娘はビーチリゾートをエンジョイしたい
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──娘はビーチリゾートをエンジョイしたい
クラリッサたちは水着を下に着込み、フェリクスたちの部屋を訪れた。
「フェリクス、トゥルーデ。ビーチに遊びに行こう」
「おう。準備はできてるぞ」
フェリクスもそろそろ遊びに行くところだったのか、準備ができていた。
「私の自慢の水着でフェリちゃんを悩殺するわ」
「はあ……」
トゥルーデの方も準備万端らしい。
「ヘザー、シャロン。ビーチに遊びに行こう」
「了解ですよう!」
ヘザーは威勢よく返事を返すと、どたどたとし始めた。こちらはまだ準備ができていなかったようである。
「お嬢様。しばらくお待ちくださ──あっ! ヘザー様! テラスで着替えてはだめです! 興奮するではありません!」
ヘザーと同室のシャロンは相当苦労しているようだ。
「パパ。ビーチに遊びに行こう」
「ああ。分かった。準備はできてるのか?」
「ばっちり」
リーチオが尋ねるのにクラリッサがグッとサムズアップする。
「なら、いくとするか。このホテルにはプールもあるが、そっちはいいのか?」
「うーん。私のホテルにもプールは欲しいから後で見に行くけど、まずは砂浜を楽しまなくちゃ。目の前に海があるのにそれを放っておくのはもったいないよ」
「それもそうだな」
というわけで、全員の準備が整った。
クラリッサたちはビーチに通じるプールからビーチに出た。
青々とした海。暖かな陽ざし、真っ白な砂浜。
水着姿の男女が砂浜の上で、燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びながら、ビールなどの飲み物を味わっており、水辺でも水着姿の男女と子供たちがビーチボールや浮き輪を持って、この裕福層が集うビーチリゾートを満喫していた。
この海岸はクラリッサたちが初等部3年の時に、合宿で宿泊した場所のようにして、魔物除けのネットが張られているので、人々は安心して海水浴を楽しむことができる。また海開きのシーズンになると王国海軍が近隣の魔物を駆除するので、二重の安全策が取られていると言っても過言ではない。
そして、ここは高級リゾート地だ。
この付近の経営者たちは大切な客を守るために安全策を取っている。必ずシーズン中には魔物除けのネットの安全を確認するし、海軍にも特別にこの地域の魔物を徹底的に叩くことを依頼している。
「海に行くぞー!」
「おー!」
ウィレミナが駆けだし、クラリッサたちが後に続く。
「ひゃあ! 冷たい!」
「準備体操してからじゃないと危ないよ?」
海水はこの夏でも冷たかった。
「それにしてもフェリクスは何か言うべきことがあるんじゃない?」
「は? 何を?」
クラリッサがにやにやしながら尋ねるのに、フェリクスが首を傾げた。
「ほら、私たちの水着」
「はあ。特にコメントすることはないぞ」
クラリッサは新調したツーピースの水着。引き締まった肉体は健康的だが、色気があるかと言われると微妙である。胸も膨らんでいるし、女性的な体格にもなりつつあるのだが、まだまだ14歳である。大人の魅力はない。
フィオナとサンドラはさりげなく胸の谷間などもできている。そっちの方はフェリクスもなかなか直視しようとしない。彼も思春期なのだ。
だが、それよりも凄いのはシャロンである。
大ボリューム、とだけ述べておこう。
フェリクスもそっちの方は直視できない。顔が赤くなるのだ。
「クラリッサ。海で遊ぶときは用心しろよ。前にはクラーケンに襲われたんだろ」
「クラーケンぐらい余裕」
「余裕、じゃない。危ないことはするな。海はいろいろと危ないから用心するんだぞ」
