父は娘の文化祭を心配したい
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──父は娘の文化祭を心配したい
「学園はどうだ? そろそろ文化祭の季節だろ?」
夕食の席でリーチオがクラリッサにそう尋ねた。
「今年はカジノ禁止だって」
「……お前のせいじゃないよな?」
「違うよ」
クラリッサは去年のカジノでは不正はしていないのだ。裏帳簿などを準備し、不正に及ぼうとしたものの、文化委員であるサンドラの協力が得られずに、収益金は全て学園に還元することになってしまっていた。
ちなみに売り上げは3位として表彰されていたぞ。
「なら、今年は何をやるんだ?」
「バニーガール使い魔喫茶」
「バニーガール使い魔喫茶」
思わず繰り返したリーチオである。
「なんでお前のところはそうなんでも全部乗せにするんだ?」
「その方が面白いからだよ」
狂気の沙汰ほど面白い。
「いろいろと言いたいことはあるが、まずバニーガールってお前も着るのか?」
「そうだよ? 私の魅力を前にみんながお金を落としていくね。間違いない」
「その自信はどこから湧いてくるんだ……」
クラリッサは特にグラマーというわけでもなく、中等部2年生にして比較的高身長であるが、発育は平均的だ。2年A組で間違いなくスタイルがいいと断言できるのは、フィオナとサンドラぐらいのものである。
「しかし、貴族の子女が通う学校でよくバニーガールなんて許可されたな……。俺だってお前にそんな恰好はさせたくないというのに」
「意外と理解のある学園なんだよ」
「理解があるというか、把握してないだけなんじゃないか?」
意外と王立ティアマト学園は文化祭で羽目を外すことを容認しているのだ。カジノだって一時は解禁したし、文化祭を3日間続けることも許可したしと、生徒たちが文化祭を楽しめるように手配しているのである。
というのも、少し前から部活動が低調であり、学園生活がただ勉強をして過ごすだけになりがちな生徒たちから、学園に行くのをやめて家庭教師に勉強を教わるという人間が出てくるようになったからである。
学園は生徒たちを引き留めるために学校行事を充実させ、学園生活を彩ることにしたのである。効果はかなり上々で、学園から離れていく生徒の数はここ数年で減少していた。なので、学園はその方針を続けたわけである。
「私のバニーガール姿、パパも興味あるでしょ?」
「心配にはなる」
ひとり娘にバニーガールのような破廉恥な格好はしてほしくないリーチオだ。
「私が魅力的過ぎて、求婚が相次いでしまうこととか? 大丈夫。私はしっかりパパの跡を継ぐから。婿養子に来てくれる人じゃないと結婚はしないよ」
「……お前は物凄く発想を飛躍させるな」
クラリッサは実際のところ黙っていれば美少女なのでモテるのだが。それでも、求婚が相次いだりすることはないだろうし、リーチオは事業が合法化され、クラリッサが経営学の学位を取得するまでは跡を継がせない。
「で、使い魔だが。あれを参加させるのか? 流石にそれはないだろう?」
「あれじゃないよ。アルフィだよ。アルフィももちろん参加するよ」
「冗談だろう? 喫茶店にあの化け物を連れていくのか……?」
「アルフィは化け物じゃない」
リーチオが告げるのにクラリッサが頬を膨らませた。
「いや。あれはどう見ても化け物だ。あれを参加させたら文化祭が大変なことになる。悪いことは言わないからやめておきなさい。使い魔なら他の生徒のがあるだろう? 何もそんな化け物まで動員しなくてもいいはずだ」
「だから、アルフィは化け物じゃない。それに私の使い魔だけ仲間外れなんて嫌。アルフィもクラスの売り上げに貢献するの」
「いや、むしろ負の貢献にしかならないぞ」
アルフィは何の役にも立たないだろう。
「ここはアルフィは諦めろ。他の人間に任せておけ。あれが喫茶店にいたりしたら、客は誰も入らんぞ。よく見ればわかるだろう?」
「よく見てもアルフィは可愛いし、みんながあんまり同じことを言うから当日は着ぐるみを着せることにしているよ。それなら大丈夫でしょう?」
「う、うーむ。見た目が隠されていれば大丈夫なような、そうでもないような」
アルフィの正体は謎なので何を心配するべきか分からないのだ。
突如として巨大化し、学園にいる人間全てをむさぼりつくしてしまうかもしれないし、外宇宙と交信して謎の生物を学園に呼び寄せるかもしれないし、あるいは怪電波を発信して学園にいる人間全員の精神をおかしくするかもしれない。
とにかく、謎なのが怖い。
