娘は応援に来てほしい
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──娘は応援に来てほしい
「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。体育祭が近いんだろう? 頑張ってるか?」
「無賃金でこき使われている。学園の労働環境は劣悪」
「……いや、学園の委員会の仕事で金は出んぞ、普通」
まだ無賃金なのを根に持っているクラリッサである。
「そうだ。ポスターを街に貼らせてもらうようにって。宝石館に貼っていいかな?」
「おい、こら。学園の催し物のポスターを娼館に貼ろうとするんじゃない」
「でも、あそこ貴族のお偉いさんが来るよ?」
貴族のお偉いさんも娼館に体育祭のポスターが貼ってあったらビビるだろう。
「劇場かレストランにでも貼らせてもらえ。うちのシマなら許可は出るだろう。だが、ここの連中は学園の体育祭なんかに行ったりはしないと思うぞ?」
「大丈夫。私が賭けを催すから。控除率は20%と良心的」
「……それは公式な奴か?」
「……出るとこ出たら不味い奴」
「なら、やめなさい」
まだ体育祭で賭けをすることを諦めてなかったクラリッサだぞ。
「競技は何に出るんだ?」
「リレー。それから応援団をするよ。衣装見る? 着て来るよ?」
「お前は足が速いから期待できるな。それから応援団の衣装ってどんなのなんだ?」
「ちょっと待ってて」
クラリッサはトトトと自分の部屋に駆け込んでいく。
「見て。これが応援団の衣装」
「……スカート丈、短すぎないか」
「私が決めたわけじゃないから、そういわれても困る」
今回ばかりはクラリッサのせいではない。
「下には短パンを履くからどうせ気にならない。私の美脚を見せつけるチャンス?」
「6歳児に美脚も何もあるか。しかし、お前が応援団をやるとはな。そういうのは嫌いだとばかり思っていたが、学園に入って変わってきたのか?」
「これも学園のボスになるための辛抱。今は辱めにも無賃金にも耐える。そして、将来は学園のボスの座を手に入れるから」
「ちょっと待て。話がさっぱり見えてこないんだが」
クラリッサは体育委員を経由して生徒会長になるつもりだが、ちゃんと説明しないとさっぱりだ。リーチオは混乱しているぞ。
「学園のボスになって学園でビジネスするから。学園を傘下に治めたらいよいようちの一家も公的権力と癒着できるね」
「学生は学生らしく勉強をしなさい。ビジネスのことはお前は考えなくていい。というか、誰だ。お前にそういうことを吹き込んだのは」
「自力で考えたよ?」
「立派に育ったな!」
お父さんも呆れるぐらい立派なマフィアの子に育ったクラリッサだ。
「まあ、学園でも上手くやれているみたいだし、心配することはなさそうだな。体育祭は明後日だったか?」
「うん。ウィレミナに聞いたら、みんなお弁当持って家族が応援に来るだって。うちの一家も応援に来てよ。お弁当、一緒に食べよう」
「そうだなあ。ちょっとは父親らしいことをしてやらんとな」
リーチオは仕事がいろいろと忙しく、あまりクラリッサに構ってやれていないと感じていた。実際は夏休みに旅行に連れていったり、別荘で家族水入らずの時間を過ごしたりしているのだが、リーチオはかなりの親馬鹿なのでまだまだ足りないと思っているのだ。
それに、リーチオにはクラリッサに母親がいないことを懸念していた。やはりどの家庭でも母親が娘に親しくし、教育を施す。リーチオは男手ひとつでクラリッサを育ててきたが、ちょっと心配になってくる育ち方をしている。
「よし。体育祭には仕事は休みにして、弁当持って応援に行ってやる」
「やった。ベニートおじさんたちも呼ぼう」
「おい。あいつを呼んでどうするんだ」
ベニートおじさんはクラリッサに馬の首作戦を授けた武闘派のおじさんだぞ。
「だって、一家で応援に行くって」
「その家族と一家の意味は違うぞ。絶対に」
しかしながら、とリーチオは思う。
(クラリッサの家族といっても俺だけだしな。せっかくの娘の晴れ舞台に俺ひとりじゃちょっと寂しいか? ファビオを連れていくとして、何名かファミリーの人間を連れていくべきかもしれん。しかし、お貴族様だらけの王立ティアマト学園の体育祭に連れて行っていいような部下はいたか……?)
