その6
フローレンって名字じゃないかと今頃思いました。変えるもあれなんで、そのままで行きます。
それから、五年が経ちました。
私は今、城下から離れた平民街にいます。あれから、一度もフローレンちゃんには会えませんでした。
「おい!嬢ちゃん!見ない顔だね!どっから来たんだい?」
屋台のおっちゃんが話しかけてくれました。今の私は変装して平民の振りをして来ているのです。
「ん、お使いを頼まれたんだよ!なぁ、おっちゃん。このあたりにパン屋はねぇかい?」
話し方もそれっぽくしています。
「パン屋なら、そこの角を右だよ。ところで、ついでにうちの林檎でも……。」
「ありがとう、おっちゃん、急ぎなんだよ。林檎はまた、今度な!」
私は道を駆け出しました。おっちゃんに言われた通り、道を行くと、確かにパン屋がありました。ここです。私はこのパン屋をゲームでみたことがあります。
カランカラン鳴る鈴が付いたドアを開けて店内に入ります。
「いらっしゃい。あれ?あんた見ない顔だね。」
さっきのおっちゃんと同じようなことをカウンターにいたおばちゃんが言います。きっと彼の母親ですね。
「あぁ、このあたりに来るのは初めてなんだ。ところでおばちゃん、私、お使いを頼まれてんだよ。フローレンって子、ここにいない?」
「フローレンに用事かい?いいよ。今呼ぶから。おーいフローレン、あんたにお客さんだよー。」
「はーい。今行きまーす。」
トタトタトタとカウンターの奥にある階段をフローレンが降りてきました。
「えーっと、私に用ってどなた……えっ!オレノアさん!?」
「久しぶり!フローレンさん!」
「って、口調変わってる!?」
「あれから五年経ったからね。」
「そういうものなんですか……?」
会うのは五年ぶりです。話したいことが山ほどあります。
「フローレン、知り合いかい?」
「うん、義母さん。学園にいたときの知り合い。」
「じゃあ、貴族様かい!こりゃたまげたな。どこの貴族様でもお忍びを見分ける自信があったんだけどな。」
「私、昔から勝手にお忍びしていたからなれている。」
「私、それ初耳なんだけど!」
「話してないから。でもデジール伯爵家のご令嬢は変わっているって噂は聞いたことあるんじゃない?」
「あるけど、自分で言っちゃいますか?!それにしても、突然過ぎません?それに、よくうちがわかりましたね、話していないのに。」
「ちょっと用事があって。色々調べた。」
正確には男爵にフローレンの故郷の町を問いただして、ゲームの記憶をもとに探し出したんですが。
「フローレンと貴族のお嬢様、中におはいりよ。茶くらいは出せるからさ。」
おばちゃんに案内されて家の中に入ります。リビングとおぼしき場所にシンプルなテーブルと椅子があって、その椅子に座らせてもらいました。そして、おばちゃんはなんかパンを持ってくるといって下に降りていきました。
「オレノアさんにはこの部屋は狭いかもね。」
「大丈夫、気にしてない。」
そこへ、
「よっ、フローレン。お前に貴族のお客さんだって?」
幼なじみルートの攻略対象が現れました。
「あっ、ケビン。」
「ほら、母ちゃんに頼まれてパン持って来たぞ。あれ、この人がその貴族の人?平民にしか見えないけど。」
「お忍びなので。」
「なるほど。」
ケビンというんですね。というか思ったんですが、彼も彼の母親も初対面の貴族である私に結構馴れ馴れしいですね。その感じ、嫌いじゃありません。
「オレノアさん、紹介するね。こちら私の幼なじみのケビン。一応今の旦那様。ケビン、こちらは私が学園でお世話になったオレノア=デジールさん。」
おっ、やっぱり二人は結婚していましたね。仲が良さそうで何よりです。そしてケビン君は、
「えっ、その名前って、フローレンが言ってた蛇食べようとしていたご令嬢?」
「ちょっ、ケビン、それは言っちゃダメって…。」
「そのご令嬢が私。」
「まじか。」
「認めちゃうんですか!そこ!」
うん、私、このケビン君の話し方のテンポ嫌いじゃないかも。私はケビン君が持ってきたパンに手を伸ばして食べてみる。
「これ、おいしい。」
「やった!貴族様の口に合うか心配だったんだ。」
「帰りに買って帰る。」
「えっ!いいんですか?」
「買わないと、近所の人に怪しまれない?」
「確かにそうかもしれません。」
美味しいのは事実です。そうだ!
