娘は大会に備えたい
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──娘は大会に備えたい
クラリッサによる魔術部強化月間が始まった──!
「で、具体的に大会ってどんなことするの?」
「いろいろと種類があるよ。個人戦、集団戦。で、芸術部門、戦闘部門」
「多すぎない?」
「合計点で勝敗が決まるから」
個人戦の芸術部門、戦闘部門。集団戦の芸術部門、戦闘部門。
合計で4つの競技がある。
「じゃあ、ひとつずつ説明していって」
「分かった」
個人戦芸術部門は文字通り美しい魔術を演技する。
種目はいかに美しく魔術を行使するかを競う。花火のような魔術、氷と雪によるアート、鋼鉄による彫像。そういう魔術を行使する。注目点は魔術の精密なコントロール力であり、1ミリ単位で美しさが評価される。
個人戦戦闘部門は魔術で駆動するゴーレムを相手に、いかに迅速に目標を仕留めるかが競われる。芸術的な面は評価対象外で、目標であるゴーレムをいかに確実に、そして素早く倒すかが問題になってくる。
集団戦はそれらを集団で行うことになる。集団で美しい魔術を行使して美しい光景を演出したり、集団で複数のゴーレムと戦って時間を競う。
「ふむ。今年のレギュレーションは?」
「個人戦芸術部門は氷の彫像作りで、戦闘部門はいつも通りゴーレム2体と戦闘。集団戦芸術部門は3名で花火で、戦闘部門は3名でゴーレム8体と戦闘」
「ほうほう。となると、私が全部に出場すれば楽勝だね」
「いや。集団戦は協調性が必要だよ?」
「まるで私に協調性がないみたいに言うね」
「…………」
「何か言ってよ」
サンドラは押し黙ったまま視線を逸らしている。
「クラリッサちゃんが個人戦で得点大稼ぎすれば大勝利だね!」
「集団戦は?」
「ねえ、クラリッサちゃん。本当に自分に協調性があるって思う?」
率直な意見を述べたサンドラであった。
「私は協調性の塊だよ。他人を思う心に満ちている」
「…………」
「何か言ってよ」
やはり目を逸らして黙ってしまうサンドラ。
「個人戦頑張って、クラリッサちゃん!」
「集団戦も頑張るよ?」
無理やり話題を逸らそうとしたサンドラだったがクラリッサは諦めていなかった。
「それはそうと今日から練習だよ。予算も増えたし、指導陣も増強したから」
「ありがとう、クラリッサちゃん! これで優勝に近づいた気がするよ!」
「気がするじゃなくて、優勝しなくちゃダメだよ、絶対に」
「……クラリッサちゃん。そういえば魔術大会でも賭けてたよね」
「…………」
「何か言ってよ」
クラリッサは視線を逸らして黙り込んだ。
「もー。クラリッサちゃんは本当に現金なんだから。けど、優勝すれば魔術部は先輩たちが最後の思い出ができて、新入部員も増える。クラリッサちゃんは儲かる。ウィンウィンの関係だね。悪くないと思うよ」
「そうだよ。決して悪くない」
クラリッサは不当に王立ティアマト学園のオッズを引き上げているぞ。
「クラリッサ君! 我が部へようこそ!」
「おう……。そのペンタゴン君シャツまだ持ってたの……?」
そして、クラリッサとサンドラが話していたところに部長のダレル・デヴァルーがやってきた。彼は制服のシャツではなく、件のアルフィに匹敵する狂気のデザイン『ペンタゴン君』シャツを着用している。
「まだ持っているも何も、大会にはみんなでこれを着て出場するんだよ!」
「私、帰るね」
「え!? なんで!?」
正直、アルフィとペンタゴン君を比べたら、アルフィの方がまだ落ち着いている。ダサい上にキモイ。いいとこなしである。
「分かった、分かった。ペンタゴン君シャツを着用して出場するのは私だけにするよ」
「さあ、帰ろう」
「まだダメ!?」
クラリッサは視界にペンタゴン君を入れたくないのだ。
