娘はいよいよビッグゲームに挑みたい
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──娘はいよいよビッグゲームに挑みたい
いよいよ王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の合同体育祭の日が訪れた。
「私たちはまた名簿管理か……」
「生徒会だから仕方ないよ」
今回の体育祭とて、クラリッサたちが最初にやるのは来場者の名簿管理であった。
今回は助っ人として聖ルシファー学園の生徒会から2名来ているが、そっちはそっちで聖ルシファー学園の関係者を名簿に記載することで忙しい。
それに加えて今回はビッグゲームであるからにして、来場者数が多い。
それだけ賭ける人間も多いということになるが、名簿を管理しなければならないクラリッサとしてはうんざりさせられることである。
「やあ、クラリッサさん」
「おお。フェリクスのパパ」
クラリッサがぶつぶつ文句を言いながら名簿を管理しているところに、フェリクスとトゥルーデの父親であるペーター・フォン・パーペン伯爵がやってきた。
「早速、仕事をしているのだね。生徒会と言うのは勤勉だ」
「ええ。とても勤勉でなければこのような仕事は務まりません」
先ほどまではぶつぶつと文句を言っていたのに、クラリッサがしゃきんとする。
その変わりようをウィレミナは胡乱な目で見ていた。
「では、今日は妻と来た。王立ティアマト学園を応援させてもらうよ」
「ありがとうございます」
そう告げてパーペン伯爵と妻が名簿に名前を記す。
「よろしければスポーツくじを購入されて行きませんか? 一口500ドゥカートです。王立ティアマト学園を応援すると思って購入していただけると幸いです」
「ほう。面白いね。では、王立ティアマト学園に二口賭けようかな」
「毎度あり」
そして、さりげなく来場者にスポーツくじを売りつけていくクラリッサだ。
「クラリッサちゃん。やっぱりそれ、儲かるの?」
「それはもう。とても儲かるよ。私は儲かることしかしないし」
パーペン伯爵たちが去ってからウィレミナが尋ねるのにクラリッサがそう告げて返した。今回のビッグゲームの収益は1000万ドゥカートに及ぶとみられている。
「いいなあ。私も何か儲かる仕事がしたいぜ」
「うちのブックメーカーで働く?」
「クラリッサちゃんのところでやってるの、全部校則に反してない?」
「ときには道を外れることも必要だ」
クラリッサはそっと視線を逸らした。
「全く。クラリッサちゃんは本当にお金のためなら手段を選ばないな」
「殺しはやってないよ?」
「やってたら大変だよ」
流石のクラリッサも傷害沙汰はやったが殺しはやってない。
「それにしてもいつになったら終わるんだろう、これ」
「まだまだ当分はかかるぜ」
クラリッサたちの仕事はまだまだこれからだ。
「頑張っているか、クラリッサ」
「パパ。それにパールさんとベニートおじさん、ピエルトさんも」
クラリッサが退屈しかけていたとき、リーチオたちが姿を見せた。
「お久しぶりです、クラリッサさんのお父さん」
「ああ。いつもこの問題児と付き合ってもらって悪いな」
「いえいえ。お気になさらず」
リーチオがそう告げるのにウィレミナが首を横に振って返した。
「それじゃあ、パパ。ここに名前を書いてね」
「分かった」
クラリッサの指示でリーチオが名簿に名前を記す。
「スポーツくじはもう買った? 王立ティアマト学園を応援するならぜひ買わないと」
「お前、まだそういうことしてたのか……。じゃあ、王立ティアマト学園に一口だ」
