娘は高等部の生徒会と話し合いたい
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──娘は高等部の生徒会と話し合いたい
「失礼します」
クラリッサが扉をノックし、高等部の生徒会室に乗り込んだ。
「ようこそ。私が生徒会長のローズマリー・ラムリーです。あなたはクラリッサ・リベラトーレさんですよね?」
「はい。クラリッサ・リベラトーレです。こっちはブックメーカーの共同経営者のフェリクス・フォン・パーペン。そして、こっちは友達で生徒会では会計を務めていたウィレミナ・ウォレス」
クラリッサが紹介し、フェリクスとウィレミナが頭を下げる。
「生徒会を見学させてほしいということだったけれど、本当にそれだけ?」
「鋭い。実は学園の利益になる提案を提示するためにもやってきました。ですが、まずは高等部生徒会の活動についてお聞かせいただけますか?」
こういう場面ではクラリッサも猫をかぶれるのである。にゃーん。
「高等部生徒会の活動は中等部生徒会の活動とそこまで変わらないわ。ただ、より自治権が強くなっているという感じかな。部活動の立ち上げも独自に許可できるし、逆に部活動の廃止も提案することができる」
「なるほど。予算の方も?」
「ええ。かなりの自由裁量が許可されているわ」
クラリッサはやはり学園の真のボスは高等部の生徒会長なのだなという自分の考えが正しかったことを心の中で賛美した。
「それで本題は何かしら? 賭け金制限のことだと思っているのだけれど」
「その通り。賭け金制限を撤廃してほしい。スポーツくじは学園でも認められ、正当な評価を得ている催し物。賭け金の制限などを付けられると、スポーツくじがいかがわしいもののように思われてしまう」
儲からないから賭け金制限を撤廃してとは言えないのでこう述べるクラリッサだ。
「ふうむ。風評被害を呼んでいると主張なされるのね。確かに賭け金制限は一種の不信感を与えてしまっているのかもしれないわ。けど、こういう制限を設けておかないと学園の風紀が乱れるということも考えておあり?」
「もちろん。私たちのブックメーカーは自分たちで過激な賭けになることを避けようとしています。少なくとも今まで金銭的なトラブルは発生していません。皆さん、大いに賭けを楽しまれ、イベントは一段と盛り上がっているのです」
そうである。
クラリッサの“表”のブックメーカーはトラブルを起こしてはいない。問題があるのは“裏”のブックメーカーだ。裏のブックメーカーは非常に高いオッズで大穴狙いを誘い、大金を賭けさせている。そっちの方で問題が起きても、クラリッサたちが握りつぶすので表には支障はない。マフィアなやり方だな……。
「イベントの盛り上がりについては否定しないわ。合同体育祭なんて高等部は関係ないのに盛り上がっていたもの。けど、やはり限度というものが必要よ。私たちはまだ分別をわきまえた大人ではない。あまりに盛り上がりすぎて、将来的に金銭的なトラブルが起きるということも完全には否定できないでしょう。それを未然に防ぐための制限よ」
だが、クラリッサの説得もむなしく、ローズマリーは意見をはねのけた。
「よくないね。そういう一見思慮深そうで、実際は無思慮な制限が、この学園のあらゆる分野における衰退をもたらしているんだ。制限することは簡単だ。最初から何もしなければいい。体育祭も、文化祭も、やらなければいちいち細かな調整をして、準備に明け暮れることもない。全ての学園行事と部活動を廃止して、勉強だけしてればそれこそ何の問題も起きないよ。だけど、それって本当に正しいことかな?」
「言いますわね……」
クラリッサはここ最近国語の成績が上がったので、ちょっとばかり論理的な屁理屈が言えるようになったぞ。嫌な前進だな。
「思い切った決断も時には必要だ。最初から何もしないのは簡単。何かを始めるのは大変。そんなの分かり切っている。私たちはブックメーカーを始めた。確かにトラブルが起きる可能性は皆無じゃない。だけど、そういう問題をひとつずつ解決していくことによって、生徒たちも成長していくんだよ。自分たちでトラブルを解決する。自分たちで考えて何かをする。それって授業と同じくらい大切な自主精神をもたらすんじゃないかな」
