娘は来年のことについて探りを入れたい
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──娘は来年のことについて探りを入れたい
クラリッサはホテルプラザ・ポセイドンで過ごす最後の日に、コテージに宿泊しているというアガサの下を訪れた。
というのも、クラリッサはアガサに話があるのだ。
「アガサ。遊びに来たよ」
「おお。誰かと思えば、クラリッサさんではないですか。どうですか、ビーチリゾートと言うのは。ビーチリゾートだけに予定がビーチビーチになっていませんか?」
「……そうだね」
アガサの言葉にクラリッサが真顔になった。
「それはそうと、来年高等部1年だよね?」
「ですよ? それがどうかしましたか?」
アガサはよく分からないという顔でクラリッサを見る。
「生徒会には立候補する?」
「生徒会、ですか」
そこでアガサは考え込んだ。
「してもいいし、しなくてもいいと考えています。立場的に高等部2年の生徒の方が票は集めやすいですから。私が立候補しても副会長になれるかどうかもちょっと怪しいところですね。それともクラリッサさんには私に立候補してもらいたい理由でも?」
「君との関係は上手くいっていた。今年は合同体育祭は無理だろうけれど、来年はまた同じように体育祭が開けるんじゃないかって思っている。だけど、それは物事の損得を理解した君が相手だからだ」
クラリッサにとってアガサはジョークが寒い実業家の娘というだけではなく、自分の利益に沿った行動をしてくれるパートナーでもあった。
この前の合同体育祭が開催できたのは、ああいうビッグゲームに理解ある生徒会長が両校にいたおかげだということをクラリッサは理解している。つまり、アガサが聖ルシファー学園の生徒会長だからこそ、合同体育祭は成功したのだ。
そうであれば、あの儲けに儲かった合同体育祭を来年度も開催するためには、アガサに聖ルシファー学園の生徒会長をやってもらっておくのが好都合だ。
合同体育祭には両校の合意が必要だ。それが実現できるのはアガサぐらいとクラリッサは見ていた。
「合同体育祭はいいイベントでしたね! あのようなイベントがまたできれば幸いですよ! けど、私が生徒会のメンバーになるのは1年では難しいかもしれません」
「やる前から諦めたらダメだよ。やってみてから諦めないと」
クラリッサたちは中等部1年で生徒会のポストを占めたが、それが実行できたのはひとえにクラリッサの容赦ない選挙方法とジョン王太子の知名度ゆえである。
そういうものがないアガサが高等部1年で生徒会の実権を握るのは難しいかもしれない。だが、それでもやるべきだとクラリッサは考えていた。
そうじゃないと儲からないからである。
「ふうむ。でしたら、頑張ってみましょう」
「それは結構。ここに選挙資金を用意したよ。思う存分使ってくれて構わない」
アガサが前に向きになるのに、クラリッサがドンとカバンを置いた。
「600万ドゥカート。選挙資金としてはなかなかのものだと思う」
「なるほど。選挙で勝つには札束で相手を殺伐と殴れと。ちなみに今のは札束と殺伐をかけたギャグです」
「……そうだね」
クラリッサは真顔になった。
「でも、よろしいのですか? 私が会長になったからと言って、合同体育祭が開催できると決まったわけではないのですよ? 無論、この前の雪辱を果たしたいという声はあるのですが、だからといって学園が前向きになるかは分かりません」
聖ルシファー学園はこの前の合同体育祭で敗北している。
聖ルシファー学園の面子に賭けてリターンマッチを挑むべきだという声もあるし、これ以上恥をさらすべきではないという声もある。
アガサが会長になっても学園が前向きに合同体育祭を開催するとは限らないのだ。
「そこら辺は君の政治的技量に期待するよ。君ならいい結果を出してくれるはずだ」
それでもクラリッサは600万ドゥカートの選挙資金をそのまま渡した。
「これは期待に応えなければなりませんね。しかし、このことは内密に。聖ルシファー学園の生徒会長と王立ティアマト学園が結びついているなどという噂が流れては当選できるものも当選できませんから」
「もちろんだとも」
クラリッサにもそれぐらいのことは分かっている。
このような汚れた金のやり取りは内密にしなければならないのだ。
「それでは私は生徒会長になった暁には再び合同体育祭を」
「そうそう。よろしく頼むよ」
アガサとクラリッサはにやりと笑った。
「その時はこちらのブックメーカーも参加させてくださいね?」
「もうそっちのブックメーカーは組織できたの?」
「ええ。文化祭で最大の収益を上げるクラスで賭けを始めましたわ。まだできたばかりですので利益の還元は求めていませんが、それは追々」
