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娘は高等部に進級したい

……………………


 ──娘は高等部に進級したい



 夏休みが終わり、あっという間に2月になった。


 今年の文化祭は1日開催でカジノも解禁されず、体育祭も合同体育祭とはならず、クラリッサにとっては実りのない年になってしまった。


 そんなクラリッサたちが直面しているのが高等部1年への進級。


 いよいよクラリッサたちも高等部に進級だ。学園生活も残すところ約3年。


 そんな状況でクラリッサたちは進級前の課題の提出などに追われていた──!


 進級前の課題提出が必要になるのは美術と家庭科。実技試験があるのが体育と魔術。


 相変わらず美的センスはダメダメのクラリッサは何を描いたのだろうか。


「クラリッサちゃん。美術の方は課題提出とか終わった?」


「ん。終わったよ。我ながらいい出来だと思う。サンドラは?」


「ばっちり。課題の曲を見事に演奏して見せたよ」


 音楽の授業は実技試験がある。


 それぞれに課題曲が与えられ、それを当日に演奏して見せるのだ。


 サンドラは音楽は非常に得意で、同じ音楽受講者の中ではジョン王太子に次ぐ実力の持ち主だ。そう、ジョン王太子は音楽の分野ではかなりの才能を発揮しているのである。彼は王族として音楽に精通していることも求められているのだ。


 音響兵器であるクラリッサやウィレミナは美術に亡命したので、音楽の授業は才能ある人間で満ちており、清らかなリズムが流れているぞ。


「それで、クラリッサちゃんはどんな絵を描いたの? 農民が虐殺される絵?」


「む。私と美術ときたらそれを連想するのはやめてもらおうか」


 サンドラが期待せずに尋ねると、クラリッサが頬を膨らませて抗議した。


「え。クラリッサちゃん。虐殺される農民の絵の他に描けるものあるの……?」


「君、凄く失礼だよね。いいよ。見せたげるから。美術室に来て」


「うーん。あまり期待しないでおこう」


 クラリッサが告げるのに、サンドラが渋々と美術室についていった。


「お。クラリッサちゃんにサンドラちゃん。美術の展示、見に来たの?」


「そう。クラリッサちゃん、何描いたか知ってる?」


「…………」


「どうして視線を逸らすの、ウィレミナちゃん」


 美術室の傍にいたウィレミナはサンドラの問いに視線を逸らした。


「まあ、見れば分かるよ。いや、世の中、分からない方がいいこともあったりするけれど。あれは特にそうだね」


「怖くなること言わないで」


 ウィレミナが静かに語るのに、サンドラが身震いした。


「こっちだよ」


「や、やっぱり見なくてもいいかな?」


「ダメ」


 サンドラは強制的に美術室内に連行された。


「クラリッサちゃんの作品はどれ……?」


 美術室の中はカオスに満ち溢れていた。


 何をモチーフにしたのか想像もできないような彫刻。色鮮やかだけど何を描いてあるのかさっぱりな絵。そういうものが所せましと並んでいた。


 別に美術を選択した生徒全てがこのようなカオスの担い手をいうわけではないのだが、いかんせん美的センスがない生徒に限って美術の授業を選択しており、どんな出来でも美術教師が『これは個性的で素晴らしい作品だ!』といい成績をくれるために、美術選択者の美的センスはねじ曲がっていた。


「これだよ、これ」


 クラリッサは何かを隠すように覆いのされた絵を指さした。


「その覆いは何故に?」


「貴重な絵だからだよ」


 クラリッサはそう告げて覆いを外した。


 そして、サンドラの眼前に現れたのは──。


「ア、アルフィ……?」


 そこには粘着質であることが色使いからも分かり、かの有名なピカソの『ゲルニカ』のようにシュールかつショッキングかつグロテスクな怪物の絵が描かれていた。何十という触手が絵画の全体に伸ばされ、ぎょろぎょろとした目玉があらゆる角度からこの絵を見る人間を見つめ返している。


