娘は連続殺人事件を捜査したい
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──娘は連続殺人事件を捜査したい
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り」
いつものようにクラリッサが帰宅する。
ただし、今日は都市警察からの帰りだ。
「……安物の煙草の臭いがするな」
クラリッサがこそこそと自室に戻ろうとしたとき、リーチオが鼻を鳴らした。
「さては、都市警察に寄ったな?」
「なんのことだかさっぱりわからない」
リーチオが指摘するのにクラリッサが棒読みでそう告げた。
「例の連続殺人事件、首を突っ込もうとしているだろう。レストレード辺りの汚職警官に会ってきたか? あれは警察と賞金稼ぎに任せておけばいいんだぞ」
「でも、連続殺人鬼のせいで部活ができないんだよ?」
「部活ぐらいでどうこう言わない。命が取られたら大変だろうが」
お父さんが正論です。
「ウィレミナが大会目指して頑張ってるのに連続殺人鬼のせいで台無しなんだよ? それに放置してたら私の友達が殺されちゃうかもしれないんだよ?」
「だからといってお前が何かする必要はない。これは大人の仕事だ。小説みたいな名探偵が出てきて解決してくれるわけでもなければ、犯人が子供だからと言って見逃すわけでもない。子供は子供らしく、大人に守られていなさい」
「ぶー……」
クラリッサは不満であった。
「それに、だ。お前には連続殺人鬼探しより、大学入試という重要な仕事があるだろう。今は勉強をしなさい。連続殺人鬼を探しても内申点は上がらないんだからな」
「なんでもテスト、テストってのはよくない傾向だと思う」
「そうかもしれないが、とにかく連続殺人鬼にはかかわるな。いいな?」
「考えておく」
「考えておく、じゃない」
クラリッサは明確な返事をしないという手に出た。
「連続殺人事件より大学入試。ホテルとカジノを経営したいんだろう?」
「それだけど、ホテルとカジノの建設予定地で殺人事件が起きてるよ。ウェストインディアンドッグでしょ? 今度、ホテルとカジノが建つのは」
クラリッサが閃いたとばかりにそう告げる。
「知ってる。だから、懸賞金をかけてるんだ。プロの探偵や賞金稼ぎがロンディニウムに集まっている。犯人がどこのいかれ野郎かはしらんが、そう遠くないうちにファミリーにその首が届くことになるだろう」
「私が捕まえても500万ドゥカートもらえる?」
「あげない」
リーチオは即答した。
「ケチ」
「ケチじゃない。どうせ次の高等部の生徒会選挙では選挙資金に500万ドゥカートやるんだからそれでいいだろう?」
「金はあればあるほど幸せになれる」
「……お前の教育方針を間違えたような気がしてきた」
クラリッサが胸を張るのにリーチオは頭を抱えた。
「よし。連続殺人事件に手を出さないと約束したらお小遣いをやろう。どうだ?」
「む。なかなかずるい手に出たね、パパ。けど、連続殺人鬼のせいで部活が中止になったり、友達が危険にさらされたりするのを看過する私じゃないよ」
「お前、将来の夢を今から警察官にでも変えるか?」
「警察官は儲からない」
クラリッサの事情は複雑であった。
「とにかく、殺人事件に子供が首を突っ込むのはダメ。今は大人しく勉強しなさい。そろそろグレンダが来る頃だ。準備しておきなさい」
「グレンダさんも送り迎えしてあげないと危なくないかな?」
「この時間帯は大丈夫だろうが、帰りは送ってやった方がいいだろうな」
殺人鬼が行動を始めるのは19時頃から。グレンダがリベラトーレの屋敷に来るのは18時ちょっと前辺りである。
「お嬢様。グレンダ様がいらっしゃいました」
「ほら。先生が来たぞ。勉強するんだ。いいね?」
使用人が告げ、リーチオが2階を指さす。
「了解。今は勉強するよ」
「よろしい。今度の期末テストでもいい成績を取るんだぞ」