「日持ちするの、選んでくれない?マライア様達にも持っていく。」
「本当ですか!うれしいです。」
それからしばらくは近況報告等を話していました。おしゃべりが楽しくて時が経つのを忘れそうだけど門限があるので忘れてはいけません。
「あっ、本題、忘れてた。」
「駄目じゃないですか。」
「マライア様とエミール殿下が結婚式来ないかって。」
「エミール殿下って王子じゃねぇか!フローレン、お前、王子と知り合いなのか?」
ケビン君。その驚く気持ちはわからなくもないです。
「うん、一応。学園でご縁があってね。それにしてもあの二人が結婚ですか!今はもう仲良しさんですか?」
「仲良しだね。殿下が頑張ったみたい。」
失恋を乗り越えましたから。あの二人もいまじゃ仲良くなって、もうすぐ結婚式なのです。
「良かったです!それで、今の私は平民ですが、呼ばれて大丈夫なんですか?」
「平民でも、有力な商人は呼ぶよ。でも、フローレンさんをおおっぴらに呼ぶわけにはいかないから、教会の隅に場所を確保するくらいかな?」
「そうですか。ちょっと残念です。」
「だから、代わりに女子会しようという話。マライア様のお祝いも兼ねて。」
「いいですね!参加します!」
実はこっちが本題だったりする。正直、王族の結婚なのでパレードなどがあり、平民でも二人の結婚は祝える。でも、おしゃべりするとなると話は別になります。私がフローレンちゃんの居場所を突き止めたこともあり、せっかくだからお茶でもしたいというマライア様からの提案です。
フローレンちゃんの予定を聞いたので、家に帰ったら開催日時を決めなければなりません。そろそろ帰ろうかとも思っていると、
「そういえば、オレノアさんはジュリアーク君と、どうなんですか?」
「フローレン、ジュリアークって?」
「オレノアさんの婚約者様。宰相閣下のご子息です。」
「フローレン、お前、すごいやつらと知り合いだな……。」
「それで、オレノアさん、どうなんですか?」
急かさないでください、フローレンちゃん。今の私、きっと耳まで真っ赤ですよ。
「この前、ジュークに、早く嫁に来いって言われた……。」
「キャァァァァ!いいですね!お二人、ずっと仲良しでしたものね!」
居づらくなったので、さっさとパンを買って帰ることにしました。さよなら、フローレンちゃん。また会いましょう。
さて、ジュークの話をしておきましょう。あれから、私達は一緒にいることが多くなりました。だんだん、スキンシップが増えてきたので、ジュークに私のこと、どう思っているのか尋ねてみると、
「僕はオリーのこと、大好きだよ。かわいいし、放って置くと何をするかわからないから一緒にいたい。」
後半の言葉は置いといて、嬉しかったです。思わずぎゅっと抱きついたのを覚えています。
そこに例の嫁に来い発言です。私、ドキドキで死ぬところでした。嬉しいですが。
あの時、頑張った甲斐がありました。
私は今でもやっぱり彼のことが好きなのです。
さすがに五年も経ったので、オレノアのセリフの最初に……は入らなくなりました。その代わり、セリフの見分けがつきにくくなりました。
そして、本編はここでおしまい。もう一話ジュークののろけ話を入れて完結します。