娘はとにかく魔術を鍛えたい
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──娘はとにかく魔術を鍛えたい
「おはよ、ウィレミナ」
「おう。おはよ、クラリッサちゃん!」
いつものようにクラリッサが登校してくるのに陸上部の朝練が終わり、シャワーを浴びてすっきりしたウィレミナが挨拶を返した。
「おはようー……」
「お、おう。おはよ、サンドラちゃん」
そしてクラリッサに続いてサンドラが死人のような表情で教室に入ってくる。
「何かあったの?」
「魔術部の朝練があったの……」
そう告げてサンドラはだらんと机の上に伸びた。
「魔術部の朝練やってるの?」
「そ。大会まで残り23日しかないからね。時間を無駄にはできないよ」
大会までは残り23日に迫った。
それまでに予選大会ギリギリ通過だった魔術部員たちを大会優勝を目指せるほどの猛者にしなければならないのである。全ての時間は有効活用しなければ。
「だからって朝からあの先生の訓練はきついよー……。朝から魔力吸い出されて、へとへとになるのはつらいよー……。放課後も訓練あるんでしょう?」
「あるよ。当然じゃん。むしろ、放課後の訓練が本番だよ?」
「うええ……」
サンドラは軟体動物のようにぐにゃりとなった。
「優勝、いけそうなの?」
「いけないといけないんだよ。私たちの海外旅行がかかっているんだから」
クラリッサはこの賭けで大勝ちして、海外旅行の費用を稼ぐつもりなのだ。
「でも、サンドラちゃんたち、大変そうじゃない? 陸上部も朝練するけど、あそこまでへとへとにはならないよ。どういう朝練しているわけ?」
「んー。全力で魔力を引き出す訓練。私たちが初等部のときにやっていた授業の内容と同じ。だから、そんなに大したことじゃないよ」
「そっかー」
ウィレミナはそう告げてサンドラの様子を見た。
サンドラはぐんにゃりしている。
ウィレミナは魔術は非戦闘科目だったので知らないが、魔力を完全に出し切るというのは精神的に疲弊するのだ。朝から魔力全力で出し切ると精神的には3徹したような疲弊感に襲われるのである。これほどきついこともない。
「本当に大したことじゃないの?」
「大したことじゃないよ」
ジト目でクラリッサを見るウィレミナにクラリッサが軽くそう返した。
「大したことだよ……。これがこれから23日間続くだなんて地獄だ……」
「頑張れ。そうしないと大会で優勝できないぞ。大会優勝で先輩たちに思い出作って、新入部員をがっぽり稼ぐでしょ?」
「そうだけどさー……」
やらなければならないと思っても、きついものはきつい。
「さて。今日の放課後も頑張っていこう。大会優勝で大儲けだ」
「クラリッサちゃんはもー……」
どこまでも現金なクラリッサである。
果たして彼女たちは無事に大会で優勝できるのだろうか?
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訓練は続くよ、どこまでも。
「戦闘では魔力を全力で出すことも重要ですが、芸術部門においては魔力を精密にコントロールすることが求められます。そして、魔力を精密に制御するには、魔法陣が大きな役割を果たします。魔法陣については授業で習ったことを覚えていますね?」
「はい!」
朝練の担当はちびっこ魔術教師だが、放課後の担当は中等部の眼鏡魔術教師だ。
彼はくいっと眼鏡を上げると、魔導書を開いた。
「個人戦は氷の彫像作り。なるべく難易度の高いものを完成させれば、高得点です。皆さんの芸術的センスが問われるものでもあります。皆さんがもっとも美しいと感じるものはどのようなものですか?」
眼鏡魔術教師がそんな質問をする。
「農民が虐殺される様子」
「……本当に?」
「本当に」
ゲルマニア地方旅行はクラリッサの感性に大きな影響を与えた。良くも悪くも。
「やっぱり白鳥とかだよ。氷像を作るなら翼を広げた白鳥が難易度も高いし、見た目も綺麗だし、ちょうどいいよ」
「私は農民が虐殺される方が……」
「はい! 白鳥に決定!」
クラリッサが渋るのにサンドラが強引に決定した。
「横暴だ」
「農民が虐殺される氷像なんて作られたら大惨事だよ!」
確かに難易度は高いだろうが、審査員も点数を上げられない。
「作るのは私なのに……」
「だから、頑張って白鳥の氷像を作ろう?」
ぶーという顔をするクラリッサにサンドラがそう宥めた。
「それではまずは魔法陣で氷像を作る準備をしましょう。氷を生み出す魔法陣は知っていますね? まずは氷柱を生み出してみてください」
「任せろ」
クラリッサは地面に魔法陣を描くと、そこに魔力を流し込む。
魔法陣の先では氷柱がにょきにょきと伸び、一定の高さで止まった。
「よろしい。それでは魔法陣を改良して形を作っていきましょう。魔法陣に形を付け加えてください。やり方は授業でも教わりましたね?」
「おう」
クラリッサは魔法陣にいくつかの文様を加えると、そこに魔力を流し込む。
先ほどまでの氷柱は消え、新しい氷柱が出現する。
いや、氷柱ではない。
それは人間の形を構成していき、ダイナミックな光景を生み出す!