クラリッサは金額制限があると儲からないから撤廃してほしいだけだぞ。ここで述べているのは全てそれっぽいことを言っているだけだぞ。
「確かに我々は少しばかり保守的過ぎたかもしれませんね。ですが、金額制限の完全撤廃は受け付けかねます。問題が起きたときに対処するのも大事なことですが、問題を起こさないように予防するのも同じくらい大事なことなのですから。段階的に上限金額を上げていき、最終的には完全撤廃という形にします。譲歩できるのはここまでです。それでよろしいですね?」
「むう。分かった。それでいこう。まずは2000ドゥカートに」
「ええ。2000ドゥカートに」
一応の落としどころは見つかった。
「しかし、ブックメーカーなるものの創設が中等部から提案されるとは思ってもみませんでした。こういうことを最初に試すべきは高等部からなのですが」
「中等部でも高等部と同じくらい生徒会の活動が活発な証拠だね」
金と暴力で署名を集めて無理やりブックメーカーを認めさせるような生徒は、クラリッサとフェリクスぐらいのものだろう。そんな人材がそこらにゴロゴロしている学校というのも嫌なものである。
「私は高等部2年なので来年あなた方が高等部に入ってくるときには生徒会を退くことになりますが、生徒会に立候補する予定は?」
「もちろん。私は学園の自治にとても興味を持っているからね」
嘘だぞ。クラリッサが興味があるのはお金儲けだけだぞ。
「それなら今から高等部の生徒会の手伝いをしておかない? そうすれば高等部の生徒たちの覚えもよくなるし、高等部の生徒会に入ってからの活動もスムーズになるわ。働きが立派なものなら推薦をしてもいいわよ」
「おお。それはありがたい」
クラリッサとしては部活もしていないし、今は比較的時間が空いている。ここで頑張って、生徒会長の推薦が得られれば、金と暴力だけに頼らず、生徒会選挙を上手く進めることができるようになるだろう。
「その、よければあたしも手伝わせてもらえませんか?」
そこでウィレミナがそう尋ねる。
「あなたも生徒会に?」
「はい。中等部では会計でした。計算は早いのでお役に立てると思います!」
ウィレミナはこれを機に高等部に通う口実を作るつもりなのだ。
クラリッサはそれを理解したので何も言わなかった。ウィレミナは生徒会長には立候補しないし、ライバルになる相手じゃない。それにそもそも今回のことは、ウィレミナの恋を助けるためである。友達としては大賛成だ。
「ウィレミナにはとても助けられたよ。一緒に働いてくれたら凄く仕事がはかどると思う。ここはウィレミナと一緒ということでどうかな?」
「ふむ。そこまでいうのでしたら構いませんよ。一緒に頑張りましょう」
「いえいっ!」
これでウィレミナは高等部に通う口実を作ることができたぞ。
「それでは明後日から放課後、ここに来てください。する仕事がないときでも挨拶だけはお願いします。生徒会の一員としての責任を覚えるためです」
「オーケー」
本当に分かったのだろうか、この娘は。
「それでは明後日から。よろしくお願いしますわ」
「こちらこそ」
というわけで、クラリッサは密かに生徒会選挙活動を推し進めた。
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「さて、ウィレミナ」
「なんだい、クラリッサちゃん?」
生徒会室を出てからクラリッサがウィレミナの方を向いた。
「当初の目的を忘れてないよね? ちゃんと先輩に会わなきゃダメだよ?」
「わ、分かってるよ。けど、なんだか恥ずかしいなあ」
釘をさすクラリッサにウィレミナがてれてれと頬を掻く。
「ここまで来たんだから、そういうことを言わないの。君はできた人間なんだから堂々としていればいいんだよ。それにここで逃すと、もうチャンスはないかもよ? 高等部に入ってから別に女ができた可能性もあるんだから」
「う、うん。頑張ろう!」
「そうそう、頑張ろう」
ウィレミナは気合を入れた!
