娘は体育委員の仕事に集中したい
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──娘は体育委員の仕事に集中したい
その日の放課後から応援団の練習が始まった。
「こ、この衣装、スカート短すぎじゃありませんこと? これでは動けませんわ」
「そういう時は下に短パンを履くんですよ、フィオナ嬢。今日は短パン、持ってきてないならジャージで参加オッケーですよ」
「そうでしたの。知りませんでしたわ」
女子更衣室でフィオナとウィレミナがそんな会話を繰り広げている。
「むう。これはなかなか色っぽい?」
「どうかなー。健康的だと思うけど」
クラリッサたちが試着しているのは白組の応援団の衣装である。
男子生徒は学ラン。女子生徒はチアリーダーのそれを纏うのが、この王立ティアマト学園の応援団の伝統であった。
しかし、女子生徒の衣装はノースリーブかつスカート丈が短く、なかなか露出が多い。クラリッサなどは事前に短パンを準備していたものの、まさかこういうものだと思っていなかったフィオナやサンドラは今日はジャージで参加だ。
「ふっふへへへ……。これでパンツ丸見えになったら周囲から蔑みの目が……」
「君もジャージで参加しよっか、ヘザーさん」
ひとり、このスカート丈の短さに発情している女子生徒がいたがウィレミナの手で強制的にジャージに着せ替えられたぞ。
「それでは応援団、集合ー!」
応援団担当の6年生の女子生徒が号令をかけて、グラウンドにクラリッサたち体育委員と応援団に参加することになったフィオナたちが集まる。
「これから応援団の練習を始めます。そこまで難しいことじゃないから身構えなくても大丈夫。分からないところや難しいところがあったら遠慮なく相談してね」
応援団係の女性生徒は親しみやすそうな口調でそう告げる。
「はい」
「早速質問? なにかしら?」
「もうちょっとスカート丈、短くしてもいい?」
「改造されるのは困るかなー」
クラリッサは自慢の美脚(自称)を見せつける気満々だぞ。
「さて、応援団の動きは基本的に3つよ。掛け声、アクションその1とアクションその2。これをリズミカルに展開するのが応援団の基本よ。まずは6年生がお手本を見せるからよく見ておいてね。では、始めましょう!」
6年生の女子生徒はそう告げると、グラウンドに広がった同じ6年生の女子生徒たちの方向を向いた。どうやら、応援団はそのまま引き継がれているらしく、6年生の女子生徒たちは手慣れた様子でグラウンドに広がる。
「ハイ! そーれ、白組ファイト!」
「そーれ、白組ファイト!」
6年生の女子生徒たちは掛け声を上げる。
「ボンボンを振って!」
左右にボンボンが振られる。
「もう一度! そーれ、白組ファイト!」
「そーれ、白組ファイト!」
もう一度間に掛け声。
「そして、ジャンプ!」
両手を上げてジャンプで決める。
「この流れを繰り返すの。ワン、ツー、ワン、ツーのリズムよ。では、早速やってみましょう。私の合図に従って。では、始め!」
クラリッサたちがボンボンを構える。
「ハイ! そーれ、白組ファイト!」
「そーれ、白組ファイト!」
掛け声は全員そろっている。
「ボンボンを振って!」
ボンボンが左右に振られるもそれぞれで左右逆だったりする。
「もう一度! そーれ、白組ファイト!」
「そーれ、白組ファイト!」
何とか声だけはそろっているようで、微妙にずれているのも混じっている。
「そして、ジャンプ」
ここでクラリッサが大ジャンプを披露。盛大にスカートが捲れたが、下は短パンなので安心である。しかし、ひとりだけ高く飛びすぎだ。
「まあまあね。動きは練習しながら身に着けていきましょう。ボンボンを振る時は右左よ。それから掛け声は『そーれ』を強く告げて『白組ファイト』をより強くね。後はジャンプの高さはみんなに合わせた方が見た目が美しいわ。ひとりだけ飛びすぎないようね」
それからクラリッサたちの応援団の練習は30分ほど続いた。
「よし。少しは形になってきたわね。後はひたすら覚えるだけよ。体育祭まで残り1週間。頑張っていきましょう!」
6年生の女子生徒はそう告げると応援団の練習を解散させた。
「どう? そこまで難しくなかったでしょ?」
「そうですわね。ダンスの練習を受けていますからリズム感には自信がありますの」
ウィレミナが尋ねるのにフィオナが自慢げにそう返す。
「私はダメダメだよー。リズムがちょっと早いとついていけない。私も一応ダンスの練習とか受けたんだけどなあ」
