娘は進級記念パーティーのドレスを作りたい
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──娘は進級記念パーティーのドレスを作りたい
「パパ。パーティーだよ。いえーい」
「いえーい、じゃない。何のパーティーか最初に言いなさい」
突如としてパーリィ! モードで現れたクラリッサにリーチオが突っ込む。
「高等部への進級記念パーティー。初等部の時もあったでしょ?」
「ああ。それか。ちゃんとしたパーティーなんだな」
クラリッサがプリントを手渡すのにリーチオがコクコクと頷いた。
「それじゃあ、必要なものは?」
「新しいドレスくらいかな?」
「今回は二次会とかしないのか?」
「うーん。分かんない。まだ決めてないや」
中等部に進級するときはクラリッサたちは二次会を開いたものだが、今回はまだ予定は未定だった。というのも、みんなのスケジュールに余裕があるかどうかが分からないのだ。部活動や進学のための勉強などで、みんな忙しい。
「二次会をするなら早めにいうんだぞ。いきなりはできないからな」
「いきなりでもなんとかならない? だって、パーティーだよ?」
「ならない。どういう理屈だ」
クラリッサはすっかり気分はパリピになっていた。いえーい。
「まずは新しいドレスだな。今日、早速仕立てに行くか?」
「待って。ウィレミナが新しいドレス作るから一緒に作りたい」
そうなのだ。
ウィレミナの家もいつもパーティーで姉のお古ばかり着せていては可哀そうだと、ウィレミナにドレスを作ってくれることになったのだ。なので、クラリッサはクラリッサ割が効く、自分たちのシマの店でドレスを一緒に仕立てることを提案していた。
「ふむ。それなら、友達と予定を合わせてきなさい」
「了解」
クラリッサはリーチオに敬礼を送ると、トトトと廊下を駆けていった。
そして、戻ってきた。
「パパ。相談役の人が来てる」
「ん。分かった。ここに来るように言ってくれ」
「了解」
そして、クラリッサはまた廊下をトトトと走りすぎていった。
「ボス。いきなりの訪問で申し訳ない」
「構わない。座ってくれ」
マックスが謝罪から入るのにリーチオは席を勧めた。
「報告するべきことがふたつあります」
「聞こう」
マックスの言葉に、リーチオが真剣な表情を浮かべる。
「ひとつ。ロンディニウムの新規開発地区の特区化は上手くいきそうです。来年度の市議会で特区法案が可決されるでしょう。それからその次の年度には特区におけるカジノ法案が可決されるはずです。こちらはピエルトさんとともに市議会に工作を仕掛けましたから。市議会の大半の議員が今やカジノの合法化に前向きです」
「いいニュースだな。ようやくか」
リベラトーレ・ファミリーにとっては大きな勝利だ。
これでファミリーの合法化が進められる。法案が可決され、ロンディニウムの新規開発地区の開発許可が下り次第、リベラトーレ・ファミリーはロンディニウムの新規開発地区にホテルとカジノを建設し、そこで一儲けする。
「ええ。こちらはいいニュースです。しかし、次は悪いニュースです」
マックスはそう告げて書類を差し出した。
「ヘロインの押収記録。都市警察がヘロインを押さえたのか?」
「我々の情報提供を受けた都市警察が押収しました。都市警察そのものにヘロイン取引を阻止する手腕はありません。残念なことながら」
書類には6キロのヘロインを都市警察が押収したと記されていた。
「売人は?」
「ピエルトさんが尋問を。どこからどのような経由で持ち込まれたものかを調べています。こういう場合、警察では生温い調査しかできないのですが、我々は違うと言うことですね。実に好都合なことに」
売人はどうやら警察に逮捕されるという楽な道を選ばせてもらえず、リベラトーレ・ファミリーの尋問を受けることになったようだ。
確かに売人たちの尋問を行う上で都市警察は生温い。拷問の類はできない。だが、リベラトーレ・ファミリーならどのような拷問だろうと行える。
そういう意味では今回のことでリベラトーレ・ファミリーは都市警察の暗部を担うことになったのだろう。それがマックスの狙いなのかもしれないが。
「しかし、ついにアルビオン王国にヘロインが上陸か。どのようなルートであれ、遮断しなければならないな。まだ打てる手はあるはずだ」
「積極的な攻勢に出るということはお考えでないですか?」
リーチオが唸るのに、マックスがそう告げた。
「何に対しての攻勢だ、マックス」
「無論、アルビオン王国内の薬物取引組織に対する攻勢です」
リーチオが静かに尋ね、マックスがそう答える。
「アルビオン王国内に薬物取引組織が存在します。規模はそう大きくありませんが、今回のヘロインの密輸に関わったのは間違いなく、そのグループです。であるならば、我々はその組織を叩き潰すべきでしょう」
「背後には魔王軍か?」
「その可能性は高いかと」
マックスが告げるのにリーチオが考え込む。
「分かった。ピエルトの尋問が終わり次第、行動に移る。だが、相手はこれまでこちらの哨戒網に引っかからなかった相手だ。そう簡単につぶせるとは思えん。我々がアルビオン王国の暗黒街という陣地を守ることを義務とする以上、最善は尽くすが」
「それで結構です。ドン・アルバーノも喜ばれるでしょう」
あくまでマフィアの人間として、マックスはそう告げる。
自分が政府情報機関の人間だとは一言も言わない。もはや、そうであることは分かり切っているというのに。
リーチオの行動で本当に喜ぶのは誰だ? 国王か? 首相か? それとも将軍か?
