娘は進級記念パーティーを祝いたい
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──娘は進級記念パーティーを祝いたい
無事に中等部での全ての課題とテストが終わり、進級記念パーティーの日がやってきたのだった。会場は学園内のレセプションホールだ。
「どうよ?」
「イケてるでしょ?」
クラリッサとウィレミナはおそろのドレス姿でレセプションホールに姿を見せた。
「わあ。とっても似合ってるよ、ふたりとも」
「そうだろう、そうだろう。兄貴が奮発して買ってくれたものだからな」
サンドラが褒めると、ウィレミナが満足げに頷いた。
「フェリクスはどう思う?」
「ん。似合ってるんじゃないか? 最近の流行りだろう、そういうの」
「へえ。フェリクスは最近の流行りとか知ってるんだ」
「こう見えても外交官の息子だぞ。あちこちパーティーには出席するし、付き合いの幅はお前たちより広い。姉貴もそういうの着てたしな」
フェリクスは外交官の息子なだけあって、パーティーの出席率はクラリッサたちより上である。家族同伴で、というパーティーは少なくなく、フェリクスも外交官の息子として、北ゲルマニア連邦とアルビオン王国の橋渡し役をしているのである。
頑張ってるね!
「あっ。そろそろ始まるよ」
「とはいっても、進級記念パーティーって何するの?」
「進級を祝うんだよ」
まんまである。
「栄光ある王立ティアマト学園中等部の生徒諸君、進級おめでとう!」
進級記念パーティーはまずは学園長の挨拶から始まった。
「クソみたいな退屈さだ」
「クラリッサちゃんは何でも思ったことを口に出さない」
挨拶は15分ほどもかかり、それでなんとか終わった。
「続いて中等部3年代表、ジョン王太子の挨拶です」
「まだ続くのか」
クラリッサは挨拶ラッシュに戦慄した。
「この度は無事に全員で進級できたことを嬉しく思います。我々にとって記憶に残る3年間になったと感じております。これからも我々の友情が続き──」
ジョン王太子の挨拶も10分ほど続いた。
世の中には15分、10分と一方的に喋っていられる人間がいるのかとクラリッサはこの先のことが恐ろしくなってきた。
だが、そんな挨拶もふたつでお終い。
後は自由時間。同じく進級し、高等部1年生になる仲間たちと過ごす時間だ。
「そのドレス、よく似合っているよ、フィオナ嬢」
「ありがとうございます、殿下」
ジョン王太子は演台を降りると、早速フィオナにアプローチしていた。
「天使の君。そのドレス、流行の物だね。君の美しい髪と肌が良く映えているよ」
「ま、まあ、クラリッサさんったら。クラリッサさんのドレスも素敵ですわ。やっぱりクラリッサさんには朱色のドレスが似合いますわね」
「ふふ。そういってくれて嬉しいよ」
そして、それを横からかっさらうクラリッサである。
「ク、クラリッサ嬢。あっちに美味しそうな料理があったよ?」
「フィオナの美しさの方に釘付けになってしまっていてね」
ジョン王太子がひくついた笑顔で明後日の方向を指さすのに、クラリッサはいけしゃあしゃあとそう告げて返した。
「全く! 君の狙いは何なんだ! 何が目的だ!」
「……? フィオナが綺麗だって言いに来ただけだよ」
実際のところ、別にクラリッサはジョン王太子からフィオナを略奪愛してやろうとかそういうことは考えてないのだ。考えていないからこそ面倒だとも言えるが。
「背中の開いたドレスは最近の流行だね」
「そうですわね。もっと足を出してもいいと言われましたが、あまり足を出すのは恥ずかしいので控えめにしましたわ」
そして、ファッションの話になるとジョン王太子はついていけない。
「むむむ……」
「ちーす。ジョン王太子。何、クラリッサちゃんを睨み殺さんばかりに見てるです?」
そんなジョン王太子の様子を見て、ウィレミナが話しかけてきた。
「あ。フィオナ。このドレス、ウィレミナとおそろなんだよ」
「いえーい」
ウィレミナはクラリッサのとは色違いの藍色のドレスでピースする。
「羨ましいですわ。私もクラリッサさんとお揃いのドレスにしたかったですわ」