「サンドラはよくやっていたよ」
サンドラが落ち込む様子を見せるのにクラリッサが背中を叩いて励ます。
「はあ、はあ。私もダメダメでしたよう。ここは是非ともお仕置きを……」
「有料サービスになるよ?」
「1万ドゥカートまでなら出しますよう!」
そして、いろいろと営業許可が必要な話を始めたヘザーとクラリッサである。
「そ、その、殿下も私が応援したら喜んでくださるかしら……?」
そこで、ふとフィオナが口にした。
「当然だよ、天使の君。君が応援して喜ばない人間なんていない。きっとジョン王太子も喜んでくれるよ。だから、体育祭まで練習頑張ろう。胸に思いを持っている人は、どんなことだってやり遂げられるものだから」
「クラリッサさん……」
いい感じのところ申し訳ないが、クラリッサの言っていることの半分は適当だぞ。
「じゃあ、あたしとクラリッサちゃんは引き続き体育委員の仕事があるんで、皆さんまた明日ね! 体育祭まで頑張ろう!」
「おー!」
一先ずのところは悪くないスタートを切った体育祭の準備だ。
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「玉入れの大道具がちょっと今年は使うのが難しそうね」
クラリッサたちは体育委員として、体育祭の準備に励んでいるぞ。
「ねえ、ウィレミナ」
「何、クラリッサちゃん?」
「玉入れって何するの? 名前的に相手のボスを殺ってきて、その首を収める競技だと思ってたんだけど、何か籠とかお手玉みたいな玉があって困惑する」
「困惑しているのはあたしの方だよ」
クラリッサが告げるのにウィレミナが突っ込んだ。
「玉入れはそれぞれの籠にそのお手玉みたいな玉を放り入れて得点を競う競技だよ。分かりやすいルールでしょ?」
「何それ。何が楽しいの?」
「競技の面白さに疑問を持っちゃうかー」
クラリッサはもっとエキサイティングな競技だと思っていたぞ。
「もっと改良できないかな。玉を相手に当てたら死んだことにするとか」
「玉入れが完全に別の競技になるのは困るかな」
どうしても暴力的要素を入れたいクラリッサのようである。
「さてと、籠は再利用できるとして、棒は作り直さないとね。けど、あたしたちにできることと言ったら、上級生が用意してくれた棒に紅白の飾りつけをするぐらいだけどね」
「棒の長さは伸ばす? 20メートルぐらいに」
「それ、誰も入れられなくなるよな?」
高さ20メートルの玉入れは壮大だろうが、初等部1年生はほぼ入れられなくなる。
「棒を準備したから、1年生と2年生は飾りつけをお願い。こっちは紅組、こっちは白組ね。それぞれの組の色のリボンで飾り付けて、こうくるくるって巻くのよ」
上級生はそう指示を出すと慌ただしく去っていった。
「どっちも白組にすれば点数入れ放題……!?」
「はい。クラリッサちゃんは大人しく白組の方を飾り付けてようね」
クラリッサはウィレミナによって強制的に白組の飾りつけに参加させられた。
「リボンをくるくるっと。おっ? クラリッサちゃん、手慣れてるじゃん」
「包帯を巻くのと同じようなものだからね。慣れているよ」
「……何故に包帯を巻くのに慣れておられるので?」
「いろいろと荒事があると手伝いに行っていたから」
ウィレミナはその言葉を聞いて、あの歓楽街にいた強面の男たちを思い出した。そして、深く追及はしないことにした。時には追及しない方がいいこともあるものだ。
「後は籠を棒にくっつけて完成だね」
「無賃金ながらよくやったよ、私」
「無賃金なことをまだ根に持っているのだな、クラリッサちゃん」
ただ働きはマフィアらしくないと思っているぞ。
「1年生もこっちに集まってー!」
そんなことをしていたとき、6年生の女子生徒の声が響いた。
「これが今年の看板とポスター。下絵は美術部がやってくれたから、私たちは色を塗るだけです。ポスターはひとり3枚色を塗ってくれればそれで出来上がり。既に作業を終わらせた人から始めてね。ポスターの色塗りも終わった人は看板の色塗りを手伝って」
看板とポスターはウィレミナが提案した今年のテーマが刻まれ、手から手に渡されるバトンの絵が記されている。シンプルで色も塗りやすそうだ。
「ポスター、なかなかいいね」
「サイケデリックな色に塗ったら怒られるかな?」
「怒られます」
何を考えているのかよく分からないクラリッサだぞ。
「とりあえず、私たちはポスターの色塗りする前に玉入れの籠を仕上げようぜ」
