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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第一章
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ロビンとジュリーⅢ

 猫のサフャイアは、もう一度よこ目でジュリーを見た。

「ねぇロビン。この子、今あたしのこと見なかった?」

すると突然、サファイアはロビンの腕の中から飛び降り、バラの繁みの中へ姿を消した。

「あたし嫌われちゃったかな。サファイアに」

「そんなことないと思うよ」

ロビンは笑顔でいった。

「サファイアは、いつでもこの城の庭に潜んでいて、お客がいる時は絶対に姿を見せないんだ。君は、きっとサファイアに気に入られたんだねジュリー」

「さっき逃げられちゃったけど、あたし気に入られてるの?」

「うん、多分ね。サファイアがお客さんに姿を見せるのぼくも初めて見たから」

「ふ~~ん。あたしあの子に気に入られたんだ」ジュリーは()()()()()()()の言葉を二度繰り返した。

「あの子、目の色が青だからサファイアなのね。わかりやすい名前ね。でも素敵。ニケって母猫はどこにいるの?あたしニケにも会ってみたい!」

「ニケは......もういないよ」

ロビンは目を伏せた。

「あっ、ごめんね......あの......」

ジュリーは言いかけた言葉を飲みこんで、サファイアの消えたバラの繁みに目をやった。

「ニケは......イライザの猫だったんだ」

「イライザって......魔女のイライザ?」

「イライザは遠い昔......魔女アンジェリカに騙されて、この城に連れてこられたんだ......」

「えっ?魔女って、イライザのことじゃないの?」ジュリーは驚いた顔でいった。

「イライザは魔女なんかじゃないよ......イライザは人間だったんだ。イライザは魔女アンジェリカが自分の家族を、殺したことを知らなかった......。ずっと長い間、そのことを知らないまま魔女アンジェリカと七年過ごしてそして......ついに本当のことを知ってしまった。魔女アンジェリカに呪いをかけられて魔法の力を得たイライザは......街の人から〝魔女〟と呼ばれるようになった......。街の人達は、魔女アンジェリカが死んだことを知らなかったから、城にひとりで住み続けたイライザのことを〝魔女〟だと思ったんだ。ぼくの母さんは......」

そこでロビンの言葉は途切れた。

「ぼくの母さんは......イライザから()をもらったんだ」

ジュリーは思わず息をとめ、ロビンの目をくいいる様にみつめた。

「それって......ロビン、本当の話なの?」

ジュリーは、とても信じられないといった顔でロビンを見た。

「ぼくが三歳の時......家が全焼したんだ......。母さんは炎で両目をやられて......それからずっと見えないままだったけど、ぼくが六歳の時......一匹の魔法猫ニケとであって、ニケとイライザのことを知ったんだ。ぼくはイライザにあって母さんの目はその時、イライザから貰ったものなんだ......」

