娘は大会で優勝したい
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──娘は大会で優勝したい
「準備はいい、サンドラ?」
「コンディションはばっちり!」
魔術大会当日。
大会が開かれるのはグレイシティ・スタジアム。
ロンディニウム最大の競技場で数多のスポーツの試合などが行われてきた。クラリッサはこれまで観客席側だったが、今回は出場者側だ。
クラリッサたちは更衣室で王立ティアマト学園のユニフォームに着替え、いざ大会出場行進に加わることになった。
「サンドラちゃーん! クラリッサちゃーん! 頑張れー!」
応援にはウィレミナたちが来てくれた。
フィオナとヘザーは『頑張れ、王立ティアマト学園!』と書かれた横断幕を手にしている。クラリッサたちが大会に出場すると聞いて、準備されたものである。
「選手宣誓!」
それから学園ごとに一列に並び、代表者が選手宣誓を行う。
「それでは第56回アルビオン王国魔術大会の始まりです!」
大会組織委員長がそう宣言し、花火が打ち上げられる。
「王立ティアマト学園? あの弱っちい連中が出場してるのか?」
「貴族様のコネだろ。どうせみじめに敗退するさ」
クラリッサたちが選手控室に向かおうとしたとき、そんな声が聞こえた。
「む。聖ルシファー学園か。あれは強豪校だぞ。大会優勝候補だ」
ダレルはその声の主たちを確認してそう告げる。
「喧嘩売ってるから買ってきていいよね?」
「場外乱闘は禁止だよ、クラリッサ君。正々堂々、大会の成績で打ち負かせばいい」
クラリッサが拳を鳴らしながら告げるのにダレルがそう告げた。
「おーお。雑魚がいきがってるぞ。どうせ大した成績が残せるわけでもおるまいし」
「参加賞ぐらいはお土産に持って帰るといいさ」
聖ルシファー学園の生徒たちはクスクスとそう笑った。
「やっぱりむかつく。腹パンしてくる」
「やめたまえよ、クラリッサ君! せっかく大会に出場できたのに、そんなことをしては失格になってしまうよ!」
「大丈夫。大会組織委員を買収して揉み消すから」
「君は本当にアウトローだね!」
段々クラリッサのことが分かってきたダレルである。
「そんなことをしなくても、私たちが勝てばいいんだよ。そうしたら悔しさに地団駄を踏むのは向こう。散々悔しがらせてあげようよ」
「分かった。向こうの度肝を抜いてやろう」
サンドラの言葉にクラリッサが頷く。
「最初は集団戦戦闘部門から。任せたよ、クラリッサ君、サンドラ君、ルーシー君」
「任されました!」
プログラムの最初は集団戦戦闘部門からだった。
「サクッと片付けていくよ」
「おー!」
だが、まずは聖ルシファー学園を始めとする他の学校の戦闘を見なければならない。
「聖ルシファー学園より素早く倒せれば、大会優勝の見込みはある」
ダレルはそう告げて双眼鏡で聖ルシファー学園の様子を眺める。
聖ルシファー学園の生徒たちは8体のゴーレムに対して一斉に攻撃を仕掛ける。
最初のひとりが爆炎を放ち、ゴーレムたちを一気になぎ倒し、他の2名が起き上がりそうなゴーレムの脚部に的確に攻撃を叩き込む。ゴーレムたちは瞬く間に戦闘不能となり、戦闘は2分程度で決着した。
「聖ルシファー学園! 2分14秒!」
「わわわ。3分程度なら優勝できるって先生言っていたのに相手は2分だよ」
審判が宣告するのに、サンドラが慌てふためく。
「大丈夫。私たちは1分で仕留めるよ」
「そ、そんなことできるの?」
「できるかできないかじゃなくて、やるんだよ」
無茶苦茶いうクラリッサである。
「さあ、次は私たちの番だ。頑張っていこう」
「やれるかなあ……」
そして、クラリッサたち王立ティアマト学園チームの番が回ってきた。
「選手、位置について!」
「クラリッサちゃん。やるよ!」
審判が告げ、サンドラたちが掛け声を上げる。
「任せろ。私が最初に打撃を叩き込むから、サンドラたちはすかさず第二撃を」
「了解!」
クラリッサが作戦を告げるのに、サンドラとルーシーが頷く。
「それでは始め!」
ゴーレムたち8体が現れ、クラリッサたちに迫ってきた。
「いくよ」
クラリッサは片手を素早くかざすと、空から炎を帯びた鋼鉄の槍が降り注いだ。
炎を帯びた鋼鉄の槍はゴーレムたちを次々に串刺しにすると同時に、膨大な熱を放ち、爆散した。ゴーレムたちは一気に6体が行動不能になり、残り2体も傷を負った。
「サンドラ、ルーシー!」
「おりゃー!」
サンドラとルーシーがすかさず火球と鋼鉄の槍で攻撃する。
ルーシーの放った火球は的確にゴーレムの脚部を焼き、ゴーレムを走行不能に追い込む。サンドラの放った鋼鉄の槍もゴーレムの脚部を貫き、走行不能にした。これで8体のゴーレム全てが破壊されることになった。
「王立ティアマト学園! 2分10秒!」
「やった!」
ライバルの聖ルシファー学園より4秒早い!