「それは結構。最善を尽くそう」
だが、今やそれらは繋がっている。
政府は、国家は、マフィアと癒着して魔王軍の間接的アプローチ戦略に対抗することを選んだ。政府とマフィアは確かに結びつき、秘密作戦が始まった。
「こういう時になんて言うんだ? 我らが国王陛下になんとやらか?」
「私はこの国の臣民でないし、国王と特に敬愛してもいません。我々が言うとすれば、リベラトーレ・ファミリーに幸運あれ、でしょうね」
マックスは無表情にそう告げたのだった。
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クラリッサとウィレミナのドレス作りの日程は決まった。
ウィレミナの方は予算に限度額があるそうなので、それなりのお店にする。それなりと言っても、ウィレミナが出せる予算は結構なものだったので、一般庶民からすると随分とお高いお店である。
「クラリッサちゃーん!」
「おう。ウィレミナ」
待ち合わせ場所はいつものウィリアム4世広場。
「そっちがウィレミナのお兄さんだね。よろしく」
「ああ。よろしく頼むよ」
そうなのだ。
今回はウィレミナは大学を卒業し、建築会社に就職した兄と一緒なのだ。
というのも、ウィレミナのドレス代を支払うのはウィレミナの兄だからだ。
「お兄さんが払ってくれるなんて、ウィレミナの家はいいね」
「はは。兄貴が買ってくれるって言った日はあたしもびっくりしたよ。兄貴、働き始めて、ひとり暮らしも始めたばっかりで、そんなに余裕ないと思ってたから」
そう告げてウィレミナはにんまり笑って自分の兄を見上げる。
「可愛い妹のためだ。いつもお古じゃあんまりだろ?」
「兄貴、やっさしー!」
ウィレミナ兄が告げるのに、ウィレミナが腕に抱き着いた。
実際のところ、ウィレミナ兄にとっては結構な出費のはずだ。大卒の初任給が12万ドゥカートとほどとして、実家から独立して生活していくには、このロンディニウムでは物価が高い。建築企業は今、再開発ラッシュで儲かっている業種とは言え、やはり法律関係の仕事と比べると給与は落ちる。
その中でウィレミナのドレス代予算25万ドゥカートを出すのは、どれだけ節約生活をしたことだろうか。兄妹の絆の深さが窺える話である。
「では、精一杯ウィレミナを飾り付けよう」
「おー!」
クラリッサが宣言するのに、ウィレミナがこぶしを突き上げた。
「ああ。来たか」
「お世話になります、クラリッサちゃんのお父さん!」
クラリッサのドレス代を出すリーチオはウィリアム4世広場のベンチでロンディニウム・タイムスを読んでいた。新聞の一面には“ロンディニウムに違法薬物?”との記事が掲載されているのが見える。
「妹がいつもお世話になっています。この前は高級リゾートに連れていってもらったとかで。迷惑ばかりおかけしているかと思いますが」
「いやいや。こちらこそ娘が世話になっている。娘はちょっと変わっていてな。友達ができるか心配してたぐらいなんだ。無事に友達ができて、よかったと思っているよ。これからもどうかよろしく頼む」
ウィレミナ兄が頭を下げるのに、リーチオはそう告げて返した。
「さて、準備ができていれば早速出発しよう」
「いえい」
リーチオが立ち上がり、クラリッサがこぶしを突き上げる。
「この前の高級リゾート凄かったんだぜ。一泊450万ドゥカートのすげー部屋に3泊もしたんだ。あの部屋はマジで凄かった。風呂とかすげー広いし、部屋から海が一望できるし、何の飲み物頼んでもただだし」
「お、おま、そんな高級な部屋にただで泊まらせてもらったのかよ……」
ウィレミナが自慢げに告げるのに、ウィレミナ兄が戦慄した。
「あれは私がホテルについて教わるためのものでもあったから。ウィレミナたちに来てもらってにぎやかでよかったし、新しい発見もあったよ」
そこでクラリッサがそう告げる。
「お前。本当に友達にたかるなよ?」
