娘は友達と情熱の国に旅行に行きたい
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──娘は友達と情熱の国に旅行に行きたい
年が明けた。
クラリッサとリーチオは屋敷でささやかなパーティーを開き、新年を祝った。
そして、年が明ければ待ちに待ったウィレミナたちとの旅行だ。
「おいーっす、クラリッサちゃん! 新年あけおめ!」
「おいーっす、ウィレミナ。あけおめ」
待ち合わせ場所はドーバー。
まだ新年が明けたばかりでにぎやかな港町でウィレミナとクラリッサが新年の挨拶を交わす。ウィレミナは今日という日のためのとっておきのパンツルックで、クラリッサは暖かな紺色のロングスカートとシャツと白いコート姿だった。
「この度はお世話になります、リーチオさん!」
「ああ。手続きは俺がするから君たちは旅行を存分に楽しんでくれ」
そして、ウィレミナはスーツ姿のリーチオに挨拶する。
「ごめーん! 遅くなった!」
「大丈夫、時間内だよ、サンドラ」
ちょっと遅れてサンドラがやってきた。
サンドラは暖かそうなマフラーにコート姿だ。
「今回はよろしくお願いします」
「任せておいてくれ」
そして、サンドラもリーチオに挨拶する。
「パパ。船はいつくるの?」
「乗船は30分後だ。しばらくそこら辺で時間を潰していなさい」
「了解」
クラリッサたちは船が到着するまでの間、ドーバーを見て回ることにした。
「すっかり年明けだね。どこも新年祝いをしてる」
「あっという間の1年だった」
魚市場やカレーから積み荷を運んでくる貿易船の商人たちは新年祝いのセールをしていたり、新年祝いのためにお休みになっていたりする。賑やかさはいつも以上だ。
「ところで、クラリッサちゃん。ヒスパニア共和国ってやっぱり暖かいの?」
「んー。北部はアルビオン王国ほどでないけど寒いよ。南部は暖かい。ピレネー山脈の方はスキーができるぐらいには雪が降る」
「へー。情熱の国だから年中暖かいのかと思ってた」
「冬は寒いものだよ。けど、アルビオン王国よりいい」
ウィレミナはヒスパニア共和国は初めてだ。どんな場所なのか知らない。
「牛追い祭りはやってる?」
「時期が違うよ」
「トマト祭り!」
「それも時期が違うよ」
「ちぇっ」
ウィレミナはヒスパニア共和国の有名なお祭りに参加したかったようだ。
「冬のヒスパニア共和国って何が見ものなの?」
「人が少ないところ」
「人が少ないところ」
クラリッサの返答に思わず聞き返すサンドラだった。
「観光シーズンはヒスパニア共和国は凄く混んで騒がしいから、そうじゃないヒスパニア共和国というのもいいものなんだよ。レストランも観光地も順番待ちしなくていいし」
「そういえばホテル代も安かったね」
「そうそう。観光シーズンだとホテル代も倍になるから」
ウィレミナが告げるのにクラリッサがうんうんと頷いて見せた。
「予算が限られた我々には選択肢はないですな」
「まあ、牛追い祭りやトマト祭りがなくても楽しめるさ」
ヒスパニア共和国はそれなりに魅力的な土地なのだ。
「あ。そろそろ時間だ。パパのところに戻ろう」
「オッケー」
クラリッサが懐中時計を見て告げるのに、ウィレミナたちが元来た道を戻った。
「戻ってきたか、クラリッサ。船が来たぞ」
「よし乗り込めー」
「待て待て。乗船手続きがある」
船は蒸気船だった。
ヒスパニア共和国までの道のりで蒸気船とは珍しい。
蒸気船はまだ遠洋航海では積極的に使用されておらず、河川の移動や沿岸部の移動に使われるのがもっぱらだった。蒸気機関というのが火に弱い外洋船のネックになっており、大規模に採用できないということがその原因だ。
だが、どうやら今回ヒスパニア共和国まで行く船は蒸気船のようだ。
「わあ。大きな船。これでヒスパニア共和国まで行くんだ」
「パパ。手続き終わった?」
サンドラが船を見上げて感嘆の息をつくのに、クラリッサがリーチオを急かす。
