父は娘の進路について相談したい
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──父は娘の進路について相談したい
「状況はあまりいいとは言えません」
定例の幹部会でピエルトがそう告げた。
「ヘロインの押収件数は6件。ぱっとみると微々たる数のようですが、持ち込まれたヘロインの重量は480キログロム。相当な量です。ボスがおっしゃっていたようにアルビオン王国内部に薬物取引組織があるとみて、売人を片っ端から尋問してます」
ピエルトは尋問と言ったが、実際は拷問だ。
ヤクの売人は路上で拉致され、郊外の農場や倉庫街の地下で拷問される。拷問専門の医療技術を持った人間もファミリーにはおり、そういう人間が相手が死亡しないギリギリのラインで最大限の苦痛を与えるのだった。
そして、死体はテムズ川に浮かべるか、豚さんの餌になる。
リベラトーレ・ファミリーはそのような行為を行っていることを隠そうともしていない。むしろ、暗黒街に広まるように死体を目立つ場所に吊るすことすらしている。
これは警告だ。ヤクに手を出せば、こういう目に遭うということを示す警告だ。
ヤクの売人でも末端の人間は臆病だ。よほど大きなバックがない限り、大胆な行動には出れない。いくらヤクの売人が喧嘩になれたチンピラだったとしても、それと敵対しているマフィアの方は組織された暴力集団なのだ。レベルが違う。
つまり、ヤクの売人が未だにのさばっているというのは、マフィアに匹敵するバックがヤクの売人の背後に控えているということになる。
「バックの存在が知りたいな。なんとしても情報を引き出せ。ファビオ、そっちの方の調査はどうなっている?」
「ヘロインの流入ルートはやはり外洋での瀬取りとみて間違いなさそうです。押収されたヘロインを追跡したところ、出どころは本来なら外国と関わり合いのない小さな漁村でした。これは漁船を沖に出して、そこでフランク王国の船から荷物を受け取ったことを意味します」
ピエルトがヤクの売人から情報を集めている間に、ファビオはそのヤクの売人が取り扱う薬物の出どころを探っていた。犬を使って臭いを追跡し、情報を収集し、港と言う港に目を光らせ、そうやって出どころを突き止めた。
「となると、ドーバーを押さえているだけでは流入を阻止できんな。ヤクの密輸に関わった船長たちはちゃんと処理したか?」
「全員を。吊るしておきました」
「結構。少しは学習するだろう。副業にはリスクが伴うと」
こういう場合は警察の取り締まりだけではどうにもならない。マフィアが表に出て、関係者を皆殺しにして警告を与えるしかないのだ。
警察には全ての港を見張る予算も人材もないのだから。
「ヤクの売人どもの背景には何かがいる。何かがアルビオン王国に入り込んだ。そいつをつまみ出さなければならない。いや、そいつらをテムズ川に浮かべてやるべきか」
リーチオはそう告げて幹部会のメンバーを見渡した。
「麻薬戦争は目下、最大の問題だ。これを解決せずしてリベラトーレ・ファミリーの存続はあり得ない。ヤクの売人どもに容赦をするな。都市警察に任せるな。我々の手で処理してやれ。分かったな?」
「畏まりました、ボス」
リーチオの強い言葉に全員が頷く。
「それから問題と言えばロンディニウムの新規開発地区だ。特区法案は通過したと聞くが、反対派が躍起になっているとも聞く」
そう告げてリーチオはマックスの方を向いた。
「特区法案が通過し、次はカジノ法案だという流れに反発する動きは確かにあります。保守派の議員たちが中心となってメディアを使って反対を呼び掛けています。ですが、市議会でクーデターでも起きない限り、カジノ法案は通過します。可決後に何も問題が起きなければ、その後カジノ法案が廃止されることもないでしょう」
マックスとピエルトは様々な手段を使って議員の首を縦に振らせた。
それでも首を縦に振らなかった議員たちが『カジノ法案はロンディニウムの治安を大きく退廃させ、ロンディニウムの名を汚すことになる』とメディアを通じて、民衆に訴えかけている。だが、普段が貴族という特権を享受している保守派の貴族の言うことに耳を貸す民衆は少なく、逆にカジノ法案が通過すれば、観光客は倍増し、雇用も生まれるというリベラトーレ・ファミリーの流した情報に同意する民衆の方が多かった。