「いただけるものはもらっておきます」
ウィレミナ兄が真剣な表情で告げ、ウィレミナはにやりと笑った。
「それにしてもウィレミナのお兄さんって建築会社に勤めてるんだったよね? 今のシーズン、儲かってるのかな?」
「今は再開発ラッシュがあるから儲かってるよ。古いホテルにエレベーターを付けるようなリフォームから、区画整備事業と解体と建設をやったり」
「……うちのファミリーに儲けの一部を渡すなら確実に公共事業の仕事が手に入るようにすることができるよ?」
クラリッサが悪い表情でそう告げる。
「クラリッサ。余計なことを言うな」
「ちぇっ」
リーチオがポンとクラリッサの頭を叩くのに、クラリッサが舌打ちした。
「ねえ、ウィレミナのお兄さん。最近流行のホテルの造りとか分かる?」
「うーん。最近流行のかあ。ホテルじゃなくて、最近流行の建築物全般なら分かるけれど。現代建築って奴だね。窓の大きさとか、柱の数とか、エレベーターとかのテクノロジーの導入とか。そういうもの傾向は大学で教わったよ。所属していた研究室がそういうところだったからね」
「ほうほう。では、ちょっとお話を聞かせてもらえませんか?」
「いいよ。まずは現代建築に置いて建築とは──」
それから道中、クラリッサはウィレミナ兄の語る現代建築学について教わった。
「クラリッサ。ついたぞ」
「おう」
ウィリアム4世広場から徒歩20分。目的の服屋に到着した。
「リーチオ・リベラトーレだ。頼めるか?」
「これはリベラトーレの旦那。ようこそいらっしゃいました」
リーチオが入ってすぐの場所にいた店主に告げるのに店主が深く頭を下げた。
「このふたりのドレスを頼みたい。フォーマルな奴だ。どういうのがある?」
「15歳ほどのお子さんですね。それでしたら──」
店主がリーチオたちを店の奥に案内する。
並べられている品はどれも高級な品ばかりだ。最近流行のドレスが所せましと並んでいる。シルクやサテン生地の高級な品。ウィレミナ兄は本当に予算内でドレスが作れるのだろうかと内心不安だった。
「このようなドレスはどうでしょう? お子さんがフォーマルなパーティーなどに出席されるなら、このような品がいいかと思います。最近は子供でも背中を出すのが流行りですし、長めのスカートというのも流行りですよ」
「ふうむ。クラリッサ、友達と好きなのを選びなさい」
店主が告げるのに、リーチオがクラリッサにそう告げた。
「ウィレミナ。せっかくだからおそろにしよう」
「そうだね! あたしたちのコンビで進級記念パーティーの注目の的になっちゃおう! そうとなれば、しっかりと選ばねば……」
クラリッサとウィレミナはどちらも長身だ。すらりとしている。ふたりには最近流行のドレスがばっちりと似合いそうである。
「パパ。これはどうかな?」
「ん。少しスリットが深すぎないか?」
「これぐらいがいいんだよ」
「暗器とか言うなよ」
「…………」
「言うなよ」
クラリッサがガーターベルトにナイフを仕込むつもりだったぞ。
「クラリッサちゃん。こっちにしようぜ。色気あると思う」
「いいね。パパ、これにする」
ウィレミナはそこまで足を出したくなかったのでスリットはそこそこのにした。
「じゃあ、決まりだ。サイズ合わせを頼む」
「はい。畏まりました」
店の奥から女性店員が出てきて、クラリッサたちのサイズを測っていく。
「いつごろできる?」
「最優先で行いますので明後日には」
「では、頼む」
リーチオはそう告げて、服の代金を前払いした。
「えっと。おいくらです?」
「19万ドゥカートとなります」
「ほっ……」
ウィレミナ兄は安堵の息を吐いて、料金を支払った。
「楽しみだね、ドレス」
「うんうん。楽しみ、楽しみ」
頑張れ、ウィレミナ兄。3年後には卒業式のドレスを作ることになるぞ。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!
 




