娘は生徒会の解散パーティーをしたい
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──娘は生徒会の解散パーティーをしたい
ジョン王太子が準備すると告げていた生徒会解散パーティーの日が近づいてきた。
「やっぱりフォーマルなパーティーなのかな」
「んー。身内のパーティーじゃない?」
「でも、ジョン王太子が主催者だよ?」
「面倒くさいから別のパーティーしよっか?」
「いやいやいや」
クラリッサたちは当日のドレスをどうするのかで話し合っていた。
「クラリッサちゃん!」
「おう。どしたの、サンドラ?」
ウィレミナと話していたところにサンドラが。
「予算の方、どうだったかな?」
「いいように取り計らってもらったよ。予算50倍は無理だったけど」
「さ、流石の私も50倍は求めてなかったかな」
サンドラが気にしているのは魔術部の予算だ。
予算はジョン王太子の精査の下、増額されるようになっている。もし、ジョン王太子が生徒会選挙で落選して、魔術部を心底憎んでいる人物が生徒会長にならない限り、来学期の予算は増額されるだろう。
「サンドラの大会っていつ?」
「今年の9月20日。張り切って練習しているよ」
「ふうむ。生徒会は魔術部の活躍に期待しているから頑張ってね」
「頑張るよ!」
サンドラは気合を入れて去っていった。
「サンドラちゃん。張り切ってるねー」
「私たちも頑張らないとね」
「……何を?」
「別のパーティー」
ジョン王太子のパーティーには出席したくないクラリッサだ。
「ジョン王太子のパーティーでいいじゃん。フィオナさんにフォーマルなのかカジュアルなのか聞いてみよう」
「仕方がない……」
クラリッサは渋々というように立ち上がるとフィオナの下に向かった。
「天使の君。突然だけど私が主催するパーティーとジョン王太子が主催するパーティーのどっちに参加したいかな?」
「え? そ、その、それを選ぶのは大変ですわ」
クラリッサが告げるのにフィオナが困惑した表情を浮かべた。
「クラリッサちゃん。ダメ。フィオナさん、困惑してるじゃん」
「ちぇっ」
ウィレミナが告げるのにクラリッサが引き下がる。
「フィオナさん。今度の生徒会解散パーティーってフォーマルかな? それともカジュアルなのかな? ドレス選びに困っちゃって」
「それでしたらカジュアルでよろしいですわ。身内のパーティーですから」
「そっか。よかったー。フォーマルなドレスは数が少ないから」
フィオナが答えるのに、ウィレミナがそう告げて返した。
「カジュアルと見せかけて、フォーマルだったりして」
「そんなフェイントをかけて、ジョン王太子に何の得があるの?」
「さらし者にして権力を削ぐため?」
「あたしたち削がれて困るような権力ある?」
「ある」
クラリッサは学園に少なからぬ権力を持っているのだ。
そして、ベニートおじさんの教えでは、マフィアは舐められたら恐怖が薄まり、その権力が落ちるのである。だから、クラリッサはどういう場面であろうと舐められるわけにはいかないのである。舐められるなら、相手をぶん殴る。マフィアは恐怖と暴力がその力の根源だ。マフィアを舐めた人間は貴族だろうと始末する。そのことはポリニャックの件でしっかりとリーチオが証明している。
これからも闇カジノやブックメーカーを続けるならば、顧客に舐められるようなことがあってはならない。クラリッサはこの学園におけるアウトローたちを率いるものとして、決して舐められるわけにはいかないのだ。
「あるって……。ジョン王太子が認識しているような権力?」
「認識しているのかもしれない。用心するに越したことはない」
クラリッサはジョン王太子に対して非常に疑り深いぞ。
「でも、クラリッサさん。カジュアルなパーティーにフォーマルなドレスで来てしまわれても場違いになってしまいますわ」
「ううむ。やはりジョン王太子のパーティーはボイコットするべきなのでは?」
どうにもジョン王太子のパーティーに行きたくないクラリッサだ。
「クラリッサちゃん。ここはフィオナさんを信じよう。ジョン王太子のことは信じられなくても、フィオナさんのことなら信じられるでしょう」
「婚約者もろともさらし者にしたりしない?」
「しない、しない」
「あまり気乗りはしないけれど、ならフィオナを信じるよ」
クラリッサはようやく承諾してくれたぞ。
「なら、ドレスを作りにいかないとね」
「あたしは姉貴たちのお下がりだ。サイズ調整しないと。でも、中等部から高等部に進級するときのパーティーではドレス作ってくれるって!」
