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娘は見なかったことにしたい

……………………


 ──娘は見なかったことにしたい



「よ。クラリッサちゃん。大丈夫?」


「何が?」


 お昼の時間。


 クラリッサは学食でパスタを食べていたところ、ウィレミナが声をかけてきた。


「ほら。サンドラから聞いたよ。机の上に蛙の死体が置いてあったって」


「あれならほぼ解決済み」


 クラリッサはまたしても用務員、警備員、教師陣、学園長を買収して夜の校内にリベラトーレ・ファミリーの人間を潜り込ませ、エイダの机に報復したのだった。


 本当ならばリベラトーレ家を害するものに対しては、そのモットーに従い血を以て報いを受けさせなければならないのだが、リーチオが『蛙の血で汚されたなら蛙の血で報復しろ』と宥めたため、このような形になった。クラリッサもエイダが追い込まれに追い込まれたのを確認していたので、それで満足することになったのだった。


「クラリッサちゃんもとうとういじめられることになっちゃったか。本当なら貴族でも貧乏人のあたしなんかがいじめられるはずなんだけどね」


「ウィレミナをいじめる奴がいたら血の報いを受けさせるよ」


「そのお気持ちだけ受け取ってきますぜ」


 既にウィレミナも身内だと考えているクラリッサである。


「それにしても最近サンドラちゃんの様子がおかしくないですかい?」


「サンドラが?」


 ウィレミナが告げるのにクラリッサが首をかしげる。


「そうそう。あの夏休みの日から、ちょっと落ち込んでいるっていうか。なんかちょっと暗いんだよね。気になることでもあったのって尋ねたんだけど、なんでもないって言われちゃって。けど、気になるよね」


「確かに気になる」


 クラリッサによってはサンドラももう立派な身内だ。彼女に何かあったのであれば、友人としてその解決に関わるのは当然のことだった。


「まあ、季節的なものかもしれないけどね。あたしも冬が近づくと憂鬱な気分になるし。けど、あの落ち込み方はちょっと変かな」


「うーん」


 ウィレミナが持ってきたお弁当を食べながら告げるのにクラリッサが唸る。


「直接本人に聞いてもダメだったんだよね?」


「ダメだったね。何か隠してるみたい」


「となると、本人の意思に反して調べるしかないか」


 クラリッサはそう告げて何やら考え込んだ。


「うちの人間にちょっと調べさせる。そういうのが得意な人間もいるから」


 リーチオの配下には探偵のような職業の人間もおり、その手の調査を得意としている人間が少なからずいるぞ。娼婦の逢引き相手から、貴族の交友関係まで幅広く調査してくれる人間たちだ。友達のことが心配だと言えば、リーチオも人を貸してくれるだろう。


「おっ。クラリッサちゃん、マジ頼もしい。けど、クラリッサちゃんも用心しなよ」


「何を?」


「何をって。クラリッサちゃん、蛙の死体を机に置かれたんだよね? そういうことする奴ってそう簡単には諦めないと思うよ」


 ウィレミナが告げるのに、クラリッサが理解できないという顔をする。


「大丈夫。いざとなればファビオがいるし。またやられたら報復するだけだよ」


「あれって犯人、エイダさんだったの? エイダさんの机すげーことになってたけど」


「どうだろうね」


 あくまでエイダの机を滅茶苦茶にしたのはクラリッサとは関係ない誰かだ。


「それにしても学食でお弁当? でも、美味しそうだね」


「昨日の残り物だよ。お金がないから学食で毎日食事って贅沢はできないし」


「ああ。学食、結構値段するからね」


 王立ティアマト学園の学食は貴族向けなだけあって豪勢だが、値段がお高いぞ。


「本当はサンドイッチぐらいでいいんだけど、うちのメイドさんがお弁当用にって余分に作ってくれるから。まあ、運動したらしっかりと食べないとね。己の肉体はパンのみでできるにあらずと偉い人も言っていたよ」