リーチオはいろいろと候補を上げてみながらも、どいつもこいつも表舞台に連れ出せる人間じゃないことを思い知った。だって、マフィアだもの。
「パパ。パールさん連れてきて」
「……なんでそこで高級娼婦の名前が出るんだ?」
「パールさんにも私の成長を見てほしい」
クラリッサがそう告げるのにリーチオが深々とため息をつく。
「分かった。パールを連れてきてやる。それから部下を数名な」
「ありがとう、パパ。しっかり応援してね」
高級娼婦がうっかり貴族の居並ぶ体育祭などにいったら、客と鉢合わせしそうだが、本当に大丈夫だろうかとリーチオは少し頭を悩ませた。
だが、ここまで娘が期待しているのを裏切ることもできない。
体育祭はしっかりと応援してやらねば。
頑張れ、リーチオさん。あなたがひとりいれば、他に堅気じゃなさそうな人物が数名いても大して気にならないはずだぞ。
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「報告は以上になります、ボス」
定例の幹部会はクラリッサの体育祭の前日の昼に行われていた。
「最近、フランク王国の組織が動いていると聞いたがどうなっている?」
「はっ。どうもフランク王国の貴族が何か命じていたようですな。少し締め上げたらべらべらと喋りましたぜ。ここはフランク王国の招かれざる客たちに身の程をわきまえさせるためにもう少し締め上げますか?」
リーチオが尋ねるのに、武闘派のベニートおじさんが告げる。
「フランク王国の組織とはまだ魔道兵器の密輸入の件で繋がっておきたい。だが、連中が俺たちのシマで商売をしようというなら、話を付けなければならんな。下っ端を少々痛めつけてから向こうに送りつけてやれ。指の1、2本はなくなってもいいだろう」
「了解です、ボス。腕が鳴りますな」
ベニートおじさんは荒事が大好きなんだ。抗争が始まると真っ先に飛んでいくぞ。それでも見た目は退役将校的なナイスガイだ。顔の傷も戦場での傷だと言えば、立派な王国軍人に見えるだろう。服装もしっかりしている。
「それから街のチンピラどもで、このリベラトーレ・ファミリーのことを知らない奴がいて、迷惑をかけているそうだ。ピエルト、こっちの“周知活動”はどうなってる?」
「はい。何人か通りに吊るしてやりました。連中、うちのシマで盗品売買してやがりましたよ。これは徹底的に叩いておいた方がよさそうです」
「そうだな。誰がこの街を仕切っているのか。連中に教えておいてやった方がいい。テムズ川に連中をもう何人か浮かべてやれ。それから連中に考える時間を与えてやろう。数日な。あくまでこの街に居座るつもりなら、徹底的に、だ」
「畏まりました、ボス。テムズ川に栄養が増えて漁師が喜ぶでしょう」
ピエルトも割合武闘派だ。かつてはファビオとともに敵対する組織の幹部連中を血祭りにあげていた過去がある。それでも見た目は人の好さそうな雰囲気が──少しはあるし、服装もごろつきのようには見えない。
「さて、他にすぐに対応するべき仕事はあるか? 俺たちが直接手を下さにゃならんようなことはあるか?」
「いいえ、ボス。幹部が直接仕事をしなきゃらんことはありません。部下に任せておいて大丈夫でしょう。……何かあるんですか?」
リーチオが尋ねるのにベニートおじさんが目つきを鋭くして尋ねた。
「どこかに仕掛けるならまず先陣を切らせていただきますぜ。それとも脱獄ですか? うちのシルヴィオのやつがヘマして捕まってから3年になりますからな。あの野郎が刑期短縮のために口が軽くなる前に出してやった方がいいかもしれません」
「それとも例のダイヤモンドの密輸の件ですか? でも、あれは特にもうあれこれしなくても上手く進むと思いますよ」
ベニートおじさんが血気盛んにそう告げ、幹部のひとりがそう尋ねる。
「いいや。今度、娘のクラリッサの通う王立ティアマト学園で体育祭がある」
リーチオは重々しく口を開いた。
「当然、クラリッサも参加する。そこでクラリッサが応援に来てほしいと言っている。俺が行くつもりだが、知っての通りクラリッサの肉親は俺だけだ。他は夫婦や祖父母、兄弟が来ると考えると少しばかり寂しい思いをさせることになる」
「ボス。そういうことなら俺たちが。クラリッサちゃんは俺たちにとっても娘のような存在ですから。あの貴族様だらけの王立ティアマト学園で頑張っているクラリッサちゃんを思うと、放ってはおけませんぜ」
リーチオが事情を説明するのに、何を言わなくても分かるというようにベニートおじさんが声を上げた。
