娘は新入生を出迎えたい
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──娘は新入生を出迎えたい
文化祭が終わり、春休みが終わるとクラリッサたちも進級だ。
これからは中等部2年生。そして、クラリッサたちにはするべきことがあった。
「新入生歓迎パーティーがある」
生徒会室でジョン王太子がそう告げる。
「そうだね。私たちの時もあったもんね」
「そうなのだ。そして、今回は我々が新入生を出迎える番だ」
そうなのである。
クラリッサが入学したときに中等部の生徒会がクラリッサたちを出迎えたように、クラリッサたちも生徒会として新入生を出迎えなければいけないのだ。
「まあ、頑張って」
「その手は通じないよ、クラリッサ嬢。君にも準備を手伝ってもらう」
クラリッサは面倒くさいことは全てジョン王太子に投げようとしたが、そういうわけにはいかなかった。クラリッサも副会長なのだ。
「具体的に何するの? 学園の掟を教える?」
「掟というか校則の説明は教師たちから行われる。我々はただ歓迎するのみだ。思い出したまえよ。君の初等部1年の時に手厚く歓迎されただろう?」
「スピーチがクソみたいに退屈だった」
「君はなあ!」
クラリッサの記憶に残っている生徒会の手厚い歓迎など、退屈なスピーチぐらいだ。
「料理などの支度は学園側がするが、君の言う退屈なスピーチと生徒たちとの質疑応答や触れ合いの時間は我々の担当になる」
「触れ合いは動物園の小動物コーナーだけで十分だよ」
「そういう触れ合いではないからね?」
クラリッサは珍獣かもしれないが。
「ちーす。何か用事ですか、ジョン王太子?」
「ウィレミナ嬢。今度、新入生歓迎パーティーがある。その出迎えを行う」
「そうですか。じゃあ、頑張って」
「クラリッサ嬢と同じ手段で逃げようとしてもダメだよ」
ウィレミナも逃走を試みたが、却下された。
「でも、会計ってすることなくないですか? 別にお金を管理したりしないでしょう」
「生徒会の一員として新入生たちに学園生活の何たるかを教えるという仕事がある。新入生たちは不安を持っているだろうし、その点を解決しなくてはなるまい」
ウィレミナが告げるのに、ジョン王太子がそう返した。
「ああ。学園のことを教えてあげるんですね」
「そういうことだ。学園生活の基本を教える資料など作成してくれ。……怪しいカジノに近づいてはならないとか」
ジョン王太子はそう告げてクラリッサを見たがクラリッサはそっぽを向いていた。
「資料作成だけでいいんですか?」
「まさか。君も参加してもらうよ。スピーチは私が行うが、質疑応答や触れ合いの時間には生徒会全員で臨みたい。フィオナ嬢やクラリッサ嬢も参加だよ」
「げー。ちっちゃい子の相手って疲れるんですよね」
「ついこの間まで君もそのちっちゃい子だったのだよ」
ウィレミナは兄弟姉妹の多い家庭で育ったので、小さい子の面倒の見方は知っているが、それでも疲れることに変わりはないのである。
「多分、ジョン王太子だけで全て事足りるよ。信頼しているからね、生徒会長」
「その言葉には騙されないよ。君たちも参加することは決定だ」
ジョン王太子も手ごわくなってきた。
「さて、では、ウィレミナ嬢は資料の作成を。私はスピーチの原稿を作る。クラリッサ嬢とフィオナ嬢は触れ合いの際の手順などを準備してくれたまえ。簡単な質問しか来ないと思われるが、我々が答えられなくては新入生も不安になる」
「好きなこと教えていい?」
「ダメ」
クラリッサに好き放題を許すと碌なことにはならない。
「では、それぞれ準備をしよう。それからドレスを忘れずにね。何といってもフォーマルなパーティーだから。着飾って来てくれたまえ」
「はいはい」
というわけで、クラリッサたちは新入生歓迎の準備を始めることに。
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「学園で儲けられるかどうかはまず聞かれるよね」
「ど、どうでしょうか? それよりも部活動などについて聞かれると思いますわ」
クラリッサとフィオナは新入生から来るだろう質問について考えていた。
「ジョン王太子ー。資料の方できましたよー。校則の中でも学園生活に密着している奴を何件かラインナップして、説明を付けておきましたー。これでいいですよね?」
