娘はビッグゲーム開催に向けて動きたい
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──娘はビッグゲーム開催に向けて動きたい
聖ルシファー学園との交渉は上手くいった。
詳細は体育委員会と生徒会が煮詰めていくが、大筋での合意はできた。
開催日や大まかな予算の分担。
ここまで決まれば、後は特に大きな問題となるものもない。
競技の調整などは体育委員会の仕事であり、生徒会は予算の調節や聖ルシファー学園との人員調節などを行うだけである。
「クラリッサ嬢。聖ルシファー学園からブックメーカーの仕事の手伝いが来たよ」
「お。いよいよか」
そんな中、クラリッサがやるべきことはブックメーカーの仕事だ。
「どうも。聖ルシファー学園のランドルフ・リードです。この度はよろしくお願いします。いろいろと勉強させていただければと思っています」
「ども。クラリッサ・リベラトーレだよ。じゃあ、手伝ってもらおうか」
やってきたのは丸眼鏡をかけたちょっと肥満気味の生徒だった。
「まずはスポーツくじの集計作業からだよ。これを基にオッズを発表するからね」
「競馬は嗜んでいるのでその点は分かります。しかし、競馬と一緒なら控除率も?」
「鋭いね。そう、20%が私たちの取り分だよ。この収益金は大会賞金や大会運営費に還元されることになっているよ。うちの体育祭では優勝した方には賞金が贈られるんだ」
「凄いですね。そうすることによってさらなる競争が期待でき、賭けは盛り上がるってわけでしょう。観客も参加者も盛り上がりまくりですね」
「ふふふ。そうだよ。いい試合になればなるほど賭け金も増える」
ランドルフが頷くのに、クラリッサが不敵に笑った。
「いやあ。この取り組みはいいな。体育祭が実に盛り上がる」
「そうそう。やっぱりお金だよ。お金がかかわると人間は変わるというものだ」
金。金が全て。世の中金だぜという空気を漂わせるクラリッサであった。
「では、スポーツくじの集計を始めて。これでオッズを決めておかないと、賭ける方もなかなか賭けにくいからね。大穴狙いか。安定した路線か。この学園はなかなかのギャンブラー揃いだから、面白い結果になるよ」
「うちの学園もこういうの解禁したら好き好みそうな人、多そうです」
聖ルシファー学園もお金持ちの学園なので、ギャンブルを嗜む保護者を持つ生徒は多いのだ。その生徒たちも保護者の影響を受けるわけで、生徒たちの中には親には内緒で競馬に手を出しているものもいるのだ。
アルビオン王国においては賭け事は下賤な商売ではない。王室の保護する競馬で賭けることは上流階級のたしなみであり、彼らは優雅に賭けるのだ。
もっとも、クラリッサの場合はそういう優雅さよりも実利目当てだ。ギャンブルはギャンブルでもマフィアがかかわるような表に出せないギャンブルだ。もちろん、マフィアが相手にするのも金を持った人間だが、それは必ずしも上流階級であることを意味しない。借金を作ってギャンブルをするものや、有り金はたいて賭けをするもの。そういう人間たちもマフィアの商売相手である。
しかしながら、マフィアも上品という品質にこだわった賭けも催す。高級ホテルで密かに開かれる違法カジノなどは顧客は上流階級に限られ、彼らに法を犯す背徳感と普段は味わえないスリルとエンターテイメントを与えるのだ。
クラリッサの闇カジノの方も顧客は限られている。
秘密が守れる人間で、金に十分な余裕のある名家の子女で、一度や二度の負けに文句を言わない上品な客を選んでいる。彼らが落とす金は莫大なもので、クラリッサが選挙戦を戦う際の資金源となったのだった。
ともあれ、ブックメーカーの催す賭け事は聖ルシファー学園でも盛り上がるだろう。その下地はあるのだから。
「ふうむ。賭けは割と競り合っていますね。どちらも愛校心が強いのかな? 聖ルシファー学園の生徒は聖ルシファー学園に。王立ティアマト学園の生徒は王立ティアマト学園にって感じですね。それぞれの競技ごとだと割とばらけますけれど」
「事前の調査では聖ルシファー学園の方が優勝に近いって発表だったんだけれどね。まあ、こうやって張り合いが出る方が面白いよ。一方だけに賭けるんじゃつまらない」
「それもそうですね。これもギャンブルの神髄というところでしょう」
手慣れた仕草でスポーツくじを集計していくランドルフ。
「盛大なビッグゲームになるよ。スポーツくじは販売直後から100万ドゥカート分売れてる。これから大会当日までオッズが発表されればまだまだ売れる。大会はかつてない盛り上がりを見せるだろうね」
「ええ、ええ。これだけのお金が動いているんです。盛り上がりますよ」
クラリッサはランドルフに全てを見せたような顔をしているが、裏のブックメーカーの方も密かに動いている。
そちらの方でも売り上げは100万ドゥカート。これからまだまだ増えるだろう。
