娘はいろいろと招待したい
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──娘はいろいろと招待したい
文化祭開催まで4日に迫った。
招待状は既に発行されており、クラリッサの手にも4枚の招待状がある。
「パパ。招待状。ベニートおじさんとピエルトさんを呼んでね」
「……あの怪物は本当に連れていくのか?」
「あの怪物じゃないよ。アルフィだよ」
いつもなら快諾してくれるリーチオも今日ばかりは表情が硬い。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「アルフィ用の着ぐるみもできたよ。ほら、見てみて」
クラリッサはそう告げて、バスケットを開いた。
「テケリリ」
そこには毛玉の塊になったアルフィの姿があった。正気が損なわれる外見は隠され、毛玉にすっぽりと覆われている。もこもこと動く姿は可愛らしく──見える気がする。
「う、うーむ。確かにあの見た目が隠されるだけで随分とマシだな……」
「これなら大丈夫でしょう?」
「そうだな。まあ、何かしらの攻撃を加えてくる気配もなかったし、大丈夫か」
アルフィは蠢いているが、毛玉に覆われているので正気度は失われない。
「後はパールさんを誘ってくるね」
「ああ。お前が頼んだ方がいいだろうな」
いい加減に学校行事に高級娼婦を誘うのは、リーチオにとって望ましくない。彼の愛する女性はディーナだけであり、他の女性に興味を示すことがあってはならないのだ。パールたちにとってもマフィアのボスに何度も誘われていることが噂になると、客が離れていってしまうという点がある。
「じゃあ、宝石館まで行ってくる」
「気をつけてな」
もはや娘が高級娼館に行くことに何の疑問も覚えなくなったリーチオであった。
「シャロン。宝石館に行くよ」
「畏まりましたであります。馬車を準備するであります」
クラリッサが告げるのに、シャロンが馬車の準備を始めた。
「そういえば、聞いたことある、シャロン? リバティ・シティじゃ馬車じゃなくて、機関車と同じ原理で動く車ってものが走ってるらしいよ」
「それはとても大きな乗り物になりそうでありますね」
「だよね。リバティ・シティの道路は広いのかな」
世界は蒸気の時代を迎え、そこらで蒸気機関が使用されていた。
本格的な内燃機関が登場するのはもうちょっと先の話だ。
「じゃあ、シャロン。宝石館に」
そして、クラリッサたちはイースト・ビギンの街並みを馬車で進んでいった。
イースト・ビギンの街並みはまだ寒さの強く残るアルビオン王国にあって、活気を有しており、劇場やレストランも賑わっている。
劇場では新作の劇が演じられ、レストランはこの時期ならではの料理を提供する。
冬生まれのクラリッサにとって冬は親しい環境であり、この時期は好きだった。しかし、夏もそれなりに好きなので、年がら年中好きなシーズンという随分とのんびりとした子供と言えるだろう。クラリッサはそういう子なのだ。
そんな賑やかなイースト・ビギンの街を奥に進めば空気が変わる。
艶やかな格好をした女性たちと屈強な黒スーツの男たちが立っている街。
黒スーツの男たちはクラリッサの馬車を見ると頭を下げる。彼らはリベラトーレ・ファミリーの構成員なのだから当然だろう。
そして、そんな怪しげな街の中に佇むのが宝石館だ。
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宝石館。
「こんちは、サファイア」
「あら。こんにちは、クラリッサちゃん」
いつものように入ってすぐの部屋でクラリッサがサファイアに挨拶する。
「今度、また文化祭があるんだよ。知ってた?」
「ええ。お客さんから聞いてるわ。今度は3日間やるそうね」
「そうなんだ。その代わりカジノはできなくなっちゃったけど……」
「カジノはいろいろと難しいからね」
サファイアはリベラトーレ・ファミリーがカジノ事業をロンディニウムの新規開発地区において合法化しようとして、その立法に関しててこずっていることを知っている。カジノは確かに薬物より健全なものかもしれないが、やはり風紀を乱すものとして考えられており、首を縦に振らない議員や貴族がいるのだ。