「うむ。問題ないだろう。ありがとう、ウィレミナ嬢」
ウィレミナは真面目に校則の説明を作っていた。
「カジノのルールについても教えるべきだよね」
「そ、それよりも文化祭などの行事について聞かれるかと思いますわ」
クラリッサは先ほどから碌でもないことばかり教えようとしている。
「クラリッサ嬢。副会長が率先して校則を破ることがないようにね」
「必要なことしか教えてないよ?」
「カジノのルールは学園生活のどういう場面で必要なのかな?」
「……文化祭とか」
クラリッサは視線を逸らしてそう告げた。
「クラリッサちゃん。流石に初等部の子まで、危ないビジネスに関わらせないでしょ」
「危なくないよ。実際安全。問題なし」
ウィレミナが告げるのに、クラリッサがそう告げて返す。
「というか、実際のところ、何聞かれるの? 見当がつかない」
「先ほどからフィオナ嬢がアドバイスしてないかな?」
フィオナはさっきから部活動や行事などについて聞かれるとアドバイスしているぞ。
「部活か。何部が面白いって勧められるかな」
「クラリッサさんはアーチェリー部だったのですから、アーチェリー部は?」
「あれは割と退屈だよ。慣れると暇になる」
クラリッサにとってアーチェリー部は既に過ぎ去った存在である。
「なら、陸上部勧めようぜー。新入部員を確保だー」
「ウィレミナ。今年の新入生が中等部や高等部に進むときには私たちは卒業してるよ」
「それもそっか」
初等部の陸上部員が増えてもウィレミナたちには関係ないのだ。
「自分たちの利益だけで決めるのはやめないか。純粋に面白い部活を紹介したまえ」
「そういえば、フィオナって部活やってったっけ?」
思えばフィオナが何部だったのか記憶にない。
「私は帰宅部でしたわ。というのも、帰ってからやることが多くて。中等部に入ったら何か部活動に入ろうかと思っていたのですが、こうして生徒会をやることになりましたし。また来年に考えておきますわ」
「よし。帰宅部を推奨しよう」
「それはちょっと……」
学園は今でも帰宅部が多くて困っているのだ。これ以上増えられても困る。
「部活動はどれも楽しいとでも説明しておいたら?」
「そだね。生徒会が特定の部活を紹介するなら、それなりの謝礼をいただかないと」
「謝礼は関係ないかなー」
袖の下を渡せば、君の部活に新入部員がやってくる! 明らかな不正である。
「せっかくだから各部の部長も招いたら?」
「む。それもそうだね。彼らから直接話を聞くのがいいかもしれない」
クラリッサが提案するのに、ジョン王太子が頷いた。
「それじゃあ、その方向で進めよう。任せたよ」
「君は提案するだけか……」
クラリッサはものぐさなのである。
「それはそうと、6月で生徒会も解散だ。解散前にちょっとしたパーティーをしようと思うのだが、どうだろうか?」
「君がそういうの言い出すのって珍しいね」
「私だってたまには楽しいことを考えるよ」
ジョン王太子は娯楽など考えない超真面目人間だとクラリッサは思っていたぞ。
「なら、パーティーの主催は君?」
「そういうことになるね。いい会場を準備しておこう」
「王族の権力を乱用するわけだね」
「言い方!」
クラリッサも大抵マフィアの権力を乱用しているので人のことは言えない。
「ジョン王太子! 期待してますね!」
「殿下。楽しみにしておきますわ」
ウィレミナとフィオナがそう告げる。
「なんだか、期待に押しつぶされそうだからやめてくれないか!」
「期待、期待」
ジョン王太子が叫ぶのに、クラリッサがリズミカルにそう告げた。
頑張れ、ジョン王太子。解散はまだまだ先の話だぞ。
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……………………
新入生歓迎パーティーが始まった。
生徒会がやるのはまずはジョン王太子の挨拶だ。
「ごほん。今年もこの名誉ある王立ティアマト学園に新入生を迎えられたことを嬉しく思います。これから君たちはこの学園を学び舎として、日々成長していくことになるでしょう。成長は勉強の面だけでなく、運動や魔術の面だけでもなく、貴族の名誉と誇り、そして社会性の面においても成長していくこととなるでしょう。そして──」
ジョン王太子のスピーチは長かった。
「ねむ……」