表のブックメーカーの方が大規模にやっているため、稼ぐ額は大きいが、その分利益の還元を求められる。大会を盛り上げて、賭けを盛んにするのには欠かせないことだが、利益をあまり持っていかれてしまうと儲けが少ない。
そこで裏のブックメーカーが稼ぐわけである。
「オッズの計算方法はこれで間違っていませんか?」
「あってる、あってる。控除率20%で──」
ランドルフが集計結果からオッズを計算し、クラリッサが確認する。
「ところで、ブックメーカーの立ち上げって相当苦労されたでしょう。うちの学園は割と改革とかがやりやすい風通しのいい学園ですけれど、王立ティアマト学園は名誉とか誇りが立ちふさがるんじゃないですか。それなのによくブックメーカーなんて認めさせられましたね。やはり生徒会の方で纏まって対応したという感じですか?」
「まあ、民主主義の力かな」
ランドルフが尊敬の念を抱いて尋ねるのに、クラリッサがどやっとした表情でそう告げて返したのだった。
クラリッサの民主主義には金と暴力が含まれています。
票は金で買える。暴力で票は得られる。民主主義、民主主義とはいったい……。
だが、マフィアとしてはこの手の民主主義は常識的なことだった。市長選から町長選に至るまで、マフィアは自分たちの利益を守るために選挙に介入し、金と暴力を以てして選挙結果を書き換えるのである。
そう、クラリッサにマフィア流民主主義を授けたのはベニートおじさん!
……碌なこと教えてないな!
そして、クラリッサにギャンブルのノウハウを教えたのはピエルトだ。このファミリー、スナック感覚で子供に非合法なことを教えているぞ。
リーチオはそろそろ本気でクラリッサとファミリーを引き離すことを考えるべきかもしれない。悪い大人が多すぎるのだ。
「うちでもブックメーカーによる賭け事が始められればいいんですけどね。アガサ会長は導入する気満々みたいですけれど、やっぱり不正対策とか大変でしょう?」
「うむ。うちの学園では生徒会を中心に監査委員会が組織されているよ。不正や八百長が行われては盛り上がりに水を差すことになるからね。そこら辺は徹底的に」
ランドルフが尋ねるのにクラリッサは明後日の方向を見ながらそう告げた。
クラリッサはまだ八百長こそしていないけれど、裏のブックメーカーを組織している。立派な不正行為なのである。
「……しかし、これだけのことをどこで学ばれたのですか? 貴族の方も競馬で賭けられますが、仕組みまでは理解されないでしょう。貴族の方の賭け方は知り合いの馬や友人の馬、あるいは自分の馬に賭けるというものですから」
そこでランドルフが鋭い目つきでそう尋ねた。
「私、貴族じゃないからね」
「え?」
クラリッサが平然と告げるのにランドルフが目を丸くする。
「私はクラリッサ・リベラトーレ。リベラトーレ・ファミリーの後継者」
「リベラトーレ・ファミリー……。アルビオン王国最大のマフィアですよね。そんな人が何故王立ティアマト学園に? 聖ルシファー学園の方があなたの価値を存分に発揮できたと思いますよ。こちらの学園は保守的ではありませんから」
クラリッサがそう告げるのにランドルフが少し顔を青ざめさせてそう尋ねた。
「そっちの学園よりこっちの学園の方が制服が可愛かった。それだけ」
「え? それだけ?」
「それだけ」
クラリッサが聖ルシファー学園に入学していたら、また違った光景があっただろう。
聖ルシファー学園は貴族であるかないかで人を区別しない。平民の中の上流階級の人間同士、友情を築いていく。生徒会長のアガサだって王都ロンディニウムのアパレル産業の会長の娘という立場であり、貴族とは関係ない。
聖ルシファー学園ならクラリッサはその資金力から大いに慕われ、マフィアの娘として恐れられ、初等部のころからブックメーカーや闇カジノをやれたはずだ。聖ルシファー学園なら、全ての改革は、それが学園の利益となる限り許可される。
聖ルシファー学園なら部活動も盛んだ。魔力と体力に秀でたクラリッサは優秀な指導陣の下で、輝かしい成績を毎年刻み続けていたに違いない。
それなのに。
それなのに、クラリッサは制服が可愛いからという理由で王立ティアマト学園を選んだ。結果として彼女はブックメーカーも闇カジノも行えたし、大会では成績を残したりはしたものの、やはり狭い檻の中で苦労している猛獣のようにランドルフには映った。
「今は満足していますか?」
「満足だよ。いずれは学園の真の支配者になるからね」
ランドルフが尋ねるのにクラリッサはニッと笑って告げた。
「真の支配者、ですか。あなたならその素質がありそうだ」
「でしょ? みんな無理だとか違うとかいうけれど、私はなれると思うね」
ここで認識の食い違い。
ランドルフはリベラトーレ・ファミリーの力で学園を牛耳るのだと思っている。クラリッサは高等部の生徒会長になることによって学園を牛耳れるのだと信じている。
何が悪いかと言うとクラリッサの頭が悪い。
身も蓋もないな!
