娘は無事にアルビオン王国に帰りたい
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──娘は無事にアルビオン王国に帰りたい
マルセイユ・ギャングは焦っていた。
リベラトーレ・ファミリーのボスであるリーチオ・リベラトーレのひとり娘が、自分たちのシマにやってきているのに、まるで手出しができなかったからだ。
カレーを奪われた報復がしたい。
だが、今のところマルセイユ・ギャングは『何もできていない』のだ。
そう、カレーでリベラトーレ・ファミリーの幹部を殺したのはマルセイユ・ギャングではない。全く別の組織であった。それはマルセイユ・ギャングと協力関係にあるというわけでもなく、マルセイユ・ギャングはまるで自分たちが仕掛けたように見せかけたその組織に対して不信感を持って接していた。
「どうあっても、リーチオ・リベラトーレの娘をアルビオン王国に帰してはならねえ」
パリースィの倉庫街にある倉庫のひとつでマルセイユ・ギャングの幹部はそう告げた。これまでのマルセイユ・ギャングによるクラリッサ襲撃を指揮していた人物で、クラリッサがカレーに入った時から彼女のことを狙っていた。
だが、いずれも失敗。
特にパリースィにおけるフィリップ2世記念博物館での襲撃は不味かった。マルセイユ・ギャングの拠点はマルセイユであって、パリースィは縄張りではあるものの、完全に支配できているわけではない。
そんな場所で博物館の展示品を破壊し、民間人を巻き込み、大乱闘を繰り広げたことで、マルセイユ・ギャングは完全にパリースィの官憲を敵に回してしまった。
パリースィでは以前にもポリニャックの詐欺に加担したことで、取り締まりが厳しくなっている。そこに今度は博物館での乱闘騒ぎ。いくらマルセイユ・ギャングが金を積んでも、パリースィの官憲は暫くの間は手を貸さないだろう。
となると、暗殺者の選別には苦労する。
この世界の死刑判決は殺人1件につき出される。正当防衛や仇討ち、決闘などの条件がない限り、殺人を犯せば死刑だ。
無論、官憲を買収して味方につけていれば、よっぽどのことがない限り死刑判決は下されない。だから、クラリッサを暗殺するためにあれほどの男たちが集まったのである。
死刑を覚悟して仕事を受ける人間がどれほどいる?
官憲から逃げ切れる自信のある人間。自分は死刑になっても家族に資産を残したい人間。そういった人間しか志願はしないだろう。無理やりにやらせたところで、失敗に終わるのは目に見ている。暗殺とはそう簡単にできることではないのだ。
まして、相手は子供。子供を殺せる人間は限られる。
「殺し屋のリストは?」
「ありますが、どれも断られています。どうも俺たちの側につくよりも、リベラトーレ・ファミリーの側についた方が得だと思っているようで」
「クソッタレ。いいからリストを見せろ」
マルセイユ・ギャングの幹部は殺し屋のリストを受け取るとページを捲った。
「ダンテ。こいつは相当なやばい奴だ。こいつもダメか?」
「ダメですね。断られました。それにそいつは南部人です」
「南部人は信用できない、か」
リベラトーレ・ファミリーは南部人の集まりであり、そのボスの子供を殺すのに南部人を使うのは適切な考えとは呼べない。
「ダーマードって男はどうです? アナトリア帝国の人間で、うちとの取引がある組織ともかかわりがあります。仕事を任せられるのでは?」
「このフランク王国でアナトリア人がうろついていたらそれだけで目立つ。敵にここに殺し屋がいますって宣伝しているようなものだ。論外だな」
マルセイユ・ギャングのひとりが告げるのに、幹部が首を横に振った。
「このダビデとゴリアテ兄弟ってのはどうなんだ? 打診したか?」
「打診しましたが、今の報酬では足りない。3倍にしろと言ってきました」
「3倍払ってやる。確実にクラリッサ・リベラトーレを仕留めろ」
殺し屋のリストを投げ捨てて、幹部はそう宣言した。
「では、持ちかけてみます。恐らくはこれが最後のチャンスでしょう」