ジュリーは何か言おうとして、口を開いた。けど、出てきたのはジュリーの吐き出す、空気が奏でる音だけだった。

「あの......なんて言ったら......いいんだろう」ジュリーは口ごもりながらも、やっとのことでそういった。

「ごめん......驚かしちゃったね......」

「ううん、ロビン......謝らないで......」


 その時ジュリーの背後で、車の止まる音が聞こえた。その後で、笛の音が空高く響き渡り、それを聞いたロビンが、あわてて駆け出した。

「ロビン!どこへ行くの?まだ話の途中でしょう」ジュリーは大きな声を出した。

「あっ、ごめんジュリー。今の笛の音は母さんの合図なんだ。観光客が来たから、レモネードの準備をするようにってね」

ジュリーはロビンに追いつく手前で、背中ごしに話かけた。

「その、レモネード作りを、あたしにも手伝わせて」

「えっ、いいの?」

ロビンが急に立ちどまったので、ジュリーはロビンの背中に、おでこをぶつけた。

「あっ、ごめんねジュリー。怪我しなかった」

「怪我なんて...する訳ないでしょ。ちょっとぶつかっただけなんだから」

ジュリーは照れ笑いを浮かべながらいった。


 城の駐車場に停まったバスの中から、観光客が降り出した。

「急がないと......今日はいつもより人数が多いみたいだ」

ロビンは不安気な顔でいった。

「まかせてよロビン。あたしのこと頼りにしていいから」

「うん。そうするよ」

ロビンは〝ぼくの後ろから付いてきて〟とジュリーに手で合図を送った。

二人は城の入り口を通り過ぎて、裏側の入り口から中へと入っていった。

城の中へ一歩足を踏み入れたジュリーは、ひんやりとした空気に身震いをした。

ロビンは何も感じてないみたい......とジュリーは思った。

ジュリーは後ろが気になって、思わず後ろを振り向いた。後ろに誰もいないこたがわかってほっとしたジュリーを見て、ロビンが笑った。

「城には、幽霊たちが住みついてることが、あるらしいけど......この城なら大丈夫だよ」

そういって、ロビンは笑った。

「幽霊なんて...怖くないわよ。生きてる人間の方が、よっぽど怖いんだから」

ジュリーはそういって、口をとがらせた。

しばらく歩くと、ロビンは台所へと続く扉を開けた。

その部屋は何も置いてなかった。

何もない部屋の扉を開けると、そこに城の台所があった。ちょっと薄暗いが、そこはとても広くて、使いやすい形に並べられた棚やテーブルが並んでいた。

ロビンが手際よく、レモネードを作ってる間に、ジュリーは別の扉に近づいて行った。

ジュリーが扉に手をかけようとしたその時────

「ジュリー、ひとりで動きまわったら迷子になるから、ぼくから離れないで」ロビンがいった。

ロビンの一言に、ジュリーの胸はどきっとした。ロビンはジュリーに〝ぼくの側にいて〟といったのだった。

ジュリーはもう一度、その言葉を頭の中で繰り返してみた。

「ジュリーどうかしたの?ボーッとしてるみたいだけど...」

「......別に......ボーッとなんかしてないわよ」

「じゃあさ、()()()棚から、レモレードをいれるピッチャーとグラスを取り出して、()()()置いてくれない」

「オーケイ、ロビン!」

ジュリーは棚の中から、ピッチャーを取り出して、テーブルの上に置いた。

「ジュリー。冷蔵庫から氷を取り出してグラスの中に二、三個入れてほしいんだけど」

「オッケイ!ロビン」

この冷蔵庫は、台所の雰囲気にそぐわないなと思いながら、ジュリーは用意したグラスの中へ氷を入れていった。

最後のグラスの上で、氷が勢いよく飛び出して床の上に転がった。

「あっ、氷を落としちゃった」

挿絵(By みてみん)

「気にしないで。氷なら山ほどあるから」

ロビンは笑顔でいった。

ロビンは......ロビンはなんて優しいんだろう...ジュリーは心の中で思った。

ジュリーの頬が赤いのを見て、ロビンがいった。

「顔が...赤いよジュリー。冷蔵庫の中に冷やしたタオルが入ってるから、それを使って冷やすといいよ」ロビンがいった。

ロビンは......本当に優しい。

ロビンは、ロビンはまるで......体中が優しさで出来てるみたいだ。

あたし......もっと早くにロビンと出会いたかったな......とジュリーは思った。


 ロビンはワゴンの下に三個のピッチャーを置いた。そしてワゴンの上には、レモネードの入ったグラスを並べた。

「ねぇロビン。イライザって美人だった?」

突然ジュリーが聞いてきた。

「えっ......」

グラスを並べていたロビンの手がとまって、ロビンの顔が耳たぶまで、まっかに染まった。

「ふぅ~ん。そうか。美人だったんだ」

ジュリーは悪戯っぽい笑みを浮かべながらいった。

「イライザは......とても綺麗な人だったよ。それに......とても優しかった」

ロビンの顔に、一瞬影がさして、すぐにまた、にこやかな顔に戻った。

ロビンの淋し気な顔を見て、何故かジュリーの胸は痛んだ。イライザは......この城の中で......千年もの間ずっとひとりで暮らしてきたんだと思うと...ジュリーの目から知らない間に涙がこぼれ落ちた。

ロビンに見られない様、あわててジュリーは涙をぬぐった。

イライザは...きっと淋しかっただろうな......。こんな所で、たった独りで、千年もの長い間生きていくなんてこと...あたしには出来ない......と思った。

ジュリーは、まわりを見回してみた。

すると、城のあちらこちらに、イライザの......孤独が......うず巻いている様な気がした。

もの言わぬ壁のすき間から......イライザの孤独がジュリーにおし寄せてきた時......声が聞こえた。ジュリーは一瞬、イライザの声を聞いた気がした。

ジュリーは思わず両の耳をふさいで、その場に座りこんだ。


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