「終わったぞ。さあ、荷物を運んでもらおう」
リーチオはそう告げてポーターに4人分の荷物を手渡す。
ポーターはそれをカートに乗せるとゴトゴトと車輪を鳴らして、船の中に積み込んだ。クラリッサたちもそれに続いて船に乗り込んでいく。
「ようこそ、リーチオ・リベラトーレ様。この度は本船をご利用いただきありがとうございます。ヒスパニア共和国ビーゴまでの船旅の間、最大限のおもてなしをさせていただきます。これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
どうやらこの船の会社もリベラトーレ・ファミリーに借りがあるようだ。
「クラリッサちゃんの実家って、本当に手が広いんだね……」
「うちの知り合いはいっぱいいるよ」
サンドラが船長の様子に引くのに、クラリッサがこれぐらいのことは何でもないというようにそう告げた。
「これからヒスパニア共和国まで時間もあるし、トランプでもして過ごそう。海の光景は最初は楽しいけど、すぐに飽きちゃうから」
「よし! そうしよう!」
というわけで、無事にクラリッサたちはアルビオン王国を旅立ったのだった。
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クラリッサたちを乗せた船はヒスパニア共和国の港町ビーゴに到着した。
「ついたー!」
「ここがヒスパニア共和国かー」
ビーゴの街は港を中心に丘に向かって段々に展開している。
「ここからバルチーノまでマジェリトを経由して鉄道の旅だよ。その前にここで昼食を済ませておこうか。海産物が美味しい場所だよ」
「いいね!」
ウィレミナは初めての修学旅行以外の海外旅行で興奮しているぞ。
「タコでも、カキでも、ムール貝でも美味しいよ。早速レストランに行ってみよう」
「おー!」
そんなことでクラリッサたちはまずは観光地バルチーノに向かう前に腹ごしらえを。
「ちゃんと予定は組んでるんだろうな?」
「任せといて。ヒスパニア共和国にはパパと一緒に6回も遊びに来てるんだから」
リーチオが心配になって尋ねるのにクラリッサはサムズアップして返した。
「さて、ここがビーゴで一番美味しいシーフードレストランだよ」
クラリッサはそう告げて素朴な感じのするレストランに入店した。
「いらっしゃいませ。4名様ですか?」
「そ。港の見える席、空いてる?」
「空いてますよ。どうぞこちらへ」
このレストランは丘の上にあり、そこからは港が見渡せる。
そして、駅までのアクセスも近い。食べたら即座に鉄道に乗れる。
「私はタコ料理にしよう。ウィレミナとサンドラは何にする?」
「タコって私食べたことないんだけど美味しいの?」
「美味しいよ。歯ごたえがあっていいね」
「じゃあ、あたしもタコ!」
アルビオン王国ではタコ料理はあまり一般的ではないのだ。外見が悪魔の使いのようなために、魔族だと思われている節がある。
「私はカキにしようかな。どんな料理が出るんだろう?」
「俺はホタテガイだ」
それぞれは注文し、ウェイトレスが注文を取っていった。
「タコってどんな感じなんだろうな?」
「オリーブオイルとパプリカパウダーで味付けした奴だよ。南部料理に似てるから、私は好きなんだ。まあ、南部でもタコを食べるところは限られるけどね」
そして、料理が運ばれてきた。
基本的な調理方法はオリーブオイルを使う。そこら辺は南部料理と一緒だ。
「美味しいね!」
「うんうん。これはいい。やはり南部料理と似てて旨いものだ」
クラリッサたちは食事を楽しみ、そこから鉄道駅に向かった。
「海産物もいいものだね。アルビオン王国のより美味しいよ」
「ヒスパニア共和国の海産物は美味しいんだよ。バルチーノでも美味しい料理がいっぱいあるから期待しててね」
いよいよヒスパニア共和国での本格的な観光の始まりだ。
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ビーゴを出発した鉄道はまずはヒスパニア共和国の首都マジェリトに向かう。
