別のアプローチを考えないといけないね。臭いを追うか」
「臭いなら警察が警察犬を使って散々追いかけた。だが、どれも途中で臭いが途絶えていて、追跡できなくなっている。今回も同じだ」
「ちっちっちっ。警察犬とは比べ物にならない嗅覚を持った生き物がいるんだよ」
「なんだ。使い魔か?」
「まあ、そんなところ」
レストレードはアルフィのことを知らない。
アルフィのことを知っているサンドラとウィレミナはあれは感覚器まで鋭敏な化け物なのかと戦慄した。
だが、ここでクラリッサが言っているのはアルフィのことではない。
クラリッサ自身のことである。
クラリッサは人狼ハーフとして、人間より遥かに優れた嗅覚を持っている。警察犬には劣るかもしれないが、クラリッサは犬と違って考えることができる。臭いがどうしてそこで途絶えてしまったのかという解答に近づけるはずだ。
「証拠物件って要らないものってある?」
「すげーこと聞いてきたな。証拠物件で要らないものなんてあるはずないだろ。証拠物件だぞ? だが、具体的な現場は教えてやれる。臭いが残っているかもしれないぞ。住所を言うからメモしておけ」
そう告げてレストレードは第6と第7の殺人が起きた現場の住所を述べた。
「サンキュー。じゃあ、情報料100万ドゥカートね」
「毎度あり。だが、本当に危ないことに首を突っ込むんじゃないぞ。何かあったら俺の首まで物理的に飛ぶんだ」
「任せといて」
レストレードが心配そうに告げるのにクラリッサがそう返した。
「それじゃあ、早速現場に行ってみようか」
「殺人現場に行くだなんてちょっと怖いね」
「大丈夫。ただ人が死んだだけだから」
そして、クラリッサたちはレストレードが教えた住所に向かった。
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「ここがそうだね」
「血痕も何も残ってないよ」
殺人事件の現場は綺麗に清掃された後だった。
既に鑑識は仕事を終え、都市の景観が血で汚れていては困るというロンディニウム市長の圧力で血痕は綺麗さっぱり水で流されてしまっていた。
まあ、DNA鑑定などの科学的捜査もできないこの世界の鑑識は指紋を採取したりするぐらいで、そこまで厳密に鑑識が調査することはないのである。
「ふむふむ。ここが現場か」
「アルフィは連れて来なくていいの?」
「アルフィはまた今度」
クラリッサはそう告げて周囲の臭いを嗅ぎ始めた。
水で流されていても地面に染み込んだ血の臭いは残っている。血液の酸化した鉄さびの臭いがするのにクラリッサは現場を歩いていく。
サンドラとウィレミナも疑問に感じながらクラリッサの後に続く。
「ふむふむ。ここら辺で途切れているけれど、これは──」
クラリッサは空を見上げる。
「上に続いている」
クラリッサの嗅覚はここら辺の建物の屋上に血の臭いが続いているのを嗅ぎつけた。
「ちょっと失礼して」
「クラリッサちゃん!?」
クラリッサがひょいと屋上に飛びあがるのにサンドラたちが慌てふためく。
「やっぱり屋上伝いで逃げたか」
建物の屋上には血痕が残っていた。
「ちょっと追ってみよう」
クラリッサは屋上から屋上に飛び移って血の臭いを追跡する。
「おや?」
そうやって何軒かの家屋の屋上に伝っていったときだ。
前方に人影が見えた。
「ん。君は……」
「ども。お兄さん、連続殺人鬼?」
クラリッサが飛び移った屋根の上にいたのはひとりの青年だった。すっきりとした顔立ちで、スリーピースの背広を纏い、このロンディニウムの街並みを見渡していた。
「いや。違うよ。どちらかというと連続殺人鬼を追いかけている方かな」
「賞金稼ぎかな?」
「名探偵と言ってほしいね」
クラリッサが首を傾げ、青年はそう告げた。
「名探偵は小説にしかいないよ。それにお兄さん──」
クラリッサが鼻を鳴らす。
「人間じゃないでしょ?」
クラリッサの嗅覚はこの目の前の青年から臭いをかぎ取っていた。父であるリーチオが漂わせているのと似たような臭いを。すなわち、人狼の臭いを。
「そういう君も人間じゃなさそうだ。馬鹿なことは考えない方がいい」
「あなたが連続殺人鬼でないという証拠があるなら馬鹿なことはしないよ」
「おやおや。そういうのを悪魔の証明というのだよ」