クラリッサが告げるのに、ウィレミナが嬉しそうにそう告げた。
「うちのシマで作るなら割り引くよ?」
「考えておきます」
クラリッサのシマ。すなわち、マフィアのシマである。ウィレミナは友達とは言えど、用心するに越したことはない。
「それではパーティーは今週末ですわ。皆さん、そこでお会いしましょう」
「おー!」
さて、クラリッサが参加することになったところで話を進めよう。
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「パパ。パーティーだよ」
「お前のパーティーはいつも唐突だな」
リーチオの書斎にクラリッサが入ってきて告げるのにリーチオがため息をついた。
「で、今度は何のパーティーなんだ?」
「生徒会解散パーティー。今月で私たちの仕事は終わりなんだ」
「ああ。生徒会か」
クラリッサが告げるのに、リーチオはようやくクラリッサが生徒会の副会長であったことを記憶の底から引きずり出した。何せ、クラリッサときたら、生徒会の話はほとんど家ではしないのだ。ちゃんと働いているのか心配になる。
「生徒会副会長としてやるべきことはしたのか?」
「いやいやながらも」
「お前、立候補したんだったよな? 選挙資金に500万ドゥカートやったよな?」
「理想と現実の間には非情な壁があるということだよ、パパ」
リーチオが問い詰めるのにクラリッサがやれやれという風に肩をすくめる。
「よし。それで現実が分かったなら、生徒会なんてものに関わろうとするな。周囲が迷惑するというものだ。今年は立候補しないんだろ?」
「……? するよ? 高等部で学園の真のボスになるためのアリバイ作りに」
「オーケー。お前はいったい何がしたい?」
クラリッサの言っていることはちんぷんかんぷんだ。
「だから、中等部の生徒会を頑張っていたという実績を残し、それを基に有権者に訴えかけ、高等部の選挙では生徒会長の座を得る。そして、私は真の学園のボスになるんだ」
「分かった。お前が大きな間違いをしていることは」
クラリッサが自慢げに告げるのに、リーチオが頭を抱えた。
「まず生徒会長は学園のボスでもなんでもない。ただの生徒の代表だ。体育祭の準備をしたり、文化祭の準備をしたり、その他いろいろなことの雑用をやるのが生徒会長だ。そのことは生徒会長の王太子を見てて分かっただろう?」
「あれは権力の使い方を知らない人間。私だったらもっと有効活用して、多大な収益を計上していた。ジョン王太子は正直、生徒会長には向いてない。もっと野心のある人間が相応しいと思う。そうでしょ?」
「生徒会長には野心がない方が学園は安定するだろうな」
生徒会長が部費から手数料を差し引いたり、特定の委員会の予算を削ったりなどするのはもはや野心がどうのという代物ではない。モラルの問題だ。
「パパだって一番偉いから一番権力を持ってて好き放題できる」
「パパは好き放題やってません。ちゃんとピエルトやベニートの言うことに耳を傾けているし、儲けを急ぐあまり無理やりなことをしたりはしてない」
リベラトーレ・ファミリーは銀行強盗などはしていないぞ。
クラリッサがボスだったら真っ先にやりそうだが。
「まあ、権力の乱用と悪用なら私に任せておいてよ」
「最高に任せられないセリフで攻めてきたな」
クラリッサが肩をすくめるのにリーチオがそう突っ込んだ。
「まあ、お前が生徒会をやりたいということは尊重しよう。だが、真面目に仕事するんだぞ? お前がサボると他の人間が迷惑するんだからな。それから高等部でも生徒会に入りたいなら、中等部で真面目に働いて実績を作るんだ」
「実績はジョン王太子が代わりに作ってくれる」
「だから、それがよそ様に迷惑をかけているというやつだ」
大丈夫というようにクラリッサが告げるのにリーチオが力なく突っ込んだ。
「仕事はするよ。権力を手に入れたらたっぷりと。副会長なんて生徒会長の予備じゃ、することなんてないんだよ」
「もうお前には何も言うまい」
クラリッサには言っても無駄だということを理解したリーチオだ。
「それで、パーティーに必要なものは?」
「新しいパーティーのドレスとモウドクフキヤガエルの毒と吹き矢」
「オーケー。後半はいらないな」
クラリッサはいったい誰を暗殺するつもりだったのだろうか。
「パーティーはいつだ?」
「今週末」
「なら、急がんとな。今日、仕立てに行くとしよう」
「がってん」
というわけで、クラリッサとリーチオは服屋へ向かった。
