娘は期末テストの時期を乗り越えたい
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──娘は期末テストの時期を乗り越えたい
期末テストが着々と迫る中、クラリッサにはやることがあった。
生徒会の引き継ぎである。
クラリッサたち中等部3年生は生徒会には立候補できないので、生徒会は次の世代に引き継がれることになる。今度の生徒会選挙は賄賂や暴力が吹き荒れたりしない、どこまでも平和なものであったことを記しておく。
「それではこれがこれまでの資料だ。仕事のマニュアルはここに用意してある」
「分かりました、王太子殿下」
ジョン王太子は真面目に引継ぎを行い、資料とマニュアルを手渡した。
「あのー……。次の副会長、私なんですけど何をしたらいいんでしょう」
「副会長は生徒会長の予備だから、生徒会長が死ぬまで出番はないよ」
うん。クラリッサは絶対にそういう面倒くさいことはしないね。
「そうなんですか。死ぬまで待ってますね、会長」
「物騒なことを言わないでくれないかな……」
副会長が見事にクラリッサの調子で告げると、生徒会長が渋い表情をした。
「書記が発行する生徒会便りはこういうものになります。ここにマニュアルを準備しておきましたので、印刷機の使い方などはこれで覚えてください」
「はい!」
フィオナも真面目に引継ぎを行っているぞ。
「あのー……。次の会計、僕なんですけど何したらいいんでしょうか」
「適当にやればいいよ。言われたことを右から左に流す感じで。レッツフィーリング」
ここにも引継ぎを真面目にしない奴が。
「うがーっ! クラリッサさん! ウィレミナさん! 真面目に引継ぎするです!」
「だって、引き継ぐようなことないし」
クリスティンが吠えるのにクラリッサとウィレミナがだらんと机に伸びた。
「自分たちで生徒会でしてきたことをちゃんと説明すればいいんです。さあ、ちゃんと説明してください」
「生徒会でしてきたことかー」
クリスティンの言葉で、クラリッサが考え込む。
「副会長は生徒会長を玩具にして遊ぶといいよ。いきなり思いついたアイディアでも投げてみると案外上手くいくことがあるからね。やってみて」
「うがーっ! 本当に引き継ぐ気があるのかー!」
クラリッサはいつもジョン王太子にいきなり物事を投げては、実行させていたぞ。流石に全く手伝わなかったわけではないが、面倒なことは押し付けていたぞ。
「それから仕事をする気がないときは挨拶だけして帰るといいよ」
「うがーっ! これからの王立ティアマト学園中等部生徒会を担う人たちにいい加減なことをいうなー!」
クラリッサはやる気がないときはそそくさと帰っていたぞ。
これでも生徒会をやっていたことになるので内申点は上がるのだ。それもクラリッサは一応は聖ルシファー学園との合同体育祭を成功させた人物でもあるので、本当に内申点はばっちりなのである。解せぬ。
「分からないことがあったら、随時教えてあげるから教えを乞うといいよ。私たちがいつでも知恵を貸してあげるからね。むしろ、私たちの意見を聞いていれば上手くいくから、積極的に意見を聞きたまえ」
「は、はい」
クラリッサが悠々とそう告げる。
「……さりげなく、自分たちが退いた後も影響を残そうとしていませんか。むしろ、傀儡にしようとしていませんか」
「そんなことはないよ。ただの善意だよ」
クラリッサは棒読みでそう告げた。
クラリッサは中等部3年になってからも合同体育祭をやったり、文化祭でカジノを解禁したりするために今の生徒会を傀儡にしようとしていたぞ。引退後も権力を握るのは、独裁者にありがちなタイプである。
「要らぬことを考えるなです。ちゃんと引き継いで、手を引くです」
「ちぇっ」
クラリッサの邪な考えはクリスティンによって粉砕された。
「じゃあ、適当に頑張って。臨機応変にやればなんとかなるから。それに生徒会長が死なない限り、副会長がしなければならないこともないから」
「はい」
クラリッサは結局、まともな引継ぎをしなかった。
「会計はねー。計算ができれば困ることは何もないよ。適当にやっていても大丈夫。どのみち自分から動かなくても、行事なんかがあれば、生徒会長とかから仕事が割り振られるからそれをこなしていけばいいよ。まあ、頑張って」
「は、はい」
ウィレミナも引継ぎは適当に終わらせた。
「それじゃあ、新しい生徒会頑張ってね。文化祭ではカジノをやろうね」
「考えてみます」
クラリッサが告げるのに、新生徒会のメンバーが頷いて返した。
「それでは頑張ってくれたまえ」
さあ、生徒会の引き継ぎが終わったらいよいよ期末テストに備えなければ。