クラリッサは渋々と頷くと、グレンダを迎えに玄関に向かった。
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「それでさ。どう思う、グレンダさん? 本当に警察に任せておいて大丈夫かな?」
クラリッサの自室で休憩の時間にクラリッサがそう尋ねていた。
「都市警察はあまり頼りがいのある組織じゃないけれど、これまで何件もの殺人事件を解決しているよ。それに都市警察にはとっておきの名探偵がいるって話だし」
「なになに? それって初めて聞くよ」
グレンダが告げるとクラリッサが身を乗り出した。
「小説の話よ。ベーカー街111Bの名探偵。知らない?」
「知らない。しかし、現実に名探偵はいないの?」
「現実の名探偵は聞かないね。名刑事ってのはいるみたいだけれど」
「ふむふむ」
「なんでも街のゴロツキを纏めて逮捕した人らしいよ。名前は……レストレードだったかしら。確かそんな名前の人よ」
「……ああ」
レストレードの逮捕劇はリベラトーレ・ファミリーの手によるものだ。彼はリベラトーレ・ファミリーの犯罪を見逃す代わりに、街のゴロツキを逮捕できる証拠を受け取ったのであった。名刑事というか迷刑事である。
「しかし、街が物騒なせいで部活動はできないし、友達も不安がってるし、どうにかしたいよね。警察はどうやって犯人を追跡するんだろう?」
「私も詳しくはないのだけれど、警察犬を使ったり、張り込みしたり、パトロールの頻度を増やしたりして対策するんじゃないかしら。名探偵がいてくれたら、案外意外なところからヒントを得て、サクッと解決してくれるのかもしれないけれど」
「名探偵か……」
クラリッサはこの事件をいろいろ考えてみたが、さっぱり分からなかった。クラリッサは名探偵にはなれそうにない。
「さ。そろそろ休憩はお終い。勉強に戻りましょう」
「了解」
それからクラリッサは予習復習をしっかりと纏め、大学入試のための勉強を行うと時間になって勉強を終えた。
「クラリッサちゃん。どう? 学校の勉強は分かりやすくなった?」
「うん。なかなか頭に入ってくるようになったよ。グレンダさんのおかげだね」
最近のクラリッサは学園での勉強にもある程度熱心で、グレンダから教わった予習の成果を示し、授業中に当てられても大丈夫なようになっていた。これまでの授業中はシエスタタイムだったクラリッサからすると大きな進歩だ。
「その調子で学園の勉強も頑張って。クラリッサちゃんならきっとオクサンフォード大学に入学できるはずだから」
「おうともよ」
グレンダが励ますのに、クラリッサがサムズアップして返した。
「それじゃあ、今日はこれでお終い。学園での勉強も頑張ってね」
「グレンダさん。物騒だから今日もシャロンに送ってもらおう?」
グレンダが参考書などを仕舞うのに、クラリッサがそう告げた。
「そうね。確かに物騒だものね。このイースト・ビギンは現場からは離れているらしいけれど、犯人は移動しているって話だし。お言葉に甘えてもいいかな?」
「もちろん。シャロンに伝えて来るから待ってて。シャロンは元軍人でもあるから、殺人鬼が来たとしても叩きのめせるよ」
「それはとっても心強いね」
というわけで、今日もグレンダは馬車で帰宅。
「クラリッサ。勉強の方はどうだ?」
「ばっちり。今度の期末テストで5位内に入れたら新大陸に行こう」
「また唐突だな……。まあ、夏休みなら時間もあるし、新大陸に行くのも悪い話じゃないが。最近は蒸気船が全面的に使われるようになってきたらしいしな。新大陸までの船旅も、かなりマシになっただろう」
これまで大西洋を横断して新大陸に渡るのは一苦労だった。途中で遭難したりする船が少なからずいた。だが、最近の船は蒸気機関を備え、最新の航法装置も搭載されているため、そのような可能性は限りなく低くなっている。
「しかし、新大陸で何が見たいんだ?」