「むう。思ったより差がつかなかったな」
「でも、勝ってるよ! 私たちがこんな成績出すの初めてだよ!」
クラリッサが納得いかないように顎を摩るのに、サンドラが嬉しそうにそう告げた。
「まあ、そうだね。一先ずは良しとしよう」
クラリッサはそう告げて聖ルシファー学園チームの方を見る。
彼らは睨むような視線をクラリッサたちに向けていた。弱小校がまさか自分たちを上回る成績を出すなどとは思ってもみなかったようだ。
「へっ」
クラリッサは彼らに軽薄な笑みを向けると、堂々と選手控室に戻っていった。
「あの野郎っ!」
「弱小校のくせに!」
だが、それが聖ルシファー学園の生徒たちに火をつけた。
そして、大会は続く。
次のプログラムは集団戦芸術部門。
「張り切っていこう、諸君!」
「おう」
部長のダレルが告げるのに、クラリッサたちが頷いた。
「クラリッサちゃんは張り切りすぎないでね。魔力量を加減するんだよ?」
「みんなが全力出せば大丈夫」
「クラリッサちゃん?」
クラリッサに加減というものができるのかどうかにかかっている。
「聖ルシファー学園の演技が始まるぞ」
さて、それより先に優勝を巡って争っている聖ルシファー学園の演技を見学。
3名の生徒が一列に並び、魔法陣を描く。
そして、花火が打ち上げられた。
火球が渦を描きながら上空に伸びていき、上空で爆ぜた。色とりどりの炎が上空で花開き、スタジアムを照らし出した。
観客席からは歓声が上がり、拍手が響き渡る。
「う、うわ……。これは不味い……」
「ちょっと高度すぎる」
ダレルが呻き、クラリッサも唸る。
「得点48点!」
審査は5人の審査員が行い、最高得点は50点である。
もはや、聖ルシファー学園は最高点に近い点を出した。これに対抗するのは難しい。
それにあの炎が打ち上げられていく様子。ひとつの火球を中心にくるくると螺旋を描きながら、上空に炎が打ち上げられるのは、壮麗というよりほかない。クラリッサたちはただただ炎を揃って打ち上げることだけで苦戦していたというのに。
「やばくない?」
「やばいね」
どうにも集団戦芸術部門では勝ち目がなさそうだ。
「と、とにかく、得点を落とさないようにしよう。それだけだ。うん。それだけ」
「先輩が滅茶苦茶弱気になっている……」
ダレルはもうダメだ。
「勝ちに行くつもりじゃないといい結果は出せないよ。最初から弱気じゃ、相手に劣るものしか作り出せない。及第点が欲しければ満点を目指さないと」
「クラリッサちゃんはいつもテストの時そんな感じなの」
「テストと今の状況は関係ない」
クラリッサはいつもテストは赤点取らないことだけを考えているぞ。
「とにかく、弱気になっちゃダメ。全力で挑まないと負けるのが確実になるだけだよ」
「そうだな! ここは実は下に着ているペンタゴン君シャツをあらわにし、気合を入れていこうではないか!」
「ダメ」
「どうしてもダメかな?」
「ダメ」
ペンタゴン君シャツをあらわにするだけでマイナス補正がかかる。
「気合入れていこう。全力で勝負」
「おー!」
クラリッサがそう告げサンドラとダレルが気合を入れる。
「……待てよ。普通、こういうのは部長である私がやるべきだったのでは?」
「いいから行くよ」
そろそろ試合の時間だ。
「続いて王立ティアマト学園の演技です。先ほどの聖ルシファー学園の演技は素晴らしいものでしたが、彼らはそれに対抗できるでしょうか。大会出場は実に9年ぶりとなる王立ティアマト学園の演技に注目が集まっています」
アナウンスが流れ、クラリッサたちに緊張が走る。
ここで勝たないにしても、大負けしないようにしないと大会優勝は聖ルシファー学園に持っていかれてしまう。そうするとウィレミナとの海外旅行計画はおじゃんとなってしまうのである。何としても勝たなければ。