「そう、アルフィ。可愛いでしょ?」


「普通に怖いよ!」


 サンドラは正気を失いかけて絵画から視線を逸らした。


「酷い。アルフィは可愛いのに」


「いや、やっぱりそれは怖い。美術の先生はなんて言っていたの?」


「『個性的だね! 色使いも鮮やかだ!』って」


「うちの美術の先生って大丈夫なのかなあ……」


 なんでも個性的で済まされてはたまったものではない。


「まあ、私はこれでいい成績が保証されたようなものだから、もう安泰だよ。後は多少なりと魔術と体育を頑張ればいいだけだね」


「なんだか納得いかない」


 絵画の中のアルフィはサイケデリックな色合いに変色した──ような気がした。


……………………


……………………


 さて、続いては実技試験のある体育の授業を覗いてみよう。


 体育の非戦闘科目は球技試合を行って、チームプレイの精神と基礎体力が付いたかどうかを試される。バレーボールやテニスのダブルスなどがメインの競技だ。


 一方の戦闘科目はきちんと戦える力が付いたかどうかを実戦的に試される。


「はあ!」


「てやあっ!」


 女子は護身術の実戦試合。


 体育教師を相手にこれまで教わってきた護身術を試す。


「とう!」


「一本!」


 護身術は軍隊でも使われている軍隊格闘術である。自分よりも遥かに体格差がある相手や、武器を持った相手を制圧するためのものだ。魔王軍の魔族に対しても一定の効果を上げているという凄い体術なのである。


 ウィレミナはそれを駆使して、体育教師から一本取ろうとするも、逆に投げ飛ばされてしまっている。


「まだまだ思い切りが足りないわ、ウィレミナさん。思いっきり踏み込まないと」


 そうは言っても中等部の体育教師は身長190センチはあり、元レスリング選手という経歴の人物なのだ。それを相手に踏み込むというのはちょっとばかり怖いものである。


「さあ、もう一度! 気合を入れて!」


「はいっ!」


 ウィレミナは気合を入れて体育教師に向けて踏み込む。


 ウィレミナの手は確かに体育教師の胸倉を掴んだものの、そこで体育教師に足払いを受けて姿勢が崩れた。そして、そのまま体育教師に腕を掴まれて、マットに沈められた。


「一本!」


 ウィレミナはまたしてもやられてしまった。


「もっと素早く動きなさい。敵は待ってはくれないわ。迅速な攻撃こそ、相手に反撃のチャンスを与えない方法よ」


「はいっ!」


 それでもウィレミナはめげない。


 これまで教わってきたことと指摘されたことを念頭に置き、再び体育教師に迫る。そして、ついにウィレミナは体育教師をマットに押し倒した!


「一本!」


「よくできました。これまで教わってきたことを決して忘れないようにね。それから日々の基礎体力作りも怠らないように」


 体育教師はそう告げて、ウィレミナの肩をポンと叩いた。


「それでは次は──クラリッサ・リベラトーレさん」


「はい」


 そして、次はクラリッサの番が回ってきた。


「では、行きますよ、クラリッサさん」


「よし来た」


 体育教師の始めの言葉でクラリッサが一気に動く。


 彼女は一瞬で体育教師の胸倉を掴み、そのまま投げ飛ばした。


 まさに一瞬の出来事だ。


「い、一本!」


 審判の生徒が目を丸くしながらも宣言する。


「流石ね、クラリッサさん。あなたに教えることはなさそうだわ」


「そんなことはない。いろいろとためになることを教わった」


 体育教師が告げるのに、クラリッサはふるふると首を横に振った。


「相手を怪我させずに制圧する手段はきっと将来役に立つと思う」


「……これを使っていいのは襲われたときだけだからね?」


 クラリッサは何を企んでいるのか分からないぞ。


「そおい!」


「ふぎゃっ!」


 一方の男子側ではジョン王太子が空を舞っていた。


 ジョン王太子は音楽の才能はあるようだが、どうにも身体的才能はないようである。さっきからずっと投げ飛ばされ続けている。そろそろ煎餅にでもなってしまいそうだ。


「まだまだですぞ、殿下! 私から一本とるまでは続けますぞ!」


「む、無理……」


「ふはははっ! 元気があってよろし! では!」


 ジョン王太子はボコボコにされた。


「スゲーことになってる」


「見なかったことにしよう」


 クラリッサはジョン王太子が体育でボコボコにされたことをフィオナには言わないであげた。優しいね! ジョン王太子はボコボコでフィオナに心配されてたけど!


