娘は期末テストでいい成績を取りたい
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──娘は期末テストでいい成績を取りたい
そして、ついに期末テストの日が訪れた。
「はあ……」
「クラリッサちゃん。テスト受ける前から憂鬱なのはどうなのかと思うぜ」
クラリッサが登校してきたと同時にため息をつくのにウィレミナが突っ込んだ。
「どうしてこの世にはテストというものが存在するんだろう……」
「哲学的なようで全く哲学的じゃない問いかけだな」
生徒の学習進捗具合を調べるためにもテストは必要なのである。
「クラリッサちゃん。ちゃんと勉強した?」
「したような気がする……」
「そこからあいまいなの」
クラリッサが唸るのにサンドラが突っ込んだ。
「クラリッサちゃん、頑張ろうぜ。テストでいい点取るといいことあるかもよ?」
「そうだった。10位内に入らないといけないんだった」
そこでクラリッサは自分の目的をようやく思い出した。
「10位内を目指すの?」
「そう。10位内に入ったらパパに自動車を買ってもらうんだ」
「自動車!?」
クラリッサがさらりと告げるのにサンドラが目を見開いた。
「自動車って何?」
「機関車と同じような仕組みで動く小さい車。大富豪とかが持ってるの。リバティ・シティではかなり普及したらしいよ。けど、値段は1000万ドゥカートはするはずだよ」
「1000万ドゥカート!?」
サンドラが告げるのにウィレミナが悲鳴染みた声を上げた。
「テストで10位内に入るだけでそんなものが買ってもらえるの?」
「だって、10位内だよ? 不可能に挑戦するようなものだよ?」
「それはクラリッサちゃんがちゃんと勉強しないからだろ」
クラリッサが至って真面目に告げるのにウィレミナが渋い表情でそう告げた。
「勉強はしたよ。昨日とか教科書読みまくった」
「一夜漬け……」
「まあ、1時間で眠たくなったから寝たんだけどね」
「一夜漬けすらできていない……」
クラリッサの集中力はかたつむりの観光客以下だ。
「すっきり寝たらなんだか全部忘れた気がする」
「ダメなすっきり感だ、ぞれ」
クラリッサが腕を組んでそう告げるのにウィレミナが突っ込んだ。
「まあ、10位内にはなんとしても入るよ。これでもベニートおじさんの引退記念パーティーをしてからずっと勉強をしていた気がするんだ。数学と理科は余裕だし、後は第一外国語と第二外国語、そして歴史を処理できれば10位内も夢じゃない」
「クラリッサちゃん、理系の教科にはつよつよだもんね。私は理系は苦手」
クラリッサが自信満々に告げるのに、サンドラがそう返した。
理系の成績だけでみたら、クラリッサは学年1位だ。それが総合で学年15位から20位付近をうろうろしているのはひとえに文系科目が苦手すぎるからである。
国語はかなりマシになったので、クラリッサが言う通り第一外国語と第二外国語、そして歴史を上手い具合に処理できれば勝利は確実だろう。
もっともそれが難しいのだが。
「さて、と。それじゃ、カンニング用の用紙を準備するか」
「何ごく当たり前のように不正の準備をしているの?」
クラリッサがノートを細かく切ってそこに単語を書き込んでいくのにサンドラが冷ややかな視線を向けた。
「大丈夫だよ。ばれたら袖の下を握らせるから」
「そういう問題じゃないよ?」
クラリッサ、テストでは不正をしてはいけないのだ。
「第一外国語と第二外国語とかカンニング推奨しているようなものでしょ? あんなにいっぱい単語が覚えられるはずがないし、何なら辞書を机の上に置いて、教科書も並べて試験に挑みたいぐらいだよ」
「単語を覚えるのは普段から勉強してればちゃんと覚えられます。クラリッサちゃんみたいに短期間で勉強を終わらせようとするから問題が生じるんだよ」
「そんなに気長に勉強してられるわけないじゃん。頭おかしいよ」
「真面目に勉強している人たちに喧嘩を売らないで!」
クラリッサ、勉強はテスト前になって慌ててするものじゃないのだぞ。
「とにかく、カンニングはダメだぜ、クラリッサちゃん」
「ぶー……」
クラリッサは渋々とカンニングを諦めた。
「はあー……。これで10位内に入れるかなー……」
「普段から勉強するように心がけようね」
「死ねる」
クラリッサは机の上に伸びた。
「そろそろテストが始まるよ。クラリッサちゃん、覚悟を決めよう」
「おう」
チャイムが鳴り響き、テストの担当教師が教室に入ってくる。
「それでは期末テスト、第一外国語を開始します。問題用紙を前から後ろに配ってください。始めというまで問題用紙は開かないように」
担当教師がそう告げてテストが始まった──!
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期末テスト終了!
