娘は海辺のホテルをエンジョイしたい
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──娘は海辺のホテルをエンジョイしたい
8月2日。
待ち合わせ場所はクイーンクロス駅。
「お待たせー!」
「おう。私も今来たところだよ」
駅の喫茶店に荷物を抱えたサンドラとウィレミナが姿を見せる。
「フェリクス君たちは?」
「まだ。フィオナとヘザーはもう来てるけど、ちょっと遊びに行っている」
どうやら待ち合わせ場所での合流を請け負ったのはクラリッサらしい。
「あ。今回はお世話になります、クラリッサちゃんのお父さん」
「楽しんでいってくれ」
クラリッサとお茶をしているのはリーチオだ。
今回はリーチオとシャロンが保護者となって、クラリッサたちの旅行を見守ることになっていた。サンドラとウィレミナにとってはリーチオと旅行するのは2度目である。
「パパ。このチーズケーキ、美味しいよ」
「そうか。なら、追加で頼むか?」
「いやいや。私のを分けてあげるってこと」
しかし、この娘。思春期や反抗期を迎えていてもおかしくない年齢なのに、未だに父親との仲が良好である。父親に言われれば勉強するし、自分たちで勝手に旅行に行かず、父親の同行を求めている。
まあ、クラリッサの場合は母親がいないのでそのためかもしれない。
「おーい。待たせたな」
それからしばらくしてフェリクスとトゥルーデが姿を見せた。
フェリクスもトゥルーデもパンツルックだ。流石にフェリクスがスカートになるわけにはいかないし、トゥルーデはなんでもフェリクスとおそろにしたがるし。
「よし。全員来たね。後はフィオナとヘザーが帰ってくれば」
クラリッサはそう告げて周囲を見渡す。
「あら。皆さんお集りに?」
「ようやく出発ですねえ」
公爵令嬢、伯爵令嬢として普段は駅の中を見て回ることなどなかったフィオナとヘザーは駅の中を堪能して戻ってきたようだ。ヘザーもいつもはドマゾの変態だが、一応は立派な伯爵令嬢なのである。フィオナと同じく庶民のことには疎い。
「さて、荷物をまとめて。列車には十分に間に合うから急がなくてもいいよ。荷物をポーターに任せたら、私たちは客車にゴー。でも、貴重品は手元にね。ポーターに預けた荷物は紛失したり、破損したりする可能性があるから」
「その点はばっちりだぜ! いつも親戚の家に遊びに行くときは列車だからな!」
クラリッサが説明するのに、ウィレミナが元気よく声を上げた。
この前の修学旅行でも鉄道で旅をしたのだが、あの時ほとんどの生徒は自分の荷物を執事とメイドに任せている。まだ自分たちだけで鉄道の旅をしたという生徒はあまりいないのだ。なんでも下々のものがやってくれるという立場であるがゆえに。
「それじゃあ、移動しようか。ここからホテルまでは鉄道で1時間、馬車で20分。それなりの旅になるよ。暇つぶしはちゃんと用意したかい?」
クラリッサはそう告げると、ウィレミナたちとともに駅のホームに向かった。
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鉄道で1時間。馬車で20分。
「海だー!」
「海だね」
クラリッサたちは夏のバカンスを楽しむ人々で溢れる沿岸リゾートに到着した!
「そこはかとなくハイソな感じ。あたしたち浮いてない?」
「浮いてない、浮いてない。私たちも上流階級だよ」
この沿岸リゾートはプライベートビーチや貴族やブルジョワ層の別荘、そして高級ホテルが連なっている。レストランも貧乏人お断りという雰囲気を醸し出した高級店舗が並んでおり、さらにはブランド品を扱うブティックなどがある。
まさに金持ちの楽園! プロレタリアートよ、団結せよ!