聖ルシファー学園では既にブックメーカーが組織されていた。
彼らは文化祭での賭けを初め、様々な分野での賭けを目論んでいる。それもそうだろう。ブックメーカーの発起人となったのはアガサなのだ。その点ではクラリッサ同様、ブックメーカーは権力とべったりだ。
アガサが政治的に一線を退いたとしても、ブックメーカーの方は勢いが止まることはない。彼らは賭けの種があれば、賭けを行い、利益を計上している。
彼らが利益の還元を求められないのは政治的にアガサと結びついていたこともあり、今はまだ準備期間だという言い訳ができるからである。
だが、そろそろその言い訳も通じなくなるころである。
ならば、大きく儲けなければ。
合同体育祭はいいチャンスだ。
「ふうむ。そちらのブックメーカーが組織できるのはまだ先だと思ってたんだけどな」
「聖ルシファー学園は動き出すと早いのですよ。王立ティアマト学園と違って伝統がどうのこうのという話にはなりませんからね。クラリッサも王立ティアマト学園ではなく、我々の学園を選んでくださったらよかったのに」
「王立ティアマト学園は制服が可愛いんだ」
アガサが残念そうに告げると、クラリッサはそう告げて返した。
「うちの学園の制服もそれなり以上に人気ですよ? 街に出て歩くと声をかけられる率が非常に高いのです」
「それでも私はやっぱり王立ティアマト学園の制服がいいかな」
クラリッサは王立ティアマト学園の赤い制服がお気に入りだ。
「そうですか……。あなたが引き抜ければそれなり以上の収穫になったと思うのですが。そこまで言われては仕方ありません。それぞれの学園でやるべきことをしましょう」
「おう」
アガサが熱を込めて告げるのに、クラリッサが拳を掲げて応じた。
「それはともあれ、私のお店を覗いていきませんか? 友達割引もしますよ?」
「それはいいね。是非とも覗いていくことにしよう」
というわけで、アガサの再出馬の約束を取り付けたクラリッサは、サンドラたちとともにアガサの店を覗いていくことになった。
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海辺への滞在も4日目となると海にはいい加減飽きてくるというものだ。
そんなクラリッサたちが最終日に選んだのはショッピング。
「こんにちは、皆さん」
「こんちわ、アガサ」
クラリッサたちとアガサはリゾート地帯の中央にある広場で落ち合った。
この広場には様々な店舗が面している。レストラン、カフェ、ホテル、ブティック。それも流石は高級リゾートというだけあって、どれも高級店だ。カフェでコーヒー1杯頼んでも800ドゥカートは取られる世界である。
価格もリゾート価格で、元より高級な品がさらに高級になっているが、その品質は保証されている。高いだけの店ではなく、高いなりに高品質の品を扱った店なのだ。
何せ、ただの観光地と違って、ここに来るのは品質の良し悪しを知る上流階級である。彼らがリゾート気分で財布のひもを緩めたとしても、高価で低品質の品を売ることはできない。そういうことをすれば店の評判に傷がつく。いや、店どころかここら辺一帯のリゾート地の評判に響く。
故にこの地域の商工議会は確かな品を高価ながらも提供することと決めている。高いことは悪いことではない。人間は下手に安価な品は信頼せず、高価な品を選ぶという心理学的な心の動きも証明されているのだ。
高いなりに相応しい品を提供すること。
レストランからブティックに至るまで、高品質な商品を提供することはこのリゾート地帯で決められたことだった。ぼったくりと言われないようにする。高価なだけはあったと納得してもらえる品質を維持する。
クラリッサたちが買い物を楽しもうとしているのはそういう場所だった。
「まずは他の店の様子を窺いましょう。ライバルとなりえる店があるかもしれません。それにいい品があるかも。店だけにみせねえってことはないと思いますし」
「……そうだね」
クラリッサたちは真顔になった。
「では、ブティック巡りー」
アガサの先導でクラリッサたちは高級リゾートのブティックを見て回る。
「わー。この服、可愛い!」
「だけど、すげー高い」
サンドラは見た目を、ウィレミナは値札を見ている。
「これなんかいいですわね」
「こっちの方がいいですよう、露出度が凄くて。こんなの着て街を歩いた日には……」
フィオナとヘザーの会話はかみ合っていなかった。
「フェリちゃん、フェリちゃん。これ、お姉ちゃんに似合ってないかしら?」
「……俺はそれとおそろにはしないぞ」
ワンピースをひらひらさせるトゥルーデに、フェリクスが渋い顔をした。
「最初に君の店じゃなくてよかったの?」
