娘はお土産を配りたい
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──娘はお土産を配りたい
楽しかったヒスパニア共和国旅行も最後には大乱闘になったが、クラリッサたちは無事にアルビオン王国に戻ってきた。
「楽しかったね、旅行」
「うん! とっても楽しかったぜ!」
クラリッサが告げるのにウィレミナが頷いて返した。
あの大乱闘ののち、クラリッサも生徒会へのお土産用にチョコレートを買い、それを持ってアルビオン王国に帰還した。
そして、この旅行が終わってから数日後にはまた新しい学園生活の始まりだ。
「というわけで、お土産だよ、フィオナ」
「まあ、ありがとうございます、クラリッサさん」
生徒会室に顔を出してクラリッサがフィオナにお土産を手渡すのに、フィオナが嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。
「旅行はどうでした?」
「とっても楽しかったよ。今度はフィオナも一緒に行こうね」
「はい!」
フィオナも旅行を一緒に行きたかったのだが、予定と家の都合でできなかったのだ。
「で、クリスティン。君にもお土産」
「どうもありがとうございます」
クリスティンはついてくる気はなかったが、お土産はもらっておく。
「あ。ジョン王太子もお土産」
「ん。私にお土産を用意してくれるとは。……何か企んでいないだろうね?」
「いないよ」
ジョン王太子が猜疑の視線を向けるのにクラリッサがとんでもないという顔をする。
だが、これまでのことがあるからにして、ジョン王太子がクラリッサのお土産を警戒するのは当然のことだ。何かしらの賄賂の意味合いが込められていたり、あるいはとんでもないお土産を渡して混乱させたりなど、様々な可能性が考えられる。
「まあ、唐辛子入りのチョコレートだけど味わって食べて」
「やっぱりか!」
クラリッサが平然と告げるのに、ジョン王太子が叫んだ。
「冗談、冗談。君のは普通のチョコレート。で、特別なのが、これ」
クラリッサが取り出したのは“地獄のルーレット”と書かれたチョコレートだった。
「……これは?」
「ひとつだけ激辛チョコレートが混じっているチョコレート。全員でひとつづつ食べて、誰が激辛に当たるか試してみようよ」
「君と言う人間は……」
ナイスアイディアというようにクラリッサが告げるのにジョン王太子が頭を抱えた。
「おー。面白そうじゃん。フィオナさんもやってみない?」
「もちろんですわ。こういうのは楽しいですから」
ウィレミナとフィオナは早速乗り気だ。
「こういうことを生徒会室でやっていいのでしょうか?」
「いいんだよ。楽しいから大丈夫」
「仕方ないです」
クリスティンも参加。
「ジョン王太子。君も当然やるよね?」
「分かった、分かった。私も参加するよ」
クラリッサの言葉にジョン王太子が頷いた。
「で、どうするのかね?」
「まずは不正防止のためにこの皿にざーっとチョコレートを移して」
クラリッサは皿の中にチョコレートを流し込んでいく。
「はい。これで準備完了。ジョン王太子から食べて」
「こういうのは言い出しっぺから食べるべきでは?」
「君は男の子でしょう?」
謎の理屈でクラリッサは先行をジョン王太子に押し付けた。
「うーむ。では、これを」
ジョン王太子は一つ選んで口に放り込む。
チョコレートは全部で21個。残り20個だ。
「どう? 当たりだった?」
「ん。普通のチョコレートだ。しかし、美味しいな、これは」
ジョン王太子は無事に当たりを回避。
「じゃあ、次は私が」
続いて挑戦したのはクラリッサだった。
彼女はひょいっとチョコレートを口に放り込むとのそのそと噛んだ。
チョコレートは残り19個。
「クラリッサちゃん、当たり?」
「いいや。普通のチョコレート。これは美味しいね」
クラリッサも当たりを回避。
「じゃあ、次はあたしが挑むぜ!」
ウィレミナが挑戦。
チョコレートをひとつ選んで口に放り込む。
これでチョコレートは残り18個。
「む……! これは……!」
「ウィレミナ、当たり?」
「いや。普通に美味しいなって」
ウィレミナも当たりを回避。
「で、では、いきますわ」
続いてフィオナが挑戦。
フィオナは少し迷ったのち、ひとつのチョコレートを選んで口に放り込んだ。
