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娘は年末を過ごしたい

……………………


 ──娘は年末を過ごしたい



「パパ。今年の冬休みの旅行の件だけど」


「ああ。ドン・アルバーノのところにちょっと顔を出さなきゃならんが、時間に余裕はある。どこに行きたい?」


「ウィレミナたちとヒスパニア共和国に行きたい」


 そうなのである。


 かてねより海外旅行が夢だったウィレミナのために、クラリッサは魔術大会で優勝して莫大な利益をウィレミナに与え、早速この冬休みは暖かなヒスパニア共和国に行こうという話をしていたのであった。


「友達だけで行くのか?」


「それは流石に無謀だと思う。誰か保護者に来てもらわないと。ウィレミナのところは無理だし、サンドラのところも予定が付かないみたいだから、パパに頼みたい」


 リーチオが尋ねるのに、クラリッサがそう告げて返した。


 無謀というのは何もクラリッサたちでは危険だという話ではない。クラリッサがいれば街のチンピラ程度相手にもならないだろう。そして、幸いなことにヒスパニア共和国にはマルセイユ・ギャングの影響も及んでいない。


 では、何が無謀なのかと言うと出入国の手続きだ。


 クラリッサは海外旅行経験豊富だが、出入国手続きはいつもリーチオに任せていた。アルビオン王国の出入国管理はともかくとして、海外の出入国管理は言葉が分からなかったり、手続きが煩雑だったりするのである。


 というわけで、クラリッサはいつもリーチオを頼っていた。


「いいだろう。まだ子供だけで旅ができる年齢じゃないしな。この時期のヒスパニア共和国もいいものだ。友達と楽しめるようにしてやろう」


「流石はパパ。乙女心が分かってる」


「……乙女心なのか、これは」


 クラリッサの発言は謎であった。


「それはともかく、スケジュールは? 12月24日と25日はドン・アルバーノのところだ。それ以外ならいつでもいいぞ」


「それじゃ、1月3日から1月5日にしようかな。ウィレミナたちも年末は家族で過ごすだろうし。私たちも年末は家族でゆっくりするでしょ?」


「そうだな。年末は家でゆっくりするものだ」


 王立ティアマト学園では冬休みが12月23日から1月9日まである。


 夏休みに比べればそこまで長い休みではないものの、旅行に行くには十分だ。


「今年の年末はパーティーしない?」


「しなくていいだろ。ベニートもピエルトもファビオも自分たちの時間が欲しいはずだ。身内でささやかに年末を祝う方がいい」


「それもそっか」


 アルビオン王国は年末年始には宗教的なイベントがある。日本で言う年越しと初詣のような行事だ。流石に紅白歌合戦はやっていないが、年末になると食材を買い込み、家族でちょっとした贅沢をしながら年を越すのである。


 神など知ったことではない魔族であるリーチオも慣習に従って年を越す。


「今年ももう雪が降り始めた。寒い冬になるだろう。ヒスパニア共和国で暖まるのも悪くない。あそこは食事も美味いしな」


「だね。私、南部料理の次にヒスパニア料理が好きだよ」


 ヒスパニア共和国では魚介類が豊富にとれるため、新鮮な魚介類で作られたパエリアやアヒージョが楽しめるのである。


 ワインも美味しいのだが、まだクラリッサたちはそっちを楽しめる年齢にない。


「じゃあ、ついていってやるが、予定などは自分たちで立てるんだぞ」


「了解。既にサンドラが観光ガイドを買ったからそれを見て、ついでに私のおすすめのスポットも加えて回るとするよ」


「ああ。楽しい旅行になるといいな」


 というわけで、クラリッサたちのヒスパニア旅行は決まった。


 後は年明けを楽しみにするだけである。


……………………


……………………


 冬休みを迎えてすぐのこと。


 クラリッサとリーチオはドン・アルバーノの招きでシチリー王国に向かった。


 12月24日は地球ではクリスマスイブだが、この世界では特に行事はない。年末の挨拶回りをするぐらいである。めでたい新年を控えているということもあって、御馳走が出たりすることもあるが、別段変わらない生活を送る人々も多い。


 そんな年末にクラリッサたちは船と鉄道でシチリー王国にあるドン・アルバーノの屋敷にやってきた。ドン・アルバーノの屋敷は立派なもので、かつ厳重に警備されている。麻薬戦争が始まって以来、ドン・アルバーノも身の回りに特に用心するようになったのだ。マルセイユ・ギャングのような薬物を取り扱っている犯罪組織にしてみれば、七大ファミリーを麻薬戦争に向かわせたドン・アルバーノは宿敵なのだ。


