娘は後夜祭を執り行いたい
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──娘は後夜祭を執り行いたい
「後夜祭?」
「そうだ。文化委員会と生徒会で執り行う」
文化祭の終わりに差し掛かったとき、ジョン王太子がそう告げた。
──ウェイトレスの制服姿で。
「そうか。なら、頑張って」
「頑張って、は通じないよ。この後夜祭の後には反省会もあるのだからね」
「……面倒くさい」
「本音が漏れてるようだね!」
クラリッサは心底面倒くさいと思っている。
「そもそも後夜祭なんて考えたの誰? 後の祭りだよ?」
「後の祭りとは意味が違うよ! ごほん。今年から少しばかり文化祭の時間を延長したことだし、それに応じて行事を増やそうと考えたのだ。生徒たちが一致団結して頑張った文化祭の締めくくりとして、後夜祭をするというわけだよ」
「また予算の無駄遣いを……」
「い、いや、こういう行事も必要だろう?」
クラリッサがジト目でジョン王太子を見るのに、ジョン王太子がそう告げた。
「で、具体的には何をするの?」
「キャンプファイアーと花火、そしてフォークダンス。周辺住民の許可は取ってある。思う存分燃やしていいのだよ。君はこういうの好きだろう」
「フォークダンスってなに?」
「そ、それはだね。男女がペアになってキャンプファイアーの周りを踊るというものであって、その、本当に他意はないのだよ?」
「……その格好で文化祭デートが上手くいかなかったから、このイベントで取り戻そうって気なんだね。要はフィオナと踊りたいんだね」
「……はい。そうです……」
クラリッサがジト目のまま指摘するのにジョン王太子は白状した。
「大丈夫。私は権力の乱用を見逃してあげる心の広さを持っているから。その代わり私はここら辺で失礼させてもらうよ」
「おっと。それはそれ。これはこれ。君にも反省会に出席してもらわないといけないから、逃がしはしないよ。後夜祭の準備を手伝えとも言わないが」
クラリッサが颯爽と立ち去ろうとするのをジョン王太子が肩を掴んで食い止めた。
「反省会って何さ。反省することなんてないよ。楽しかったです、終わり」
「予算の過不足や賓客の取り扱い、催し物のトラブル。そういうことはあるのだよ。そういうことが来年も起きないように、記憶が新しいうちに話し合うんだ」
クラリッサが幼稚園児のようなことを言うのに、ジョン王太子がそう説明する。
「はあ。私は特に意見がないから帰るね」
「意見を出すんだよ。ウィレミナ嬢に聞いたが、高等部で生徒会に入ることを狙っているのだろう。それならば今のうちから存在感を示しておくべきだと思うね」
「存在感はお金と暴力で示すよ」
「君という奴は!」
また同じ轍を踏もうとしているクラリッサだ。
「ちーす。ジョン王太子とクラリッサちゃん。用事って何?」
「よく来てくれた、ウィレミナ嬢。実は後夜祭と反省会について──」
「あ。用事思い出した。失礼しまーす」
「逃がさないよ」
ウィレミナは颯爽と逃亡を試みたが回り込まれてしまった。
「ウィレミナ嬢。君も生徒会の一員なのだから、仕事をしてくれたまえ」
「予算のことなら後で報告書出しときますよ」
「いーや。反省会で意見を出してもらう」
ウィレミナが告げるのに、ジョン王太子が首を横に振った。
「あーあ。捕まっちゃった。最初から来なければよかったかな」
「一緒に逃げよう」
「クラリッサちゃんは自分の意志で生徒会に入ったのだから、頑張ろう」
勧誘で生徒会に入ったウィレミナと違ってクラリッサは自分の意志で立候補しているぞ。そこは大きな違いだ。
「クラリッサさん、ウィレミナさん。いらっしゃったのですね。殿下から後夜祭と反省会のことは聞かれましたか?」
「聞いたよ、フィオナ。ジョン王太子は君と踊りたいようだけれど、私も君と踊りたいところだな。どうだろうか。1曲、お付き合いいただけるだろうか?」
「ひゃ、ひゃい!」
さっきまではまるでやる気なしだったのにこれである。
「でも、後夜祭っていきなり決まったの?」
「前々から準備は進んでいたようですわ。文化委員会の方々がサプライズにと」
「ほへー」
フィオナが告げるのにウィレミナが感嘆の息を漏らす。
「キャンプファイアーとか花火とかよく隠せてたね」
「まあ、ちょっと噂にはなっていたようですが」
