娘は期末テストに挑みたくない
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──娘は期末テストに挑みたくない
期末テストまで残り3日となった。
「パパ」
「どうした? そういえば、最近よく勉強しているそうじゃないか。期末テストが近いんだろう? ファビオの奴もお前が友達と勉強しているって言ってるし、期末テストはいい結果が期待できそうだな」
クラリッサがリーチオの書斎に現れて告げるのに、リーチオは娘の成長を素直に喜んでいた。あれだけ勉強嫌いだった娘が進んで自分から勉強しているのだから、これを喜ばずして何を喜ぼうというのだろうか。
「パパ。お小遣い頂戴。交際接待費で」
「……何に使うんだ?」
「教師を買収して先に問題を手に入れる」
嫌な予感がしてリーチオが尋ねるのに、クラリッサは拳を握り締めてそう返した。
「ダメだ。お前、約束しただろう。学園に入ったらちゃんと勉強するって」
「限度というものがある」
「初等部1年で自分の限界を決めるんじゃない」
ふるふると首を振るクラリッサにリーチオがため息をついた。
「やっぱり家庭教師は要るかもしれないな。うちでひとりで勉強しても効率が悪いんじゃないか? 俺のコネでいい家庭教師を連れてきてやるぞ」
「い、家にまで教師が……」
「戦慄することじゃない」
学園の勉強が家にまで押し寄せてくるという雰囲気で戦慄するクラリッサに、リーチオがそう告げて返した。
「家庭教師はお前に勉強を教えてくれる。効率のいい問題の解き方も教えてくれるだろう。ついでにマナーなんかも教わっておくといいな」
「パパが教えて」
「……俺にはちょっとばかり無理だ。仕事が忙しい」
「仕事と私、どっちが大事なの?」
「面倒くさい女みたいなことを言うな。というか、どこで覚えたそんな言葉」
第一外国語の単語はあんまり覚えてなくても、必要のない言い回しはよく覚えているクラリッサであった。
「とにかく、家庭教師をつけてやる。期末試験まで3日だから、いきなり効果は上がらないだろうが、それでもないよりましだろう」
「家庭教師を雇うお金で教師を買収した方が早いよ」
「ちゃんと勉強しなさい」
お父さんもここでは甘い顔をしないぞ。
「ピエルト。リストを持ってきてくれ。オクサンフォード大学の卒業者でうちの傘下にある団体で働いている奴らのリストだ。クラリッサに家庭教師をつける」
「了解です、ボス」
クラリッサとしては大変不服なことながら、こうしてクラリッサに家庭教師がつくことになったのだった。
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それからアルビオン王国の名門大学オクサンフォード大学を卒業したエリートがクラリッサの家庭教師になった。それからは学園でも、家でもひたすらに勉強である。
「『これはリンゴでした』」
「過去形になっていますよ。リンゴはリンゴのままです。現在形で──」
第一外国語はサンドラとウィレミナと一緒に音楽室で海外の曲を聴きながら覚えていった。この娘、文法や単語はダメダメなのにヒアリングと発音には抜群の成績を発揮するのだ。それによって少しずつだが状況は改善しつつある。
もっとも文法的なものについては依然としていまいちだ。翻訳された歌詞を読んで聞いているわけではないため、相変わらず文法はちゃんぽらんだった。
歴史と地理はひたすらな暗記だが、家庭教師の教えで、語呂合わせで覚えていくという術を身に着けた。それによって暗記力は飛躍的にアップ。
加えて歴史については漫画で分かる教材なども使用し、それによってクラリッサの歴史への理解力は高まった。漫画で、物語形式で歴史を紐解いていくと、暗記が苦手なクラリッサにも随分と分かりやすくなるというわけである。
そんなこんなでクラリッサは期末テスト当日を迎えた。
「どうしよう……。教師を買収できてない……」