「リバティ・シティ。何といってもあそこだよ。ニーノおじさんにいつでも遊びに来ていいって言われているから遊びに行く」
「リバティ・シティか……」
リバティ・シティは今麻薬戦争の影響で治安が乱れに乱れているはずだ。
「考えておいてやろう。現地の治安も見定めてな」
「やった」
麻薬戦争の影響が収まっていなければ、新大陸旅行は無理である。特にリバティ・シティは絶対に無理である。
「それより5位内に入れる見込みはあるのか?」
「任せろ」
今のクラリッサは自信に満ちている。
「それから、パパの伝手に名探偵はいない?」
「はあ? 名探偵?」
唐突なクラリッサの質問にリーチオが首を傾げた。
「そ。名探偵。連続殺人鬼をあっという間に捕まえてくれそうな人」
「いねえよ、そんな人間。せいぜい不倫だとかを調べる探偵がいるくらいだ」
「はあ。夢がないなあ」
「お前は夢を見すぎだ」
クラリッサがやれやれという風に肩をすくめるのにリーチオが突っ込んだ。
「名探偵がいなくても賞金稼ぎはいる。連中はマンハントのプロだ。犯人がどういう人間かは知らないが、賞金稼ぎどもに狙われていつまでも逃げおおせることはできんだろう。遅かれ早かれ、犯人は捕まる」
「そして豚の餌にするんだね?」
「…………はあ」
クラリッサが目を輝かせながらリーチオを見るのにリーチオはため息をついた。
ベニートおじさんがいなくなってもその影響はなくなりそうにない。
「豚の餌にするかどうかは状況次第だ。絶対に豚の餌にすると決まったわけじゃない」
「ミンチにするの手伝うよ」
「手伝わなくていい」
クラリッサは肩をもむよと同じ感覚で犯人をミンチにする手伝いを申し出た。
「それにしても私も賞金稼ぎがしたいな。誰か紹介してよ、パパ」
「ダメ」
「どうしても?」
「ダメ」
お父さんは頑なな防御の姿勢に入ったぞ。
「仕方ない。自分で雇おう」
「おい」
そんなこんなしながら、その日の夜も過ぎていった。
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「クラリッサちゃん。6人目と7人目の被害者だって」
「え。ふたり殺されたの?」
「うん。今日の朝刊に載ってた」
サンドラはそう告げて朝刊をテーブルに広げる。
「『ギスラヒルにて若い女性と男性が殺害される。連続殺人事件との関係性は?』と」
クラリッサは新聞の1面を飾った記事を読んだ。
「あれ? 今回は男性が殺害されているの?」
「みたい。だから、本当に連続殺人事件の犠牲者かはまだ分からないんだって」
「ふうむ。気になるな。ひょっとして賞金稼ぎだったのかも」
「賞金稼ぎ?」
「そ。うちのファミリーが連続殺人鬼に500万ドゥカートの賞金を懸けたから、それを狙って賞金稼ぎが集まってるってパパが言ってた」
クラリッサは殺されたのは連続殺人鬼を狙っていて、返り討ちに遭った賞金稼ぎではなかろうかと推理した。他に思い当たる節はない。
もっとも、この2件の殺人事件がこれまでの連続殺人とは異なる犯人によるものという可能性もあるのだが。
「ところでクラリッサちゃんの家はどうして連続殺人鬼に懸賞金を……?」
「豚の餌にするためだよ」
「連続殺人鬼より怖いこと言いだした」
一般的に人間を豚の餌にするのは鬼畜の所業である。
「またレストレードおじさんに話を聞いてみよう。教えてくれると思う」
「いいのかなー? なんだか汚職しているみたいで悪いよ」
「汚職しているみたいもなにも歴とした汚職だよ」
「言い切った」
お金で捜査情報を横流しするのは立派な汚職である。
「しかしブラックチャペル、ウェストインディアンドッグ、そしてギスラヒルか。ロンディニウム中で殺人事件を起こすつもりかな。犯人は相当にやばい奴で間違いなさそうだ。これは一刻も早く捕まえないと」
クラリッサはそう呟いて、腕を組んだのだった。
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