娘は他校と交渉したい
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──娘は他校と交渉したい
クラリッサは王立ティアマト学園中等部生徒会副会長として、合同開催予定の体育祭の話し合いをするのではなく、王立ティアマト学園大会公式ブックメーカーの代表として聖ルシファー学園を訪れた。
──女装したフェリクスを引き連れて。
「お姉さま! お久しぶりです!」
「久しぶりだな……」
あの後、都市警察に手を回して巻き込まれた聖ルシファー学園の生徒のことは調べてある。また薬物取引に関わらないか、被害を受けていないかなどを調べるために、ピエルトが密かに調査していた。
クラリッサはそのピエルトにお願いして、聖ルシファー学園でその生徒たちと会えるように準備を整えたのだった。
そして、今の再会に至る。
「お姉さま。学園を案内させてください」
「あ! 私が案内するっていったじゃない!」
フェリクスは両手を聖ルシファー学園の生徒に掴まれ、両手に華の状態だった。
これが女装した姿でなければよほどよかったのだろうが。
「落ち着け、落ち着け。今回はちょっとあいさつに来ただけだ」
「そんなこと言わないで、お姉さま。うちの学食のケーキ、美味しいんですよ」
フェリクスがふたりを落ち着かせようとするのに聖ルシファー学園の生徒はぐいぐいとフェリクスを引っ張る。
「フェリクス。モテモテだね」
「うるさい。お前が代わるか?」
「遠慮しておこう」
フェリクスが睨むのに、クラリッサがにやりと笑った。
「さあ。お姉さまからお願いがあるって言わなくちゃ」
「あー。そうだな」
クラリッサが促すのに、フェリクスが聖ルシファー学園の生徒2名を見る。
「今度、王立ティアマト学園と聖ルシファー学園と合同で体育祭をやるって話、もう聞いてるか? まだ聞いてないか?」
「そういえばそんな噂を聞いたような……」
フェリクスが尋ねるのに聖ルシファー学園の生徒たちが考え込む。
「今後の交渉次第ではやることになるんだ。そこで王立ティアマト学園から申し出なんだが、王立ティアマト学園じゃブックメーカーが各行事で賭け事を催しているんだ。今度、一緒に体育祭をやることになったら、聖ルシファー学園の生徒も参加できる」
「ブックメーカー?」
フェリクスが告げるのに聖ルシファー学園の生徒たちが首を傾げる。
「詳細はこのチラシに書いてある。遊ぶ金を稼ぐのにも持ってこいだ。もう危ない真似をして稼ぐ必要もない。上手く賭ければがっつり手に入る」
「でも、また危ない目に遭ってお姉さまに助けていただきたいです!」
「いや。危ない目に遭おうとするなよ?」
お姫様願望が芽生えている聖ルシファー学園の生徒たちだ。
「まあ、よかったらこのチラシを学園内に回してくれ。具体的な賭け方から何まで書いてあるから。頼んだぞ」
「任されました!」
フェリクスの言葉に聖ルシファー学園の生徒たちがチラシを抱える。
「それで、この後、学食でケーキでもどうですか、お姉さま」
「是非とも一緒に!」
そして、聖ルシファー学園の生徒たちがフェリクスをまた引っ張る。
「クラリッサ」
「いいじゃん。手伝ってくれるお礼だと思って付き合ってあげなよ。ちょっと学園内を見て回るぐらいいいじゃない」
「クラリッサ!」
クラリッサはあっさりとフェリクスを見捨てた。
それからフェリクスは学食に案内され、ふたりの女子生徒に囲まれた状態でケーキをあれこれと食べさせられたのだった。
トゥルーデのお姉ちゃんセンサーもフェリクスが女装していると感度が悪いのか、トゥルーデと言う妨害もなく、フェリクスは無事に聖ルシファー学園を出たのだった。
……フェリクスの尊厳はもうぐちゃぐちゃだが。
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さて、クラリッサがこっそりと賭け事を進めている間に、まずは聖ルシファー学園との交渉を行わなければならない王立ティアマト学園中等部生徒会は聖ルシファー学園を訪れていた。クラリッサもこっそり合流した。