「なんでもお金で解決しようとするのはよくないぞ」
頭を抱えてクラリッサが告げるのにウィレミナが横からそう告げた。
「持ってるものを使うのは人間の知恵だよ、ウィレミナ。これはもう人間が石器を手にしたときからの英知だよ」
「いろいろといい感じに言いつくろおうとするのはやめような」
クラリッサが真面目な表情で告げるのにウィレミナがそう返した。
「クラリッサちゃん。今日のためにいっぱい勉強してきたじゃない。きっとその努力は報われると思うよ」
「努力が報われるのは物語の中だけだよ」
夢も希望もないことをいうクラリッサである。
「全員、席に着くように」
やがて、クラリッサの教室にも試験担当の教師がやってきた。
「これより期末テストを開始します。生徒の皆さんは試験担当の教師の指示に従い、制限時間内に問題を解いて、提出するように」
試験担当の教師は何点か注意事項を述べたのち、試験用紙の配布を始めた。
「それでは始め」
そしてついに期末テストが始まったのだった。
クラリッサにとっては地獄の始まりである。
クラリッサはテストごときで上がるような体質ではないが、なんだかしっかりと覚えたはずのものがぽろぽろと崩れ落ちると感じる。一夜漬けあるあるな現象を体験していた。
問題文と睨めっこするも、いまいちやる気が湧いてこず、窓の外の様子が気になりだす。クラリッサの集中力はかなりよわよわだ。
それでも必死に問題を解き続けること60分。試験時間終了の合図が鳴る。
「では後ろから回収してください」
一科目、国語終了。
「クラリッサちゃん、クラリッサちゃん。どうだった?」
「びみょー……」
サンドラが尋ねるのにクラリッサが机の上に伸びながらそう返した。
「クラリッサ嬢! 芳しくないようだね!」
そして、ここぞとばかりにやってくるジョン王太子だ。
「私は絶好調だよ! この調子ならば学年1位だって狙えそうだね!」
「うざ……」
ジョン王太子への殺意がこれほどまでに高まったのも初めてなクラリッサだ。
「私はこのまま快調に進ませてもらうとするよ! それでは失礼!」
ジョン王太子は勝ち誇ったように笑い声をあげて去っていった。
「クラリッサちゃん。順位なんて気にしたらダメだよ。クラリッサちゃんがどれほど自分ができるようになったかを知るためのテストなんだから」
「そうだぞ、クラリッサちゃん。あんな分かりやすい挑発に乗るようじゃダメダメだ」
サンドラとウィレミナがそれぞれそう告げる。
「分かってるよ。自分の実力を出し切るのみ。いざとなったら教師を買収して結果を書き換えさせるから大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃない!」
そんなボケと突っ込みをやりながら、クラリッサたちは試験に臨んだ。
クラリッサはボケっとしたり、カンニングを試みたり、いざという場合にファビオに教師を脅迫してもらうための準備を整えながら、試験日2日目を迎えた。ちなみにファビオは『そういうことはボスからやめておけと禁止されていますので……』と告げて相手にしてくれなかったぞ。
「終わった……」
「それはどういう意味で終わったのかな、クラリッサちゃん」
クラリッサが机の上に突っ伏すのにサンドラがそう尋ねる。
「ただただテストが終わったという感じしかしない。他のことは感じない。今、私は悟りの境地にあるといっていいかもしれない」
「随分と大げさだなあ。テストが終わっただけじゃない」
クラリッサが神妙な表情で告げるのにウィレミナが突っ込んだ。
「ところで、それぞれの出来栄えについての感想は?」
クラリッサがサンドラとウィレミナにそう尋ねる。
「私はそれなりかな」
「あたしは自信あるよ」
サンドラとウィレミナがそれぞれそう告げる。
「そうか。そうなのか。私はさっぱりだ」
「クラリッサちゃん。試験結果のでる1週間後までは希望を捨てないで」
そんなこんなで1週間後。