「分かったよ! ペンタゴン君は卒業式まで封印だ! それでいいね?」
「よしとしておこう」
ペンタゴン君は無事封印された。
「部員も全員集まったな。それでは新生魔術部に!」
「わー!」
部員5名とクラリッサが歓声を上げる。
「よし。それではみんな、大会優勝を目指して頑張ろう!」
「では、指導陣を紹介するね」
クラリッサはそう告げて部員たちを連れて外に出た。
「揃ったか、ひよっこども!」
クラリッサと魔術部員たちを出迎えたのは、クラリッサたちの世話になったちびっこ魔術教師と他3名の魔術教師たちであった。
「おう……。まだご健在でしたか、先生……」
「勝手に殺すな」
中等部3年のダレルが世話になっていたようなので見た目に反して結構な年齢をしているぞ、このちびっこ魔術教師。
「それにしても魔術部が大会に出るとはな。久しぶりのことではないか。これから私がビシビシしごいてやるから優勝をもぎ取ってこい!」
「おー……」
「声が小さい!」
みんなこのちびっこ魔術教師にしごかれたことがトラウマになっているのだ。
「では、全員で魔力を臓腑の底から全て出す訓練だ! どうせ中等部で甘やかされて、そういう訓練をおろそかにしているのだろう。私が指導するからには徹底的に指導してやる。あの目標に向けて、全力で魔術を叩き込め!」
そして、始まる懐かしい初等部での魔術授業の日々。
「久しぶりだなあ、先生にしごかれるの」
「懐かしんでないでさっさとやれ!」
ダレルが懐かし気に告げるのに、後頭部が杖でひっぱたかれた。
「てえいっ!」
最初に挑んだのはダレルである。
彼はちびっこ魔術教師の出現させた甲冑を纏った目標に向けて火球を放った。
青白い色をした炎が放たれ、目標に向かって突き進む。
そして、標的に炎が命中すると甲冑が燃え上がり、火球が炸裂する。
……のだが、目標はちょっと溶けただけで健在。
「馬鹿者! 臓腑の底から魔力を引き出せと言っただろうが! そんなちゃちな魔術じゃ大会のゴーレムは傷ひとつつかんぞ、この愚か者め!」
「おう……。ここら辺、昔と全然変わってませんね……」
また後頭部がひっぱたかれるのにダレルが呻いた。
「全力で! 心の底から! 徹底的に! 魔力を吐き出せ! 分かったか!」
「分かりましたあっ!」
軍隊映画に出てくる鬼教官のようにちびっこ魔術教師がダレルの耳元で叫び、ダレルが悲鳴のような声を上げながらそれに応じる。
それが5回ほど繰り返されて、ダレルはようやく目標を撃破した。
「よろしい! だが、まだまだだ! 普段から魔力を吐き出す訓練をしろ! いや、これからは私が徹底的にしごいてやる! 覚悟しろ! 大会までに王立ティアマト学園の名を汚さぬような魔術師にしてやるからな!」
「はい、先生っ!」
ちびっこ魔術教師が背伸びしてダレルの肩を叩くのにダレルが叫んだ。
「次!」
「はいっ!」
それから次々に魔術部員たちが訓練に挑戦する。
「甘い! しっかりと魔力を吐き出せ! 人間にはもっと大量の魔力がある!」
「でも……」
「でも、ではない! 返事は『はい』以外認めん!」
「は、はいっ!」
ちびっこ魔術教師はスパルタでちょっとでも魔力を温存していると見るや徹底的にしごかれる。魔力を吐き出せ、魔力を叩き出せ、魔力を臓腑の底から引き出せ。そうして魔力が本当になくなってしまうまでしごかれるのである。
「次!」
「はいっ!」
次はいよいよサンドラの番だ。
サンドラは以前クラリッサに教わったようにおなかに力を入れ、心の中で世界に対する呪詛のようなものを唱え始める。
この間の予選大会であれだけみんなが止めようと言ったのに部長はペンタゴン君シャツを着てやってきた。周りからダサいとかキモイとか言われていたのに、部長はまるで気づく様子がなく、自分たちは恥ずかしい思いをした。
全てあのペンタゴン君が悪い!