それにカジノは不正の温床になる可能性もあった。クラリッサたちの催したおままごとのようなカジノですら不正は発生したのだ。本格的にカジノを運営し始めれば、従業員から経営者まで誰かが不正を目論む可能性は否定できなかった。
リベラトーレ・ファミリーは既に脱税に手を染めている。カジノがマネー・ロンダリングに利用されると懸念する議員たちもいるのだ。
そんなわけでリーチオのロンディニウム新規開発地区でのビジネス開始はまだまだ先のことになりそうであった。
「サファイアは文化祭、招待されてる?」
「お客さんのひとりにね。去年もクラリッサちゃんのクラスにお邪魔したのよ。クラリッサちゃんはいなかったみたいだけど」
「ありゃ。入れ違いだったのかな」
サファイアがそう告げるのにクラリッサが首を傾げる。
「去年の催し物は面白かったわね。男の子が女の子の格好してるの、楽しそうだったわ。それにカジノのゲームもよくできていたし。1000ドゥカート稼がせてもらったわ」
「それはよかった。今年も見に来てね」
「もちろん」
サファイアは今年もお客さんになってくれそうだ。
「パールさんはもう招待されてるかな?」
「今年もクラリッサちゃんに招待されると思っていらっしゃるから、他の招待は断っているんじゃないかしら。パールさんはクラリッサちゃんのことが大好きだから」
「私もサファイアとパールさんのこと、大好きだよ」
高級娼婦──パールのような超が付く高級娼婦になると、外に招待するだけで何百万ドゥカートもかかる。それをパールはクラリッサに関しては無料で引き受けているのだ。
もちろん、クラリッサの父であり宝石館を傘下に治めるリーチオはそのモットーからしてパールのために様々な便宜を図っている。だが、パールはクラリッサに関するイベントについてのことで何かしらの報酬を要求することはなかった。
それはパールがディーナを一途に愛するリーチオに好感を抱いているためか、あるいは尊敬する女性であるディーナの忘れ形見であるクラリッサが愛おしいのか。いずれにせよパールは無償で引き受けてくれている。多くの有償の誘いを断って、クラリッサのために無償で付き合っているのである。
「あら。クラリッサちゃん。今日は文化祭のお誘いかしら?」
しばらくすると2階の階段からパールが下りてきた。
「そう。パールさん、まだ誘われてない?」
「ええ。まだよ。クラリッサちゃんは誘ってくれるかしら?」
「もちろん。そのために来たんだよ」
クラリッサはそう告げて、招待状をパールに差し出した。
「ありがとう。クラリッサちゃんは今年は何をするの?」
「バニーガール使い魔喫茶をするよ」
「まあ、今年もボリューム満点ね」
クラリッサがぴょこぴょことウサギの耳を両手で再現するのにパールが微笑んだ。
「クラリッサちゃんがバニーガールをするの? リーチオさんは何か言わなかった?」
「あまりやらせたくないとは言われていた」
サファイアが驚いて尋ねるのに、クラリッサがそう告げて返した。
「それはそうよね。ひとり娘だもの。バニーガールは刺激が強すぎるわ」
「やはり私が魅力的過ぎるのか」
「凄い自信ね、クラリッサちゃん」
うんうんと頷くクラリッサにサファイアがそう告げた。
「まあ、いいのではないかしら。クラリッサちゃんももう大人のレディに近づいているし、どんな格好をするかは自分で決めていい年齢よ」
「けど、バニーガールはちょっと破廉恥じゃないですか?」
「布面積は水着と変わらないわよ」
バニーガールというと成功と富の象徴だが、セクシャルなシンボルでもある。人々がバニーガールから連想するものは成功と富ばかりではなく、性的なものも含まれているのだ。もっとも14歳のバニーガールに欲情する人間など少数だろうが。
「クラリッサちゃんのバニーガール姿も楽しみだけれど、使い魔も喫茶店をするの?」
「うん。うちのアルフィも参加するよ」
「アルフィ? それはどんな使い魔?」
「アルフィは謎」
「謎」
思わず繰り返したパールである。
「まだ種類の分からない使い魔と言うことなの?」
「うん。アルフィは大学教授にも分からなかった」
「きっとクラリッサちゃんのための特別な使い魔なのね」