「今度は3人で一緒にしよう」
こうしてドレスで話が弾むと、ジョン王太子は見事に会話に入れない。
「それじゃあ、フィオナ。後はジョン王太子と楽しんで」
「はい!」
ドレス話が20分ほど続いたところで、ようやくクラリッサがフィオナを解放した。
「殿下。パーティーを楽しみましょう!」
「うむ! 楽しもう!」
ジョン王太子は上機嫌になった。
単純な男である。
「それにしてもクラリッサちゃんとウィレミナちゃんのドレスは色気があるね」
「まあ、素材がいいからね!」
「……うん。そうだね」
ウィレミナが自慢げに告げるのにサンドラが微妙な表情をした。
確かにウィレミナは高身長で引き締まり、スラリとした体形の持ち主なのだが、この場合、色気というのは……色気というのは……。
「サンドラも色気あるよ。というか、この中じゃ一番育ってるよね。どこがとは言わないけれどさ。何食べたらそんなに育つの?」
クラリッサの視線がジロリとサンドラの胸に向けられた。
「普通の食事だよ。野菜とお肉をバランスよく食べて、牛乳を飲む。私ってクラリッサちゃんたちより背が低いでしょ? もっと背が伸びるといいなって」
「きっと栄養が全部胸部装甲に行ったんだね」
「酷い!」
やれやれという顔をするクラリッサに、サンドラがかみついた。
「まあ、外見は置いておこう。人は見た目では決まらない」
「美少女のクラリッサちゃんが言ってもちっとも説得力がないよ」
クラリッサは朱色のドレスが良く映える銀髪の美少女なのだ。
口を開かなければパーフェクト美少女なのだが、口を開くと残念な美少女になってしまうクラリッサ。確かに人は見た目では決まらないのかもしれない。
「高等部に入ったら、何か科目が増えるかな?」
「ええっと。理科の授業が物理、化学、生物学に分かれるよ。それから国語が古文と現代文に。他は特に変わらないかな?」
歴史は日本では高校生になると世界史と日本史に分かれるものだが、アルビオン王国においては歴史の授業は両方ともやることになる。負担が大きい。
「それから文系と理系に分かれることになるんじゃなかったかな」
「おお。理系に行けば文系科目からは解放される?」
「いやいや。理系にいっても必要最小限の文系科目はやるよ。クラリッサちゃんが目指しているオクサンフォード大学の入試試験って文系も理系も、基礎的な部分では一緒だから。確か二次試験になったら、理系だけとかになるんじゃなかったかな」
「うへえ」
クラリッサは露骨に嫌そうな顔をした。
「というか、クラリッサちゃんも自分の志望校のテスト内容ぐらい調べておこうよ」
「まだ浮かれるには早いかなって」
「浮かれて調べるものじゃないよ!」
クラリッサ、志望校のことはもうちょっとよく把握しておこうな。
「今度、グレンダさんにどんなテストなのか聞いておこう。ところで、経営学部って文系なの理系なの?」
「経済学部が文系だから文系じゃないかな? 文系にしてはいろいろと数学が関わってくるようだけれど」
サンドラは実は数学は苦手なのだ。
「文系科目なのか……。残念なり……」
「クラリッサちゃん。人の心が分からないと商売はできないぜ」
項垂れるクラリッサにウィレミナがそう励ました。
「経営学部は数字に強い人いが向いてるし、理系選択しても別に受験できないってわけじゃないと思うから、理系を選択してもいいと思うよ? 今度、理系文系の振り分け前に進路相談があるから聞いてみたらどうかな?」
「うん。そうする」
この進路相談で文系と理系、進学と結婚に分かれるのである。
「サンドラは宮廷魔術師志望だけど魔術学部ってあるの?」
「あるよ。私はセント・アンドリュー大学の魔術学部を狙っている。クラリッサちゃんとは進路が分かれちゃうね」
ちなみに魔術学部は理系だ。
サンドラが志望校とするセント・アンドリュー大学は理系に強い大学であることで知られ、魔術研究についても盛んにおこなわれている。宮廷魔術師となって国の研究職に就き、王立アカデミーに所属すれば立派な魔術師だ。
「仕方ない。それがサンドラの夢なんだから。私も自分の夢を追求するよ」
「ホテルとカジノの経営者だね」
