父は娘がやらかさないか心配したい
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──父は娘がやらかさないか心配したい
「カレー支部は安定しています。問題はその外です」
リーチオの屋敷の書斎でそう告げるのはピエルトだ。
「外というと?」
リーチオが尋ねる。
「文字通り、カレーの外ですよ。フランク王国です。あそこはもう薬物取引の本場になってます。アナトリア帝国からマルセイユにアヘンが入って、そこから世界中に拡散。リバティ・シティのヴィッツィーニ・ファミリーも押さえ込むのに苦労しています」
薬物による混乱が拡散しつつあった。
アナトリア帝国からは大量のアヘンが流れ込み、それがマルセイユを中心に拡散している。フランク王国から大陸中に拡散し、その手は新大陸にまで及んでいる。
「クソ野郎どもめ。だが、アルビオン王国にヤクは入れさせない」
「そのことですが、気になる情報があります」
「なんだ?」
「魔王軍です」
そのピエルトの言葉にリーチオの眉が歪んだ。
「魔王軍、だと?」
「そうです。魔王軍の配下のものたちが、アヘンを意図的に大陸中に広めているとかで。アナトリア帝国の半分は魔王軍に支配されています。表向きは人間の犯罪組織の仕業として薬物を流し、相手の国力を落とす。そういう作戦ではないかと」
「それの情報ソースはどこからだ?」
「フランク王国の国家憲兵隊からです。信頼できる筋の情報だと聞いています。そもそもこんな突拍子もない嘘をつく必要もありませんし」
リーチオの問いにピエルトが答える。
「ボス。それが本当なら魔王軍はファミリーの敵です」
「だろうな」
ベニートおじさんが告げるのにリーチオは考え込む。
リーチオが魔族だということを知っているのはクラリッサだけだ。そのクラリッサも何かの確証があるわけではなく、己の身体能力から察しを付けているだけだ。
今のリーチオは正体を隠している。彼が魔王軍四天王のひとりだということは誰も知らない。今の状況はかなりの綱渡りだ。
「魔王軍か」
魔王軍のやり方はリーチオが良く知っている。正直に言って、こんな頭の回る作戦ができるような組織ではなかった。旧態依然の軍事戦略で勇者と人類の連合軍を相手にしていた。分散して各個撃破される戦力。地形を活かせない戦い。そんな馬鹿げた作戦をやっていた連中が薬物を意図的に拡散させて、国力を削ぐ?
だが、魔王軍は変わったのかもしれない。リーチオが魔王軍を去ってからもう10年以上の月日が流れている。今もリーチオが愛想をつかした魔王が魔王軍を率いているという根拠もない。魔王軍が変わったとすれば、戦略的には辻褄が合う。
魔王軍の間接的アプローチによって、国力を削ぐことができる。フランク王国とゲルマニア諸国の国力が低下すれば、その東部にあるクラクス王国で引かれている戦線の後方が崩壊する。魔王軍が一気に大陸を手中に収めることができる。
「しかし、魔王軍となると七大ファミリーでも相手にできるものではありませんね。何せ国が戦っている相手です。我々が喧嘩できる相手じゃない。それに我々は別に愛国者ってわけでもない。国が滅びさえしなければそれでいいでしょう」
「馬鹿か! 連中がヤクを広めて回ってるんだぞ! ぶち殺してやるべきだ! だが、どうやって魔王軍の奴を見分ければいいんだ……? 連中は姿かたちが人間とまるで違うはずだから、見つけようと思えば国だってすぐに見つけられるはずだぞ」
魔王軍には人狼や吸血鬼といった者たちがいるんだよ、ベニート。とリーチオは心の中で思った。吸血鬼は昼間は活動できないが、人間と見分けるのは難しい。下手に民衆に魔王軍潜伏の脅威を煽れば、魔女狩りが始まってしまう。
そうすればリーチオとクラリッサの身も危うい。
「魔王軍の情報はもっと精査したい。下手に藪をつついて、馬鹿げた結果になることは避けたいところだ。七大ファミリーは既に敵ができている。チンピラやフランク王国の組織。そこに魔王軍まで加わるなら存亡の危機だ」
「了解です、ボス。まずは敵を知らなければ戦えませんからね」
今回はやけにベニートおじさんもあっさりと同意してくれた。
「ピエルト。もっと情報を集めろ。カレー支部を拠点にしていい。他に報告は?」
「ああ。そうでした。ドン・アルバーノからボスに相談役を雇わないかと」
「相談役? 弁護士のことか?」
「ええ。我々の間では相談役を置くのが普通なんですよ。我々は新興のファミリーで、複数のファミリーをボスがまとめ上げたおかげで、そういうものはありませんでしたけど。それにボスは相談役が必要ないほどに賢いですからね」