「確実に仕留めろ。クソリベラトーレの娘の首を吊るしてやれ」
マルセイユ・ギャングの幹部はそう告げると、この会合を終わらせた。
今、暗殺者たちが動きつつある。
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帰りの行事は王立ベルゼビュート学園の生徒会の見送りを受けてのことになった。
「我らが友人たち! 君たちが去ってしまうのは残念でならないよ!」
生徒会長のレオポルドはそう告げてバラの花束を準備した。
「ありがとう、レオポルド。君たちとの友好は忘れないよ」
「我々もだ。また会える日を楽しみにしていますよ」
ジョン王太子とレオポルドは友情を交わした。
「そ、それから副会長のクラリッサ嬢も。また会えることを望みますよ。うん」
レオポルドがそう告げるのにクラリッサはにこりと笑った。
「ま、また会えるといいね」
クラリッサはにこりと笑った。
「そ、それでは」
クラリッサたちはレオポルドたちの見送りを受けて、列車に乗り込んだ。
「いやあ。楽しかった修学旅行ももう終わりかー」
「楽しいときは一瞬だね」
ウィレミナがそう告げるのにサンドラがそう告げて返した。
「私としては楽しめたけど、ウィレミナたちは楽しめた?」
そこでクラリッサがそんな問いを発する。
「もちろんだよ。クラリッサちゃんは何か気になることでもあるの?」
「いや。私のせいで戦闘に巻き込んじゃったからさ」
そう告げてクラリッサがばつの悪そうな顔をした。
博物館での襲撃。あれは明らかにクラリッサを狙ったものだった。その襲撃にサンドラたちは巻き込まれてしまった。あの時は幸いにしてサンドラたちが凶弾を浴びるようなことはなかったが、一歩間違えばサンドラたちも巻き込まれていたのだ。
「気にしない、気にしない。クラリッサちゃんがいつも揉め事に巻き込まれているのは知ってるし。これぐらいのことは全く気にしないよ」
「そうだよ。クラリッサちゃんはいつもトラブルの中心じゃない」
ウィレミナとサンドラが相次いでそう告げる。
「……いやな信頼を得てしまった……」
周囲からトラブルメーカーと認識されてしまっているクラリッサだ。
「けど、誰に狙われているの?」
「んー。心当たりが多すぎてどれだか分からない」
「そんなに」
クラリッサが首を傾げるのに、サンドラが戦慄した。
「でも、もうこれで安全なんだよね?」
「多分。そこまでしつこく狙われる覚えはないよ」
クラリッサがそういった直後だった。
激しい汽笛の音が響き、列車が急減速する。
「きゃあっ!」
「なんだ」
サンドラが悲鳴を上げるのに、クラリッサが窓の外を見る。
レールの上に男がいた。
2メートルは余裕である巨体の大男だ。それが列車の進行方向に立ちふさがっていた。列車は汽笛を鳴らしながら減速しているが、このままでは間に合わない。
「うわ。ミンチになる」
クラリッサがそう思った時、列車が大男に突っ込んだ。
だが、大男はミンチにはならなかった。
大男は列車を相撲取りのように掴み、そのままレールの上から引き上げた。列車全体が大きく揺れ、不快な金属音が鳴り響きながら、列車の中の物が滅茶苦茶にまき散らされる。サンドラたちは辛うじて無事だったが、荷物などは床に飛び散っている。
「む。どうやら刺客が来たっぽい。敵もなかなかしつこい連中だな」
「クラリッサちゃん! 逃げないと!」
「敵に背中を見せるなんてとんでもない。私が叩く」
クラリッサはそう告げると車窓から外に飛び出した。
「ぬおおおっ! あれが目標であるな! このような小娘ひとり仕留められぬとは情けない限りっ! 我々が叩き潰してやる!」
大男は完全に停車した列車の先頭車両を線路の外に叩きだすと、クラリッサの方を向いてイノシシのような勢いで突撃してきた。
「正面にはあからさまに敵である大男。だけど──」
クラリッサが手を振ると金属の分厚い壁が背後に形成され、そこに氷の刃が突き刺さった。氷はそのまま解けていき、クラリッサは壁を消す。
「背後に狙撃手がいる」
クラリッサはそう告げて背後に視線を走らせた。