「いい言葉だ。筋肉を作るのは肉だよ」


 ウィレミナが告げるのにクラリッサがうんうんと頷いた。


「まあ、サンドラちゃんのこと、よろしく。それから一応クラリッサちゃんも周辺には気を付けて。嫌がらせが続くかもしれないし、体に危害が及ぶかもしれないから」


「私が血を流した時は、相手には出血死してもらうよ」


「ま、まあ、ほどほどにな」


 ウィレミナはクラリッサの言っていることが冗談ではないっぽいのは把握している。何せ、クラリッサの実家は超大金持ちであり、歓楽街を支配下に置いている、どう考えても堅気じゃない職業なのだ。


 エイダは蛙の死体を机に詰め込まれるだけで終わったが、あれがクラリッサにもっと直接的な被害をもたらすものだったらと考えるとぞっとする。いろんな意味で。


「さて、サンドラと後でちょっと話してみるか」


 クラリッサはパスタを食べ終えると、食器を返却し、教室に向かった。


……………………


……………………


「サンドラ」


「あ。何かな、クラリッサちゃん……」


 サンドラは教室でぼーっとしていた。お昼を食べた様子もない。


「何か悩み事でもあるの?」


「い、いや。特にはないよ。どうしてそう思ったのかな?」


 クラリッサが単刀直入に尋ねるのに、サンドラが苦笑いを浮かべてそう返した。


「だって、お昼も食べてないし、最近ぼんやりしていることが多い。それから突っ込みにキレがなくなってきている」


「突っ込みのキレで私の体調は評価されていたんだー……」


 クラリッサの言葉にサンドラががくりと姿勢を崩す。


「何か悩みがあるなら相談に乗るよ。人に言えないことでも大丈夫。ここに守秘義務の契約書も準備したから」


「いつから用意していたの、それ……」


「こういう場合があろうかと入学当初から」


 リーチオの下では何十人もの弁護士が働いており、その中でもリーチオの顧問を務める弁護士からクラリッサはこの手の書類を準備してもらっているぞ。マフィアの子は法律にも強くなければならないのだ。


「人に話せないというか、あんまり話したくないことなんだ」


「誰かに弱みを握られて脅迫されているとか?」


「ある意味ではそうかも」


 クラリッサの問いにサンドラがそう答える。


「その脅迫者の身辺を洗えば、逆に脅迫し返せる材料が見つかるかもよ」


「うーん。そういうのは考えてないかな。もうなるようにしかならないって思ってる」


 クラリッサが励ますように告げるのに、サンドラが力なく微笑んだ。


「サンドラ。君の力になりたいんだ。私にできることはする。だから、事情を説明してくれない? 友達が困っていたら助けるものだよ。君には学園に入ってからいろいろと優しくしてもらったし、それに勉強も見てもらったし、リベラトーレ家のモットーは──」


「『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』でしょ。覚えちゃったよ、クラリッサちゃんの家のモットー」


 クラリッサが告げるのにサンドラがそう告げて微笑む。


「今はちょっと落ち込んでいるけど、大丈夫だから。心配かけてごめんね。いずれ、全てを話せる日が来ると思う。2年後か、3年後か。だから、クラリッサちゃんは安心してて。ウィレミナちゃんにも安心するように伝えておいてね」