これがちょっとでも正体が分かっているならば、対策の取りようもあるのだが、アルフィは大学教授もお手上げの謎である。正体が全く分からない。なので、何かしらの対策の取りようもないのである。
「やっぱり危険だ。こいつは今まで人が大勢溢れかえるのを体験してない」
「したよ。ヴィーンでコンサートを聞いたときに」
「文化祭はそれよりも人がごった返す上に、子供も大勢いるだろう。犬や猫だって子供が大勢いると神経質になって、ストレスになるんだぞ」
猫や犬などの動物はあまり子供が好きではない。特に猫は自分に鬱陶しく絡んでくる子供を避ける傾向にある。まあ、個体差があるので、中には子供が好きな猫や犬もいるだろうが、基本的に子供のエネルギーを前にして振り回されるペットは疲れるのだ。
そして、王立ティアマト学園の文化祭。
文化祭にはクラスメイトの兄弟姉妹や親戚の子供もやってくる。そもそも学園なので子供がたくさんだ。そういう環境に置いてアルフィがストレスを感じずに大人しくしてられるかどうかは分からないのである。
子供のストレスを受けたアルフィが子供に向けて酸を吹きかけたり、子供を丸のみにしたり、子供を怪電波で狂わせたりしないという保証はない。
いつ爆発するか分からない核爆弾──というよりも、足が生えて勝手に自走した上に自分の意志で炸裂する核爆弾というべきだろう。
どこかの財団に言わせればオブジェクトクラス・ユークリッドという奴である。
アルフィは謎だから仕方ないね。
「子供は平気だよ。アルフィは優しい子だからね」
「優しい子が清掃員を発狂させる文様を書いたりするのか」
「……アルフィは優しい子だよ」
アルフィには既に前科があるのである。
「いざという時に責任が取れるんだろうな? 本当にあいつは何をしでかすか全く分からないんだぞ。それを文化祭とかいう大きな行事に出して、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。アルフィだもの」
「その自信はどこから来るんだ?」
クラリッサの自信は謎であった。
「それから文化祭は今年は3日間だよ。やったね」
「リスクが3倍だな……」
全然喜べないニュースであった。
「よし。一先ず様子を見てみよう。学園には文化祭の準備で連れていくんだろう? それだけだと不安だからうちのファミリーの人間に会わせてみるか……。人慣れさせておいた方が都合がいいだろう?」
「そだね。アルフィも緊張しちゃうかもしれないし」
とにかく、いきなり公衆の面前にアルフィを放り出すのだけは勘弁してもらいたいリーチオである。本当に何が起きるか分からない。
「じゃあ、手の空いている人間を呼ぶから、大人しくさせられるか試してみなさい。ダメだったら文化祭への参加もダメだぞ」
「大丈夫。アルフィだから」
「根拠のない自信はやめなさい」
というわけで、アルフィの文化祭でのお披露目前の特訓が始まったぞ。
もっとも試されるのはアルフィではなく、リベラトーレ・ファミリーの構成員だが。
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リベラトーレ・ファミリーがマフィアという犯罪組織である以上、構成員の中から逮捕者が出るのは避けられないことである。
リーチオたち幹部は構成員の刑期が短くなり、そして刑務所での待遇もいいものとなるように検事や裁判官に手を回している。だが、それでも重い罪を犯し、弁明のしようもない犯罪を犯した構成員は過酷な刑務所に送られる。
中でもバーミンガム刑務所は過酷な待遇で知られ、暴動は日常茶飯事、刑務官が常に魔道式小銃を携行して歩き、塀の高さは10メートル近くある。囚人たちの間での喧嘩やリンチなども相次いでいるという危険な刑務所だ。
そのバーミンガム刑務所を無事に出た男たちは、周囲の尊敬を集める。そのため、リーチオたちが手を回すにもかかわらず、敢えてバーミンガム刑務所に収容されることを望む構成員までいるような状況である。
そして、今リーチオの屋敷にピエルトとベニートおじさん、そしてバーミンガム刑務所で10年の刑期を務め、再びリベラトーレ・ファミリーに復帰した構成員3名が集っていた。刑務所がまだ罰を与えるための施設であり、更生を目的としていない時代、刑務所を出たものの面倒を見るというのもマフィアの仕事であった。
「チーロ。あの刑務所からよく無事に出られたな。ファミリーはいつでもお前の面倒を見るぞ。家族もだ。仕事も与える。安心して暮らせ」
「ありがとうございます、ベニートさん」