キャンプファイアーの木材や花火。そういうものをこっそりと準備し、周辺住民の許可を取り付けてきた文化委員の功績は大きい。
「フィオナ嬢! 来てくれていたのだね。そのふたりと一緒に来てくれないか。そろそろ後夜祭の準備をしなくては」
「私は後夜祭の準備はしなくっていいって聞いたけど」
「見ているだけでいいとも。私とフィオナ嬢が必死に働くのも見ているといい」
「そうするね」
「血も涙もないな!」
普通は友達が頑張ってたら手伝うものである。
「まあ、手伝ってあげてもいいけれど時給いくら?」
「生徒会の仕事に賃金はでないよ」
「だと思った」
流石のクラリッサももう学習する。
「それじゃあ、見てるから頑張ってね」
「あたしも見てますねー」
クラリッサとウィレミナはそう告げて、ジョン王太子たちの後をついていった。
……………………
……………………
「吹奏楽部はそこに。キャンプファイアーからある程度距離をとって」
「気合入れろー! 運ぶぞー!」
王立ティアマト学園中等部のグラウンドでは後夜祭の準備が着々と進んでいた。
グラウンドの中央にはキャンプファイアーの薪が組み上げられ、校舎側には吹奏楽部が演奏の準備を始めている。かなり本格的だ。
ジョン王太子たち生徒会と文化委員会が頑張って準備を進める中クラリッサたちも──ただ、その様子を眺めていた。
「本当に手伝ってくれないどころか、フィオナ嬢までそっちに引きずり込んだね!」
「女の子に重いものを持たせたりしちゃダメなんだよ」
クラリッサはさりげなくフィオナもサボり組に引き込んでいたぞ。
「あたしも重いもの持って怪我したりすると陸上部の試合に関わるのでー」
「私も重いものは持てないので……」
ウィレミナとフィオナも傍観モードに突入した。
「はあ。せめてひとりくらいは男子生徒を入れておくんだった」
「君がいるじゃん。頑張って」
「はいはい! 頑張りますよ!」
ジョン王太子はキレ気味に準備に戻っていった。
こういう時に女子生徒ばかりに囲まれていると苦労するものである。女子生徒の団結力は半端なく、男子を相手に言葉では対等に戦えるのだ。ジョン王太子が言うようにひとりくらいは男子生徒がいれば、状況も変わったかもしれないが。
女子生徒に囲まれてハーレム気分とか思っているとこういう目に遭うのだ。まあ、ジョン王太子はクラリッサたちにハーレムなど求めていないのだが。学園ナンバーワンの問題児のハーレムとかごめん被る話である。
「あの、クラリッサさん。本当に手伝わなくていいんでしょうか?」
「いいんだよ。ジョン王太子はなんだかんだで労働の楽しさを味わっているのだから、邪魔したら可哀そうだよ。これから彼は国王になって労働とは無縁の生活を送る。彼が労働をできるのは今の間だけなんだ。私たちはそっと見守ってあげよう」
「そうですわね」
絶対に違うぞ。
「ところで、今日の収益はどれくらいだったかな?」
「15万ドゥカートほどだとサンドラさんが言っていましたわ」
「15万ドゥカートか。やはり賭け金が少ないと手に入る額も少ないな」
カジノはプレイヤーが大金を賭ければ、その分収益が増える産業である。だが、生徒会の定めた規則によって賭け金は制限されているので、儲けも減るのであった。その分、飲食物で補填しようとしたが、どこまで有効だったのか。
「でも、15万ドゥカートだよ? かなり稼げてない?」
「甘いね、ウィレミナ。本物のカジノではもっと大量の額をやり取りするんだよ。100万ドゥカートとか500万ドゥカートとか。これぐらいの儲けで満足してはダメだよ」
貧乏一家のウィレミナにとってこの儲けは凄い額だが、学園の闇カジノやリベラトーレ・ファミリーの違法カジノを知っているクラリッサにとっては微々たる金額だ。
「やはり来年からは賭け金の制限をなくさせるか。いや、どうせ収益金は自分たちの懐には入らないんだからどうでもいいか」
クラリッサは自分が儲かることにしか関心がないのだ。
「クラリッサちゃんは来年は生徒会長の座を狙うの?」
「んー。あんまり興味ない。私は真の学園のボスである高等部の生徒会長になりたい」
「高等部の生徒会長も別に学園のボスってわけじゃないけどなー」
クラリッサは本質的に何かを間違っているぞ。
「皆さん、もうすぐ後夜祭が始まります。参加する生徒の方々はグラウンドに集まってください。繰り返します──」
やがて、後夜祭の準備が終わったのか、アナウンスがそう告げる。
