娘はいろいろと始めたい
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──娘はいろいろと始めたい
「おはよ、ウィレミナ」
「おはよ、クラリッサちゃん」
楽しい夏休みも終わり、新学期が訪れた。
クラリッサはちゃんと夏休みの宿題を終わらせ、問題なく登校してきたぞ。
「夏休みどうだった?」
「んー。ゲルマニア地方はなかなかよかったね。芸術を鑑賞したり、音楽を聴いたり、美味しい料理を食べたりして楽しく過ごしたよ」
「いいなー。あたしも海外旅行にいきたいぜ」
「冬休みにみんなで海外旅行しようか?」
「いいね、と言いたいけれどお金かかるでしょ?」
「うーん。そこは私がどうにかする」
ウィレミナは今年も親戚の家に旅行に行っただけだった。
どうにかしてウィレミナも海外旅行に連れて行ってあげたいが、クラリッサがウィレミナに金を与えるようなことをしては、ウィレミナが拒否するだろう。良くも悪くもリベラトーレ家は恩と返礼を重んじるものだとウィレミナたちには認識されているので。
「なにか一緒にドカンと儲けられる話があるといいんだけどね」
「そんなに簡単に儲け話は転がってないよ」
クラリッサが唸るのにウィレミナがそう告げて返した。
「おはよう、クラリッサちゃん、ウィレミナちゃん!」
「おお。おはよう、サンドラ」
クラリッサたちがそんな会話をしていたとき、サンドラが元気よく教室に入ってきた。どことなく普段より明るく見えている。
「サンドラ。何かいいことでもあったの?」
「へへっ。魔術部の大会出場が決定しましたー!」
「おおー」
そうなのだ。
サンドラの所属する魔術部は夏休み中に予選大会があり、そこで大会出場に向けての試合が行われていたのである。
丁度、クラリッサとウィレミナは旅行中だったので応援にはいけなかった。
「大会優勝できそう?」
「……ギリギリで予選通過だったからちょっと……」
そうなのである。
さっきのは確かに嬉しいニュースだったのだが、予選通過の成績はギリギリ。本選に出場したら、強豪校に初戦で叩き潰される恐れもあった。
何せ、予算が増えたと言っても部員が大量になったわけではない。未だに部員は5人だけであり、その能力も限られている。天才的な部員がいるわけでもないし、いるのはセンスのおかしな部長とそれなりの才能の仲間たちだけである。
増えた予算を使用して練習して能力を高めたが、それでも急に成長するわけじゃない。確かに能力は伸びたのであるが、これまでの強豪校が潤沢な予算と指導陣を以てして得てきた能力と比較するとどうしても劣ってしまう。
「せっかくだから優勝しないと。もったいないよ」
「頑張ろうぜ、サンドラちゃん!」
ちなみにウィレミナも今度の陸上大会の全国大会に出場予定だ。
陸上部はこれまでの実績があり、これまでも予算が潤沢だったため、大会優勝を有力視されている。魔術部と違って部員も多い。
「そうは言われてもなー……。正直、大会に出場できるって分かっただけで結構な活動をしたつもりなんだ。大会優勝のバトンは次の新入部員に繋ぐよ!」
「次の部員、入る見込みあるの?」
「クラリッサちゃん。そういうこと言うのやめよう?」
友達が悲しくなるようなことを言ってはいけないぞ、クラリッサ。
「やっぱり大会で優勝して実績を残さないと新入部員は来ないよ。私はサンドラのことを応援しているからできる限りのことをするよ」
「本当!? なら、クラリッサちゃん、魔術部に入って!」
「そういうずるはよくないと思う」
「ただ勧誘しているだけだよ!」
クラリッサが入部すればそれこそ強豪校ともやり合えるだろうが。
「予算を増やして、指導陣を強化して、今からでも新入部員を集めよう」
「クラリッサちゃんが入ってくれるのは一番いいんだけどな?」
「ギャラは高いよ」
「ギャラがいるのかー……」
クラリッサを勧誘するのは大変そうだぞ。
「まあ、サンドラは友達だし、力を貸してあげてもいいよ。私の大いなる力の前に教えを乞うがいいだろう……」
「クラリッサちゃん。それはどんなノリなの?」
謎のオーラを出している気分のクラリッサにサンドラが首を傾げた。
「ところで、夏休みはどうだった? 旅行に行ったんでしょ?」
「行ったよ。ゲルマニア地方。ハンブルクでフェリクスとトゥルーデと一緒にハンバーガーを食べて、バヴェアリア王国で城を見て、エステライヒ帝国で農民が虐殺される絵を見た。あれは凄い絵だった……」
「農民が虐殺される絵かー……」
エステライヒ帝国にはそういう絵が数多にあるのだろうかと思うサンドラであった。物凄いエステライヒ帝国への風評被害になっている。
「それはともかく、魔術部強化月間だよ。大会まで残り25日だったよね? 大会まで張り切っていこう」
「おー!」
というわけで、クラリッサによる魔術部の大会優勝へ向けての動きが始まった。
「ウィレミナ。ついでに儲ける手段を見つけたよ」
「何? 悪いことじゃないよね?」
「全然大丈夫。合法的に儲けるよ」
ウィレミナがジト目で見るのに、クラリッサがサムズアップして返した。
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「魔術大会で賭けをする?」
闇カジノの拠点となっているテーブルカードゲーム部の部室で、フェリクスが怪訝そうな表情を浮かべてそう告げた。
「そ。次の大会でどこの学校が優勝するのかを賭けるんだよ。各学校の資料はここにあるから、まずはこれを配布して、それから賭けを始める」
「学園外のことについて賭けても問題ないのか?」