 そんな警戒態勢下の中、招かれたのはリーチオを始めとする七大ファミリーのボスたちとその家族たち。表向きは年末を祝う行事とだけされている。


 シチリー王国は地中海気候のために雪が降るようなこともなく、少しばかりの肌寒さを感じるだけで、穏やかな気候をしていた。


「失礼。御用でしょうか?」


 クラリッサとリーチオがドン・アルバーノの屋敷の前で馬車を止めるのに、屋敷の警備に当たっている人間が声をかけた。


 正門の警備をしている人間はピストルモデルのマスケットを装備し、正門から奥の屋敷の玄関を守っている人間は魔道式小銃で武装している。


「リーチオ・リベラトーレだ。ドン・アルバーノの招待できた。これが招待状だ」


「失礼しました。どうぞお通りください」


 リーチオが招待状を見せるのに警備の人間は頭を下げて正門を開いた。


 馬車は正門を潜り、屋敷の玄関前で停車する。既に屋敷の庭には何台もの馬車が止まっており、招かれた七大ファミリーの人間たちが屋敷に入ったのが窺える。


「よし。行くぞ、クラリッサ。くれぐれもドン・アルバーノに失礼のないようにな」


「任せて」


 クラリッサは七大ファミリーのボスたちの家族の中でも最年少の部類に入り、そのことでドン・アルバーノに好かれていた。だが、クラリッサがドン・アルバーノに失礼な態度を取ればそれも変わるだろう。


「ようこそいらっしゃいました、リーチオ・リベラトーレ様。ここまでの道中不便はございませんでしたか?」


「いいや。何もない」


 屋敷の執事がリーチオとクラリッサのために玄関の扉を開くのに、リーチオはそう告げて返し、屋敷の中に足を踏み入れた。


 前回、リーチオがこの屋敷を訪れたときには七大ファミリーのボス2名が射殺されている。リーチオがそういう目に遭うことはないと思いたいが、麻薬戦争が激化し、七大ファミリーのボスたちが苛立っている状況では何が起きても不思議ではない。


「ニーノおじさん!」


「おお。クラリッサちゃんか!」


 クラリッサが声をかけたのはリバティ・シティを拠点にするヴィッツィーニ・ファミリーのボスであるニーノ・ヴィッツィーニであった。


「久しぶり、ニーノおじさん。ベルティーナは元気にしてる?」


「とても元気にしているぞ。今日は連れてこれなかったが、リバティ・シティで元気に暮らしている。クラリッサちゃんはリバティ・シティには遊びに来ないのかい?」


「うーん。ちょっと遠いからね。でも、大人になったら遊びに行くよ」


「それはよかった。その時は歓迎させてもらうよ」


 ロンディニウムを上回る成長を見せる巨大都市リバティ・シティの実質上のボスであるニーノとクラリッサは親戚のように会話する。ニーノの両腕は敵対勢力や裏切った身内の血で真っ赤なのだが、クラリッサがそれを気にする様子はない。


「クラリッサちゃん! よく来たね!」


「ティトおじさんも久しぶり」


 クラリッサはニーノとの挨拶を済ませると次の客の下に向かった。


「ああいう子がいると何かと都合がいいだろう。誰からも愛されている」


 ニーノはリーチオのそばに来てそう告げた。


「そんなつもりで連れてきたんじゃないんだがな。それにお前にだって娘はいるだろう。ドン・アルバーノからも好かれている」


「俺の娘はもう物事の道理が分かる年齢だ。あんなに無邪気には振る舞えん。最近では俺も避けられている。結婚したらすぐにでも出ていくだろうな。俺としてもそうしてもらった方がありがたいところだ」


 リーチオが告げるのにニーノが肩をすくめた。


「そいつは羨ましい限りだ。うちの娘は物事の道理が分かっているのに俺から離れようとしない。それどころか俺の跡を継ぐとまで言っている。あれが息子だったらそれもよかったかもしれないが、娘にそんな重荷は背負わせたくない」


「お前はあの子が息子であったとしても跡を継がせるのには難色を示しただろうさ。子供が好きなんだろう。それはいいことだ。俺たちは全員が今の立場に満足しているわけじゃない。お前のように自分の立場を子供に継がせたくないものもいる。俺たちは所詮は日の光の下では生きられない人間たちだ。通りに出て、仲睦まじく過ごしている堅気の親子を見るとそれが羨ましくなるときもある」


 リーチオがメイドが持って来たワインを受け取って口を付けるのに、ニーノがリーチオにそう語って見せた。


「例の合法化の手続き、上手くいきそうなのか?」


「うちの相談役が取り掛かっている。議員たちを買収するのにもう少し時間がかかるだろう。新規開発地区の買い占めの方は順調だ」


 ニーノが話題を変えるのにリーチオはそう告げて返した。


「上手くいったら俺たちにもノウハウを教えてくれ。ドン・アルバーノが言っていたようにマフィアは永遠の繁栄が約束された1000年王国じゃない。いつかは他のファミリーに脅かされるか、マフィアそのものの存在が脅かされる日が来る。そうなる前にお前のところのように企業家としての体裁を整えておくべきだろう」


 マフィアの繁栄は永遠のものではない。


 そう告げたのは他でもなく、七大ファミリーの取りまとめ役であるドン・アルバーノ自身だ。いずれマフィアにも終焉が訪れる。どのような物事にも終わりがあるように。


 七大ファミリー体制の崩壊か。マフィアそのものの崩壊か。


 いずれにせよ終わりはある。饗宴は終わる。そして、また別の日々が始まる。


 七大ファミリーでも賢い者たちはドン・アルバーノの警句を念頭に置いて、ビジネスの合法化と長期的な存続に乗り出していた。今は麻薬戦争もあって、血が流れる時期だが、いずれ麻薬戦争は政府が引き継ぐだろう。