これで残り17個。
「あら。美味しいですわ」
フィオナも不発。
「では、私がいくです」
クリスティンもチャレンジ。
クリスティンは素早く1個を選ぶと、口に放り込んだ。
これで残り16個。
「美味しいですね。ヒスパニア共和国のチョコレートは美味しいとは聞いていましたが、予想以上です。これはお土産にいただいた品にも期待できそうです」
クリスティンも不発。
「なかなか当たらないものだね。もうちょっと当たりやすいと思ったんだけど」
「私は当たるのはごめんだよ」
クラリッサが唸るのにジョン王太子がそう告げた。
「まあ、1周したし、またジョン王太子から」
「ううむ。当たらないといいのだが」
ジョン王太子は少し悩んだ末にチョコレートを口に運ぶ。
これで残り15個。
「よし。回避したぞ」
「ちっ」
「ちっとはなんだね、ちっとは」
クラリッサはジョン王太子に当たりを引いてほしいのだ。
「じゃあ、次は私が食べるね」
そして、クラリッサ、ウィレミナ、フィオナ、クリスティンの順でチョコレートをぽいぽい地口に放り込んでいく。
14個、13個、12個、11個、10個、9個、8個、7個、6個、5個、4個、3個、2個とチョコレートは次々に減っていき、そして誰も当たりを引かない。
そして、残った最後の1個。
「どうやら」
ジョン王太子が告げる。
「君が当たりを引くようだね、クラリッサ嬢」
最後に引くのはクラリッサだ。
「じゃんけんにしよう。じゃんけんで決めよう」
「それはなしだよ、クラリッサ嬢。君が言い出したんだから君が食べるんだ」
クラリッサは逃走を試みたが、失敗した。
「むう。ジョン王太子が人の心がないの?」
「こういうゲームを言い出した君が全面的に悪いと思うよ?」
ジョン王太子が正論です。
「仕方ない……」
クラリッサは最後のひとつを掴むと慎重に口に運び、パクッと食べた。
「あれ? 辛くない」
「んん? どういうことだね?」
クラリッサは当たりを引いたはずなのにチョコレートは辛くなかった。
「……誰か気づかずに当たりを食べてない?」
「それは流石に……」
クラリッサが告げるのにジョン王太子が生徒会メンバーを見渡す。
「そういえばひとつだけスパイシーなのが混じっていましたわ」
「フィ、フィオナ嬢? それが当たりだったのでは?」
「そうでしょうか? そこまで辛くはありませんでしたわよ?」
どうやらフィオナが気づかぬうちに当たりを引いていたようだ。
「んー。次はもっと辛いのにしよう」
「もうこういうことはしなくていいからね?」
ゲームはいまいち納得できないまま終わりを迎えたのだった。
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ジョン王太子たちにお土産を配ったら、リベラトーレ・ファミリーの関係者にもお土産を配らなければならない。
「ベニートおじさん、ピエルトさん。こんにちは」
「おう。こんにちは、クラリッサちゃん。冬休みは友達とヒスパニア共和国旅行に行ったんだって? 楽しかったかい?」
いつものように報告のためにリーチオの屋敷を訪れていたベニートおじさんとピエルトにクラリッサが挨拶する。ベニートおじさんはクラリッサの前ではデレデレになるぞ。
「そう。ヒスパニア共和国に旅行に行ったんだ。それでお土産があるよ」
「おお。それは嬉しいな!」
クラリッサが告げるのにベニートおじさんが顔をほころばせた。
「へー。クラリッサちゃん、ヒスパニア共和国に旅行に行ったんだね」
「おい。てめえも喜ばねえか、ピエルト。それだから女に相手にされないんだぞ」
「よ、喜んでますよ!」
そして、いつものようにベニートおじさんに怒られるピエルトである。
「ベニートおじさんにはイカの缶詰。ピエルトさんにはムール貝の缶詰ね」
そして、クラリッサがお土産を配っていく。
「おお。これは晩酌が進みそうだな」
「海産物の缶詰ってヒスパニア共和国ならではですよね。俺、好きですよ」
それぞれ缶詰を受け取るのにベニートおじさんたちが顔をほころばせる。
「美味しく召し上がってね。他にもいろいろ買ってきたかったけど、荷物が多くて」
クラリッサはフィオナやクリスティン、ジョン王太子と言った生徒会のメンバーへのお土産を抱えて帰ってきたので、荷物はパンパンだったのだ。
