娘はインタビューを受けたい
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──娘はインタビューを受けたい
魔術大会は見事にクラリッサたち王立ティアマト学園の優勝に終わった。
ウィレミナとクラリッサは膨大な賭け金を受け取り、海外旅行のめどがついた。
「どこに行こうか?」
「冬休みの旅行だし、暖かい場所がいいね。ヒスパニア共和国とかどう?」
「悪くないね」
ヒスパニア共和国は冬でも暖かな気候が保たれていることで知られている。
「ヒスパニア共和国と言ったら魚介類の料理を味わわないとね」
「他に見るものと言ったらなにかな?」
「旧石器時代の壁画とかあるらしいよ」
「農民は虐殺されているかな?」
クラリッサとウィレミナは冬の旅行を楽しみにして、会話を弾ませている。
「クラリッサちゃーん!」
「ん。どしたの、サンドラ?」
「取材だよ! 取材が来た!」
クラリッサが首を傾げるのに、サンドラがそう告げて返した。
「……私は闇カジノとは無関係だよ。アルビオン王国の法律に触れることは何もしていないよ。追及されてもそれは変わらないからね」
「クラリッサちゃん?」
ふるふると首を横に振るクラリッサをサンドラがジト目で見た。
「全く、もう。そういうことじゃなくて、この間の魔術大会の件だよ。クラリッサちゃん、大活躍だったでしょう。だから、先輩と一緒にインタビューを受けてくれって」
「……? その件ならもう記事になってなかった? この間、掲示板で見たよ」
「なんと、今回インタビューに来たのはロンディニウム・タイムスです! 新聞部じゃないんだよ! 本物の新聞だよ!」
「おおー」
ロンディニウム・タイムスはアルビオン王国でも一流の新聞だ。
その記事の質は高く、上流階級は好んでそれを読む。いわゆる、ゴシップ的な新聞誌とは大きく違うのである。扱うのは国際政治から経済、文化芸術まで多岐にわたる。
そのロンディニウム・タイムスがクラリッサの取材に来たというのだ!
「ふうむ。私も上流階級の仲間入りか。これからはフィオナみたいに喋った方がいいかな。どう思いますの、サンドラさん?」
「……クラリッサちゃん。この学園に通っている時点で上流階級だよ?」
忘れてはならない。王立ティアマト学園はアルビオン王国屈指の貴族学校なのだ。
「でも、インタビューにはフィオナみたいに喋って応じた方がいいよね?」
「普通でいいと思うよ。というか、クラリッサちゃん、本当にフィオナさんみたいに上品に喋り続けられる?」
「……そうですわね。難しいと思いますですわ」
「ほら。早速滅茶苦茶になっている」
クラリッサは上品な言葉遣いができないのだ。残念!