ここでいったん下車。
「おー。ここがマジェリトかー。教科書でしか知らなかったよ」
「ここのおすすめ観光名所は宮殿だよ。革命で王室は国外追放されたから、宮殿は観光地になってるんだ。いろいろと面白いものが展示してあるから、是非とも寄っていくべきだね。それ以外は特に見るものはないかな」
ウィレミナが異国の街並みを見渡すのに、クラリッサがそう告げた。
「それは楽しみだ。いざ、出発!」
「駅馬車が出てるからそれに乗っていこう」
マジェリト中央駅から宮殿までは観光客が多いので、駅馬車が敷設されている。
クラリッサたちは駅馬車に乗って、ゴトゴトと揺られながら宮殿へと向かった。
宮殿は真っ白なもので、そのことが壮麗さを醸し出していた。アルビオン王国のノルマン宮殿とはまた異なるものだ。それもそうだろう。今は博物館となっている場所だ。宮殿としての実用性は求められていない。
「ここが宮殿か。私、宮殿とか見るの初めてだよ」
「ノルマン宮殿、見たことないの?」
「ないない。いくことなんてないもん」
クラリッサは前に貴族の伝手でノルマン宮殿の中を見て回ったことがあるぞ。王宮にまで伝手があるマフィアとは……。
「宮殿の見学料は子供1000ドゥカート、大人2500ドゥカートだよ」
「結構するね」
「まあ、観光で成り立っている場所だから」
観光地は意外とぼったくりなのだ。
「賭けで稼いでおいてよかったでしょ?」
「そだね。クラリッサちゃんのギャンブルもいいものであったことがあるものだ」
クラリッサがにやりと笑って告げるのに、ウィレミナもにやりと笑った。
「それでは宮殿にレッツゴー!」
「おー!」
クラリッサたちは歓声を上げた。
「すみません。宮殿内ではお静かに」
「……すみません」
そして、警備の人間に全員怒られた。
「見どころって何?」
「んー。まずはこれ」
ウィレミナが尋ねるのにクラリッサが指さしたのは甲冑。フルプレートアーマーを纏った騎士の像と同じように甲冑を纏った軍馬の像。
「おー。フランク王国で見た奴よりもリアルだ」
「でしょ? まさに戦場を駆ける騎士って感じ。騎士の時代はとっくに終わったけどね。今は泥臭い戦争だ。名誉も何もない」
「そういうこというのはやめようぜ?」
クラリッサが肩をすくめるのに、ウィレミナがそう告げた。
「それからこれ」
「何これ」
「処刑用の斧」
「処刑用の斧」
思わず繰り返したウィレミナであった。
「いや、そんなもの見せられても困るんだけど」
「面白いよ?」
「……どこら辺が?」
クラリッサの感性は依然として謎であった。
「他は退屈な展示物だよ。私は戦争コーナーを見てるから、見て回ってくるといいよ。一応は芸術品なんかも展示してあるから。農民を虐殺する絵はないけれど」
「そんなものがあったら大変だよ」
ウィレミナのその言葉に農民を虐殺する絵を描いた作者はどう思っているだろうか。
「しかし、宮殿の中って凄いね。フランク王国じゃ、宮殿は外からちょびっと眺めるだけだったけれど、宮殿の中はこんな感じになっているんだね」
「そうだね。あ、この絵、綺麗」
「おお。本当だ。なかなかいいね」
サンドラとウィレミナはのどかに芸術品を見学。
宮殿の中は壮麗で、芸術品がそれを彩っている。なかなかのものだ。
「……農民を虐殺している絵がある」
「……本当だ」
同じ作者かどうかは分からないが、傭兵たちが農民を虐殺している絵が展示されていた。クラリッサは気づいていなかったようなので、ここ最近に展示されたものだろう。かなりショッキングな絵である。
「……クラリッサちゃんには黙っておこう」
「そうだね」
こうして宮殿に飾られている農民を虐殺する絵はなかったことにされた。
クラリッサが知ると碌なことがないから仕方ないね!
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