「お世辞はいい。ドン・アルバーノが雇えと言っているなら雇わなきゃならんだろう」
相談役は他のファミリーとの交渉などにもかかわるし、組織内の仲裁にもかかわる。このリベラトーレ・ファミリーは七大ファミリーの一角をなしていると言っても歴史は浅く、またリーチオとディーナによる暴力的な乗っ取りで生まれたため、これまでそのような役職は存在しなかった。弁護士は大勢雇っているが、彼らは組織の運営にはかかわらない。彼らはあくまで弁護士として仕事をするだけだ。
それにそもそも相談役というものが生まれたのもそこまで昔の話ではない。相談役が生まれた背景にはリバティ・シティで揉め事を抱えていたヴィッツィーニ・ファミリーがリバティ・シティの他のマフィアと話し合うために作り出したとされている。
「ドン・アルバーノから推薦はあるのか?」
「ええ。マックス・ミュラー。ベテランの弁護士で、ドン・アルバーノの推薦です」
リーチオが尋ねるのに、ピエルトがそう告げる。
「その名前は南部人じゃないな?」
「ええ。バヴェアリア王国の出身です。ドン・アルバーノがシチリー王国に引っ込む前には部下として働いてたそうです。立場的にも中立。七大ファミリーのいずれにも関与していません。後はボスが信用されるかどうかです」
バヴェアリア王国は北ゲルマニア連邦の南に位置する国家だ。民族的には北ゲルマニア連邦と同じゲルマニア人となっている。
「とりあえず会ってみよう。いつ会える?」
「今年の7月中旬には向こうでの仕事を終えて、アルビオン王国に到着するそうです。それから一応一通り調べて、ボスに会わせられるかどうかを確かめます。会合の予定はそれ以降で。それでよろしいですか?」
「ふむ。まあ、予定的には大丈夫だろう」
リーチオとしても一度話してみなければ信頼できる相手なのかどうかは分からない。ドン・アルバーノの推薦は尊重するが、息が合うかどうかはまた別の話だ。
「さて、お前たちに言わなければならないことがある」
「……さっそくカレーの外に仕掛けると?」
「誰もそんなことは言ってない」
ベニートおじさんが鼻息を荒くするのに、リーチオがため息をついた。
「文化祭だ。クラリッサのところで文化祭がある。例によって招待状は4枚」
「ああ。もうそんな時期ですね。クラリッサちゃんたちは今年を何をするんです?」
「……女装・男装カジノ喫茶だ」
「女装・男装カジノ喫茶」
リーチオが告げるのに思わずピエルトが繰り返した。
「い、いや、そんなやけくそになったみたいな企画が通ったんですか?」
「おい。ピエルト。お前に学園のことが分かるのか? 碌な学もないくせに偉そうなこと言うんじゃねえ。きっとクラリッサちゃんたちが頑張ったんだよ」
流石のピエルトも動揺するのに、ベニートおじさんがピエルトを睨んだ。
「正直、俺もこれはいろいろと詰め込みすぎだとは思うぞ。だが、クラリッサたちは上手くやっているみたいだし、今年も文化祭に来てほしいそうだ。どうする?」
「もちろん俺は見に行かせていただきますぜ。クラリッサちゃんたちは今年も頑張ったんでしょうし。それにカジノとなれば見逃せませんな」
リーチオが尋ねるのに、ベニートおじさんが即答する。
「それじゃあ、俺も。それであと1枚の招待状はパール嬢にでも?」
「クラリッサがそうしたいと言っている。俺としてはあまり気乗りしないのだが」
「まあ、そうですよね。ボスはディーナさんに一生の愛を捧げているわけですし」
クラリッサは今年もパールに来てほしいと言っていた。
だが、リーチオとしてはあまり自分が高級娼婦に入れ込んでいるようには思われたくなかった。彼は今もディーナを愛しており、他の女性に興味を持つことを自分に許していないのだ。彼はどこまでも一途に愛を貫いている。
「ボスは立派です。しかし、こういうのも心苦しいのですが、クラリッサちゃんは母親を無意識に求めているんじゃないでしょうか? 女の子は母親が育てるものだと言いますし、ある意味ではパールはクラリッサちゃんの母親みたいなものなのかもしれません」
「俺だけじゃやはり女の子を育てるのには無理があるか」
「いいえ。ボスは立派にクラリッサちゃんを育てました。だから、クラリッサちゃんもある程度大人になれば、パールを頼るようなこともなくなるはずです」
リーチオが僅かに唸って告げるのに、ベニートおじさんが真面目にそう告げた。