「それでは始め!」
審判の合図が響き、クラリッサたちが地面に魔法陣を刻む。
サンドラとダレルも緊張しているものの、魔法陣の書き方は忘れていない。ばっちり魔法陣は描かれ、後は魔力を流すだけになった。
そして、魔法陣に魔力が注ぎ込まれる。
次の瞬間、3つの火球が上空に向けて空高く伸びていき、色とりどりの炎を解き放った。青空の下に描かれた色はきっちり大きさも揃っており、美しかった。
聖ルシファー学園のような壮麗さはない。だが、それでも美しい。
「王立ティアマト学園、点数44点!」
だが、流石に聖ルシファー学園には勝てなかった。
それでも点数差は4点。まだ巻き返せる。
「ここから先は個人戦。クラリッサちゃん、任せたよ!」
「任された」
個人戦はクラリッサの出番だ。
「次は個人戦戦闘部門。クラリッサちゃん、魔力の余裕は?」
「私の魔力は底なしだ」
伊達に世界的なアークウィザードの娘ではないのだ。
「始まりました。聖ルシファー学園の個人戦戦闘部門です。聖ルシファー学園からは稀代の天才魔術師と呼ばれるブレント・バレットが出場しています。果たして記録更新はなるのでしょうか。これまでの大会記録では1分12秒が最短です」
アナウンスが流れ、聖ルシファー学園の生徒がゴーレム2体と対峙する。
「それでは始め!」
審判の号令が発され、聖ルシファー学園の生徒が動いた。
放たれたのは火球。青白い炎はゴーレムの脚部を焼き、爆散してゴーレムを吹き飛ばした。ゴーレムは脚部を完全に破壊され行動不能だ。
「聖ルシファー学園、1分14秒。大会記録更新ならず」
アナウンスがそう告げ、聖ルシファー学園の生徒は肩を落として退場した。
「それでは続いて王立ティアマト学園」
「行ってくる」
クラリッサは颯爽とスタジアムに姿を見せた。
「大会出場が9年ぶりとなる王立ティアマト学園ですが、これまで好成績を見せています。特にクラリッサ・リベラトーレ選手は無名ながら、とても素晴らしい魔術を披露してきました。果たして大会新記録を出せるでしょうか?」
アナウンスが流れ、ゴーレム2体が姿を見せた。
「それでは始め!」
クラリッサは審判の合図と同時に金属の槍2本を射出した。
金属の槍はとんでもない速度でゴーレムに突き刺さり、爆散するとゴーレムの残骸だけが残っていた。目にもとまらぬ早業に審判も観客たちも沈黙している。
「お、王立ティアマト学園、32秒。大会新記録更新です!」
「やったね」
アナウンスと歓声が遅れて響くのに、クラリッサがガッツポーズを決めた。
「畜生。あいつ、何者だよ」
「あんなの予選大会にいたか?」
面白くないのは聖ルシファー学園だ。
自分たちの優勝は間違いなしと思っていたのに、既に2部門で負けている。
平民が多い彼らだが、平民は平民でも裕福な彼らは内心で貴族を馬鹿にしていた。貴族のボンボンなんかに自分たちが負けたりするはずがないと確信していた。
だが、それが覆されている。ひとりの生徒によって。
「むかつくぜ。一発ぶん殴ってやりたい」
「どうせ貴族のボンボンだから荒事には慣れてないだろうしな」
おっと。あそこにいるのは銃撃戦すら経験したとんでもないワルだぞ。
「落ち着きなさい。そのような態度では聖ルシファー学園の名が廃ります」
「アットウェル先輩!」
そんな聖ルシファー学園の生徒たちに落ち着いた雰囲気の女子生徒が声をかけた。
「私が思いますに、王立ティアマト学園は戦闘面では優れていますが、美的センスでは我々が勝っているようです。次の勝負で大差をつけて見せましょう。聖ルシファー学園の美的センスを見せてあげます。このアガサ・アットウェルが、会場を『あっと』言わせてやりましょう」
アガサと名乗った生徒はそう告げてにこりと笑った。