「うわあ。自動車があんなに止まってる。何かの大会かな?」
「む。私も自動車を持ってくればよかった」
「持ってくればよかったって……」
流石に自動車を手荷物として持ち込むのには無理があったぞ。
「あら? クラリッサ・リベラトーレさん?」
「お。アガサだ。おひさ」
「お久しぶりです」
誰かと思えば、この高級リゾート地で出会ったのは聖ルシファー学園の生徒会長だったアガサ・アットウェルである。聖ルシファー学園も中等部3年生は生徒会には立候補できないはずなので、既に一線を退いているだろう。
そして、今日の彼女は流石はアパレルメーカーの会長の娘というだけはあり、お洒落なワンピースと麦藁帽、そしてサングラスを装備していた。夏をエンジョイしている。
「アガサもここでリゾート?」
「はい。それから視察を兼ねて。最近、私の会社もここに店舗を構えたのですが、父からそれが順調に進んでいるか確かめるように頼まれていまして。新規『店舗』なだけにいい『テンポ』で盛り上がってもらいたいですよね」
「……そうだね」
アガサがにこりと笑って告げると、クラリッサは真顔になった。
「ところで、アガサの店って?」
「あそこにある店ですよ。ほら、『アイランズ・ブリッジ』って看板のお店です」
「おー。高級そうなお店だ」
「『アイランズ・ブリッジ』は私たちのグループの中でも高級志向のお店ですからね。全ての衣類はパリースィのファッションショーで銀賞以上を取得したファッションデザイナーがデザインしています。私のこのワンピースもそうなんですよ?」
「ふむふむ。アガサの将来の夢もファッションデザイナー?」
「そうですね。もちろん、自分でデザインした洋服を売るというのもいいのですが、私が見込んだファッションデザイナーに仕事を任せ、経営に専念したいという気持ちもあります。父のような仕事が夢ですね」
「私と一緒だ」
「おや。それは奇遇」
クラリッサが告げると、アガサがサングラスを外した。
「ちなみにそちらがクラリッサさんのお父様?」
「そだよ。カッコいいでしょ」
クラリッサがふふんと鼻を鳴らして自慢する。
「確かにナイスミドルですね。ご職業を伺っても?」
「金融業だ」
リーチオはクラリッサの友達たちの前なので金融業で通した。
まさかマフィアのボスですとは言えない。
「では、クラリッサさんも金融業に?」
「ううん。ホテルとカジノをやるの。オクサンフォード大学で経営学の学位が取れたらね。今日はホテル経営の勉強を兼ねて、このリゾート地に」
「あら。そうなのですか。それでしたら、やはり宿泊先はホテルプラザ・ポセイドンでしょうか? あそこは世界的に有名ですからね」
「そ。グランドロイヤルスイートに泊まるよ」
「まあまあ。素敵ですね。私はコテージを借りて泊まっていますので、よろしければ遊びに来て下さいな。住所はここです。いつでもウェルカムですからね」
「おう。そっちもお店の方、頑張って」
「はい。でしたら、またお会いしましょう」
アガサは再びサングラスをかけると日傘を揺らしながら去っていった。
「さて。私たちはホテルに行こう」
「おー!」
クラリッサたちは今回の目玉である超高級ホテルを目指して出発した。
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ホテルプラザ・ポセイドン。
4階建ての立派な建物だ。
貴族の屋敷──いや、アルビオン王国国王であるジョージ2世の座すノルマン宮殿のごとき壮麗さである。建物を見上げたクラリッサたちは呆然としている。
「これは立派だ。私もこういうホテルが経営したいものだ」
「そうだな。カジノも併設するなら設備は高級感がある方がいい。その方が客が金を落としやすくなる。カジノで儲けるためには客の時間の感覚と金銭の感覚をおかしくさせなきゃならないからな」
「なるほど」
「いや。お前にはまだ早い話だったな」
リーチオも危うく悪い大人になるところだった。
「では、中に入ろう」
クラリッサたちは中に踏み込む。
「ようこそ、クラリッサ・リベラトーレ様ご一行ですね。お待ちしておりました」
ホテルスタッフはクラリッサたちから荷物を受け取ると、事前の予約通りに、部屋に荷物を運んでいく。クラリッサ、サンドラ、ウィレミナ、フィオナはグランドロイヤルスイートだ。グランドロイヤルスイートはエレベーターで最上階に上がった場所にある。
そう、この世界、既にエレベーターは開発されているのだ。
蒸気機関を利用して動くものであり、人間5人程度は軽く運べる。
「こちらがお部屋になります」
「おおー」
グランドロイヤルスイートはその名に恥じないものだった。