「クラリッサちゃん。寝ない、寝ない。ちゃんと起きておくように」
クラリッサは退屈なジョン王太子のスピーチを前に眠気に襲われていた。
「スピーチが終わったら起こして。というか、パーティーが終わったら起こして」
「鼻に唐辛子突っ込むよ?」
「ウィレミナは鬼なの?」
寝たままパーティーをやり過ごそうとしているクラリッサが悪い。
「そろそろスピーチは終わりだよ。私たちの出番だ」
「面倒くさい」
「同感だけどここまで来たんだから頑張ろう」
ウィレミナも内心ではうんざりしているのだ。
「──以上、生徒会長より新入生に向けての挨拶でした」
それなりの拍手が送られ、ジョン王太子が壇上から降りる。
「以後の時間は自由時間とします。先輩たちにアドバイスを聞くなどしてください」
アナウンスがそう告げて、一気に会場が賑やかになる。
「先輩、先輩。名前は何とおっしゃられるですか?」
「フィオナです。フィオナ・フィッツロイ」
「フィッツロイ家の方なのですか! 公爵家ですよね?」
「はい。ですが、そのようなことはここでは気にせず、何なりと質問してください」
フィオナのところには早速新入生がやってきた。
「こんにちは! 部活動について聞きたいんですけど」
「それなら陸上部だよ。他に選択肢はないよ。あそこに部長がいるから聞いてみて」
ウィレミナの方に来た生徒は上手くパスされた。
「先輩、初めまして。副会長のクラリッサさんですよね?」
そして、クラリッサのところにも新入生がやってきた。
「違うよ。私は見学の人。質問は向こうの生徒会のスタッフの人たちにしてね」
「クラリッサ嬢。ここにきて逃げようというつもりかね」
さりげなく面倒ごとからは逃げようとするクラリッサであった。
「正直、私にこの手の仕事は向いてないと思う。子供の相手が得意なのはそういう性癖の持ち主だよ。私はいたって健全だから、お子様の相手はしない」
「君もついこの間まではお子様だったのだよ?」
「私は昔から手のかからない大人のレディだった」
「よくぬけぬけとそんなことが言えるね! 学園一の問題児なのに!」
クラリッサは昔からトラブルメーカーだったぞ。
「生徒会長と副会長って本当に仲がよろしいんですね」
「君の目玉はガラス玉かな?」
新入生のひとりが告げるのに、クラリッサはさりげなく毒を吐く。
「さて、聞きたいことがあるなら、私にでも、クラリッサ嬢にでも聞いてくれたまえ!」
「生徒会長は付き合っている女性いるんですか?」
「……プライベートなこと以外でお願いできないかな?」
今年の新入生も問題児が多そうだ。
「ジョン王太子は女誑しで有名で、この学園では知らぬ人はいないよ。日替わりで女子生徒を連れまわしているんだ。中には妊娠させられて、退学した女子生徒もいるよ。フィオナって婚約者がいるんだけど、いつも枕を涙で濡らす日々だって漏らしてた」
「そんな酷い人だったのか……」
そして、クラリッサがその新入生にあらぬことを吹き込む。
「クラリッサ嬢! いい加減なことをいうのはやめてくれないか! 私はフィオナ嬢以外に愛した女性などいないし、まして妊娠させたりなどしていないよっ!」
「私に対応を任せるとこういうことになるんだよ?」
「脅迫か!」
面倒なことをやらされるなら報復手段を取る。クラリッサ流仕事術だ。
「こっち見た……」
「孕まされる……」
新入生はさっきのクラリッサの言葉を信じてジョン王太子から距離を取っている。
「ちがーう! 違うから! 私は女子生徒を妊娠させてなどいない!」
弁明に追われるジョン王太子であった。
「クラリッサさんは大丈夫なんですか?」
「私も襲われかけたけどボディブローを叩き込んでやったよ。君たちもジョン王太子を見かけたら開幕即ボディブローだよ?」
新入生が心配そうに尋ねるのに、クラリッサがいい笑顔でそう告げた。
「クラリッサ嬢! もう君に対応は任せないよ! もう出ていって──」
「ボディブロー!」
「ごふうっ!?」
嘘でたらめを振りまいて回るクラリッサを追い出そうとしたとき、新入生のひとりがジョン王太子にボディブローを叩き込んだ。
「そうそう。それでいい。懐かしくなるね」
「き、君という奴は……」
頑張れ、ジョン王太子。疑惑を払拭していい先輩になるんだ。
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