「大丈夫です。買い物は普通最後の店でするものですよ。荷物を抱えたままショッピングっていうのはあまり得策ではないですからね」
クラリッサが尋ね、アガサが自慢げにそう返した。
「そういうものかな」
「そういうものです」
クラリッサは首を傾げ、アガサはそう告げた。
確かに最初の店では誰も何も買わなかった。
だが、2店舗目になるとフィオナがクラリッサに勧められて夏物のワンピースを購入する。3店舗目ではトゥルーデが靴を買った。
徐々に増える荷物は退屈そうにしているフェリクスが抱えている。
「ほら。君の店にたどり着く前にみんな買い物してるよ」
「むむ。そうでしたね。男性がいるのを考えていませんでした。男性がいると女性の商品の購入率は増加するのです」
荷物持ちがいると女性は買い物しやすいというわけである。
「でも、大丈夫です。私の店でもきっと買い物してくれるでしょう!」
「だといいけど」
それから2店舗を巡り、サンドラがウィレミナとおそろの小物を買ったり、ヘザーが水着を買ったりした。着々と増える荷物は仏頂面のフェリクスが抱えている。
「さあ、ついに私の店にやってきましたね!」
クラリッサたちはついにアガサの店までやってきた。
「たっぷり買い物を楽しんでいってください! 他店とはレベルが違いますよ!」
アガサはそう告げて、『アイランズ・ブリッジ』とブランド名が記された店舗の扉を潜り、クラリッサたちがそれに続いた。
「おおー」
「きらびやか―」
確かにアガサの店『アイランズ・ブリッジ』は他店とはレベルが違っていた。店の中は煌びやかで、宝石類からドレス、バッグに至るまで様々な品が置かれている。ひとつの店舗でこれだけのものを扱っているのはここだけだろう。
「お。この靴いいな。走りやすそう」
「実際に走りやすいと思いますよ。この付近のお店ではリゾート地でスポーツを楽しむ人のための商品が置いてないですから、我々はその隙間を狙って進出したんです。そして、『アイランズ・ブリッジ』のスポーツ用品の品質はアルビオン王国のトップアスリートたちが証明済みなのです」
ウィレミナがシューズを見て告げるのに、アガサが宣伝文句を流し込んだ。
「けど、高い……」
「お友達割引で半額にしてもいいいですよ」
「半額かー。それでも高いなー」
シューズは5万ドゥカートと言う値段だった。
「買ったげようか?」
「え? いいの、クラリッサちゃん?」
「うん。アガサの店で何も買わないのもあれだし。私もシューズほしいし」
クラリッサはそう告げて色違いのシューズを手に取った。
「それから……。あのドレスなんていい感じだね」
「確かに。フィオナさんとか似合いそう」
スポーツコーナーから打って変わって、クラリッサの視線が優雅なドレスコーナーに向けられる。ドレスは薄い生地でできた夏物のワンピースだ。色はフィオナの好きそうな白色。そして、クラリッサの好きそうな赤色がある。
「あれも買っちゃおう。フィオナはさっき買ったし、私が買うことにする」
「クラリッサちゃん。金遣い荒いなー」
クラリッサはあれこれと購入し、サンドラたちにもバッグなどを送り、合計で7点の品を買い上げた。アガサのお友達割引ありで20万ドゥカートの買い物だ。
「毎度あり! クラリッサさんたちもうちの店のことを是非とも宣伝してくださいね」
「うむ、考えておこう」
クラリッサは買い物を終えて、それなりに満足しているぞ。
「おい。お前ら」
そこで不機嫌そうな声が響く。
「少しは自分で荷物を持つという気にはならないのか」
フェリクスだ。彼はクラリッサたちが購入した様々なものを持たされていた。
「ごめん、ごめん。フェリクス。買い物に熱中しちゃって」
「はあ。女の買い物に付き合うと碌なことがないっていうよな」
フェリクスは深々とため息をついた。
「フェリクスは何も買うものないの?」
「俺はこういう場所で買い物しない。高くつくからな。買い物するなら勝手を知った店がいい。それに今は別段必要なものもない」
フェリクスはそう告げて首を横に振った。
「クリスティンさんへのプレゼントなんてどうです!?」
「買わねーよ。この元生徒会長、まだそのことで茶化すつもりか」
アガサは恋愛話に飢えていた。
「茶化すなんてとんでもない。私はおふたりの恋を応援したいだけですよ」
「余計なお世話だ」
アガサが目を輝かせるのにフェリクスが却下した。
「それじゃあ、何か食ってから帰ろうぜ」
「おう」
それからクラリッサたちはレストランで食事を楽しむと、このゴージャスな旅を終えて、ロンディニウムに戻ったのだった。
大変有意義な時間であったとクラリッサは思っている。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