 全てが終わった時に生き残るためにマフィアたちは必死になっていた。


「ノウハウを共有することに異論はない。新大陸は土地も広いし、チャンスに満ちている。将来的にはアルビオン王国を上回る経済圏を形成するかもしれない。そちらとは仲良くしておきたいものだ。ビジネスパートナーとして」


「お前となら喜んで取引しよう。お前は賢いし、信頼できる相手だ」


 リーチオは常に将来を見据えている。


 マフィア没落後の新しい世界で生き残るには。アルビオン王国の太陽が沈んだ時に次にどのように行動するべきか。


 新大陸は多くの移民を受け入れて、栄えている。移民たちは大陸での戦火から逃れるために、民族差別から逃れるために、そして貧困から逃れるために大西洋を渡って新大陸に向かう。彼らはエリス島でコロンビア合衆国市民としての忠誠を誓い、新大陸の住民となる。南部からも多くの人間が貧困から逃れるために新大陸に渡った。


 その人口は急増傾向にあり、また資源も豊富であることから、新大陸はいずれは旧大陸の経済圏を大きく上回る国家を形成する可能性を秘めていた。


 その新大陸最大の都市リバティ・シティを支配下に置くヴィッツィーニ・ファミリーが七大ファミリーの中でもっとも羽振りがいいのが、そのことを裏付けている。


 リベラトーレ・ファミリーも長期的な存続を望むのならばアルビオン王国の中だけにとどまらず、新大陸との取引も活発に行っていくべきだろう。アルビオン王国の繁栄もマフィアの繁栄と同じように永遠ではないのだから。


「よく集まってくれた、諸君」


 やがて、この屋敷の主人であるドン・アルバーノが姿を見せた。


「今年は慌ただしい年だっただろう。麻薬戦争はどこでも未だに継続中だ。損害を受けて、ビジネスに支障が出たファミリーも少なくあるまい。だが、断言しよう。この戦争に勝利するのは我々だ。決してヤクに手を出している連中ではない。奴らの背後に何がいようとも我々と手を取り合っている友人たちに勝ることは決してない」


 ドン・アルバーノはそう告げてシャンパンのグラスを掲げた。


「我々七大ファミリーの新しい年が輝かしいものになることを祈って。乾杯」


「乾杯!」


 ドン・アルバーノが音頭を取り、七大ファミリーのボスたちが乾杯する。


「ドン・アルバーノ。お元気そうでなによりです」


「私のような年寄りはそろそろ席を譲らなければならないのだがな」


 それから七大ファミリーのボスたちがドン・アルバーノに挨拶していく。


「アルバーノおじ様。お招きいただきありがとうございます」


「おお。クラリッサちゃん。来てくれたか。おいぼれにとっては若い子の成長を見ることだけが楽しみだよ。よく来てくれた」


 クラリッサも目上の人にはちゃんとした対応ができるのだ。


 けど、ジョン王太子には普通に接するけどね。


「ドン・アルバーノ。今日はお元気そうな顔が見れてよかった」


「私もだ。マックスはちゃんと働いているか?」


 リーチオが告げるのにドン・アルバーノはそう尋ね返した。


「いろいろと手伝ってもらっていますよ」


 ドン・アルバーノはどういう意図でマックスを送り込んできたのか。マックスが政府機関──情報機関の人間なのは分かっている。


 だが、ドン・アルバーノはそのことを知っていて、その上でマックスをリーチオの下に送り込んだのだろうか。それとも知らずに送り込んだのか。


「マックスはいろいろと伝手の広い男だ。よく使ってやってくれ」


 ドン・アルバーノはそう言っただけだった。


 だが、それは暗にマックスがいろいろと繋がりのある──情報機関にも──男だということを示していた。どうやらドン・アルバーノはマックスの正体を知っていて、リーチオの下に送り込んだようである。


「そうさせていただきます」


 ドン・アルバーノはリーチオのことを南部人だと思っているはずだった。だが、もはや彼はリーチオのことを南部人だとは思っていないのだろうか。魔族だという疑いがあるからマックスを監視に付けたのだろうか。


 それは分からない。下手な質問をすれば藪蛇になる。


「それではパーティーを楽しんでいってくれ」


 ドン・アルバーノはそうとだけ告げると去っていった。


「見て、パパ。新年にはちょっと早いけどお祝いだって」


「よかったな。大事にしろよ」


 クラリッサはドン・アルバーノから人形を受け取っており、リーチオはクラリッサの頭を撫でてやった。


 ドン・アルバーノはどこまで政府と繋がっているのか。ただの癒着ではなく、実利的な結びつきがどこまであるのか。


 それは新年になろうとも分からないだろう。


……………………

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そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!

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[良い点] 簡潔に政治の季節が、理解出来ました。 [一言] 可愛い子には、出来れば苦しい旅は、させたくありませんよね。
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