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期末テスト。
夏休み前の難所だ。
「クラリッサ。今回のテストはいけそうか?」
「いけそうな気がするような、そうでもないような」
夕食の席でリーチオが尋ねるのに、クラリッサが何とも言えない表情をした。
「おいおい。最近、調子がいいって言っていたじゃないか。グレンダと頑張ってるんだろ? 今回は10位内と言わず5位内には入れるんじゃないか?」
「無茶をおっしゃる……。上位5位はウィレミナ、フィオナ、サンドラという強敵によって占められているんだよ。けど、今回はジョン王太子には勝てそうな気がする」
「おお。いいニュースだな」
「そうそう。この間の小テストでもジョン王太子には勝ったもん」
クラリッサは最近は勉学に勤しんでいるおかげか、授業中に行われた小テストの成績はジョン王太子よりちょっとだけながら上だった。そのことにジョン王太子は酷くショックを受けていたのだった。
「大学に入るなら成績は上げておかないとな。しっかり勉強して、無事に大学に入れるように努力するんだぞ。無事にオクサンフォード大学で経営学の学位を取ったら、ホテルとカジノを任せてやるからな」
リーチオは娘の成績向上を煽るために嘘を言っているのではない。彼は実際にクラリッサがオクサンフォード大学で経営学の学位を取得したら、ロンディニウム新規開発地区において建設予定のホテルとカジノの経営を任せるつもりだった。
リベラトーレ・ファミリーを合法化する。
そのためにはトップも入れ替わらなければならない。リーチオ自身は追及されれば、埃がでないというわけではない。これまで彼は幾度の殺人を命じてきたし、脱税や密輸にも間接的に関わっている。そういう人間がトップでは合法化はできない。
故にリーチオは一線を退き、クラリッサの個人的な相談相手として組織に残る。それでようやくリベラトーレ・ファミリーは司法から追及されることを避けられるのだ。
またリーチオは政界とクラリッサの橋渡し役も担うことになる。将来的にはクラリッサが政界ともしっかりと結びつく予定だが、いくらなんでも政界の人間はクラリッサのような子供を相手にしない。時間と実績が必要だ。
それができるまではリーチオがクラリッサと政界を結びつける。ホテル経営にもカジノの存続にも、政界との伝手が必要になってくる。酒税の低減や煙草税の低減も、カジノを本格的にやろうというなら必要だろう。リベラトーレ・ファミリーを合法化したら、もう密造酒や密輸煙草は使えないのだ。
それに政界との伝手があれば、ビジネスを拡大することも可能になる。ロンディニウムの新規開発地区のみならず、アルビオン王国の別の場所でも、あるいは新大陸の別の場所でも、カジノを運営できるようになるかもしれないのだ。
まあ、そのためにはクラリッサにちゃんとオクサンフォード大学で経営学の学位を取らなければならないのだが。流石のリーチオも素人にホテルやカジノの経営を任せるつもりはない。クラリッサが大学に入れなければ、別の人間に任せることになる。
追及されても埃の出ない組織内の人間を名目上のトップに据え、裏でリーチオたちがあれこれと画策することになるだろう。
その場合、クラリッサはリベラトーレ・ファミリーと友好関係にある貴族に嫁ぐか、あるいはリベラトーレ・ファミリーとは全く関係のない場所で仕事を勤め、リベラトーレ・ファミリーとは全く関係のない人間と結婚することになる。
リーチオとしては寂しいことだが、クラリッサがリベラトーレ・ファミリーと下手に結び付くのは避けるべきことだ。合法化されたとしても、リベラトーレ・ファミリーがこれまでしてきたことが全てチャラになるわけではない。クラリッサが経営者に向かないのであれば、別の道を歩んでもらうしかない。
その場合でもリーチオは可能な限りの援助をするだろうが。
「ホテルとカジノの設計も任せてくれる?」
「うーむ。開発開始は6年後だからな。お前はまだ大学に在籍中だ。だが、意見があるのならば採用を考えてもいいぞ。その代わり、大学での成績がいいことが条件だ」
「頑張る」
大学でもテストはあるし、成績もある。
勉強はどこまでも続くのだ。リーチオもビジネスに関しては今も勉強中だと言っていいほどに、人間は学び続ける生き物なのだ。リーチオは人狼だし、クラリッサは人狼ハーフだけれども。
「今は期末テストだ。いい成績を出せよ」
「おうともよ」
リーチオがそう告げ、クラリッサがサムズアップして返す。
果たしてクラリッサは成績5位内に入れるのだろうか?