「ダレル先輩もいつも通りに応じるって言ったし、クラリッサちゃんもいつも通りでいいよ。記事にするときは新聞社の人たちがちゃんと編集してくれるだろうし」
「じゃあ、いつも通りにでいくぜ、ベイビー」
「それいつも通りなの?」
どう見てもノリが変わっている。
「いいなー。陸上部も優勝したら新聞社の取材、来るかな?」
「来たことないの?」
「ないよ。ロンディニウム・タイムスの取材なんて来たことない」
ウィレミナが羨ましそうに告げる。
「部活動の試合をわざわざロンディニウム・タイムスが取り上げるなんて凄いことなんだよ。何せ、上流階級の新聞だからね。文化芸術欄に乗ると思うけど、これって凄く名誉なことなんだよ。並大抵のことではロンディニウム・タイムスは記事にしないから」
「なるほど。では、びっくりするような発言をしよう」
「普通にね? 普通だよ?」
「記事として価値のある発言した方がよくない?」
クラリッサは何を言い出すつもりなのか分からないぞ。
「なんだかクラリッサちゃんにはインタビューを受けさせないほうがいい気がしてきたよ……。問題は起こさないでね? 全国記事だからね?」
「任せろ」
サンドラが心配そうに告げるのにクラリッサがサムズアップして返した。
「じゃあ、インタビューの練習したら?」
「それ、いいね。クラリッサちゃん。練習しておこう?」
ウィレミナが告げるのにサンドラが手を叩いた。
「えー。クラリッサ・リベラトーレさん。この間の大会優勝おめでとうございます。大会ではどのような意気込みで応じましたか?」
「お金が欲しくて」
「……クラリッサちゃん。真面目にやって」
「真面目だよ」
クラリッサはウィレミナとの旅行代を稼ぐために出場していたのだ。
「もー。そこは『王立ティアマト学園魔術部の再興を思って』とか『自分のより良い成長を目指して』とかいう場面だよ」
「そんな心にもないことを?」
「建前は重要なの!」
クラリッサが渋い顔をするのにサンドラがそう告げた。
「分かったよ。そんな感じで答える」
「どんな感じ?」
「全く心にもないことを詐欺師のように告げる」
「……クラリッサちゃんの取材は断ろう」
「おい」
サンドラがとうとう諦め始めた。
「クラリッサちゃん、建前だよ、建前。闇カジノも建前ではないことになってるでしょ? それと同じようにしておけばいいんだよ」
「闇カジノは建前でも何でもなく存在しないよ?」
「そうそう。そんな感じで」
見かねたウィレミナが助け船を出す。
「では、クラリッサ・リベラトーレさん。大会での意気込みはどうでしたか?」
「はい。王立ティアマト学園の名誉のために戦いました。名誉か死かです」
「……クラリッサちゃん。本当に真面目にやろ?」
「何が問題だったのか分からないんだけど……」
クラリッサは首を傾げた。
果たして、このボケボケのクラリッサはちゃんとインタビューを受けられるのだろうか。今度の朝刊の記事に乗るのがどんなものなのか戦々恐々である。
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「この度は優勝おめでとうございます」
王立ティアマト学園の応接室でダレルとクラリッサが、ロンディニウム・タイムスの記者の取材に応じることになった。
「9年ぶりの出場となりましたが、見事に優勝です。大会新記録も更新されたとのことで、驚きが走っています。部長であるダレル氏は普段から部員の指導を?」
「ええ! 普段から熱心に部員を指導しています! ここ最近は部活動に興味を持たない生徒が増えてきた中、せっかく入部してくれた部員たちですから、もう家族も同然ですよ。一緒に魔導書を読み解き、魔法陣の研究をしています」
ロンディニウム・タイムスの記者が尋ねるのにダレルが膝を打ってそう告げた。
「この度の大会優勝の秘訣もそこに?」
「あ。い、いや、実をいうと大会出場が決まってから、特訓を行いまして。ここにいるクラリッサ君が生徒会役員で彼女の力を借りて、部の予算を増やしてもらい、指導陣も充実させてもらいました。うちの学園の魔術教師は全員が優秀な方たちですから」
「なるほど。大会のために努力されたのですね」
「ええ。とても厳しい訓練でした……」
ダレルの脳裏にはちびっこ魔術教師の姿が映っているぞ。
「クラリッサ・リベラトーレさんは大会新記録を更新し、あの美しい氷の芸術を生み出された優勝の功労者ですが、彼女もダレル氏が指導を?」