「ないない。何だったら、私たちはドーバーに水揚げされる魚の量でも賭けができるよ。ま、そんなことはちょっと不毛だけど」
フェリクスが告げるのに、クラリッサは肩をすくめてそう告げた。
「なら、賭けるか。水泳大会だけだと儲けも少ないし、賭けれることには賭けていかないとな。賭け金が上がれば上がるほど──」
「私たちの儲けは増える」
フェリクスとクラリッサのふたりはにやりと笑った。
「じゃあ、準備を始めるか」
「おう。ちなみに大穴は多分、うちの学園だよ。何せ、大会出場は久しぶりだからね」
「それはあまり期待できないな」
「そうだろう、そうだろう。だが、これが儲けるチャンスだ」
フェリクスの言葉にクラリッサは不敵な笑みを浮かべた。
「大会には私が出場する。そして優勝をもぎ取ってくるよ」
「おま、それ資料に書いてあるのか?」
「ないよ? 資料は全て1年前までのもの。公平にね」
「ずるい奴だな、お前は」
クラリッサが告げるのに、フェリクスが呆れたようにそう告げた。
「さあ、早速資料を配布しよう。それから新聞部に告知を出さないとね」
「ああ。やろうぜ」
というわけで、クラリッサとフェリクスによる新しい賭けが始まった。
「さて、ウィレミナ」
「クラリッサちゃん。これが旅費稼ぎ? バイトでもするのかと思ったんだけど」
そして、クラリッサが新聞部に魔術大会の告知を出したのを見ながら、ウィレミナが渋い表情でクラリッサを見た。
「魔術部は間違いなく優勝する。私が出場するんだから間違いないよ。そして、賭けはオッズがうちの学園が400倍近くになる。一口500ドゥカートで賭けても、帰ってくるお金は20万ドゥカートだよ。二口賭ければ40万ドゥカート。海外旅行に行くには十分だ」
「うーん。そんなにうまくいくのかなあ。バイトした方がいいと思うけど」
「じゃあ、うちのブックメーカーのバイトする? 時給900ドゥカートだよ」
「仕事は毎日?」
「水泳大会の賭けもあるから今月は毎日。けど、放課後だけだからそんなに稼げないよ。稼ぐなら夏休みの間にバイトをするべきだったね」
「ううむ。冬休みまでに稼げればいいんだけど、海外旅行ってお金かかるよね」
「まあ、金持ちの道楽だからね」
「はっきり言うね、クラリッサちゃん」
その金持ちの道楽を毎シーズン楽しんでいるクラリッサである。
「金持ちの道楽を楽しむには金持ちの道楽を利用しないと。さあ、投資だ」
「分かった、分かった。うちの学園に三口買うよ。当たるといいけど」
「私に任せておいて」
こうして冬休みのウィレミナの海外旅行費はギャンブルによって稼がれることに。
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「魔術部の予算をもっと増やせ、と?」
「そう。3倍ぐらいにして」
クラリッサが強気の姿勢で応じるのはジョン王太子だ。
場所は生徒会室。
議題は魔術部について。
「魔術部は大会出場が決まったそうだが、大会で成績残せる見込みはあるのかね」
「ないよ」
「……それなのに予算を増やせと?」
クラリッサが出場して優勝するつもりなのはまだ内緒。それがばれてしまうと大穴狙いのギャンブラーが増えて、オッズが下がってしまう。賭けが確定するまではクラリッサが出場することは内密にしておかなければならない。
「近年の部員減少の原因は大会で成績がでないからじゃない。学園が部活動をおろそかにしているからだよ。もっと部費を増やして、指導陣も充実させ、やりがいのある部活動にすれば、もっと大勢が部活動に参加しようって思うよ」
「もっともな話のように思えるが、君の話だからな……」
「君は私のことをなんだと思ってるの」
「金の亡者かな?」
ジョン王太子もクラリッサには段々遠慮しなくなってきたぞ。
「殿下。あまりそういうことを言ってはいけませんわ。クラリッサさんも学園のことを考えておられるのですから。部活動が活発になるのはいいことです。予算もそこまで限られているわけではないのですから、増額をお認めになられては?」
「むう。そういえば新聞部が魔術大会で賭けをするという告知を出していたが」
そう告げて、ジョン王太子がジト目でクラリッサを見る。
「全く無関係。私は学園の部活動の今後のことだけを考えている」
「……本当に?」
「本当に」
クラリッサは視線を逸らしている。
「それから魔術教師を何名か顧問にしたい。今の顧問は歴史の教師だよ?」
「それは確かに困ったことだが、何名かとは?」
「魔術教師も専門分野がいろいろあるからね」
「欲張りだね」
「欲張りくらいでないとダメだよ」
ジョン王太子が率直な感想を述べるのにクラリッサが頷いて返した。
「では、予算を可能な限り増やし、顧問も専門家にするように働きかけよう。その代わり大会では結果を出すようにと魔術部には指導してくれたまえ」
「任せろ」
「……本当に任せて大丈夫かね」
「任せろ」
クラリッサはグッとサムズアップしてそう返した。
「本当に頼んだよ、クラリッサ嬢。問題は起こさぬようにね」
「問題なんて起きやしないさ」
クラリッサは自慢げにそう返した。
それもそうだろう。クラリッサはこれから魔術部に入部して、魔術部を大会で優勝させて、大儲けするのだ。それでウィレミナのための海外旅行費を稼ぐのだ。
……問題しかないな!
「クラリッサさん。魔術部を是非とも優勝させてくださいね」
「もちろんだとも。私に任せておいてくれたまえ」
フィオナが純真な厚意からそう告げるのに、クラリッサがそう返した。
さて、本当にどうなることだろうか。
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