「それで君はいいの?」


「いいの、いいの。まだ先の話だし、クラリッサちゃんと話してたら元気出てきたし」


 クラリッサの問いかけにサンドラがそう告げた。


「君がそういうならそうするよ。君の突っ込みがないと落ち着かないから、なるはやで元気なってね。それから私たちはどうあっても友達だよ?」


「ありがとう、クラリッサちゃん」


 その日から、サンドラは少しばかり元気を取り戻したのだった。


 だが、サンドラが落ち込んだ原因は謎のままだ。


……………………


……………………


 エイダに挑戦の時がやってきた。いや、試練の時だ。


 クラリッサの下駄箱まえでエイダは手の中の物を確認する。


 その手に握っているのは画鋲。画鋲である。そして、画鋲ときて下駄箱ときたら、もはや皆さんお分かりだろう。することは限られている。


 そう、エイダはクラリッサの靴に画鋲を仕掛けようとしているぞ。


 フローレンスからは結果を急ぐ声が聞こえ、クラリッサからはもはや完全に相手にされておらず、ノーマークの状態。結果を急ぐエイダにとってこれはチャンスだった。


「でも、画鋲って踏んだら痛いわよね……」


 けど、エイダの微妙な良心が行動を躊躇わせているぞ。


「ダメ、ダメよ、エイダ。ここでやらないとアルビオン王国貴族の名誉が示せないの。またフローレンス嬢から叱られてしまう。今度しくじれば……」


 フローレンス嬢の言葉を思い出して、エイダは身震いする。


「やるわ。やってやるわよ」


 エイダはクラリッサの下駄箱を開くと、クラリッサの靴を取り出した。


「ふふふ。これで流石の平民もぎゃふんと言うでしょう。そして、今回は証拠は何も残していない。手袋までつけて、慎重にやっているんだから問題ないはず──」


「そうですか。証拠は残しませんか」


 エイダがクラリッサの靴に画鋲をインしたとき、背後から声がかけられた。


「え。な、何? あなた、誰?」


「私はクラリッサお嬢様の執事を務めさていただいてるものです」


 そう、ファビオがこの場に現れた。


「ところで、今、何をされましたか?」


「へ、平民には関係のないことよ!」


 クラリッサの靴を背後に隠して、エイダがそう告げる。


「おや。その平民の靴に何やら関心があられるようですね。見せていただきましょう」


「あっ! ちょっと! ま、待って!」


 ファビオが素早くエイダが背後に隠したクラリッサの靴を取り返すのに、エイダが声を上げたが既に遅かった。


「画鋲ですか。危ないところでしたね。お嬢様の足から血が流れれば、あなたたちも血を流すことになっていたのですよ。こんな画鋲どころではなく、足に釘を打ち込まれていたでしょう。我々のモットーは『受けた恩は絶対に返す。受けた害は必ず血を以てして報復する』ですからね。蛙で遊んでいる程度なら笑って済ませましたが、これはいけない」


「な、なによ。そんな脅しは通じないんだからね。私は貴族なのよ」


 ファビオが淡々と告げるのに、エイダがじりじりと後退し、下駄箱に背中が当たった。今の彼女に逃げ場などない。


「未遂とは言え、お嬢様に対してこういうことを企てたことは許しがたいですね。こういうことが二度と起こらないようにしておくべきでしょう」


「へ、平民が貴族である私に何かしたら、学園から追い出されるわよ!」


「ほう。しかし、誰が気づいてくれますかね?」


 エイダが告げるのに、ファビオがにこりと微笑む。


「人気のない時間と場所を選んでくださったおかげで、こちらとしても問題なく動けるのですよ。泣いても騒いでも、誰も助けにはきませんよ?」


 ファビオがそう告げるのにエイダの背中に冷たい汗が伝った。


 そうなのだ。エイダは今度こそ犯行が即日でばれるのを防ぐために人気のない時間帯と場所を選んだのだ。今、学園は放課後のホームルーム中であり、ここから離れていて、騒がしい初等部1年の教室にはエイダがどんな悲鳴を上げても声は届かないだろう。


「お、お父様に言いつけてやるわよ!」


「そうですか。では、そのお父様には言えないようなことをして差し上げましょうか」


 そう告げてファビオが壁ドンならぬ下駄箱ドンして、エイダの顔を覗き込む。


「ご、ごめんなさい……。もうクラリッサさんには悪戯しませんから許して……」


 エイダは心の底から震え上がっているぞ。


「ダメです。許しません」


 ファビオはいい笑顔でそう告げた。


「こちらもはいそうですかと舐められていては商売にならないんですよ。リベラトーレ・ファミリーはある意味貴族より面子を大事にするんです。ですので、二度もお嬢様に手出ししたあなたを無罪放免と行くわけにはいかかないです」