「ペンタゴン君、滅べ!」
次の瞬間、サンドラの手から氷の槍が放たれ、それは目標の甲冑に命中すると爆ぜ、内側から完全に甲冑を破壊した。
「上出来だ! ……ところで、ペンタゴン君というのはなんだ?」
「サンドラ君……。そこまでペンタゴン君のことが嫌いだったのか……」
首を傾げるちびっこ魔術教師と落胆するダレルであった。
「いや、あの、やっぱりあれはないです」
「そうか……」
ダレルはペンタゴン君グッズを販売するという計画を止めることにした。
「では、次!」
「よし来た」
最後はクラリッサである。
クラリッサもここ最近では一撃必殺を目指して魔術を放つことはなく、魔力量をセーブしながら戦っていたが、無事に魔術教師の課題がクリアできるだろうか?
「ほいっ」
クラリッサは片手をかざすとそこに形成された槍を射出した。
槍は目標に命中すると爆散し、鉄片を周囲にばらまきながら目標を八つ裂きにする。さらにその鉄片が風で巻き上がり、暴風とともに金属の嵐を形成すると、それが目標を削り取り、この世から完全に消滅させた。
「どうかな?」
「うむっ! 貴様は初等部の時から才能のある生徒だと見込んでいたが、間違いなかったようだな。だが、これで満足するな。この世にはまだまだ頑丈な標的を破壊しなければならない時があるのだ。私は東部戦線でそれを知った」
「東部戦線? 魔族と戦っていたの?」
「そうだ。自慢ではないがかの有名なアークウィザードのディーナ様とも行動を共にしたことがある。ディーナ様はとてもお強い方だった。あの方にかかれば数万という魔族だろうとただの的だ。あの方がいなくなったと聞いたときはショックを受けたものだ……」
ちびっこ魔術教師は思い出を物静かに語った。
「ママ──じゃなくて、ディーナさんはどんな人だった?」
「うむ。とても強い方だった。魔術的にも、精神的にも。自分たちが魔族に対する防波堤となっていることを理解しておられた。そして私のようなものにも気さくに声をかけてくださって、励ましておられた。だが、一度スイッチが入ると周囲のものを破壊しつくすまで魔術を振るい続ける恐ろしい方でもあったぞ。私はあの方のようになりたくて、魔術の鍛錬を積んできたのだが、東部戦線が泥沼になり、動きがなくなったことで国に帰り、こうして学園で教鞭をとっているのだ。あの方は本当に素晴らしい方であったよ」
「ほうほう」
リーチオはあまり勇者時代のディーナの話をクラリッサにしない。それはその時のディーナとリーチオの関係が敵対関係にあったことと、ディーナがあまりにもバイオレンスであったからでもある。クラリッサの見たディーナは病で弱ったディーナであったが、現役時代のディーナはそれはもう物凄かったのだ。ベニートおじさんがかすむぐらい。
「まあ、今はそれはいい。今度は私を中心として魔術部を鍛え上げる! この程度の能力では大会に出場できたとしても恥をさらすだけだ! 私がそういうことのないように徹底的に、完膚なきまでに鍛えぬいてやる!」
「我々も協力を惜しみません。魔術大会で優勝すれば王立ティアマト学園の魔術に対する授業の取り組みが優れていることが証明されるでしょうから」
ちびっこ魔術教師が告げ、他の魔術教師がそう告げる。
「さあ、覚悟しろ、ひよっこども。大会はおろか、東部戦線であろうとも通用するような魔術師にしてやるからなっ!」
ちびっこ魔術教師は青ざめる魔術部員たちを見渡してそう宣言したのだった。
地獄はここから始まるのである。
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