「そうだと思う」
この時点でパールは何かの雑種で正確な分類ができない犬か猫だと思っているぞ。まさか正真正銘の得体のしれない生き物だとは思ってもみないだろう。
「ディーナさんも特別な使い魔を連れていたわ」
「本当? 私、覚えてない」
パールが告げるのに、クラリッサが驚いた。
「あれは鳥だったわね。ミミズクだけれど具体的な種類は知らなかったわ。黄色い瞳の人懐こいミミズクで、よくディーナさんから餌をもらっていたかしら」
「ミミズクか。それもよかったな」
ディーナの使い魔はミミズクだった。だが、種類は分かっていない。
大きさは肩に乗る程度。むすっとした顔立ちだが、人懐こくパールにも懐いていた。ディーナはそのミミズクをよく庭で遊ばせていた。
「名前は何?」
「コノハと呼ばれていたわ。ディーナさんが亡くなった日に、どこかに飛び去っていってそれっきり姿を見なくなってしまったけれど……」
コノハと呼ばれていたそのミミズクはディーナの葬儀の日に空に飛び立ち、そのまま帰ってくることはなかった。
どこか自然に暮らせる環境を求めたのか。ディーナの生まれ変わりの下に向かったのか。どのような理由かを知るのはコノハだけである。
「どこに行ったんだろう?」
「どこかしらね。きっといい場所にたどり着けたと思うわ。ディーナさんの使い魔ですもの。彼女にクラリッサちゃんという幸運が訪れたように、使い魔であるコノハにも幸運が訪れていたはずよ」
クラリッサが首を傾げるのに、パールがそう告げた。
「それならよかった。アルフィも私がいなくなったら、いいところに行ってくれるかな? あの子は変わっているから心配なんだ」
「クラリッサちゃんの使い魔も幸運なはずよ」
自分の話がされている気配を感じたアルフィは小屋の中でサイケデリックな色合いに変色した。だが、それだけだった。
だって、アルフィだもの。
「もっとママの話してくれない? パパはママはお淑やかな人だったっていうけど、ベニートおじさんやピエルトさんは一緒に暴れてたっていうんだよ。おかしくない?」
「ふふ。そうね。少し破天荒なところはあったかしら。クラリッサちゃんは間違いなく、ディーナさんの血を引いているわ」
「照れる」
あまり褒められてないぞ、クラリッサ。
「でも、それでいて素敵なレディだったことも確かよ。社交界では私たちよりもずっと輝いていたし、リーチオさんとの仲は本当に羨ましいくらいだったから。リーチオさんのことをもっとも支えていたのは、ベニートさんでもピエルトさんでもなく、ディーナさんよ。あの人がリーチオさんを今の立場まで導いたの」
「そうなのか。それなのにパパはどうしてあんまりママの話してくれないんだろう?」
パールがそう告げるのにクラリッサが首を傾げた。
「きっとクラリッサちゃんが寂しがるからよ。ディーナさんにはもう会えないのに、ディーナさんの話を聞かせるのはちょっと残酷でしょう」
「私は気にしないよ。パパはちょっと過保護だと思う」
「そうね。クラリッサちゃんはもう立派に育ったもの。もう泣いたりしない」
「そうだよ。泣いたりなんてしないよ」
パールが優しく告げるのに、クラリッサが力強くそう返した。
「けど……」
クラリッサの視線がぼんやりと宙を向く。
「もう一度、ママに会いたいかな……」
クラリッサのディーナに関する記憶はぼやけてきている。それがクラリッサには残念でならながった。少しの間でも一緒にいたはずの大切な肉親のことを忘れてしまうということがクラリッサには寂しく感じられていた。
「まだまだ泣いちゃそうね」
「そんなことないよ。私は平気」
パールが微笑むのにクラリッサが頬を膨らませた。
「クラリッサちゃんがもっと大人の女性になったら、きっとリーチオさんもいろいろと話して聞かせてくれると思うわ。そのためには立派なレディにならないとね」
「今の私じゃダメ?」
「今のクラリッサちゃんはまだ子供ね」
パールはそう告げて、クラリッサを見つめた。
クラリッサには確かにディーナの面影があった。彼女のことを思い出してしまいそうなほどに。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!
 




