娘はビッグゲームを開催したい
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──娘はビッグゲームを開催したい
「会長。デカい勝負をしよう」
「唐突すぎて意味が分からないよ、クラリッサ嬢」
魔術大会も終わり、体育祭が近づいてきた10月上旬。
クラリッサは生徒会室で何やら言い出した。
「デカい勝負はデカい勝負だよ。体育祭で賭けるのもいいけれど、体育祭の規模が小さくて、盛り上がりに欠けるんだよね。ここはもっといろいろと取り入れて、手に汗握る大勝負がしたいと思うんだ。どう思う?」
「どう思う、と言われても……。具体的な計画があるわけではないのかね?」
「ないよ?」
「ないよ、じゃないよ!」
クラリッサは唐突に思いついて提案しただけである。
「そうだ。初等部と高等部とで合同で開こう」
「いや。しかし、それでは競技の時間が長引いてしまうよ?」
「2日間開催というのは?」
「無理だね」
2日も体育祭をやるとか初挑戦すぎる。
「保護者や教師、それからゲスト参加者にも参加してもらうというのは?」
「保護者や教師というのは分かるが、ゲスト参加者というのは?」
「実際の陸上の選手とかを呼ぶの」
「予算が足りないよ……」
クラリッサ。学園の予算は無尽蔵にあるわけじゃないんだ。
「ビッグゲームになるなら、ブックメーカーがスポンサーになって、選手を引っ張ってくるよ。王立ティアマト学園の名前を出せば、みんな頷いてくれるはず」
「どうだろうか。実際に打診してみないことには」
クラリッサが自信満々に告げるのにジョン王太子が唸った。
「クラリッサちゃーん。体育祭でよそから人呼んだら、それもう体育祭と違うよ」
「盛り上がればなんだっていいんだよ」
ウィレミナが横から告げるのに、クラリッサが言い切った。
「確かに盛り上がると楽しいですわね。クラリッサさんたちがブックメーカーを始められてから、優勝賞金が出るようになり、皆さん頑張っていますわ。楽しいということは自己のより一層の努力に繋がるわけですわね」
フィオナはそんな呑気なことを告げている。
「そうだよ、そうだよ。楽しいことはいいことだ。……一層の努力か」
そこでクラリッサが何かを思いついた。
「会長。聖ルシファー学園と合同で体育祭をしよう」
「また唐突だね!」
クラリッサが突然言い出すのにジョン王太子が叫んだ。
「物事はいつだって唐突さ。今回の体育祭は王立ティアマト学園VS聖ルシファー学園。これは間違いなく盛り上がるよ。賭け金も盛り上がって、私たちはうはうは」
「君のところのブックメーカーが儲けたいだけじゃないだろうね?」
「違うよ。学園同士で対抗することでより自己をより高みへと導くんだよ」
ウハウハと言っている時点で説得力がないぞ。
「しかし、聖ルシファー学園側の都合も聞いてみないことには」
「じゃあ、任せた」
「任せた、ではないよ。言い出しっぺが逃げるのではない。君も手伝うんだ」
面倒なことはとりあえずジョン王太子へ! がクラリッサのスローガンである。
「まずは学園長と話し合って、それから聖ルシファー学園と打ち合わせをして、体育委員会に連絡をして……」
「私はブックメーカーの仕事があるので失礼するよ」
「逃がさないよ?」
クラリッサの肩はジョン王太子に掴まれている。
「君も副会長として働きたまえ。まずは学園長に話を提案するところからだ。計画書を準備して、説明できるようにするのだよ」
「それは会計の仕事だと思う」
そう告げてクラリッサはウィレミナを見た。
「おいおい。人に仕事を押し付けないでくれよ。会計は帳簿整理するぐらいだよ。計画書なんて作れないぜ」
「適当でいいんだよ、適当で」
「適当じゃダメでしょ」
クラリッサがいい加減なことを言うのに、ウィレミナが突っ込んだ。
「そもそも計画書って何?」
「具体的にどのような競技を行うかとか、予算はどこから捻出するかとか、そういうものを作っておくんだよ。少なくともそれで学園長が説得できる程度には、資料を準備しておかなければならないよ」
「面倒くさい……」
「君が言い出したことだよ?」
クラリッサはおいしいところだけ持っていきたいのである。
「じゃあ、その計画書を作ろう。まずは何から?」
「まずは執り行う競技だね。聖ルシファー学園と合同で開催するなら、どのような競技が適切かを考えなければならない。何せ、合同ということは実質2倍の選手が出場することになるのだから。ある程度、人数が捌ける競技でなくては」
「それならリレーの選手を──」
「それでは会場が狭いのでは──」
「グレイシティ・スタジアムを使って──」
あれだけ面倒くさがりながらも、クラリッサはいざ計画書に取り掛かると熱心にジョン王太子と意見を戦わせた。なんだかんだでクラリッサも体育祭を盛り上げたいのだ。
賭ける人間が多ければ多いほど儲かるからね!