「諸君。後夜祭だぞ。これには参加してもらうからね」
「はいはい。フィオナと踊りたいんでしょ?」
「はい……」
クラリッサが告げるのに、ジョン王太子が素直に告げた。
「では、踊りましょう、殿下」
「うむ。楽しい後夜祭にしよう」
フィオナが告げるのにジョン王太子が頷く。
「キャンプファイアーにまだ火がついてないけど」
「ああ。そろそろつける手はずなのだが……」
「私が付けよっか?」
「うむ。周囲に注意してやってくれたまえよ」
クラリッサが告げるのにジョン王太子が頷いた。
「ド派手に燃やしたいところだ」
「ほどほどにな、クラリッサちゃん」
こういう時にやる気を出すクラリッサである。
そして、クラリッサがキャンプファイアーに近づくと、文化委員の生徒らしき生徒たちがマッチをこすって火を付けようとしていた。
「やっほ。代わりに火を付けに来たよ」
「ああ。ありがとう。それではお願いしますね」
「十二分に距離を取ってね」
クラリッサはそう告げると右手をかざした。
次の瞬間、ゴウッと暴風が吹き荒れ、キャンプファイアーに天高く伸びる炎がついた。あまりにド派手な炎の点火に文化委員たちはドン引きしている。
「はい。ついたよ」
「これ消すの大変そうだ……」
炎は高らかに燃え上がっている。
「えー。皆さん、文化祭お疲れさまでした。今年も多くの賓客を迎えて、大盛況となりました。皆さんもクラスメイトと一致団結して催し物を行い、絆は深まり、いい思い出が作れたものと思います。王立ティアマト学園の生徒として名誉ある──」
そして、ジョン王太子のスピーチが始まった。
のだが、ほとんどの生徒は話を聞いておらず、フォークダンスで一緒に踊る相手を探しているというのが現状だ。男女の交友を深めるチャンスなので、逃そうとする人間はいないぞ。これを機に付き合おうと考えている生徒もいるのだ。
「そこの君。一緒に踊らない?」
「あ? 死にてーのか?」
そして、女子と間違えられて男子に声をかけられているフェリクスである。
「フェリクス・フォン・パーペン君!」
そんなときに現れたのがクリスティンだ。
「あなたのような乱暴な人では一緒に踊ってくれる人も限られるでしょう。ですが、今日は文化祭。皆が楽しまなければなりません。そ、その、文化祭を楽しむためにも、私が一緒に踊ってあげてもいいのですよ?」
「踊りたいのか?」
「うがーっ! あなたこそどうなのですか! 踊りたくないのですか!」
「いや、どうでもいい」
フェリクスは踊っても踊らなくてもどうでもいいのだ。だが、とりあえず着替えたいと思っている。ウィッグもそろそろ外したい。
「どうでもいいということは踊ってもいいということですね。なら、踊るです! 文化祭の思い出を作らずしてどうするのですか!」
「はいはい。分かったよ。だが、ちびと踊るのは大変そうだ」
「あなたという人は!」
フェリクスとクリスティンの身長差は頭2個と半分くらいある。
「んー。フェリクスはクリスティンと踊るのか」
「クラリッサちゃん! 踊る相手、もう決めた?」
「サンドラ。仕事は終わり?」
クラリッサが遠くからフェリクスとクリスティンのやり取りを見ているのに、サンドラが慌ただしく駆け込んできた。
「まだまだだよ。この後反省会もあるし」
「反省することなんてないよ。楽しかったからそれでいいじゃない」
「それだと来年にまた同じトラブルが起きるかもしれないんだよ」
サンドラは文化委員として奔走していた。
どこかのサボり生徒会副会長とはえらい違いだ。
「それより後夜祭のダンスの相手、決まった? フェリクス君?」
「フェリクスはクリスティンと踊るっぽい。私は見てようかな」
クラリッサには女子の友達は多いが、男子の友達となると闇カジノの顧客や構成員ぐらいになってしまうのである。
「それなら私と踊らない?」
「……? これって男女で踊るものじゃないの?」
「友達とでもいいんだよ」
クラリッサが首を傾げるのに、サンドラがそう告げた。
「じゃあ、踊ろうか。私はいつでもいいよ」
「音楽が始まったら踊ろう」
そう告げてサンドラがクラリッサの手を握る。
「ふふふ。これで後夜祭の後、反省会から逃げられなくなったよ、クラリッサちゃん」
「嵌められた……!」
頑張れ、クラリッサ。時には後ろを振り返ることも必要だぞ。
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