もし、何かの間違いで市議会が解散したとしても、保守派の議員たちが大きく躍進することはないだろう。たとえ選挙権が男子のみで収入によって限られているとしても、選挙権のある人間はほぼカジノ法案に賛成している、
「何も問題はないということか。それは結構だ」
リーチオは満足そうに頷く。
「それでは引き続き、薬物取引組織の正体を探り出せ。そして連中を始末しろ」
「それについてですが、抗争になるなら魔道兵器を増強しませんか? もし、連中がマフィアを恐れないほどのバックを持っているならば、それなりの抗争が予想されます。今の装備だけでは不十分かもしれません」
ピエルトがそのように告げた。
「それもそうだな。購入についてはピエルトとファビオに任せる。両者ともに戦場を知っている人間だ。確かな武器を選んでくれると期待しているぞ」
「はい、ボス」
こうして定例の幹部会は終了した。
リーチオはこの後、進路相談のために王立ティアマト学園に行くことなる。
お父さんとマフィアのボスの両立は大変だ!
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「クラリッサ・リベラトーレさん。リーチオ・リベラトーレさん。お待たせしました。どうぞお入りください」
王立ティアマト学園の進路相談室の前でクラリッサとリーチオが待っていたのに、進路相談室から担当教師が顔を見せた。
「いくぞ、クラリッサ」
「おー」
リーチオが促し、クラリッサが進路相談室に入る。
進路相談室は立派なものだった。
流石は貴族の子女を預かる学園なだけあって、貴族の客間のようになっている。赤絨毯が敷かれ、高級なソファーが置かれ、マホガニーのテーブルが設置されている。
「どうぞ、お座りください」
担当教師に促されて、クラリッサたちは席につく。
「クラリッサさんは進学をご希望とのことで進学コースに入っておられますが、既に志望校などはお決まりでしょうか?」
「オクサンフォード大学の経営学部」
教師が尋ねるのにクラリッサが即答した。
「オクサンフォード大学の経営学部。ふむ……」
担当教師はそう告げて、考え込む。
「無理ではないでしょう。ここ最近のクラリッサさんの成績は上がっています。オクサンフォード大学が狙えないものでもありません。ただ、もう少し成績を上げなければ確実に合格するとは断言できませんね」
B判定ぐらいです、と教師は告げていた。
B判定ではとても安心できない。受かったら運がよかったねという具合である。確実に合格するためにはA判定が必要だ。
「模試などはあるのか?」
「もちろんです。進学路別に試験を行います。そこで正確な判定が出るでしょう」
どうやら期末テストなどとは別に模試を行うようだ。
クラリッサはテストが増えるような気配にげっそりしている。
「それで、オクサンフォード大学の経営学部を目指すとなると、理系と文系のどちらを選択したらいいんだろうか? この子はあまり文系は得意じゃない」
「経営学部なら文系をお勧めしていますが……。そうですね。理系でも受験は可能です。その代わり、別途で二次試験対策をする必要がありますよ」
クラリッサは文系は苦手である。だが、経営学部は文系だ。
「オクサンフォード大学の経営学部の二次試験は第一外国語と数学だったか」
「ええ。その通りです。よく調べていらっしゃる。経営学部は確かに文系ではあるのですが、数学が重視されます。学部内の授業でも数学にまつわる講義が多いですからね。なので、理系が得意であるならば第一外国語の勉強に専念すれば合格は難しくありません」
リーチオもグレンダが持って来たパンフレットに目を通していた。文系科目なので歴史や地理が必要されるかと思ったのだが、意外なことに二次試験は数学と第一外国語だっただ。これならば行けそうだとリーチオは思ったのだった。
「ということは理系のまま進んでも?」
「ええ。大丈夫です。理系でも第一外国語は行いますので」
というか、第一外国語はほとんどの入試で必要とされるのだ。理学部だろうと工学部だろうと法学部だろうと第一外国語が不必要な入試は存在しない。
「ところで、推薦についてはどうだろうか?」
「推薦、ですか。クラリッサさんは生徒会活動を熱心に行われ、魔術部として大会記録も有している。その点を踏まえれば可能性はあるのですが、これまでの成績がいかんせんながら基準に満ちないといいますか……」
クラリッサはこれまで勉強はさぼってきたからしょうがないね!