クラリッサの夢はホテルとカジノの経営者。ウィレミナの夢は医者。サンドラの夢は宮廷魔術師。いつも仲良し3人組だが、進路はそれぞれ違っていた。
「別々の夢を追っても、いつかはまた一緒に遊ぼうね」
「もちろん!」
クラリッサたちが高等部とその先について思いを馳せている中、パーティーは盛り上がっていき、そして終わりつつあった。
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「ただいま、パパ」
「おう。お帰り。パーティーはどうだった?」
「大学に入るには裏口を使うしかないと分かった」
「おい」
あれからクラリッサたちはヘザーなどとも話したが、オクサンフォード大学に入学するためには理系と文系の両方をきちんと修めておかなければならないということが分かった。クラリッサは第一外国語と第二外国語の両方と二手に分かれた国語、さらに範囲が広くなった歴史を前に戦わなければならないということに戦慄したのだった。
「裏口はダメだぞ。裏口で入学したところで、大学は試験や研究が山ほどあるから、卒業できなくなるからな。本気でホテルとカジノが経営したければ、大人しく勉強して、正々堂々と入学しなさい」
「入れたら流れで何とかなるよ」
「ならない」
アルビオン王国の大学は入学するのも大変、卒業するのも大変なのだ。
今は学問が重視される時代であり、貴族も平民も大学を目指す。大学を出ているのと出ていないのとでは、給料に大きな差が生じるのだ。そして、そんな大学だが、大勢が押し寄せているからと言って基準は甘くせず、各種講義の単位と卒業までの研究が不十分ならば容赦なく卒業を却下するのである。
大学生は大変なのだ。
「そもそも大学は勉強するところだぞ? 勉強をしたくないなら行くべきじゃない」
「むう。それもそうだ。大人しく勉強しよう……」
大学が勉強をするところだというのはいろいろな人から聞かされている。大学は決して社会人になるためのモラトリアム期間ではなく、ひとつステップアップして社会人になるための場所なのだ。
「お前は進路の方は決まっているんだから、そろそろ進路について調べておきなさい。試験対策も必要だし、入ってからどういう勉強するかも必要になるだろう」
「了解。グレンダさんにちょっとパンフレットとかもらってきてもらう」
クラリッサの進路は既にオクサンフォード大学経営学部と決まっており、将来の夢もはっきりしている。後はその進路に進むに当たっての必要なことなどを調べておかなければいけないだけである。
「クラリッサ。本当にやれるか?」
「大丈夫。やれるよ」
リーチオが心配そうに尋ね、クラリッサはサムズアップして返した。
「よし。なら、頑張れ。しっかり勉強して、夢を目指せ」
「おうともよ」
リーチオはクラリッサを激励した。
「けど、ホテルとカジノはいつ建てるの? 設計に一言物申したい」
「まだだ。開発開始は6年後。お前が大学生の時に建設が開始される」
マックスとピエルトのおかげで、カジノ法案そのものは通過する目途が立った。後は6年後の開発開始に備えて、資金を準備するだけだ。
幸いにして麻薬戦争が始まったにもかかわらず、リベラトーレ・ファミリーの資金は潤沢だった。というのも、マックスを通じて、リベラトーレ・ファミリーに出どころ不明の資金が補充されていたからである。
それは間違いなく、マックスの所属する情報機関からの“活動費”だろうが、それはリベラトーレ・ファミリーに麻薬戦争を継続させようとする意図が感じられた。感じられてたというよりも、確信と言えるだろう。
マックスの所属する情報機関は魔王軍との戦いのためにマフィアを利用し、対価を与えている。それが恐らくは国家にとっての利益になるのだろう。
「建設するときは私の意見も聞いてね。私が経営するホテルとカジノになるんだから」
「ああ。分かった、分かった」
しかし、クラリッサはいったいどのようなホテルを建てるつもりなんだろうか。
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