「いえいえ。彼女は生まれ持っての素質があるんです。天才と言うべきものですね」
記者が尋ね、ダレルが答えるのに、クラリッサがどやっとした顔をした。
「クラリッサ・リベラトーレさんはやはり学園で魔術を学ばれたことで才能が開花したというところでしょうか?」
ここでクラリッサに質問が飛んできた。
「魔術はママから教わった。ママが教科書をいっぱい残してくれたから」
「つまり、クラリッサさんの魔術は母親譲りだと?」
「そうこと。学園でも学んだことはいろいろあるけれど、ママから教わったことの方が多いよ。ママはとても強い魔術師だったから」
記者の質問にクラリッサが答える。
「では、母親の方は東部戦線に?」
「いたよ。それで帰ってきた」
「なるほど。とても素晴らしい愛国者ですね」
記者はこれはいい記事になると思ったが、実際のディーナは東部戦線から無許可離脱し、マフィアと抗争を繰り広げた問題アークウィザードだぞ。
「では、質問は変わりますが、それぞれの大会への意気込みはどのようなものでしたか? 9年ぶりの出場ということもあって、気合が入っていらしゃったのでは?」
記者がクラリッサたちにそう質問する。
「私にとっては中等部最後の大会となるので、気合は十二分に入れていきました。高等部に入っても同じように魔術部に入るつもりですが、やはりこの一瞬に精魂込めて頑張ろうという気持ちでいっぱいでした。その気持ちが実って嬉しい限りです」
ダレルが満ち足りた様子でそう告げる。
「クラリッサさんは?」
「……気合を入れていた。とても。私、大会初めて。緊張した。でも、頑張った」
「……緊張されていますか?」
「別に」
クラリッサはあまりにも心にないことを言ったためにカタコトになった。
仕方ないね!
「では、聖ルシファー学園がライバルとなりましたが、そちらへの言葉などは?」
「まあ、頑張ったと思うよ。けど、まだまだだったね。集団戦の花火は確かに向こうが上だったけど、他の分野ではこっちが圧倒していたよ」
超上から目線でクラリッサがそう告げる。
「聖ルシファー学園は手ごわい相手でした。あの花火や氷の花畑を見たときには『これは負けた』と思ったものです。ですが、我々の方も努力しただけの結果を出せました」
そして、フォローするようにダレルが告げる。
「そうですか。では、クラリッサさんに質問ですが、あの会場をあっと言わせた白鳥の氷像にタイトルなどはありますか?」
「……『白鳥』」
「シンプルですね」
「白鳥は白鳥だよ。カラスじゃない」
タイトルなんて考えてなかったのだ。
「では、ダレル氏は高等部でも大会出場を目指されますか? 王立ティアマト学園高等部の魔術部も大会に出なくなって久しいですが」
「そこを変えていきたいですね。また大会に出て、生徒たちの関心を引ければと思います。この大会で優勝したことで学園内での魔術部の存在感は示せたと思いますので」
今の所、魔術部に新入部員が殺到したとかそういう話はない。
だが、こうして一流新聞にも取り上げられるようになれば、興味を持つ生徒たちも増えることだろう。今後の新入部員には期待していいはずだ。
部員が増え、予算も増えるならば、魔術部はかつての栄光を取り戻すだろう。
大会優勝はいい影響を与える。それは間違いない。
「クラリッサさんも中等部3年では再び大会出場を?」
「……? 別に目指さないよ?」
クラリッサがそう告げるのに場が固まった。
「いや、しかし、大会でこれだけの成績を残したのですから、来年も……」
「目指さないよ? 今回は頼まれて出場しただけだし」
「え?」
そこで記者の視線がダレルに向けられる。
「か、彼女は臨時の助っ人選手でして……。ですが、彼女ほどの才能を埋もれさせているのはもったいないと出場してもらいました! いいでしょう! 大会の規約には正式な部員しか出場してはならないとはないんですから!」
ダレルがちょっと切れ気味にそう告げる。
「そ、そうですね。問題はないですね。はい」
ダレルの剣幕に記者がコクコクと頷く。
「しかし、これだけの成績を出されたのですから正式に魔術部の部員になられては?」
「テニス部が面白そうで迷ってる」
「そうですか」
こうしてロンディニウム・タイムスの取材は終わった。
記事にはほぼダレルの発言だけが乗せられ、クラリッサの発言は最小限だった。
「解せぬ」
クラリッサは朝刊を眺めてそう告げたのだった。
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