「今から巻き返せる?」
「不可能ではないですが、それこそ学年1位を取り続けるぐらいでないと」
「よし。諦めよう」
学年1位は不動のウィレミナ。勝てるはずもなく。
「学園の方でも進学コースということでしっかりと教育はしてくれるんだな?」
「ええ。もちろんです。全ての生徒が進学できるように学園でも全力を尽くします」
リーチオとしてはグレンダのみに頼らず、学園の授業でもクラリッサの成績が伸びてくれることを期待していた。
「それではよろしく頼む。他に相談するべきことは?」
「理科が物理、化学、生物学に分かれるのですが、オクサンフォード大学の入試試験ではこのうちふたつを選ぶ必要があります。その点をどうなさいますか?」
「ふむ」
理科は専門分野に特化した形になる。そして入試にはこのうちふたつが必要。
「クラリッサ。どれがいい?」
「どれでもいけるよ?」
「なら、一番点数が取れそうなのを選びなさい」
「ふむ」
クラリッサは腕を組んで考え込む。
「物理と生物学、かな? 化学も好きだけど、点数が一番取れそうなのはこれ」
「そういうことだ」
クラリッサは理系はどれもいけるのだ。
「はい。でしたら、後はご質問なさりたいことをお聞きください」
担当教師はそう告げてクラリッサとリーチオを見る。
「オクサンフォード大学ってどれくらいの難易度?」
「そうですね。アルビオン王国三大大学と呼ばれているだけあって、相当な難易度です。クラリッサさんが現状の成績のまま進まれますと、合格するのは難しいでしょう」
クラリッサが手を挙げて尋ねるのに担当教師はそう返した。
「……パパ。もう1個下くらいの大学で満足しない?」
「しない。夢があるなら頑張りなさい」
クラリッサがすがるような眼で見るが、リーチオは断固とした態度を取った。
「もう。パパは鬼だよ。こんな難しい大学に入らないとホテルとカジノの経営を任せてくれないだなんて」
「ホテルとカジノ……?」
クラリッサがさらりと告げるのに、担当教師が首を傾げた。
「先生、知らないの? 今度、ロンディニウムの新規開発地区で──」
クラリッサが要らぬことを言いそうになったのをリーチオが封じた。
「いや。海外でホテルとカジノを営んでいる親戚がいまして。そちらからオファーがあったのですよ。ロンディニウムの新規開発地区とは無関係だ。いいね?」
「あ、はい」
ロンディニウムの新規開発地区のことを知られるわけにはいかないのだ。開発がつつがなく終了し、経営が始まるまではこのことは伏せておかなければならない。少なくとも王立ティアマト学園の教師陣に対しては。
「それでは他に質問はないので、これで失礼する」
「進路のことでお聞きになりたいことがありましたらいつでもおいでください」
リーチオと担当教師はそう言葉を交わして別れた。
「オクサンフォード大学ってやっぱり無理なのかなあ」
「やる前から諦めるんじゃない。グレンダにしっかり勉強を教えてもらうんだ」
「了解」
こうして、クラリッサの進路相談は終わった。
果たしてクラリッサは無事にオクサンフォード大学に入学できるのだろうか?
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