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期末テスト当日。
「ねむ……」
「クラリッサちゃん。まだテスト始まってもないよ」
クラリッサは朝からうとうとしていた。
「昨日夜中まで勉強したから眠い……」
「だから、一夜漬けはやめようぜ、クラリッサちゃん」
クラリッサは今回のテストでも前日に猛勉強するということを繰り返していた。
だが、今回のクラリッサは以前とは違う。
「今回はね。成績5位内を目指すよ。私が驚くべき成績を取るのに恐怖するがいい」
「本当にそんなねむねむな頭で成績5位内に入れるのかー?」
クラリッサがにやりと笑い、ウィレミナが首を傾げた。
「大丈夫。コーヒーも飲んできたし、チョコレートで糖分も補給したし……ふわあ」
「ほらー。クラリッサちゃん、ちゃんと寝て来ないから」
クラリッサの口から思わず欠伸が伸びた。
「ふふふ。私の心配をするより自分たちの心配をした方がいいよ。今回の私は本気だからね。もしかするとウィレミナの不動の1位の座も奪われるかもしれないよ」
「すげー自信だ。けど、めっちゃ眠そう」
クラリッサは目をこすりながら欠伸をして、決め台詞を告げていた。
「クラリッサちゃん。テスト始まる前に顔洗ってきたら? 目が覚めると思うよ」
「うむ。そうする……」
結局、恐れられることはなく、普通に心配されたクラリッサであった。
クラリッサは欠伸を漏らしながらお手洗いに向かう。
「ふわあ……」
「ふわあ……」
その時、クラリッサの欠伸をシンクロする欠伸が響いてきた。
「む。ジョン王太子? なんで眠そうなの?」
「む。クラリッサ嬢。そういう君も眠そうだぞ」
欠伸の出どころは男子洗面所から出てきたジョン王太子だった。
「私は夜中まで勉強してたからだよ。恐れるがいい。今回の私は上位5位に食い込むほどの実力を有しているぞ。ついに君より高い成績を取ってしまいそうだね」
「そうはいかんよ。私だって夜中まで勉強していたのだ。この間の小テストでは負けたが、期末テストでは負けることはないよ」
そうなのである。
この間の小テストでクラリッサに敗北して以降、ジョン王太子は危機感を抱いていたのだ。このままでは成績でまでクラリッサに負けてしまうのではないか、と。
これまでのクラリッサは悪知恵は働くが、成績はいまいちだった。まあ、フィジカルとかは凄いけど、成績はいまいちだった。だから、ジョン王太子もまだまだ余裕があったのだ。クラリッサに負けてはいないと。
しかし、ここにきてクラリッサの成績が急上昇!
焦るジョン王太子は必死に勉強し、成績でクラリッサに抜かれることを恐れた。
何せ、初等部1年のころから競い合ってきた仲である。ここにきて負けたくはない。
今回ばかりはジョン王太子も気を抜かずに挑んできたぞ。
「では、勝負だ、クラリッサ嬢! 私が勝つ!」
「いいぞ。勝負だ。勝つのは私だ」
果たして勝利するのはジョン王太子なのか、それともクラリッサなのか。
その結果は──。
「1位。ウィレミナ・ウォレス」
「やりー。あたしまた1位だ」
ウィレミナの1位は不動であった。
「2位。フィオナ・フィッツロイ」
「クラリッサさんが頑張っていらっしゃったので、私も頑張りましたよ」
フィオナも不動の2位。
「3位。サンドラ・ストーナー」
「あ。結局、クラリッサちゃんには負けなかったね」
「うるさい」
クラリッサはちょっと拗ねた。
「4位。ヘザー・ハワード」
「あれまあ。成績が落ちたらお仕置きしてもらえたんですけどお」
ヘザーが成績上昇で4位に。
「5位。クリスティン・ケンワージ」
「ふふん。付け焼刃の勉強には負けないです」
そして、クリスティンが5位に。
「クラリッサちゃん。結局5位内に入れてないじゃん」
「おかしいな……。あれだけ勉強したのに……」
クラリッサは首を傾げながら次に目を向ける。
「6位。クラリッサ・リベラトーレ。ジョン王太子」
「うわ。同列なんて初めて見た」
クラリッサとジョン王太子は同じ順位であった。
「これはない」
「なんだこれは」
クラリッサとジョン王太子がそれぞれそう告げる。
「よ! 仲良しコンビ!」
「怒るよ?」
ウィレミナがはやし立てるのにクラリッサがジト目でウィレミナを見た。
「しかし、5位内に入れなかったばかりか、ジョン王太子にも勝てなかったとは。残念なり……」
「しかし、着実に成績は上がってるよ、クラリッサちゃん。この調子で行こう」
クラリッサががっくりするのに、サンドラが励ました。
「そうだね。この調子で目指せ5位内」
クラリッサには目標ができた。
「不味い。不味い。不味い」
一方のジョン王太子は焦っていた。
これまで学問の分野では勝っていたクラリッサが同列にまで追い付いてきたのだ。このままでは追い抜かれかねない。
「な、なんとかしなければ……」
頑張れ、ジョン王太子。学問でまで追い抜かれたら本当に負けてしまうぞ。
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