クラリッサが告げるのに、青年は肩をすくめて見せた。
「まあ、安心したまえ。犯人はそう遠くないうちに我々が見つけ出す。そして、処理する。このロンディニウムにもまた平穏な日々がやってくるとも」
青年はそう告げて、またロンディニウムの街並みを見渡した。
「繁栄した都市だ。私のような田舎者は気後れしてしまう」
青年はため息をつく。
「お兄さん。名前は?」
「ブラッド・バスカヴィルだ。どうぞよろしく」
「そう」
青年が答えるのにクラリッサはただ頷いた。
「君の名前は?」
「知らない人に名前を教えたらダメだってパパが」
「それなら仕方ない」
ブラッドはクスクスと笑うと、クラリッサを見つめた。
「さあ。そろそろ子供は家に帰る時間だ。探偵ごっこはお終いにしたまえ。そう遠くないうちに事件は終結する。まだ幾分かの血は流れるだろうが、君が気にするものじゃない。家に帰って両親を安心させてくるんだ」
ブラッドは強い口調でそう告げ、クラリッサの瞳を見つめた。
「そうする。任せていいんだね」
「もちろんだ。私に任せておくといい」
「それじゃ」
クラリッサは元来た道を逆方向に戻っていった。
「やれやれ。あれがリベラトーレのお嬢様、か。面倒な子供をもうけたものですね。リーチオさん。いなくなったかと思えばこういうことをしているだなんて」
ブラッドはそう告げると鼻を鳴らし、血痕の臭いを探った。
「身内の不始末を処理するのもこういう仕事の定めか。早急に片付けるとしよう。今はまだ目立つわけにはいかない」
そう告げてブラッドは家屋の屋根から屋根に飛び移っていった。
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「ただいま、パパ」
「おう。お帰り」
いつものようにクラリッサが屋敷に帰宅する。
「……今日も都市警察に寄ってきたな?」
「黙秘権を行使する」
かすかながら安物の煙草の臭いを漂わせて帰ってきたクラリッサをリーチオが睨む。
「ちょっと待て。この臭いは……」
そこでリーチオが僅かに取り乱した。
「クラリッサ。今日誰と会った? レストレード以外の人間だ」
「ブラッド・バスカヴィルって人。名探偵らしいよ」
クラリッサがその名を告げた途端にリーチオが黙り込んだ。
「パパ?」
「ああ。グレンダが来るから準備しておきなさい。学校は5時で終わるはずなのに帰りが遅すぎるぞ。これからは寄り道せずに帰ってきなさい」
リーチオはそうとだけ告げて、クラリッサを自室に向かわせた。
「了解。事件の解決は大人に任せるよ。私にはどうしていいのかさっぱりだから」
クラリッサは今日一日頑張ってみたものの、証拠と言う証拠もつかめず、空振りに終わり、犯人の見当はまるでつかなかったために犯人を追及することに飽きていた。今のところ、身内の女性が襲われる気配もないし、部活動は犯人が捕まれば再開するし、クラリッサは事件解決を大人に任せることにした。
「そうだぞ。子供があれこれ手を出していいものじゃない。学生の本分は勉強することだ。しっかりと勉強して、オクサンフォード大学に合格して、無事に卒業できるようにしなさい。今の勉強もいつか役立つ日が来る」
「おう」
クラリッサはリーチオにグッとサムズアップして返すとトトトと2階の自室に向けて駆け上っていった。
「人狼。ブラッド・バスカヴィルか……」
クラリッサの去った書斎でリーチオが考え込む。
「まさかお前なのか。アルビオン王国における薬物取引組織を構成しているというのは。お前は誰よりもそういう戦い方を嫌っていたじゃないか」
リーチオはそう告げてぼんやりと机を眺める。
「かつての騎士たちのように堂々と。そう戦いたいと言っていたのはお前じゃないか。何がお前を変えた。戦争か? このあまりにも長すぎる戦争がお前を変えてしまったのか? 俺はお前がこういうことに組しているとは決して考えなかったのに」
そして、リーチオは力なく首を横に振った。
「次に会う時はどちらかが血を流すときだ。俺はもう魔王軍には忠誠を誓っていない。魔王にも。そうであるならば、魔王のために汚い仕事をするお前は敵だ、ブラッド」
リーチオはそう告げて息をつき、目を閉じた。
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