「やれやれ。こき使われてるな。下積み時代というのはつらいものだ」
ウィレミナが告げるのにクラリッサたちは玉入れの仕上げに向かった。
その後、無事に玉入れの籠は完成。
そして、クラリッサは紅組の籠が重みで落ちるようにサボタージュを試み、ウィレミナに止められていた。
体育祭まで残り1週間だ。
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体育祭まで残り1週間だったあの日の放課後からさらに4日経った日。
体育祭までは残り3日。クラスでもそれぞれの出場する競技を決め、練習やトレーニングに励む生徒が出てきている。ちなみにクラリッサとジョン王太子は揃ってリレーに出場することになった。なってしまったのだ。
そして、今日はその練習の日である。
それぞれ柔軟体操を行って体をほぐし、リレーの準備を始める。
「アンカーは私がやる!」
「いいや。ここは私がやるのが適切」
……そして、1年A組のリレーの順番はまだ決まっていなかった。
「君、足遅いでしょう。かたつむりの観光客並みに。アンカーを任せたら逆転敗北してしまう。ここは私がやるのが最適」
「し、失礼だな、君は! 私はそもそもかたつむりの観光客などと比べられる存在ではない! そして、私の足の速さもなかなかのものだということは体育の時間で分かっているはずだ! 最近では君に追いつきつつあるだろう!」
「追いつきつつあるという時点で私より遅いのは確か」
「ぐぬ」
アンカー争奪戦はクラリッサとジョン王太子の間で火花を散らしていた。
クラリッサもジョン王太子もリレーの最後のゴールを飾るアンカーをやりたがり、どちらも譲ろうとしないのだ。
「そもそも君の鍛えられてきた筋力は長距離走向けの赤筋。今回求められるのは、短時間で成果を出すための白筋。私は短距離走も早いよ?」
「私だって短距離走ならば長距離走よりも早いぞ!」
「へっ」
「なんだ、その軽薄な笑いは!」
クラリッサは相手にならないというように鼻で笑った。
「なら、勝負してみる? 君が負けたらアンカーは私」
「いいだろう! 望むところだ!」
この間、体育祭の間は仲良くしようと言っておいてこれである。
「じゃあ、実際のリレーと同じで100メートル。ハンデは要る?」
「必要ない!」
クラリッサは完全にジョン王太子を挑発している。
「サンドラ。合図をお願い」
「う、うん。それじゃあ、位置について」
クラリッサが告げるのにサンドラがスタートラインの脇に立つ。
「よーい、ドン!」
サンドラの合図でクラリッサが一気に加速した。
ジョン王太子が半分ほどまで進んだ時には、クラリッサは既にゴールインである。ちなみにクラリッサの100メートル走の最高記録はフィジカルブーストありで8秒台だぞ。もはやこの世界の競技においても世界記録更新だ。
「どうやら決まったようだね」
「うう……。どう考えても君が速すぎるんだ……」
普通初等部1年の生徒は20秒台だぞ。フィジカルブーストを使っても17、18秒前後だ。
「それでは私がアンカーということで」
「ま、待ってくれ、クラリッサ嬢! お願いだ! アンカーを私にやらせてくれないか! どうしても私はアンカーがやりたいんだ!」
「……泣くほど?」
ジョン王太子は涙目だ。
「そ、その、フィオナ嬢に少しはいいところを見せたいんだ。今回は彼女が応援団に参加し応援してくれるということでもあるし、それに応えたいのだよ。頼む、クラリッサ嬢。身勝手なことを言っているとは分かるがアンカーを譲ってくれ!」
ジョン王太子はそう告げてクラリッサに頭を下げる。
「分かった。私はアンカーの一個前でいい。アンカーは君がやるといいよ」
「本当か! ありがとう、クラリッサ嬢!」
クラリッサも実際のところ、アンカーにそこまで固執していたわけではない。ただ、自分がアンカーをやった方が絶対に勝てると思っていただけだ。
「……その代わり、このことは貸しだよ。忘れないようにね……」
「わ、分かった」
クラリッサが小声で囁くのにジョン王太子の背中に悪寒が走った。
というわけで、リレーの順番も決まり、クラリッサたちは練習に励むことに。だが、使用できる時間は休み時間ぐらいなので、なかなか本格的な練習はできない。それでも、バトンを落とさずにつないでいくということはできるようになっていった。
楽しい体育祭までもう少しだ。
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本日1回目の更新です。