……農民が虐殺される光景を。
「クラリッサちゃん……」
「練習でぐらいいいでしょ?」
サンドラがため息をつくのにクラリッサがそう告げて返した。
「凄いには凄いのだけど……。やはり美的センスが致命的だね。ここはペンタゴン君をモチーフにしてひとつ作品を作ってみては──」
「いや。絶対いや」
「……分かったよ」
ダレルの美的センスも人のことを言えない。
「農民が虐殺されるのは絶対に本番でやっちゃだめだからね? ちゃんと白鳥を作るんだよ? 一回作ってみて?」
「任せろ」
クラリッサは魔法陣の文様を書き換える。
そして、そこに魔力が流し込まれていき、ダイナミックな光景を生み出す!
……白鳥が虐殺される光景を。
「クラリッサちゃん……」
「ちゃんと白鳥を作ったよ?」
「全部死んでるじゃん!」
白鳥は串刺しにされたり、クロスボウの矢を受けたりして死に絶えている。
「生きた白鳥だよ。生き生きした白鳥を作ってね」
「氷だから死んでるのも生き生きしているのも一緒だよ」
「見た目が全然違うよ!」
死んだ白鳥と生きている白鳥は見た目だけでも相当違うぞ。
「サンドラは注文が多すぎる。私がやるんだから私が決めていいじゃん」
「クラリッサちゃん。本当に大会で優勝する気ある?」
「あるよ?」
死んだ白鳥では優勝できないぞ。虐殺された白鳥でもだ。
「とにかく、優勝できるような壮麗な作品にしないと。死んだ白鳥ではダメだよ?」
「……仕方がない……」
クラリッサはなんとか妥協した。
「では、次は集団戦の花火だ。集団戦で必要とされるのは協調性だ。協調性がなければ、ひとりでどんな美しい花火を上げても意味がない。それぞれがそれぞれの役割分担を果たしてこそ、意味があるというものである」
眼鏡魔術教師がそう告げて集団戦に出場する魔術部員たちを見る。
「協調性だよ、クラリッサちゃん?」
「分かってるよ、サンドラ」
「……本当かなー……」
自信満々のクラリッサにサンドラがため息をついた。
「それではそれぞれ魔法陣を描いて」
眼鏡魔術教師が告げるのにダレルとサンドラ、そしてクラリッサが魔法陣を描く。
「それでは合図で魔力を流してください。3、2、1、今!」
眼鏡魔術教師の合図でクラリッサたちが魔法陣に魔力を流す。
火球が形成され、上空に打ち上げられる。
そして、それが見事な花火を形成し──。
……クラリッサの放った花火がダレルとサンドラの花火を消し飛ばした。
「……クラリッサちゃん?」
「ちょっと魔力を込めすぎた。でも、大きい方が盛り上がるよ」
「協調性は?」
「……みんなが私に合わせるのが協調性だ」
凄いこと言いだしたクラリッサである。
「それぞれの魔力量をきちんと調整しましょう。集団戦では集団戦ならではの美しさを見せなければなりません。こればかりは何度も練習するしかありません」
眼鏡魔術教師はため息混じりにそう告げた。
「そうだ。集団戦と見せかけて、私がみんなの魔法陣に魔力を注ぐというのは?」
「ずるはダメだよ、クラリッサちゃん」
あくどいことには知恵の回るクラリッサである。
「仕方ない。練習あるのみだ」
「23日しかないけどね」
残り23日で果たしてクラリッサは協調性を身に着けられるのだろうか。
「さて、残りは戦闘の訓練だ!」
そして、ここで声を上げるのがちびっこ魔術教師である。
「戦闘は一撃必殺あるのみだ! これから実戦に使用されるゴーレムを生み出し、それが破壊できるかどうかを確かめるっ! 臓腑の底から魔力を引き出し、敵に向けて必殺の魔術を叩き込め! 分かったな!」
「はいっ!」
クラリッサが個人戦で勝てるのは分かり切っているので、集団戦の訓練からだ。集団戦戦闘部門の出場者はサンドラ、クラリッサ、そして魔術部のおっとりした部員──ルーシー・リトルトンという名前──が参戦する。