「もっと賭けない?」
「賭けない」
リーチオは他人に賭けさせるのは好きだが、自分が賭けるのには保守的なのだ。
「ぶー……。賭ける額が大きければ大きいほど大会は盛り上がるのに」
「何でもかんでもお金で盛り上げようとしない」
クラリッサが唇を尖らせるのに、リーチオがそう突っ込んだ。
「パールさんたちは賭けるよね?」
「ええ。王立ティアマト学園に二口と模擬魔術戦で王立ティアマト学園に二口」
クラリッサがパールの方を向いて尋ねるのにパールはそう告げた。
「模擬魔術戦、この間の魔術大会のライバルがでるんでしょう? とても見ごたえのある試合になりそうね。期待させてもらうわ」
「任せといて。見事に勝利して見せるから」
模擬魔術戦はビッグゲームの中でも目玉種目になっていた。
何と言ってもロンディニウム・タイムスの朝刊の記事を飾ったクラリッサと、長年の優勝校であり今年も抜群の成績を発揮した聖ルシファー学園のアガサの対決だ。これに注目せずして、何に注目するというのだろうか。
模擬魔術戦の賭けは盛大で、とても盛り上がっている。試合そのものもとても盛り上がって、熱戦になることだろう。
「クラリッサちゃん! 王立ティアマト学園に20口だ! それからその模擬魔術戦というのでクラリッサちゃんに50口!」
ベニートおじさんは豪快にそう告げるとドンと賭け金を置いた。
「毎度あり。勝たせて見せるから期待しててね、ベニートおじさん」
「クラリッサちゃんが言うなら間違いねえ!」
相変わらずリーチオより親馬鹿しているベニートおじさんだ。
「ピエルトさんも賭けるよね?」
「そうだね。じゃあ、王立ティアマト学園に三口賭けようかな」
「それだけ?」
「ええっと……。じゃ、じゃあ、模擬魔術戦でクラリッサちゃんに五口!」
「それだけ?」
「う、うん。それから騎馬戦でクラリッサちゃんに五口……」
「毎度あり」
半ば強制的に買わされたピエルトだった。ベニートおじさんが横で睨んでるから仕方ないね。買わなかったら後が怖いもの。
「ベニート、ピエルト。あまりクラリッサを甘やかすな。ダメな大人に育つ」
「そんなことはありませんよ、ボス。クラリッサちゃんは立派に育っていってます。そうでなきゃ、こんなデカい試合を催すなんてことはできないでしょう。そこら辺の連中と違ってクラリッサちゃんにはエンターテイメント性を理解する心がある! それは金持ちへの第一歩ですぜ。これからもクラリッサちゃんを応援してやらないと」
「はあ。お前と言う奴は……」
ベニートおじさんはクラリッサのよき理解者だぞ。悪い大人ともいう。
「パパ。しっかり応援してね。私、頑張るから」
「おう。応援してやるから頑張れよ」
クラリッサがサムズアップして告げるのにリーチオがクラリッサの肩を叩いた。
「クラリッサさん、ウィレミナさん。そろそろ開会式です。後は引き継ぎます」
「任せた、クリスティン。それからスポーツくじの販売を忘れないでよ」
「……私は学園内でこのようなギャンブルが行われているのに反対の立場なのですが」
「今回の大会の運営費を大きく担っているのはブックメーカーの収益だし、ここは学園内じゃなくてグレイシティ・スタジアムだよ。文句を言わずに頼んだよ」
クラリッサは渋い顔をするクリスティンにそう告げると、開会式に向かった。
爆竹が鳴らされ、開会の合図が知らされる。
いよいよクラリッサの企画したビッグゲーム──王立ティアマト学園VS聖ルシファー学園の体育祭の始まりである。
果たして、優勝するのはどちらの学園なのであろうか?