 そう告げてファビオはクラリッサの靴から画鋲をカラカラと取り出す。


「血には血を。あなたにも血を流してもらいましょう」


 ファビオはそう告げて画鋲を握った手を握り締める。


 画鋲がファビオの手に刺さり、僅かに血が滴る。


「あ、ああ……。ごめんなさい……。ごめんなさい……。許してください……」


「ダメです」


 その時、ファビオとエイダしかいないはずの下駄箱付近を眺める影があった。


「な、なにあれ。滅茶苦茶興奮しますよう……」


 ヘザーである。


 ホームルーム中にエイダがいないことに気付いた彼女がエイダを監視せよとのフローレンスの命令を辛うじて覚えており、エイダを探してここまでやってきた。


 そして、見たのだ。無慈悲にエイダを尋問するファビオの姿を。


「あんなイケメンにいじめられるとかなんてご褒美……。あれってきっと画鋲を手で握りしめさせようとしているんですよねえ。きっと滅茶苦茶痛いですよう。それもイケメンに蔑まれた目で見られながら、そんなご褒美をいただけるなんて……」


 ヘザーはあれである。世間一般で言うところのマゾである。


 痛いのが好き。蔑まれるのが好き。大好きで、大好きで堪らない。


 それでいて平然と生徒の中に溶け込んで、一般生活を送っているのだから恐れ入る。時々、ここで突然あんなことやこんなことをしたら、周囲からどれだけ蔑まれるかと妄想に浸ることはあるものの、今のところ社会生活に支障は生じていない。


 だが、彼女に訪れるものが訪れてしまった。


 イケメン執事に詰め寄られ、見るからに痛そうなことをさせられそうになっているエイダ。イケメン執事は笑顔ながら、蔑んだ目でエイダを見ており、それがより興奮する。


「い、行くしかないですよう」


 次の瞬間、ヘザーは走り出していた。


「待って、待ってえ!」


 突然声が響いたのにファビオが振り返るが、彼は既にヘザーの存在について認知していた。だから声を落として、自分の身で影を作り、観察者からは分からないように、エイダへの懲罰を進めていたのである。


「ヘザー嬢!」


「この子にやれって言ったのは私なんですよう! 私が命令したんですよう!」


「へ、ヘザー嬢……!」


 ヘザーが助けに来てくれたことに思わずエイダの目から涙がこぼれる。


「だから、ご褒美は私に! 画鋲でもなんでも握りますよう! さあ、さあ、さあ、その蔑んだ目で見つめてくれながら、命令してくださいよう!」


「へ、ヘザー嬢?」


 何か違うと思い始めたエイダがまじまじとヘザーを見る。


 ヘザーの頬は赤く、鼻息が荒い。この娘、何やら興奮しているぞ。


「では、これからは注意なさってくださいね。クラリッサお嬢様は寛大な方ですが、その寛大さにも限界というものがありますので」


「その限界を今ここで示してえ!」


「……何もしません」


 ファビオはヘザーを心底不可解そうな目で見ると立ち去って行った。


「お預けえ!? ここまできてお預けなんですかあ! でも、それもまた放置プレイみたいで興奮するっ! 蔑まれているう!」


 ひとり興奮するヘザーであった。


「……なにあれ」


 そして、その様子を見ていた人物が。


 クラリッサとサンドラである。


「あの人、ヘザーさんだよね。何に興奮しているの……?」


「見なかったことにしよう……」


 身を悶えさせるヘザーを前にクラリッサたちはただ立ち去ったのだった。


……………………

本日1回目の更新です。

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