「ちっ! これに気づきやがるとは侮れねえ小娘だぜ」
狙撃手は線路沿いにある風車小屋の上にいた。
「名前ぐらい名乗ったらどうかな? 君たちがここで死ぬと無縁仏として集団墓地行きだよ? 墓石に刻む名前ぐらいは欲しいでしょう」
「舐めやがってえ!」
大男が地団駄を踏んで、クラリッサを前に唸る。
「俺たちはダビデとゴリアテ兄弟! 貴様をここで始末する!」
そう名乗ったのは狙撃手の方だった。
そして、再び魔道式小銃から氷の刃が放たれる。
「よろしい。私も名を名乗ろう。私はクラリッサ・リベラトーレ。アークウィザードの母ディーナ・リベラトーレと暗黒街のボス・リーチオ・リベラトーレの娘。私を殺そうというならやってみるといい。ただし──」
クラリッサの周囲の空気が水となり水流となって吹き荒れ、その中に金属片が混じる。氷の刃はその嵐の中に突っ込み、バラバラに解体された。
「死ぬ気でこい」
クラリッサはそう告げて狙撃手の方に金属の槍を投擲する。
「クソ! この距離でっ!?」
狙撃手は風車小屋から飛び降りる。
次の瞬間、金属の槍が風車小屋に突き刺さり、鉄片をまき散らしながらはじけ飛んだ。風車小屋は音を立てて倒れ始め、狙撃手は走りながらクラリッサを狙う。
「甘いよ」
クラリッサが指を鳴らすと上空から金属の槍が降り注いだ。
「なっ……! 畜生!」
狙撃手の魔道式小銃が金属の槍に貫かれて破損し、同時にその足も金属の槍に貫かれる。真っ赤な血がほとばしり、狙撃手が地面に倒れる。
「ぬおおおっ! 兄貴をやってくれたな! 覚悟しやがれ!」
そして、大男がクラリッサに突撃してくる。
「列車と私。どっちが強いかな?」
クラリッサはフィジカルブーストを自身に行使すると、大男の懐に向けて飛び込んだ。そして、そのまま大男の腹部に向けて打撃を放った。大男の分厚い脂肪とその下にある屈強な筋肉が大きく揺さぶられ、衝撃が内臓にまで達する。
「ごほおっ!? だ、だが、まだまだだあっ!」
大男はクラリッサに向けて拳を叩きつけようと両手を合わせて拳を振り下ろした。
「列車を止めた割には大したことないね」
クラリッサはその拳を片手で受け止めていた。
「もう一発」
「ぐぬうっ!」
「もう一発」
「ぐううっ!」
「もう一発」
「はがあっ!」
「もう一発」
「ぬおお……」
クラリッサの連続した打撃によって、大男はずるずると崩れ落ちていった。
「トドメに一発」
「げふうっ!」
クラリッサは崩れ落ちた大男の顎を蹴り上げて、ノックダウンした。
「くそう! よくも弟を! 死ね、クラリッサ・リベラトーレ!」
狙撃手の方は倒れたかと思ったが懐からピストルモデルのマスケットを取り出し、クラリッサを狙っていた。
だが、マスケットから銃弾が放たれることはなかった。
「お嬢様。ご無事ですか」
「んー。まあまあってところかな?」
ファビオが狙撃手の手首にナイフを突き立て、マスケットを蹴りやっていった。
「我々がついていながらこのようなことになってしまい申し訳ないであります……」
「いいよ、いいよ。気にしないで。いい思い出になったから」
「い、いい思い出でありますか?」
クラリッサは何事もないというように肩をすくめた。
その後、フランク王国国家憲兵隊が現場を訪れ、ダビデとゴリアテ兄弟を拘束すると、列車をレールに戻し、運行が再開した。
予定より大幅に遅れたものの、クラリッサたちはカレーを経由してアルビオン王国に帰国した。そのまま王立ティアマト学園に戻り、クラリッサたちは後日、修学旅行の感想について作文を提出するように求められたのだった。
「作文……。やりたくない……」
「クラリッサちゃん。殺し屋相手にはあれほど強気だったのに、作文相手にはどうしてそんなによわよわなの?」
クラリッサが呻くのに、サンドラがそう告げた。
「作文は魔術で倒せないから面倒くさい」
「真面目にやろうね」
頑張れ、クラリッサ。作文に書くような思い出はいっぱい作れたはずだぞ。
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