「どうしてそう色恋沙汰に夢中になるのかね。どうせ今恋愛しても将来結ばれるってわけじゃないだろ。結婚には家柄だの、資産だの、職業だのが問題になってくるわけだし。ウィレミナは大学に行くから、余計に結婚から遠のくぞ」
「そんなことないやい。最近ではできる女が流行りなんだよ。昔みたいに家で一日中お茶して、刺繍しているだけの女は時代遅れ! 共働きでバリバリ稼いで、勉学に精通して男の会話にも加われる女子が最近ではもてはやされてるんだぜ?」
フェリクスが退屈そうに告げるのに、ウィレミナがテンションを上げてそう告げた。
そうである。
ここ最近では長期的に東部戦線に男性が駆り出されていることもあって、働き手として女性が求められるようになっていた。それはもちろん、前線に駆り出されるような肉体労働を主とする男性の埋め合わせだった。しかし、女性が働く機会が増えることによって女性の発言力は高まり、女性の人権活動家なども現れ、昔のように家にこもった専業主婦という枠組みを破壊し、女性も男性と同じように活発的で幅広い社会活動を送ろうという流行を生み出したのだ。
とは言え、まだまだ女性の社会活動が公に認められているとは言い難い。アルビオン王国でも保守層はこのような流行に懐疑的だったし、こういう運動の立案者は社会主義者であるとの考えから都市警察は運動の主催者をマークしている。
それでもじわじわと流行は広がり、男性たちも女性の社会活動に寛容になり、そのような活動をするパートナーも流行的でいいではないかと思い始めている。
フィリップがそういうタイプかは謎だが、フェリクスの言うような大学に行くからと言って結婚が遠のく時代は終わりつつあるのだ。
もっとも、ウィレミナは別にそういう運動に熱烈に賛同しているわけでもなく、ただ貧乏一家には働き手がひとりでも多い方がよく、大卒ならばより給与の高い仕事につくことができるという点から、大学進学を目指している。イデオロギーというよりも、金銭的に切実なのだ。
「クラリッサちゃんだって大学目指してるけど、結婚はするでしょ?」
「うーん。多分。いい人が見つかったらね」
クラリッサの理想は斜め上なので、お相手が見つかるには時間がかかりそうだ。
「フェリクスは大学に進学する?」
「さあ、どうだろうな。親父は大学に行って、政治学の学位を取って、同じように外交官になれって言っているけれど、親父と全く同じことをして面白いのかどうか分からん」
フェリクスは進路で悩んでいた。
フェリクスの父であるペーター・フォン・パーペン伯爵はフェリクスにも大学に行ってもらい、そこで政治学の学位を取得し、外務省に入って外交官になることを望んでいた。だが、それはあまりにも父親と同じ生き方なのだ。
この年ごろになると親のことを妄信しなくなる。親と違うことをした方が幸せになれるのではないか。そちらの方が人生が豊かになるのではないかと思い始めるのだ。
だから、フェリクスは悩んでいた。
フェリクスがどのような道に進もうと、パーペン家の爵位と領地はフェリクスの手に渡る。将来の生活で不安になることはない。ならば、もっと冒険をしてもいいのではないだろうかと考えていた。
「フェリクスの将来の夢って何?」
「夢か。……探検家になりたい」
「探検家」
意外な答えにクラリッサが思わず繰り返す。
「リヴィングストン博士でいらっしゃいますか? ってわけ?」
「ナイルの水源はもう見つかっただろ。俺が目指したいのは北極と南極だ」
ウィレミナが探検家ということで有名な一言を告げるのに、フェリクスがむすっとした表情でそう返した。
「北極と南極って何があるの?」
「人類が到達したことのない場所がある。そこがどうなっているのかは分からない。だからこそ、探検家たちは北極と南極を目指すんだ」
クラリッサは選択科目で歴史を選んだので、地理のことはすっかり忘れている。
「へー。ロマンだね」
「ロマンだね」
クラリッサとウィレミナはフェリクスの意外な一面を見た。
「でも、探検家って稼げるの?」
「まず稼げないな。成功すれば有名人にはなれるだろうが、仮に俺が南極点に到達したところで、誰かが俺にボーナスを支払ってくれるわけじゃない。それでも別に構いやしない。誰もやったことのないことをやる。金に余裕のある奴だからこそできることだ」
フェリクスは貴族なので収入は安定している。趣味のような仕事を選んだとしても、別に生活に困ったりはしないのだ。
「じゃあ、私はフェリクスが北極点か南極点からに一番乗りできるかどうかで賭けでも催すことにするよ」
「ああ。そうしてくれ。少しでも金になればなによりだ」
クラリッサにはロマンも何もない。
「さて、それではウィレミナ」
「おう」
クラリッサたちが喋りながら歩いていると1年C組の教室にたどり着いた。
「幸運を祈る」
「任された!」
ウィレミナは緊張しながらも教室に入り、フィリップを見つけると会話を始めた。
もともとウィレミナは交友関係でもアクティブな生徒なので、一度会話が始まれば会話は弾み、フィリップから最近の出来事や高等部での生活について聞き出していた。フィリップは高等部でも陸上部を続けているようであり、ウィレミナのことを歓迎するという旨の発言もしている。
「収穫あり?」
「ばっちりです、隊長」
15分ほど会話をしたウィレミナはホクホクの笑顔だった。
これからは高等部生徒会の手伝いをするから時々遊びに来ますとまで約束したので、フィリップにとってもウィレミナは印象に残る生徒になっただろう。
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