「聖ルシファー学園にようこそ!」
ジョン王太子とクラリッサが聖ルシファー学園の正門を潜るのに、聖ルシファー学園のセーラー服を纏った女子生徒が彼らを出迎えた。
「……あ。魔術大会の?」
「まあ、誰かと思えばクラリッサ・リベラトーレさん?」
クラリッサたちを出迎えたのはあの魔術大会で氷の花畑を生み出した女子生徒アガサ・アットウェルであった。ギャグが寒いことにも定評のある美術系女子生徒だ。
「では、初めまして、ジョン王太子殿下。あっと驚くアガサ・アットウェルです。聖ルシファー学園の生徒会長を務めています」
「……初めまして」
アガサがにこりと笑って告げるのに、ジョン王太子が真顔で返した。
「王太子殿下が来られるということで『おーたいへん』だって騒ぎになっていたんですよ。ちなみに今のは王太子と『おーたいへん』をかけたギャグです」
「……そうですか」
にこにこと笑ってアガサが告げるのにクラリッサとジョン王太子は真顔になった。
「それでは立ち話などしていてはなんですので、生徒会室にどうぞ」
アガサはそう告げてジョン王太子たちを生徒会室に案内した。
聖ルシファー学園の生徒会室もなかなか立派なもので、王立ティアマト学園に劣らぬ壮麗さであった。流石はお金持ちの生徒たちが集まる学園なだけはある。
「どうぞおかけになってください」
「失礼します」
アガサが席を勧めるのに、ジョン王太子とクラリッサが席に座る。
「それで体育祭を合同で行いたいとか?」
「ええ。お互いの学園で競い合うことで生徒たちに競争心と向上心を養わせようという目的のためです。こちらでは準備ができているので、そちらがよろしければ」
アガサが尋ねるのに、ジョン王太子がそう告げる。
「合同だけに『ゴーゴー』といきたいところなのですが、予算の問題や日程に問題などもありますからね。その点についてはこちらで話し合わなければなりません」
隙あらば寒いギャグを挟んでくるアガサだが、話はまともだ。
「日程は10月20日から27日までを想定しますが、どうでしょう?」
「そうですね。それでしたら25日に開催というのは?」
「問題ないと思います。ちなみに何故25日に?」
「ニコニコの日だからですよ」
「……そうですか」
本当にこの生徒会長は真面目にやっているのだろうか。
「では、25日で調整するということで。予算の負担はどのように? 事前に送付されてきた計画書にはグレイシティ・スタジアムを貸切って行うという大胆な案が記されていましたが。まあ、我々は公平な負担がいいかと思います。『後世』のために『公平』に。分かりました? 後世と公平をかけたギャグなんですよ?」
「……我々も予算の分担は公平にと思います」
いろいろと相手にするのが疲れる相手である。
「公平な負担になるのが望ましいけれど、こちらが言い出したことでもあるし、会場にかかる費用に関してはうちの学園のブックメーカーが一部を負担するよ」
「ブックメーカー……。そういえば王立ティアマト学園ではギャンブルが合法化されているそうですね。そんなに儲かるものなんですか?」
「それなりには」
アガサが興味を持つのにクラリッサがそう告げて返した。
「ふうむ。ギャンブルを解放したことによって風紀が乱れたりなどは?」
「ないよ。むしろ、公にギャンブルを認めたことで、違法に賭けをする人間がいなくなってその分のトラブルが減り、風紀が向上したと言ってもいいね」
「ほうほう。それは興味があります」
クラリッサが告げるのにアガサが身を乗り出した。
「後でギャンブルに関する具体的な書類を見せてはいただけませんか。それほど素晴らしく、収益性もあるものならばわが校でも是非とも行いたいところです」
「……いいけれど、今回の大会の公式ブックメーカーはうちだからね」
「今後のことがありますから」
流石はお金でのし上がってきたブルジョワ層の子女なだけはあり、儲け話は逃さない構えだ。来年もふたつの学園で合同で大会が開かれるとなると、クラリッサたちにとっては手ごわい相手になるかもしれない。
「予算については公平な分担ということと、可能な限り出費は押さえるということでよろしいだろうか。予算に都合がつかなくなるのはよくない」