海は流れがあったり、深くなったりとプールと違って危険な場面がある。もちろん、水際で遊んでいる程度ならさほど問題ないが、沖にちょっと出ると危険である。水深は深くなるし、潮の流れもどうなるか分からない。
「何して遊ぶ?」
「ビーチバレーってしてみない?」
「なにそれ」
「ビーチでバレーするの」
「説明になってない」
この世界ではビーチバレーは最近始まったばかりだ。
地球でもビーチバレーが始まったのは1920年代のカリフォルニアでだ。この世界の新大陸ではビーチバレーする人よりも、ゴールドラッシュで富豪を目指す人の方が多い。
「まあまあ、やってみようぜ。バレーのルールは知ってる?」
「知ってるよ」
クラリッサたちは体育の戦闘科目を選択しているが、一般的なスポーツについての知識もある。時折体育で教養を身に着けるために行われるし、クラリッサなどは手あたり次第に入った部活動の体験入部でルールを覚えていた。
「じゃあ、チーム分けして早速プレイだ!」
ウィレミナはそう告げてクラリッサたちを集める。
「どう分けるの?」
「うーん。どうしようか」
クラリッサ、サンドラ、ウィレミナ、フィオナ、ヘザー、フェリクス、トゥルーデと奇数である。チーム分けすると誰かが余ってしまう。
「シャロンも加わってよ」
「よろしいのですか、お嬢様?」
「人数が合わないんだよ。パパはもう寝っ転がってるし」
リーチオはビールを味わいながら、日光浴を楽しんでいる。彼は保護者としてクラリッサたちを見守るだけで、一緒に遊んだりはしないのだ。マフィアのボスはビーチではしゃいだりしないのである。
「なら、じゃんけんで決めよっか。じゃんけんで勝ったチームと負けたチームで」
「え。それでウィレミナちゃんとクラリッサちゃんとシャロンさんが同じチームになったらどうするの?」
「頑張れ」
「頑張れじゃないよ!」
サンドラの抗議もあって、戦力は均等に配分された。
クラリッサ、サンドラ、フェリクス、フィオナ。
ウィレミナ、ヘザー、トゥルーデ、シャロン。
一応は拮抗した形になっている。
「それじゃあ、始めよっか」
「負けた方が罰ゲームで何かしよう」
「何かって何」
「何か面白いこと」
「……物騒だから最初に決めておこう」
何をさせられるか分かったものではないぞ。
「それじゃあ、ティータイムにケーキを奢るってことでどうかな?」
「まあ、それぐらいなら」
というわけで、ゲーム開始。
「とりゃー!」
「ていっ」
激闘は30分間に及んだ。
勝者は──。
「勝ち」
「畜生ー。やられたー」
クラリッサはVサインをし、ウィレミナが悔しそうに足踏みする。
「シャロンさんがルールを知らなかったのが想定外だよ」
「それからヘザーさんが顔面でボールを受け止めようとすることもね……」
シャロンは体力はあってもルールを知らなかったし、ヘザーは顔面でボールを受け止めようとして明後日の方向にボールを飛ばすし、ウィレミナチームは散々だった。戦力は均等に配分されたようだったが、実際には偏っていたわけだ。
「ティータイムのケーキはウィレミナたちの奢りね」
「私が奢りますよう。その代わりもう一度顔面にボールを……」
「有料サービスになるよ?」
最大の戦犯であるヘザーが奢るのが妥当なところだろう。シャロンはルールが分からなくても、それなりに動いていた。
「それじゃあ、一度着替えてから街の方に行ってみる?」
「そうしよう。ホテルのロビーで待ち合わせね」
サンドラが提案するのに、クラリッサがそう告げた。
「パパはどうする?」
「ん。一応保護者として大事なお子さんを預かっている以上は付き合うぞ。俺は先にロビーにいるから支度をしてきなさい」
何せ、クラリッサの友達ときたら全員が貴族の子女である。何かあっては困る。何も起きないようにリーチオが保護者として、サンドラたちの両親から大事な子供を預かっているのである。リーチオは以前にもヒスパニア共和国旅行でサンドラとウィレミナを預かっているので、それなり以上に信頼されている。