「……そうですね」
「ちなみに今のはアットウェルとあっといわせるをかけたジョークです」
「……そうですね」
果たして彼女に美的センスはあるのだろうか。
「それでは個人戦芸術部門が始まります」
アナウンスが流れ、クラリッサたちがスタンバイする。
それぞれの学校が美しい光景を生み出す。
波打つ海岸の光景。壮麗な城。突撃する騎兵隊。
美しい氷の彫像を前に観客たちが歓声を上げる。審査員たちは厳密に審査し、得点を付けていく。どれだけ美しいものでも、少しのゆがみでもあれば減点になる。そして、氷の彫像が形作られていくまでの過程までもしっかりと審査される。厳しい。
なかなか高得点が出ないまま試合は続き、ついに聖ルシファー学園の出番となった。
「聖ルシファー学園。アガサ・アットウェル選手の登場です。聖ルシファー学園魔術部員でありながら、一般生徒として美術展にも作品を出展するという美的センスの持ち主です。ちょっとギャグが受けないのが最近の悩みな彼女の作品を見ましょう」
アナウンスがそう告げて、アガサが入場する。
「それでは始め!」
審判の合図が響き、アガサが地面に魔法陣を描く。
「花開け、氷の草原」
地面に氷の草原が広がり、そしてそこに氷の花が咲いていく。まるで春が訪れたかのように、辺り一面が氷の花で美しく覆われ、それは氷の春を映し出した。流石は美術展にも作品を出展している生徒なだけあって、美的センスが半端ではない。
「見よ、美しい花畑を。この花畑にあなたはくびったけ、なんちゃって」
会場が氷のように冷たくなった。
「……聖ルシファー学園、得点48点!」
そして、審査員たちが得点を出す。
ほぼ満点に近い得点が出た。2点の減点は別にギャグが寒かったからではない。
「やばいよ、クラリッサちゃん……。聖ルシファー学園って芸術部門強すぎるよ……」
「私の美的センスを信じろ」
「……虐殺される農民……虐殺される白鳥……」
「……信じろ」
心配しかない。
「続いて王立ティアマト学園。ここまで見事な活躍をしてきたクラリッサ・リベラトーレ選手です。個人戦戦闘部門では見事な戦いぶりを見せましたが、芸術部門ではどのような作品を見せてくれるのでしょうか。注目が集まります」
そして、堂々とクラリッサが姿を見せた。
「それでは始め!」
クラリッサは地面に魔法陣を描く。
そして、魔力を流し込んだ。
そして浮かび上がるのは水面。波打つ水面が広がり、そこから氷の白鳥が飛び立っていく。羽を広げた白鳥が氷の羽毛を散らしながら舞い上がり、どこまでも美しく、白鳥たちが水面から空に舞い上がっていく。
「王立ティアマト学園、得点49点!」
なんとクラリッサの美的センスが勝ったのである。
「今大会の優勝は王立ティアマト学園です!」
歓声が響き渡る。
「勝った! 勝ったよ、クラリッサちゃん!」
「やったね」
クラリッサたちは見事に優勝を果たした!
「王立ティアマト学園、大会出場9年ぶりにして、大会優勝です。今、トロフィー授与のセレモニーが行われます。見事な優勝を果たした王立ティアマト学園に拍手と歓声が浴びせられます。王立ティアマト学園、優勝です!」
ダレルが部を代表して優勝トロフィーを受け取り、大会は幕を閉じた。
ものの見事に勝利したクラリッサたちは莫大な賭け金を受け取り、こうしてウィレミナとの海外旅行の準備も整ったのだった。
よかったね、クラリッサ!
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面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!
そして、書籍化決定です!詳細はあらすじをご覧ください!