「頑張りましょう、サンドラさん、クラリッサさん!」
「うん。頑張ろう」
見た目こそおっとりしているが戦闘科目選択で、その中でもバリバリの凄腕らしい。少なくとも中等部3年ではダレルに次ぐ才能の持ち主と言われている。
「私は泣いても笑っても中等部ではこれが最後の大会です。高等部でも魔術部に入るかもしれませんけれど、後悔がないようにしたいですね」
「任せろ」
ルーシーが告げるのに、クラリッサがサムズアップして返した。
「それでは始めるぞ! 位置につけ!」
ちびっこ魔術教師がそう告げて、クラリッサたちが位置につく。
「ふん」
ちびっこ魔術教師が杖を振ると、全身が金属で構成されたゴーレム8体が現れた。
「始め!」
そして、号令が下される。
「はあっ!」
ルーシーが先手を打ち、火球を放つ。
これまで魔力を全身から叩き出す訓練を受けてきた彼女の放った火球は青白く燃え、ゴーレムに衝突すると思いっきり爆ぜた。高熱と衝撃がゴーレムを襲い、ゴーレムの金属が溶け落ちる。そして、別のゴーレムも衝撃を受けてひるんだ。
「やるよ!」
続いてサンドラが間髪入れずに攻撃する。
サンドラが放つのは金属の槍。それがよろけたゴーレムを貫き、爆散するとゴーレムを八つ裂きにして鉄片をまき散らした。
ゴーレムたちはよろめきながらも、クラリッサたちに向かってくる。
ちなみに大会では安全のためのゴーレムと大会出場者との距離を一定に定めている。距離5メートル。それ以上、ゴーレムは接近しない。その距離までは射程を維持しなければならないということだ。
「私の番だ」
クラリッサは右手をかざすと暴風を吹き荒れさせた。鉄の刃の混じった暴風で、それがゴーレムたちをまとめて削り取っていく。ゴーレムたちはミキサーにかけられたようにぐちゃぐちゃになり、そのまま葬り去られた。
「5分29秒! まだまだ遅い! 大会出場者は3分でこれを撃破する!」
ちびっこ魔術教師がタイムを計ってそう叫ぶ。
「腹の底から魔力を出したか? 出し惜しみはしていないだろうな?」
「全力で出しました!」
「では、もっと全力で出せ! 気合を入れろ!」
もはや精神論である。
「いいですか。攻撃魔術に求められるのは威力もそうですが、狙いの精密性も重要です。大会ではゴーレムを完全に破壊するのではなく、歩行不可能にすれば破壊とみなされます。ですので、脚部などに攻撃を集中させてください」
別の魔術教師がそうアドバイスした。
「でも、派手さが足りなくない? 観客はダイナミックな破壊を見に来ているよ」
「古代のコロシアムじゃないんだから。これはタイムを競う試合です」
クラリッサがそんなことを告げるのにサンドラが突っ込んだ。
「もったいない。壮大な破壊は何事にも勝ると言うのに」
「その通りだ! 全力で魔力を込めて、全力で目標を叩き潰せ! 盛大にやれ!」
愚痴るクラリッサと問題を助長するちびっこ魔術教師であった。
「いいや。ここは弱点を正確に打ち抜くべきです。そうすればタイムも縮まります」
「ダメだ! それではつまらん!」
「つまる、つまらんの問題ではないのです!」
そして、魔術教師同士が言い合いを始めた。
「えーっと。もう1回挑戦していいですか?」
「もちろんだ! タイムが3分に縮まるまでは徹底的にやるぞ!」
というわけで、魔術部の特訓は続いた。
ひたすらな特訓。特訓に次ぐ特訓。
朝から放課後までひたすらに特訓は続き──。
ついに大会当日の9月25日が訪れたのだった。
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