繰り返すが、クラリッサに馬の首作戦を授けたのはベニートおじさんだぞ。そして、ベニートおじさんは両手が血で真っ赤な武闘派だぞ。
「ああ。お前たちに参加できるならしてもらおうかと考えていたところだ」
「畏まりました、ボス。手すきの連中を総動員します。いや、事情の重さを考えるとこっちの方を優先した方がいいですか?」
「馬鹿か、お前は。カチコミに行くんじゃないんだぞ。体育祭の応援に行くんだ。ベニートとお前、それからパールを連れていこうと思っている。あまり多すぎても悪目立ちするだけだ。4人くらいなら一家の範囲内に収まるだろう」
ピエルトが身を乗り出して提案するのに、リーチオが首を横に振る。
リーチオの率いるリベラトーレ・ファミリーの構成員は正規の構成員だけで2000名近く存在する。そんな人間が総動員されたら、学園はパニックに陥るだろう。体育祭どころの騒ぎではなくなってしまう。
「ですが、ボス。ピエルトのように総動員とは言わずとも、ここらでちとばかり一家の権威を見せつけといた方がいいんじゃないですか。ボスもクラリッサちゃんが貴族のボンボンたちに舐められるようなことがあったら頭にくるでしょう」
ベニートおじさんは紙巻き煙草を灰皿に押し付けながらそう告げる。
「その心配はしなくても大丈夫だ。あれは俺の娘だ。俺の娘として舐められるようなことはしていない。それにあいつにはファビオがつけてある」
「ファビオ。あの青二才に任せておいて大丈夫なんですか」
「少なくとも学園にカチコミかけるより大丈夫だろう」
ベニートおじさんはリーチオの組織乗っ取りの時からの古参なので、まだ若いファビオのことを信頼しきれていないのだ。ファビオも古参だからと言って偉そうにしているベニートおじさんのことを無鉄砲の年寄りの冷や水と思っているのでお互い様だぞ。
「ボス。クラリッサちゃんは何の競技に出るんです?」
「リレーと応援団だ。あいつは体育委員をやっているからある意味では今回の主役だな。準備も随分と頑張っていたようだぞ」
ピエルトが尋ねるのにリーチオがちょっと自慢げにそう告げて返す。
「体育委員とは。クラリッサちゃんは本当に立派に育ちましたな。うちの息子なんて、学校じゃ勉強ばっかりして、碌にその手の行事には参加していませんから。オクサンフォード大学にボスに金を借りて通っていますが、何をやっているやら」
「ベニート。お前の息子は優秀だぞ。法学部に俺があいつを通わせているのは、将来このファミリーに優秀な弁護士が生まれることを願ってのことだ。今でも弁護士たちは俺たちの役に立ってくれているが、血の繋がっている弁護士の方が信頼できるだろう?」
リーチオはベニートおじさんの息子をオクサンフォード大学の法学部に通わせる金を出していた。ベニートおじさんの息子は勉学に長けており、将来は優秀な弁護士となり、このファミリーを支えてくれることが期待されている。
「まあ、検事や裁判官になっても助かりますな。買収しなくていい」
「全く」
幹部たちが冗談を告げているようで、割と真面目にそう告げている。
ちなみにベニートおじさんはリベラトーレ・ファミリーを必死に検挙しようとしていた検事の息子を誘拐して脅したことがある。そのこともクラリッサは知っているぞ。
「さて、そういうわけだ。ベニートとピエルトは明日の予定を開けておいてくれ。それから学園の敷地内ではガンつけたり、怒鳴ったりするのは禁止だぞ。腐ってもお貴族様の学校だ。お上品にしておけ。クラリッサの評判にも傷がつく」
「了解しました、ボス」
「畏まりました、ボス」
ベニートおじさんとピエルトがそれぞれリーチオの言葉に頷く。
「少々親馬鹿かもしれんが、クラリッサにはあまり寂しい思いをさせたくない。お前たちが適切に協力してくれることを祈る。以上だ」
リーチオはこの時点でちょっと人選を間違ったかなと思っていた。
外面は他の明らかに堅気じゃないですという感じの幹部たちよりもいいが、武闘派と割と武闘派の幹部である。学園で揉め事を起こして、クラリッサの友人関係を壊してしまうのではないかと危惧していた。
まあ、ファビオもいることだし、どうにかなるだろうと思って、リーチオはそれ以上考えないことにした。
時には考えてもどうにもならないこともあるものだ。
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本日2回目の更新です。そして、本日の更新はこれにて終了です。
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