「あなたが学園を牛耳った時には聖ルシファー学園とは新しい関係が築けそうだ」
「うん。もっと交流を深めたいね。今回のようなビッグゲームを3年に1度はやりたいものだ。双方に利益のある関係を維持したいね」
ランドルフが告げるのにクラリッサがそう告げた。
ランドルフにはこれが『いずれ聖ルシファー学園にも勢力を伸ばす。聖ルシファー学園でも王立ティアマト学園でもリベラトーレ・ファミリーは収益を上げる』という風に聞こえているのである。
「ちなみに、リベラトーレ・ファミリーのことは内密にね。知られたくないから」
「は、はい!」
このことを迂闊に喋ると命はないぞという風にランドルフは受け取ったぞ。
(流石は暗黒街の支配者……。学園を支配下に置くことすらも考えているだなんて。これはうかうかしていては聖ルシファー学園も飲み込まれてしまう。ここはなんとしても聖ルシファー学園を守り抜かなければ……!)
そしてひとりの生徒に熱烈な愛校心が芽生えたが、それはまた別の話。
「ブックメーカーの仕組みについては分かった? これから大会開催までと大会開催後の払い戻しがあるから、そこまで一通り一緒にやっていこうね。今年のビッグゲームは盛り上がること間違いなし。大規模なゲームを前に観客も大興奮だ」
「はい。学ばせていただける限り、学び取る次第です」
「……? なんでそんなに畏まってるの?」
ランドルフはクラリッサを逆らってはいけない人リストに乗せたぞ。
「それではオッズを新聞部に伝えて、新聞部に掲載してもらおう」
「新聞部も協力してくれているのですか?」
「もちろん。私たちは気前よく宣伝広告費を払うからね。そっちの学園の新聞部にも同じようにしてもらえるかな。とりあえず、宣伝広告費はこれだけあれば足りる?」
クラリッサはそう告げてドンとテーブルに50万ドゥカートの金を置いた。
「し、新聞部に宣伝広告費として支払うには高額では?」
「そこはあれだよ、ランドルフ君。こちらに好意的な記事を添えてくれるようにということを含めた金額だから。ギャンブルには中毒性があるとか、ギャンブルで風紀が乱れるなんて記事と一緒に掲載されたら盛り上がるものも盛り上がらないでしょう?」
そう告げてクラリッサはにこりと笑った。
(新聞部を掌握して世論を操作する……! 完全にマフィアのやり方だ! 潤沢な資金力を容赦なく行使し、さらなる収益を得る……。ビジネスモデルとしても間違いではない。聞けば去年の生徒会選挙は激戦だったそうだが、やはりまず第一に新聞部を掌握しようとしたに違いない。流石はマフィアだ)
クラリッサが新聞部を買収すればいいじゃないということに気づいたのは、選挙戦も後半に入ってからでした。
「確かに。新聞部に雑音は発してほしくないものですね。これでうちの新聞部を?」
「そ。好意的な記事を書いてもらってね」
クラリッサはそう告げてオッズを記した紙をランドルフに手渡す。
「最高の体育祭にしようじゃないか」
「ええ。最高の体育祭に」
きっとこのミッションに失敗すれば殺されるとそう思いながらランドルフは新聞部への宣伝広告費を受け取ったのだった。
「さっきの聖ルシファー学園の生徒、やけに顔色悪かったけど大丈夫かな?」
「大丈夫じゃない?」
そんなことを知らないウィレミナとクラリッサはそんな言葉を交わしていた。
頑張れ、ランドルフ。別に恐ろしい魔の手が迫っていたりはしないぞ。
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