「どうだった、クラリッサちゃん」
「虚無」
「虚無」
クラリッサが告げるのに思わず繰り返したウィレミナである。
「ウィレミナはいいよね。いつも1位だもん。そんなに勉強しているの?」
「んー。予習復習はしっかりしているよ。後は授業にしっかり集中」
「よくそんなことができるね」
「まるで逆立ちしながら火の輪を潜ったと言ったような顔しないで」
クラリッサのウィレミナを見る視線は人間を見る目ではなかった。
「クラリッサちゃんも日頃から頑張ればテスト前に慌てなくてもいいんだぜ?」
「無理」
「やる前から無理だというのはやめよう」
クラリッサは日頃から勉強するなど悪夢だと思っているぞ。
「楽していい成績を取るにはどうしたらいいんだろう」
「そんな方法はないぞ」
学問に王道なしなのだ。
「クラリッサちゃん。テスト終わったね」
「うん。何もかも終わった」
「どうしてこの世が終わったような顔しているの」
サンドラがやってきて告げるのに、クラリッサはため息をついた。
「この世が終わったみたいだからだよ。絶対に10位以内には入れない。自動車はお預け。このままじゃ大学にも入れないし、夢は遠のくばかりだ」
「クラリッサちゃんって大学進学目指しているの!?」
クラリッサの言葉にサンドラとウィレミナのふたりが驚いた。
「そうだよ? 悪い?」
「いや。悪くはないけど、大学が何する場所か知ってる?」
「儲からない場所」
「学問をする場所だよ」
クラリッサは以前ウィレミナの兄に大学生は儲からないと聞いているのだ。
「勉強ばっかりする場所だよ? 本当にクラリッサちゃんは大学に行くの?」
「うん。パパからホテルとカジノを経営するのに大学で経営学の学位を取れって」
「また難しい問題に直面してるねー」
クラリッサがロンディニウムの新規開発地区で予定されているホテルとカジノの運営に携わるには、オクサンフォード大学で経営学の学位を取得することが条件になっているのだ。こればかりはリーチオも条件を譲歩するつもりはない。
「それなら10位以内とか言わずに5位以内には入らないと」
「何それ。死ねる」
ウィレミナが告げるのにクラリッサが顔をひきつらせた。
「それから内申点も稼がないとね。クラリッサちゃんは生徒会をやっているからいいけれど、美術の授業とかも頑張らないといけないよ」
「美術なら任せろ。そろそろ大作が完成する」
美術では中等部2年の締めくくりとして作品を提出することになっていた。
クラリッサもウィレミナも音楽的才能は皆無だったので美術に亡命したぞ。
「部活動もやった方がいいけれど、高等部に入ったら何かやる?」
「んー。高等部は生徒会で忙しくなると思うから遠慮する」
「自然に生徒会に入ることを確約しているね」
クラリッサはあらゆる手段を使って高等部では生徒会長になるつもりだ。
「まあ、今は期末テストの成績だね。日頃の成績も内申点に響くから、期末テストは毎回気合入れた方がいいぞ。普段から予習復習をしっかりやって、授業にはしっかりと集中しよう。そうすればいい成績は取れる」
「うげえ……」
ウィレミナが告げるのにクラリッサが心底嫌そうな表情を浮かべた。
「クラリッサちゃん。将来の夢のためだから頑張らないと」
「ううむ。仕方ない。頑張るとしよう……」
こうして期末テストも終わり、後は成績が貼り出されるのを待つだけになった。
果てしてクラリッサは10位内に入れたのだろうか?
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「1位。ウィレミナ・ウォレス」
「いえい!」
ウィレミナは不動の1位だった。
この娘は本当に勉強ができるのである。それも陸上部でもしっかり活躍して、生徒会会計でもあるのだから、大学に進むに当たって問題になりそうなものは何もない。
「2位。フィオナ・フィッツロイ」
フィオナもかなり不動である。
公爵令嬢として家庭教師もつけられ、日ごろから勉学に励んでいる彼女がこの順位なのは順当だろう。クラリッサと違ってテスト前に慌てるタイプじゃないのだ。
「3位。サンドラ・ストーナー」
「あ。私、順位上がった!」
サンドラも成績がいい方だ。授業は真面目に受けているし、授業で習ったことはしっかりと復習している。魔術部でも活躍しているし、サンドラも大学に進むならば問題なく、進むことができるだろう。
「4位。ジョン王太子」
ジョン王太子も真面目に勉強している。
「5位。ヘザー・ハワード」
意外なことにヘザーも最近は成績がいい。
「クラリッサちゃんは何位?」
「んー……」
クラリッサは自分の名前を探して掲示板を見渡す。
「あ。10位。クラリッサ・リベラトーレ!」
「おお。おめでとう、クラリッサちゃん!」
クラリッサは10位ギリギリでランクインしていた。
「やったね。これで自動車が買ってもらえるよ」
「うんうん。よく頑張った、クラリッサちゃん」
クラリッサがガッツポーズを決めるのにウィレミナが頭を撫でた。
ちなみに6位から9位までの順位は以下の通り。
6位。クリスティン・ケンワージ。
7位。エイダ・アストレイ。
8位。エデルトルート・フォン・パーペン。
9位。フローレンス・フィールディング。
「もう成績貼りだしてあるのか」
「フェリクス。君は何位だった?」
「あー……。12位だな」
「勝った」
「どうでもいい」
フェリクスは成績はどうでもいいタイプである。
「10位内に入ったら自動車買ってもらえるだよ。いいでしょ?」
「マジかよ。すげーじゃねーか。いつ、買ってもらえるんだ?」
「明日にでも」
驚くフェリクスにクラリッサがサムズアップした。
「自動車買ったら乗せてくれよ。自動車レースとか出るか?」
「いいね。自動車レースでも賭けられるといいんだけど」
この世界の自動車はまだまだ速度があまり出ないのでレースの迫力は薄いぞ。
それでもレースはやっている。アルビオン王国の名物でもある競馬ほどの盛り上がりはないものの、自動車という高級品を手に入れた富豪たちが、自分たちの富のステータスシンボルである車を見せびらかすためにやっているのである。
上は公爵家から下は新興ブルジョワ層まで。金持ちは自動車を購入する。
しかしながら、テストで10位に入ったからと言って自動車を買ってもらうような生徒はこの王立ティアマト学園にも存在しないだろう。
「楽しみだなー」
クラリッサはうきうきした気分で帰り支度を始めた。
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