……………………


……………………


 体育実技が終われば、次は魔術の実技である。


「皆さん、この3年で使い魔と魔法陣の扱い方は理解できたと思います」


 眼鏡の魔術教師がクイッと眼鏡を上げる。


「今日はその理解の確認をしたいと思います。成績に響きますから気を付けて」


 魔術教師はそう告げて生徒たちの方を向いた。


「テケリリ」


 ……魔術の授業には当然ながらアルフィがいる。


「アルフィ。おなかすいたの?」


「!?」


 クラリッサのその一言に周囲が戦慄する。


「わー! 逃げないでおくれ、モントゴメリー!」


 危機感を感じた使い魔たちが逃げ出し、生徒たちがそれを追いかける。


「静まって! 静まって! 静まりなさい!」


 大混乱なるグラウンドで魔術教師が叫ぶ。


「ごほん。クラリッサ嬢は必要になるまでその使い魔はバスケットの中に入れておくように。いいね?」


「アルフィは何も悪いことをしてないよ」


「それでもです」


「酷い」


 というわけで、アルフィはバスケットの中に押し込められた。


「はい。では、改めて今日の課題です。あそこにある円の中に柱を作ってください。素材は岩石。高さは3メートル。それができれば合格です」


 魔術教師は30メートルほど先の円を指さしてそう告げた。


「む。余裕じゃない?」


「でも、3メートルの柱って倒れないようにするの難しいよ」


 クラリッサが首を傾げるのにサンドラがそう告げた。


「では、希望者から。誰から始めますか?」


「はい!」


 そこで威勢よく名乗りを上げたのはジョン王太子であった。


「では殿下から。柱は倒れないようにしてください」


「もちろんだとも」


 ジョン王太子はそう告げると地面に魔法陣を描き、使い魔のモントゴメリーとともにそこに魔力を注ぎ込んだ。


 すると、円の中ににょきにょきと岩の柱が伸びていき──。


 風に煽られて倒れた。


「残念です、殿下。もっと頑丈な土台を準備するべきでしたね」


「とほほ」


 体育の授業と違って魔術の実技はチャンスは1回きりである。


「では、続いて誰がやりますか」


「はい!」


 それから次々とチャレンジャーが挑戦する。


 だが、3メートルの柱と言うのはなかなか難題で、伸びれば伸びるほど風を受けやすくなって、地面に倒れてしまうのである。


 フェリクスも挑戦して惜しいところまで行ったが、結局倒れてしまった。


「うわあ……。誰も成功してない。けど、それなら成功しなくても成績は取れるのかな? どう思う、クラリッサちゃん?」


「ううむ。頑張るに越したことはないと思う」


 そうこう言っている間に残るはサンドラとクラリッサになった。


「どちらから始めますか?」


「はいっ!」


 サンドラが勢い良く手を挙げた。


「では、サンドラ嬢から。頑張ってください。あなたは魔術部員ですからね」


「は、はい」


 サンドラは魔術部員としてこの眼鏡の教師に訓練されているのだ。


「それでは!」


 サンドラが魔法陣を描き、使い魔のハリエットとともに魔力を流し込む。


 まずはしっかりとした土台が構築され、それから柱が伸びていく。


 柱はずずずっと伸びていき──。


「よくできました。成功です」


「やった!」


 サンドラは見事に課題をこなした。


「では、最後にクラリッサ嬢。お願いします」


「よし来た」


 クラリッサはアルフィを引き連れて位置につく。


 誰もが注目している。──アルフィに。


 アルフィは周囲の注目を受けてサイケデリックな色合いに変色した。


「では、始めてください」


「オーケー」


 クラリッサは魔法陣を描き、魔力を注ぎ込む。


 すると空中に4メートルほどの巨大な石柱が浮かび上がった。


 その石柱は回転しながら地面に向けてゆっくりと降下すると、穴を掘りながら地面にずいずいと吸い込まれて行った。


 そして、完成。


 過程はどうあれ、3メートルの石柱は完成した。


「み、見事です、クラリッサ嬢。合格です」


「よし」


 クラリッサはガッツポーズを決めた。


 こうして中等部3年における期末テストを除く全ての試験は終了した。


……………………

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― 新着の感想 ―
[良い点] 答えは、過程を正当化してくれて、なによりでした。 私は、中学時代に教員の望む数式ではないことを理由に答えの数字はあっているが不正解にされた経験があります。 理解ある先生で良かったですね。
[一言] >音響兵器であるクラリッサやウィレミナは美術に亡命したので ちなみにアルフィがクラリッサの歌を聞いたら、どうなるかな!?
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