「お茶を入れたです。一服してください」
「ありがとう、クリスティン嬢」
庶務のクリスティンは計画に口ははさめないのでお茶などを入れて支援。
「ふむ。案外行けるかもしれないな。ただし、聖ルシファー学園の同意が得られればだが。正直、向こうの学園とはあまり交流の機会がないから困るね」
「勝負に出て来なければチキン呼ばわりしてやるって挑発すればいいんだよ」
「……問題になりそうなことは慎もうね」
クラリッサの辞書に話し合いという単語は載っているのだろうか。
「そういえば、君は聖ルシファー学園と接点があったね?」
「……?」
「魔術大会だよ。あそこで聖ルシファー学園と争っただろう?」
「そうだった」
クラリッサたちは優勝を巡って聖ルシファー学園と競い合ったのだ。
「でも、知り合いはいないよ。大会でちょっとあっただけだから」
「まあ、君のことだから下手に接点があるよりその方がいいか」
「おい。何が言いたいのかはっきり言ってもらおうか」
クラリッサが絡むと喧嘩になりかねないということを理解しているジョン王太子だ。
「とりあえず、計画書を学園長に提出して、学園長に是非を決めてもらおう。君も一緒に説明しに行くのだよ?」
「どうしても?」
「どうしても」
計画書は作ったけれど説明は面倒くさいクラリッサである。
「仕方ない……。私の1秒500ドゥカートの時間を使って説明しよう」
「……君はひとりでどんな経済圏を構築しているのかな?」
というわけで、クラリッサたちは学園長に説明しに向かった。
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「聖ルシファー学園と合同で体育祭を?」
最初に話を聞かされた学園長は渋い表情を浮かべた。
「そうです。生徒たちに他校の生徒たちとの競争心を芽吹かせ、生徒たちがより一層自分に磨きをかけるために聖ルシファー学園と合同で体育祭を行いたいと思うのです。具体的な資料はこちらに。どうでしょうか?」
ジョン王太子がそう告げてクラリッサと作った計画書を差し出すのに、クラリッサの方はまるで自分が全てやったというように頷いていた。
「しかし、この王立ティアマト学園は次代のアルビオン王国を担う人材を育成する高貴な学園です。学生のほとんども貴族の子女です。それを金だけ持った平民たちと交わらせるなど、危険ではないでしょうか?」
学園長がそう告げるのにジョン王太子がそっとクラリッサの方を見た。
その成金の平民の子女がここにいるのですが。それも副会長として。
「寄付金、減るかもしれないね」
「い、いや、問題ありませんな! その点は問題ありませんな!」
クラリッサがぼそっと告げるのに学園長が慌てふためいた。
「し、しかし、グレイシティ・スタジアムを貸切るというのは予算はどこから?」
「スポンサーであるブックメーカーが補助するよ。大事な大会だからね」
クラリッサは大会にかかる費用より、戻ってくるお金の方が多いと踏んだぞ。
それもそうだろう。今度はふたつの学園が衝突するのだ。ふたつの学園の面子をかけた激しい勝負が行われる。盛り上がるのは間違いない。
それに加えて、王立ティアマト学園のみならず、聖ルシファー学園でも賭けが行われれば、単純計算で2倍のお金がブックメーカーに流れ込んでくるのである。王立ティアマト学園のみの体育祭で500万ドゥカート近く儲けたのだから、その2倍となると……。
とにかく儲かることは間違いない。なんとしてもこの大会を実行したいところだ。
「それでは聖ルシファー学園の承諾を得られるかどうかですな。向こうの学園とはあまり交流がありませんので、そういった面で同意が得られるかどうか」
学園長はそう告げて計画書を眺めた。
計画書には具体的な聖ルシファー学園との交渉事案は記載されていない。交渉はこれから頑張るというところだ。