「では、諸君。シャワーを浴びて着替えてきたまえ」
「クラリッサちゃんも着替えるんだよ。ほら!」
クラリッサたちはいったんホテルに戻る。
「洋服、どれくらい持って来た?」
「いっぱい。3泊4日だからね。それにいろいろと高いホテルだし。レストランはドレスコードがあるから注意してね」
「その点はばっちりです」
クラリッサたちは自室に戻ってきて、大きなバスルーム──豪華なことにジャグジーが付いている──でシャワーを浴びて海水などを落とし、街に出るのに相応しい格好に着替えていく。
ここは高級リゾートなので下手な格好はできない。浮いてしまう。そう考えてクラリッサたちはいろいろと洋服を揃えてきたぞ。
「時間があったらアガサのお店にも寄ってみたいね」
「高いお店じゃなかった?」
「大丈夫じゃない? ここでしか買えないものもあるかも」
クラリッサは遊ぶときにはとことん遊ぶのだ。
クラリッサが税金を支払うのを嫌がったり、儲け話に目がなかったりするのは、あくまで遊ぶ金を作るためである。クラリッサは金儲けのための金儲けはしないのだ。デカく稼いで、デカく遊ぶ。それがクラリッサの人生だ。
「買い物は帰りにしましょう。荷物が増えてしまいますからね」
「フィオナにも似合うドレスが売ってるかも。いろいろ試着してみよう」
「はい」
クラリッサの言葉にフィオナは嬉しそうに微笑んだ。
フィオナにとって友達との旅行は修学旅行を除けば2度目となる。公爵令嬢という立場ゆえにあまり自由な行動が許されないフィオナにとっては貴重な時間だ。
「それから今晩は楽しみにしててね」
そう告げてクラリッサは不敵に微笑んだ。
「さて、ではそろそろ出発しよう」
「おー!」
クラリッサたちは夏らしい涼し気な洋服に着替えると、トテトテと部屋を出て、エレベーターで1階に下りた。
「おう。来たか」
「早かったね、フェリクス」
「まあ、男ってのは支度に時間がかからないものだ」
ロビーではフェリクスが海の方を眺めていた。
「何、フェリクス。水着の女の人見てるの?」
「いや。この海で姉貴に無理心中を試みられたらどうやって生き延びようかと思っているところだ。あの海、そこまで深くないよな?」
「……大変だね」
トゥルーデは機嫌を悪くすると無理心中を図ろうとするらしい。
「お待たせ!」
そして、トゥルーデたちがやってきた。
トゥルーデ、ヘザー、シャロン。シャロンはいつもの執事服姿だ。
「では、ヘザーさんに奢ってもらいましょう!」
「行くのか?」
全員が揃っていることを確認するとリーチオがやってきた。
「そう。出かけるよ、パパ。ついてきてね」
「ああ。ついていく」
クラリッサが先頭に立って進み、サンドラたちが後に続く。
「しかし、ここのお店ってどこも高そうなところばかりだね……」
「リゾート価格でもあるだろうけれど、リゾート地を整備するならこれぐらいちゃんとやった方がいいね。私も立派なリゾート地を作るよ」
クラリッサは地図でロンディニウムの新規開発地区を見たが、新規開発地区は広い。ホテルとカジノを豪勢に建ててもまだ土地が余る。余った土地にはレストランやブティックを開けば、観光地として観光客を囲い込めるだろう。
なかなかいい手段である。
「あそこのお店にしようか。海が見えそうだよ」
「海は何度見てもいいものだよね」
というわけで、クラリッサたちは海の見えるカフェでお茶にした。
リゾート価格ということもあったが、高価ながら純粋に美味なケーキに舌鼓を打ち、わいわいとティータイムを楽しんだ。
それからは夕方まで街でウィンドウショッピングを楽しんだり、今度はプールから海を眺めて過ごしたりしながら、クラリッサたちは楽しい時を過ごした。
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