「確か、クラリッサちゃんの友達のひとりが海外旅行に行きたがってたんだよね。その子、喜んでいたかな?」
「うん。喜んでたよ。魔術大会の賭けで大勝ちして、財布にも余裕があったし」
「魔術大会の賭けかー」
立派なマフィアの子に育ってきたクラリッサである。
「そんなものがあったなら俺も参加したかったな」
「ダメだよ。ウィレミナの取り分が減っちゃうから」
「それもそうだな」
ウィレミナが大儲けできたのは、王立ティアマト学園に賭ける生徒が少なかったからである。これが増えてしまうとウィレミナの取り分が減ってしまうのだ。
「クラリッサちゃんは友達思いのいい子だね。これからも頑張るんだよ」
「うん。ベニートおじさんも時々力を貸してね」
「任せておいてくれ」
カジュアルに七大ファミリーの幹部の援助を確約してもらうクラリッサであった。
「ん。お前たち、何をしているんだ?」
「お土産、配ってたの」
「ああ。バルチーノで買った奴か」
そこでリーチオが現れて室内を見渡した。
「ボス。旅行はどうでした?」
「少し揉め事があったが、予定通りだ。その揉め事について話がある。クラリッサ、お前は外にいなさい。ここからは父さんたちの時間だ」
「オーケー。パールさんたちにお土産渡してくる」
クラリッサはそう告げると屋敷を出発したのだった。
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向かう先はイースト・ビギンの繁華街の奥にある宝石館。
「こんちは、サファイア」
「あら。こんにちは、クラリッサちゃん」
いつものようにクラリッサは宝石館に入ってすぐの部屋でサファイアに挨拶する。
「今日はどうしたの?」
「この間、友達と一緒にヒスパニア共和国旅行にいったんだ。それでサファイアたちにお土産を買ってきた。よかったら食べて」
クラリッサはそう告げるとチョコレートの箱と海産物の缶詰を置いた。
「まあ、カキの缶詰。いいわね。お酒が進みそうだわ」
「チョコレートはみんなで食べて。美味しかったよ」
既にクラリッサはチョコレートを生徒会のみんなと試食済みだ。
「甘いものが好きな子が多いからみんな喜ぶわ。ありがとう、クラリッサちゃん」
「どういたしまして」
サファイアが喜ぶのにクラリッサは鼻高々。
「あら。クラリッサちゃん。来ていたの?」
「こんちは、パールさん。ヒスパニア共和国旅行のお土産があるよ」
しばらくすると2階の階段からパールが下りてきた。
「ヒスパニア共和国に旅行に行っていたの?」
「そ。友達と一緒にね。友達が海外旅行に行きたいって言っていたから、一緒に行こうってことになって。冬休みの間に行ってきた」
「楽しかった? 聖家族贖罪教会は見学できた?」
「ばっちり。シーズンオフだったからどこも待たずに済んだよ」
クラリッサたちは幸運なことにシーズンオフ中に旅行に行ったので、どこも予約や行列と言ったことに巻き込まれずに見学することができたのであった。
「それはよかったわね。ヒスパニア共和国はいい観光地だけど、シーズン中は人込みに巻き込まれるのが問題だから。それがないとなれば、いい思い出になったでしょう。けど、クラリッサちゃんの興味は聖家族贖罪教会より海軍博物館とかの方じゃない?」
「海軍博物館。そういうのもあったのか」
「今度、旅行に行ったときに見てくるといいわ。中世の軍艦が展示してあるから。昔は造船所だったのよ」
「今度は忘れずに見てこよう」
パールが告げるのにクラリッサは今度は見逃すまいと決意した。
「それで、ヒスパニア共和国旅行のお土産。タコの缶詰だよ」
「珍しいわね。ヒスパニア共和国の缶詰はオイリーで美味しいから好きだわ」
クラリッサがお土産を渡すのにパールが微笑んだ。
「それじゃあ、味わって食べてね」
「ええ。そうするわ。それとヒスパニア共和国旅行のことについて聞かせてくれない? 私も次はヒスパニア共和国に旅行に行こうと思うの」
「いいよ。まずは船で──」
クラリッサは宝石館で暫しお喋りを楽しむとまた屋敷に戻っていたのだった。
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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