予算の分担や大会運営の主催など、交渉しなければいけないことは多々ある。
「学園長の方から向こうの学園に呼び掛けてはくださいませんか?」
「そういうことでしたら。ですが、向こうの学園とは正直、あまり良好な関係とは言えません。向こうはこちらの学園を落ちぶれているなどと思っているようですからな」
ジョン王太子が告げるのに学園長が憤然として返した。
王立ティアマト学園は聖ルシファー学園のことを成金のしょうもない学園だと思っているし、聖ルシファー学園は王立ティアマト学園のことを貴族のボンボンたちが集まったひ弱な連中の学園だと思っている。
あまり仲は良くない。
実際、最近は王立ティアマト学園の部活動が大会に出場することがめっきり減り、聖ルシファー学園が主役に躍り出ていたので、聖ルシファー学園は王立ティアマト学園のことを嘲った視線で見ている。
「それでは今回の体育祭で交流が深まり、切磋琢磨する関係になるといいですね」
「嫌悪し合う関係がいいと思う。両学園の過激なファンが校舎に放火したりとか」
「クラリッサ嬢?」
アルビオン王国はサッカー大会になると暴れる人間が出るのだ。
「ま、まあ、王太子殿下とクラリッサさんが一生懸命考えられたことですので無下にはしませんよ。向こうの学園に問い合わせてみましょう。ですが、具体的な話は両校の生徒会同士で、となるでしょうが、その点は大丈夫ですかな?」
「問題なし」
学園長が尋ねるのにクラリッサがサムズアップして返した。
「それでは手紙を出しておきます。向こうから連絡がありましたら、お知らせしましょう。いい大会になるといいですね、殿下」
「はい、学園長」
というわけで、向こうの生徒会と話し合うための準備は進んだ。
だが、クラリッサには別に進めなければいけないことがあるのだ。
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「は? 聖ルシファー学園と合同で体育祭をやる?」
そう告げるのはフェリクスだ。
彼にとってもクラリッサの計画は初耳であった。
「そ。上手くいけば2倍の儲けが期待できるよ」
「いや。そもそも向こうの連中は賭けとかやるのか? 向こうの連中は賭けないんじゃないか? こんなことやってるのうちの学園だけだと思うぞ」
フェリクスの疑念ももっともである。
学園がブックメーカーを認め、それで公式の賭けをやっているなど王立ティアマト学園ぐらいのものである。他の学校はそんな非常識なことは認めていないのだ。
「だから、まずは周知活動をしなければいけないね。大会公式のブックメーカーは私が手を回してうちのブックメーカーにするから、後は聖ルシファー学園の生徒にギャンブルの楽しさとやり方を教えないと」
「ふうむ。どうやるんだ?」
「そこで君の出番だ、フェリクス」
フェリクスが尋ねるのにクラリッサがフェリクスの肩を叩く。
「ちょっと聖ルシファー学園の生徒たちと話して、この広告を出回らせて」
「広告ねえ……。とはいえ、俺は向こうに知り合いなんていないぞ」
「いるでしょ。ほら、一緒に税関を襲撃したときに」
フェリクスがそう告げるのに、クラリッサがそう返した。
「……嫌だぞ。俺はもう二度と女装なんてしないからな」
「そういわないで、お姉さま?」
聖ルシファー学園の生徒たちにはフェリクスは女子生徒と認知されているのだ。
「2倍の儲けだよ、2倍の儲け。私も一緒に行くし、いいでしょ?」
「はあ。今回だけだぞ?」
「オッケー」
フェリクスがため息混じりに告げるのに、クラリッサがサムズアップして返した。
さて、クラリッサとフェリクスの企みは上手くいくだろうか?
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