バーミンガム刑務所を出た3名の構成員の全てがベニートおじさんの部下だ。ベニートおじさんの仕事は殺しや誘拐、拷問まで血なまぐさいラインナップなので、タフな構成員でないと務まらない。そして、そういうタフな構成員はバーミンガム刑務所に入ることを男の儀式と思っている節がある。
「来たか」
「はい、ボス」
そして、リーチオが姿を見せた。
彼にとってバーミンガム刑務所帰りというのはちょっとした障害だ。彼らは自らのタフさを示すことを誇りに思っており、今も暴力でタフさを示そうとする。
リベラトーレ・ファミリーを合法化するに当たって、そういう構成員には別の道を与えなければならない。ファミリーのために刑務所に入った男たちを見捨てることはありえない。ホテルの警備員や娼館の用心棒。そういう真っ当な仕事を任せる必要がある。
「これからお前たちに任せたいことがある。恐ろしいことだ。ここで引き返すならまだ間に合う。バーミンガム刑務所でこの世の地獄を味わったと思っているだろうが、この世の中にはさらに恐ろしいものが存在する。覚悟はあるか?」
リーチオが重々しい口調で尋ねるのに全員が頷いた。
「よろしい。では、これを見てもらおう」
そう告げるとクラリッサがバスケットを抱えて姿を見せた。
「アルフィを叩いたりしないでね。アルフィはそういうのは嫌いだから」
クラリッサはそう告げるとバスケットを開いた。
そこにいたのは──。
「テケリリ」
名状しがたい不定形な生き物であった。
正気を損なわせるその外見に流石のバーミンガム刑務所帰りの猛者たちも震えた。それだけアルフィの姿は衝撃的であった。
「こ、これはいったい?」
「今度、娘の文化祭がある。それに参加する使い魔だ。この使い魔の正体は全く分かっていない。なので、本当にこの生き物が無害なのかどうかを諸君に確かめてもらいたい」
バーミンガム刑務所帰りのひとりが尋ねるのにリーチオが渋い表情でそう告げた。
「具体的にはどのように?」
「抱きかかえて見てくれ。ただし、そっとな。今はまだ刺激しないように」
「わ、分かりました」
リーチオが告げるのに、バーミンガム刑務所帰りのひとりが慎重にアルフィを抱え上げた。アルフィは静かに抱きかかえ上げられ、眼球を9つ形成して見つめた。
「テケリリ」
「あ。はい。テケリリ」
バーミンガム刑務所帰りすら他の人間と同じリアクションを取る。
バーミンガム刑務所ではパン一切れを巡って殺し合いが起き、劣悪な環境でネズミに生きたまま食われる同じ受刑者すら見てきた。フォークが突き立てられた死体や、脱走を試みて魔道小銃で射殺された死体を見てきたのがバーミンガム刑務所帰りだ。
そのバーミンガム刑務所帰りですらアルフィを前には正気を損ねた。
「テケリリ」
「ひいっ!」
アルフィが触手を伸ばすのに、バーミンガム刑務所帰りがアルフィを慌ただしく地面に降ろし庭の隅に逃げていった。
「酷い。アルフィを投げ捨てるなんて」
「いや。いきなり触手を伸ばしたあの化け物が悪いと思うぞ」
クラリッサが頬を膨らませるのにリーチオはバーミンガム刑務所帰りに同情した。
「次はとりあえず囲んでみて、それでそいつが変なことをしないか確認してくれ」
「え。俺もですか?」
「お前もだ、ピエルト」
今回は自分は無関係と思っていたピエルトも強制参加だ。
こうして、逃げた1名を除く4名の男たちがアルフィを取り囲んで見つめる。
とても奇妙な光景だ。はたから見ると4人の男たちがひそひそ話をしているように見えるが、その視線は足元に向けられている。屈強な男たちが沈黙したまま、ずっと足元のバスケットを見ているのはそれだけで怪奇現象である。
「……何も起きないか?」
「起きないよ。アルフィはいい子だもん」
リーチオが輪の外から心配そうに声をかけるのにクラリッサが横からそう告げた。
「ボス。これはなんというか……。脳みそが抉られている感覚を覚えます……」
「今日の夢に出てきそうだ……」
ベニートおじさんとピエルトがそれぞれそう告げる。
「よし! やっぱり危険だな。文化祭への参加は却下だ」
「酷い。まだピエルトさんたちは危害を加えられてないよ」
「正気を損ねているだろうが」
ピエルトたちの正気はガリガリと削れていっているぞ。
「当日は着ぐるみを被せるから慣れてない人でも大丈夫だよ。ね?」
「……本当に大丈夫か?」
アルフィは怪電波で攻撃を仕掛けてきたり、酸を吐いたりはしなかったが、やっぱり心配になるリーチオであった。
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