「そうですね。ですが、せっかくの合同体育祭なのですから盛り上げませんと。花火や外部の選手たちによる競技なども取り入れてみては?」
ジョン王太子が告げるのに、アガサが首を傾げてそう告げた。
「いや、お金がかかりすぎるのは……」
「両学園ともそれなりに予算に余裕はあるはずです。何せ、どちらも上流階級の学園なのですから。それともそちらは資金面に苦慮していらっしゃるとか?」
「そんなことはありません。ただ、こちらの持ちかけた話でそちらに負担になるというのはということを思いまして」
「そのようなことは心配ご無用。やると決めたら徹底的にやらなければ『損』です。『そん』なことはないようにしたいですよね。ちなみに今のは損とそんなことをかけたギャグです。面白いでしょう?」
アガサはドヤっとした顔でそう告げた。
クラリッサとジョン王太子は真顔でアガサを見ている。
しかし、これは両学園の腹の探り合いなのだ。
相手がどれほど予算に余裕があるのか。それを探っていたのである。相手に予算の余裕があるようなら、今後の部活動の大会などでもライバルになるし、何より新入生の取り合いにおいてもライバルになる。
最近では王立ティアマト学園だけが貴族の学校というわけではなくなり、聖ルシファー学園も貴族の子女を入学させている。競争力があって、偏見のない子供を育てるには、ブルジョワ層の子供と育つのもいいのだ。
そんなわけでアガサはくだらないギャグを挟みつつ、王立ティアマト学園の様子を探ったわけである。流石に抜け目のない生徒だ。
「素敵な体育祭になるといいですわね。大いに盛り上がっていきましょう。ただし、ふたつだけ条件があります」
「と、いいますと?」
アガサがにっこり笑って告げるのにジョン王太子が尋ねる。
「ひとつ。そちらのブックメーカーにこちらの生徒を一時的に参加させてください。今後の勉強のために是非ともブックメーカーの運営方法を教わっておきたいのです」
「いいよ。その代わり無給だよ?」
「構いません」
ブックメーカーが儲かると分かった以上、それを学ぶ機会を逃すことはない。
アガサは生徒会から人を出し、クラリッサのブックメーカーの運営方法を盗み取ろうと考えていた。クラリッサもそれは理解しているが、こういうのは多少なりとライバルがいた方が、繁盛するものだということも理解している。
「それから、クラリッサ・リベラトーレさん」
「はい」
「模擬魔術戦で私と勝負してください」
アガサは真剣な表情でそう告げた。
「大会のリベンジ?」
「その通り! 私はまだ納得していないのです。あなたの『白鳥』も素晴らしいものでしたが、私の『氷の花畑』も素晴らしいものだったはずです。実際に点数は1点差でした。それが私の創作意欲に火をつけたのです。氷像で火がついた面白いですよね」
「……そうだね」
隙あらばつまらないギャグを挟み込んでくるアガサ。
「何はともあれ、私もあれからいろいろ考えました。今度こそあなたに勝ちたいのです、クラリッサさん! 私と勝負するなら合同体育祭を受け付けます!」
アガサは立ち上がってびしっとクラリッサを指さした。
「よろしい。受けて立つ」
「そうでなくっては! これは絶対に盛り上がりますよ! 賭けにしてくださいね!」
クラリッサも立ち上がるのにアガサが満面の笑みを浮かべた。
「それでは今後も開催まで定期的にやり取りして、詰めていきましょう。こちらの体育委員会もそちらと話し合うことがあるでしょうし。楽しい体育祭にしましょうね! 退屈な体育祭はなしで! 今のは退屈と体育をかけたギャグですよ」
「……そうですね」
というわけで聖ルシファー学園の生徒会長アガサ・アットウェルからは快諾が得られた。今後は調整を重ねていくだけだ。
「いい感じの人だったね、クラリッサ嬢」
「うん。なかなか分かっている人だ」
クラリッサたちはアガサに感心しつつ、王立ティアマト学園への帰路についた。
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