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ジョン王太子の主催する生徒会解散パーティーが始まった。
待ち合わせ場所はウィリアム4世広場。
「お待たせ」
「おー。クラリッサちゃん。こっちこっち」
ウィリアム4世広場には既にウィレミナがいた。
ウィレミナは紺色のドレスを身に纏っている。最新の流行の品とはいかないが、そこまで流行おくれという感じでもない。この世界のファッションの流行り廃りは、そこまでハイテンポに動いているわけでもないのだ。
「ねえ、聞いた? ウィリアム4世広場に凄い怪物が出没したんだって。黒い霧と稲妻を引き起こして、街をパニックに陥れたらしいよ。クラリッサちゃんは知ってた?」
「そんなことがあったのか。身近な場所でそんな超常現象が起きるなんて凄い」
その身近な超常現象の元凶は今日も倉庫の中にいるぞ。テケリリ。
「クラリッサさん!」
「天使の君。君は本当に綺麗だね」
「あ、ありがとうございましゅ」
フィオナもベージュのドレスを身に纏っていた。こちらは最近流行の刺繍などがほどこされたお洒落なコルセットが使われているものだ。流石は公爵令嬢といえるだろう。ドレスのスタイルも一流の物である。
「クラリッサさんも素敵なドレスですわ。クラリッサさんにはやっぱり朱色が似合いますわね。銀髪と白い肌にコントラストをなして、美しいですわあ」
クラリッサは新調した朱色のドレスだ。彼女が頑なに朱色を選んでいるのは血が目立たないからという理由だが、フィオナが言うように鮮やかな朱色とクラリッサの銀髪、そして白い肌はコントラストをなしており、実に似合っている。
「ありがとう、フィオナ。君に並び立てる存在になろうと努力しているんだ」
「まあ、クラリッサさんたっら!」
フィオナたちがそんなやり取りをしていた時に、馬車が止まった。
「こんばんは、諸君! 待たせたかな?」
ジョン王太子の登場である。
ジョン王太子はカジュアルなスーツ姿。最近ではこういうのも似合うようになってきたお年頃である。ジョン王太子も日々成長しているのだ。
「待った。3時間くらい待った」
「ちょっと待ちたまえよ! 待ち合わせ時間までまだ5分あるぞ!」
「女の子を待たせる男ってサイテー」
「悪かったよ!」
クラリッサもさっき来たばかりである。待ってない。
「それはそうと会場に向かうとしよう。馬車に乗ってくれ」
「はーい」
ジョン王太子が告げるのにウィレミナたちがジョン王太子の馬車に乗り込む。
「会場は?」
「なんと聞いて驚きたまえ。プラムウッドホテルだ」
ジョン王太子は自慢げにそう告げたが感心の声は上がらなかった。
それもそうである。クラリッサたちはなんだかんだで既にプラムウッドホテルを数回堪能しているのだ。そして、プラムウッドホテルはリベラトーレ・ファミリーのシマである。これが発覚すると王室がマフィアのホテルを使用ということでスキャンダルになる。
唯一の事実を知るクラリッサとウィレミナは黙っておくことにした。
「あの、プラムウッドホテルに何か不満があるのかね?」
「ないですよ、ないです」
「ないよ」
ウィレミナとクラリッサは知らぬふりをした。
「ならいいのだが。それでは楽しんでくれたまえよ」
ジョン王太子の馬車が止まると、扉が丁重に開かれた。
「ようこそ、プラムウッドホテルへ、王太子殿下。当ホテルを代表して歓迎させていただきます。今日はどうぞごゆっくり」
「ありがとう」
そして、ジョン王太子は副支配人の出迎えを受けて、ホテルに進む。
「この間の総支配人の人は?」
「滅多なことじゃ出て来ないよ」
クラリッサたちが訪れたときがその滅多なときだったわけである。
「レセプションホールを貸し切りにしたのだ。凄いだろう?」
「国民の血税はこうして無駄遣いされているのか……」
「どうしてそう抉った視線で見るのかな!」
クラリッサもみかじめ料や密輸品の金でホテルを借りていたぞ。
「今日はこれまでの生徒会の活動を振り返り、思い出としよう」
「私はよく働いたと思うよ」
「……突っ込みどころかな?」
クラリッサはサボりまくりだったが。
「それでは王立ティアマト学園中等部生徒会の今後を祈って、乾杯!」
「私の真の学園のボスの座のために、乾杯!」
「変なことで乾杯させようとするのはやめてくれないかな!」
そんなこんなで楽しいパーティーの時間は過ぎていき、クラリッサたち王立ティアマト学園中等部生徒会はその役割を一時的に終えて、解散したのであった。
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