試験結果が張り出された。
クラリッサの順位は──。
「8位……」
学年全体で60名ほどと考えるとそれなりの成績だぞ。
だが、上には上がいるもので。
1位、ウィレミナ・ウォレス。
2位、フィオナ・フィッツロイ。
3位、ジョン王太子。
5位、サンドラ・ストーナー。
見知った顔はクラリッサより全て上だったぞ。
「お。あたし、1位じゃん。やったね」
「裏切者」
「殺意のこもった視線でみないでくれよ」
ウィレミナが結果を見て、歓声を上げるのにクラリッサがジト目で睨んだ。
「3、3位。私が3位だと……」
そして、ここにもうひとりショックを受けている人が。
「まさか。そんな馬鹿な。私の成績なら1位を狙えたはずなのに……」
「お気を確かに、ジョン王太子!」
ふらりとよろめくジョン王太子を平民ぎゃふんと言わせ隊のメンツが支える。
「しかし、しかしだ。君には勝ったようだな、クラリッサ嬢!」
「ウィレミナ。なんでそんなに成績いいの?」
「聞きたまえよ!」
ジョン王太子が勝ち誇るのをクラリッサは完全無視。
「あたしんち、貧乏一家じゃん? なら、勉強ぐらいできないとねって。勉強できれば将来、役人なりなんなりになれて、一家を支える人間になれるかもって」
「ほうほう。私も一家を支えるための学力が必要なのかな」
「勉強はできて損はないよ」
既に一家を背負うことを考えているクラリッサだぞ。
「クラリッサ嬢! 今回ばかりは私の完全勝利だ! 君もこれでわきまえたまえよ」
「3位のくせに」
「何か言ったかね!?」
「なーにも」
これでジョン王太子が1位であったならばクラリッサもぎゃふんと言っただろうが、3位という微妙な順位。これではクラリッサもぎゃふんとは言えません。
「まあまあ、2位になってしまいましたわ。ジョン王太子より上の順位になってしまうなんて申し訳ありませんわ……」
そんなやり取りをしていたら、ちゃらんぽらん──と思われていたが、実は成績優秀なフィオナがやってきたぞ。
「フィオナ。君が気にすることじゃないよ。彼が3位なのは運命だったのだから。2位であることは誇るべきことだ。君は美しい上に学問にまで通じているだなんて。私は残念なことにこの件については君の教えを乞わなければならない立場だよ」
「そんな。クラリッサさんも8位で立派ですわ。頑張られたのですね」
クラリッサが跪いてそう告げるのに、フィオナが首を横に振る。
「8位の私だけど許してくれるのかな?」
「もちろんですわ。これからは私もクラリッサさんの勉強を手伝いますから、今度はより上位を目指しましょう。クラリッサさんのためでしたら、私も時間を割きますわ!」
フィオナはクラリッサに向けてそう告げ、手を差し伸べる。
「ありがとう。やはり、君は天使のような人だよ」
「そ、そんなことありませんわ」
クラリッサがにこりと微笑むのに、フィオナが顔を真っ赤にした。
どうやら知性と成績は比例しないようである。
「フィ、フィオナ嬢。わ、私は3位だったぞ!」
「そうでしたわね、殿下。よく頑張られましたわ」
「なんだか扱いがそっけなくないかな!」
「だって、殿下は3位ですから……」
自分よりも下とは言え1個下だから励ますのも微妙なラインである。
「フィオナ。これから勉強のこと、そして君のこと、いろいろと教えてね」
「ひゃ、ひゃい!」
クラリッサがフィオナの手を握って告げるのに、フィオナは茹蛸になった。
「クラリッサ嬢! 覚えておきたまえよ!」
「……何を?」
その様子を見ていてジョン王太子が叫ぶのに、クラリッサは心底不可解そうな顔をして叫びながら平民ぎゃふんと言わせ隊を引き連れて去っていくジョン王太子を見送った。
期末試験勝負、ジョン王太子の勝利。
だが、ジョン王太子は試合に勝って勝負に負けているぞ。
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本日1回目の更新です。