ヒスパニア共和国で見た宮殿のような内装で、金の装飾できらびやかに飾られている。入ってすぐのリビングでは前方全面が透明なガラス張りになっており、広大な海と砂浜の様子を眺められる。そこから出たテラスではデッキチェアとパラソルとテーブルが置かれ、夕方の日が沈む時間帯にそこで爽やかなドリンクとともに夕日を眺めれば、素敵な時間が過ごせることは約束されているようなものだった。
「悪くないね」
「悪くないどころか最高だよ!」
クラリッサがふむふむと頷くのに、ウィレミナが興奮気味に叫んだ。
「では、お荷物はどこに?」
「そこでいいよ。何かあったら呼ぶけど、ベルを鳴らせばいい?」
「はい。グランドロイヤルスイート専用のスタッフがただちに参ります」
「ありがと」
クラリッサは手慣れた様子でホテルスタッフと話す。
実際のところ、クラリッサは慣れているのだ。
今回はホテルの勉強のためと気合を入れてきたが、そうなる前もクラリッサはこのグランドロイヤルスイートに匹敵する高級ホテルの最高級の部屋に宿泊してきたのである。何せ、金には困らないマフィアの娘とその娘を溺愛するマフィアのボスだからね。
「クラリッサちゃん! ベッドルームからも海が見えるよ!」
「うんうん。景色のいいホテルって評判だったからね。それよりのどが渇いたし、何か頼むか、下の喫茶店にいかない?」
「頼もう! 今はこのゴージャスな部屋を満喫したい!」
「じゃあ、早速スタッフを呼ぶね」
クラリッサは荷物を適当にベッドの横に並べるとベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか」
「冷たい飲み物が欲しいんだけど、メニューどこかな?」
「失礼。ここにございます」
本当にグランドロイヤルスイート専用のスタッフが直ちに姿を見せた。
「みんな、選んで」
クラリッサがはしゃいでいるサンドラたちを呼ぶ。
「私はオレンジジュースがいいな」
「あたしはアイスコーヒー!」
「アイスレモンティーを」
「じゃあ、私はシャーリーテンプル」
まだまだお子様なのでお酒は飲めない。
しかし、この世界にはシャーリー・テンプル女史が既にいるのだろうか……?
「畏まりました。しばらくお待ちください。お持ちいたします」
スタッフはそう告げて部屋から退室した。
「ベッドの割り当てはどうする?」
「私とクラリッサちゃん、ウィレミナちゃんとフィオナさんでよくない?」
すかさずクラリッサの隣に座ったサンドラである。
今回はダブルベッドがふたつなのでどうしても2組作る必要がある。
だが、皆さんんはお忘れではないだろうか。ウィレミナの寝相がオリンピッククラスに悪いということを……。
「私もクラリッサさんとがいいですわ」
「あたしもクラリッサちゃんとがいいな」
モテモテのクラリッサである。
「ウィレミナは床で寝るといいよ」
「酷くね?」
「だって、ベッドで寝ても起きたときには床じゃん」
クラリッサもウィレミナの寝相についてはしっかり覚えている。
ヒスパニア共和国でもウィレミナの寝相はダイナミックだったぞ。
「これはどちらがクラリッサちゃんと一緒に寝るかと言うより、誰がウィレミナちゃんと寝るかだね……」
「ク、クラリッサさん。中等部1年の夏休みではご一緒できませんでしたし、私と!」
深刻そうな顔をするサンドラとクラリッサの腕を抱きしめるフィオナ。
「オーケー。分かった。私がウィレミナと寝よう。サンドラ、フィオナ。ここは私が押さえるから君たちは行くんだ」
「クラリッサちゃん……! このことは絶対に忘れないよ!」
ベッドの組み分けで感動的な空気が流れてしまった。
「酷くね? みんな酷くね?」
「酷いのはウィレミナの寝ぐせだよ。どういう夢見てるのさ」
「うーん。部活の夢とか見るなー」
「それでか……」
ウィレミナは陸上部である。
「ウィレミナ。今日は精一杯泳いで、遊んで、食べて、熟睡して。夢見ないで」
「あたしは夢すら見ちゃいけないのか」
どうにかしてウィレミナの眠りの深さを深くしようとするクラリッサだった。
「お客様。お飲み物をお持ちしました」
「そこのテーブルの上に置いておいて」
クラリッサはスタッフにそう告げると、自分の注文したノンアルコールカクテルを持って、テラスに出た。テラスからは海と砂浜が一望できる。砂浜では大勢の観光客が、思い思いにビーチリゾートを楽しんでいる。
「みんな、飲み物来たよ」
「りょーかい!」
クラリッサが告げるとサンドラたちが飲み物を取りにやってきた。
「これ飲んだら、私たちも海に行こうか?」
「おー!」
そういうわけでクラリッサたちも思う存分ビーチリゾートを楽しむことにした。
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