「ボスは本当に立派ですよ。ディーナさんに愛を注いで、他の女には見向きもしない。まあ、それはディーナさんがボスを愛してくれたからということもあるんでしょうけれど。俺なんて未だに愛を貫けるような相手を見つけられませんよ」
「それはてめえが娼婦から愛を得ようとしているからだ。娼婦の愛は金と交換できる。金払い次第で振ったり、振られたりだ。馬鹿なことやってねえで、堅気の連中からいい女を探せ。堅気の女どもは娼婦ほどの色気はないが、愛については格別だ」
ピエルトがため息をつくのに、ベニートおじさんがピエルトの肩を強く叩いた。
「まあ、クラリッサもいずれ理解するだろう。今年はパールを誘う」
リーチオはそう告げて会談を終わらせた。
「ただいま、パパ。あ、ベニートおじさんたちも来てたの?」
「おお。クラリッサっちゃん! 今度文化祭だって?」
ベニートおじさんとピエルトが帰ろうとしていたとき、クラリッサが帰宅した。
「そだよ。文化祭、張り切ってるから来てね。おもてなしするよ」
「そいつは楽しみだな。けど、クラリッサちゃんはカジノのルールとか知っているのかい? どういうゲームかにもよるけど、ルールが難しいのもあるだろ?」
「その点は大丈夫」
クラリッサがそう告げるのにピエルトがそっと視線を逸らしていた。
「ピエルト。お前、何度かクラリッサを遊びに連れ出したことがあったよな?」
「え、ええ、ボス。けど、まさかカジノにだなんて行きませんよ。アハハ」
後ろからリーチオが睨むのに、ピエルトはそそくさと出ていった。
「全く。碌なことを教えない大人ばかりだな」
「役に立っている経験だよ」
「役に立てるな」
クラリッサが自慢げに告げるのにリーチオが突っ込んだ。
「まあまあ、ボス。クラリッサちゃんも物事の駆け引きができるようになると、いい大人に育ちますよ。カジノもいい勉強じゃないですか」
「そうだよ、パパ。いい経験だと思う」
ベニートおじさんが甘い顔をすると勢いづくクラリッサだ。
「100歩譲って文化祭でカジノをやるのはいい経験だとしよう。だが、学園の校則に触れたり、不正やいかさまなどの行為はこれまで行ってないな?」
「行ってないよ」
「目を見て言いなさい」
クラリッサは視線を逸らしている。
「ハハッ。クラリッサちゃんは将来きっと大物に育つな。頑張るんだぞ」
「うん。ベニートおじさんも楽しみにしててね」
ベニートおじさんはそう告げるとリーチオの屋敷を去った。
「クラリッサ。カジノはいいが本当に不正はするなよ?」
「大丈夫。監査用の帳簿と別の帳簿を用意してあるから」
「そういうのを止めなさいと言っているんだ」
「ばれないようにやれって意味じゃなかったの……!?」
「誰がそんなことを言うと思うんだ!」
クラリッサは不正をするのに手抜かりがないか確かめられているのだと思っていたのである。リーチオは不正そのものをやめてほしいのだ。
「言っておくが一度不正をすると二度と信頼されなくなるぞ。どうやらお前は学園で勝手にカジノをやっているようだが、不正が発覚したらおじゃんだ」
「……ベニートおじさんたちに手伝ってもらおうと思っていたのに」
「何か言ったか?」
「なーにも」
クラリッサは知らぬ顔をした。
「それで、文化祭が近いとなると生徒会も忙しいだろう?」
「……? 生徒会の仕事はないよ?」
「お前、本当に生徒会の仕事してるのか?」
「毎日会長に挨拶してる」
「絶対にそれだけが仕事じゃないぞ。副会長だろ」
「副会長は所詮は会長の予備なんだよ」
やれやれという具合に肩をすくめるクラリッサであった。
「それにもう私は中等部の生徒会に興味はないんだ。何も自由に決めさせてもらえないし、自治権なんて嘘っぱちだったよ。私が目指すのは学園の真のボス。高等部の生徒会長だ。だから、今の生徒会では会長の予備に甘んじるよ」
「お前に選挙資金として500万ドゥカート渡したよな?」
「また今度もお願い」
「……無駄な投資はしないぞ」
クラリッサが頼むのに、リーチオは渋い顔をする。
「無駄じゃないよ。私に投資すれば間違いなく学園という大きなシマがゲットできるんだからね。これは投資するっきゃない」
「……ちゃんと仕事するなら投資する。中等部の生徒会でもだ」
「そんな」
「戦慄するようなこと言ったか?」
戦慄するクラリッサにリーチオがそう告げる。
「分かった……。何の意味もない仕事をするね。無賃金で奴隷のように働くね」
「そこまで酷くないだろ」
さてさて、こうしてクラリッサは生徒会の仕事もすることになったぞ。
本人はまるでやる気なしだが。
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