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「いよいよ始まりました。王立ティアマト学園と聖ルシファー学園による合同体育祭です。最初の競技は玉入れです。シンプルながらも奥の深いこの競技で勝利するのは王立ティアマト学園でしょうか。それとも聖ルシファー学園でしょうか」
アナウンスが流れ、最初の競技の準備が始まる。
「サンドラは玉入れだったよね?」
「そうだよ。頑張るから見ててね」
サンドラは玉入れに参加だ。
「玉入れは混戦が予想されているから頑張って」
「よし! 勝つよ!」
王立ティアマト学園の生徒たちも、聖ルシファー学園の生徒たちも、今回はライバル校との対決なだけあって気合たっぷりだ。何せ、自分たちの成績に学園の名誉がかかっているのだから、愛校心の高い生徒こそ頑張るというものだ。
「そーれ! ファイト、ティアマト!」
「頑張れ、ルシファー!」
愛校心という点では王立ティアマト学園も、聖ルシファー学園も負けていない。彼らは自分たちの学園こそ優れた学園だという自負があり、その名誉を敗北で汚さぬためにどこまでも頑張るつもりなのだ。
応援にも熱が入っている。
いつもならスカート丈で服装チェックにひっかかりそうな応援団の衣装を着た女子生徒たちが張り切って応援し、学ラン姿の男子生徒たちが声を張り上げて気合を入れる。
そして、玉入れが始まった。
玉入ればかりは事前にどちらが勝つか想像しにくい競技だった。運動神経の何が必要とされる競技なのかが微妙に分かりにくいのである。
今回の玉入れは玉入れの籠を持つ生徒と玉を入れる生徒に分かれて競い合うものであり、籠を支える生徒のバランス感覚と玉を入れる生徒のコントロール力が問題になるだろうとは思われていた。
だが、どういう生徒がそういうセンスがあるのか。野球部部員? 確かに彼らは玉入れにおいてアドバンテージを発揮するだろうが、あいにく野球部部員という貴重な運動部員たちは後半のリレーなどに控えていた。
というわけで、この玉入れ。王立ティアマト学園か、聖ルシファー学園か、どちらが勝つのか分からない試合になっていた。
「それでは第一プログラム、玉入れの始まりです!」
アナウンスがそう告げ、爆竹が鳴り響く。
一斉に王立ティアマト学園と聖ルシファー学園の生徒たちが地面に転がる玉を拾い、微妙に揺れる玉入れの籠に向けて放り投げる。
籠がぐらぐらと揺れるためか、両校ともになかなか玉が入らない。それでも必死に生徒たちは玉を投げる。
「てえーい!」
サンドラもへっぽこな運動神経ながら、頑張って玉を投げていた。
入ったり、入らなかったり、競技は熱戦となり、歓声とエールの声が鳴り響く。
「試合終了!」
アナウンスとともに笛が鳴り響く。
「王立ティアマト学園、13個。聖ルシファー学園、12個。それぞれ13点と12点が加算されます。王立ティアマト学園が先制したようです」
競技は本当にギリギリで王立ティアマト学園の勝利だった。
「やったよ、クラリッサちゃん!」
「うん。よくやったね、サンドラ」
サンドラが嬉しそうに駆けてくるのにクラリッサがサンドラをハグした。
「この調子で優勝を狙いに行こう。我々は王立ティアマト学園。聖ルシファー学園に負けるわけにはいかないんだ」
「おー!」
それからプログラムは進んでいき、障害物走や借り物競争などが行われる。
「うへへ。網に絡まって動けないみじめな姿を大勢の観客の人たちにい……」
「センス抜群のネクタイ!? センス抜群のネクタイってなんですの!?」
障害物走ではヘザーが網に絡まったまま動かなくなったり、借り物競争ではフィオナがなかなか目当ての品を見つけられなかったりして、聖ルシファー学園に差が付けられていく。だが、まだまだ盛り返せる点数だ。
「続いてのプログラムは400メートルリレーです。出場する選手の皆さんは指定された位置に集合してください」
アナウンスが午前中最後のプログラムの始まりを告げる。
「よっしゃ。行ってくるぜ、クラリッサちゃん」
「おう。頑張れ、ウィレミナ。王立ティアマト学園魂を見せてやるんだ」
リレーの出場者はウィレミナ。陸上部で鍛えた脚力の発揮される機会だ。
「そーれ、ファイト、ティアマト!」
「頑張れ、ルシファー!」
グレイシティ・スタジアムが熱気に包まれる中、目玉競技のひとつが始まろうとしている。賭け金は王立ティアマト学園と聖ルシファー学園のどちらに渡るのか。
一世一代の大勝負だ。
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