ロビンとジュリーⅢ
猫のサフャイアは、もう一度よこ目でジュリーを見た。
「ねぇロビン。この子、今あたしのこと見なかった?」
すると突然、サファイアはロビンの腕の中から飛び降り、バラの繁みの中へ姿を消した。
「あたし嫌われちゃったかな。サファイアに」
「そんなことないと思うよ」
ロビンは笑顔でいった。
「サファイアは、いつでもこの城の庭に潜んでいて、お客がいる時は絶対に姿を見せないんだ。君は、きっとサファイアに気に入られたんだねジュリー」
「さっき逃げられちゃったけど、あたし気に入られてるの?」
「うん、多分ね。サファイアがお客さんに姿を見せるのぼくも初めて見たから」
「ふ~~ん。あたしあの子に気に入られたんだ」ジュリーは気に入られてるの言葉を二度繰り返した。
「あの子、目の色が青だからサファイアなのね。わかりやすい名前ね。でも素敵。ニケって母猫はどこにいるの?あたしニケにも会ってみたい!」
「ニケは......もういないよ」
ロビンは目を伏せた。
「あっ、ごめんね......あの......」
ジュリーは言いかけた言葉を飲みこんで、サファイアの消えたバラの繁みに目をやった。
「ニケは......イライザの猫だったんだ」
「イライザって......魔女のイライザ?」
「イライザは遠い昔......魔女アンジェリカに騙されて、この城に連れてこられたんだ......」
「えっ?魔女って、イライザのことじゃないの?」ジュリーは驚いた顔でいった。
「イライザは魔女なんかじゃないよ......イライザは人間だったんだ。イライザは魔女アンジェリカが自分の家族を、殺したことを知らなかった......。ずっと長い間、そのことを知らないまま魔女アンジェリカと七年過ごしてそして......ついに本当のことを知ってしまった。魔女アンジェリカに呪いをかけられて魔法の力を得たイライザは......街の人から〝魔女〟と呼ばれるようになった......。街の人達は、魔女アンジェリカが死んだことを知らなかったから、城にひとりで住み続けたイライザのことを〝魔女〟だと思ったんだ。ぼくの母さんは......」
そこでロビンの言葉は途切れた。
「ぼくの母さんは......イライザから目をもらったんだ」
ジュリーは思わず息をとめ、ロビンの目をくいいる様にみつめた。
「それって......ロビン、本当の話なの?」
ジュリーは、とても信じられないといった顔でロビンを見た。
「ぼくが三歳の時......家が全焼したんだ......。母さんは炎で両目をやられて......それからずっと見えないままだったけど、ぼくが六歳の時......一匹の魔法猫ニケとであって、ニケとイライザのことを知ったんだ。ぼくはイライザにあって母さんの目はその時、イライザから貰ったものなんだ......」
ジュリーは何か言おうとして、口を開いた。けど、出てきたのはジュリーの吐き出す、空気が奏でる音だけだった。
「あの......なんて言ったら......いいんだろう」ジュリーは口ごもりながらも、やっとのことでそういった。
「ごめん......驚かしちゃったね......」
「ううん、ロビン......謝らないで......」
その時ジュリーの背後で、車の止まる音が聞こえた。その後で、笛の音が空高く響き渡り、それを聞いたロビンが、あわてて駆け出した。
「ロビン!どこへ行くの?まだ話の途中でしょう」ジュリーは大きな声を出した。
「あっ、ごめんジュリー。今の笛の音は母さんの合図なんだ。観光客が来たから、レモネードの準備をするようにってね」
ジュリーはロビンに追いつく手前で、背中ごしに話かけた。
「その、レモネード作りを、あたしにも手伝わせて」
「えっ、いいの?」
ロビンが急に立ちどまったので、ジュリーはロビンの背中に、おでこをぶつけた。
「あっ、ごめんねジュリー。怪我しなかった」
「怪我なんて...する訳ないでしょ。ちょっとぶつかっただけなんだから」
ジュリーは照れ笑いを浮かべながらいった。
城の駐車場に停まったバスの中から、観光客が降り出した。
「急がないと......今日はいつもより人数が多いみたいだ」
ロビンは不安気な顔でいった。
「まかせてよロビン。あたしのこと頼りにしていいから」
「うん。そうするよ」
ロビンは〝ぼくの後ろから付いてきて〟とジュリーに手で合図を送った。
二人は城の入り口を通り過ぎて、裏側の入り口から中へと入っていった。
城の中へ一歩足を踏み入れたジュリーは、ひんやりとした空気に身震いをした。
ロビンは何も感じてないみたい......とジュリーは思った。
ジュリーは後ろが気になって、思わず後ろを振り向いた。後ろに誰もいないこたがわかってほっとしたジュリーを見て、ロビンが笑った。
「城には、幽霊たちが住みついてることが、あるらしいけど......この城なら大丈夫だよ」
そういって、ロビンは笑った。
「幽霊なんて...怖くないわよ。生きてる人間の方が、よっぽど怖いんだから」
ジュリーはそういって、口をとがらせた。
しばらく歩くと、ロビンは台所へと続く扉を開けた。
その部屋は何も置いてなかった。
何もない部屋の扉を開けると、そこに城の台所があった。ちょっと薄暗いが、そこはとても広くて、使いやすい形に並べられた棚やテーブルが並んでいた。
ロビンが手際よく、レモネードを作ってる間に、ジュリーは別の扉に近づいて行った。
ジュリーが扉に手をかけようとしたその時────
「ジュリー、ひとりで動きまわったら迷子になるから、ぼくから離れないで」ロビンがいった。
ロビンの一言に、ジュリーの胸はどきっとした。ロビンはジュリーに〝ぼくの側にいて〟といったのだった。
ジュリーはもう一度、その言葉を頭の中で繰り返してみた。
「ジュリーどうかしたの?ボーッとしてるみたいだけど...」
「......別に......ボーッとなんかしてないわよ」
「じゃあさ、そこの棚から、レモレードをいれるピッチャーとグラスを取り出して、ここに置いてくれない」
「オーケイ、ロビン!」
ジュリーは棚の中から、ピッチャーを取り出して、テーブルの上に置いた。
「ジュリー。冷蔵庫から氷を取り出してグラスの中に二、三個入れてほしいんだけど」
「オッケイ!ロビン」
この冷蔵庫は、台所の雰囲気にそぐわないなと思いながら、ジュリーは用意したグラスの中へ氷を入れていった。
最後のグラスの上で、氷が勢いよく飛び出して床の上に転がった。
「あっ、氷を落としちゃった」
「気にしないで。氷なら山ほどあるから」
ロビンは笑顔でいった。
ロビンは......ロビンはなんて優しいんだろう...ジュリーは心の中で思った。
ジュリーの頬が赤いのを見て、ロビンがいった。
「顔が...赤いよジュリー。冷蔵庫の中に冷やしたタオルが入ってるから、それを使って冷やすといいよ」ロビンがいった。
ロビンは......本当に優しい。
ロビンは、ロビンはまるで......体中が優しさで出来てるみたいだ。
あたし......もっと早くにロビンと出会いたかったな......とジュリーは思った。
ロビンはワゴンの下に三個のピッチャーを置いた。そしてワゴンの上には、レモネードの入ったグラスを並べた。
「ねぇロビン。イライザって美人だった?」
突然ジュリーが聞いてきた。
「えっ......」
グラスを並べていたロビンの手がとまって、ロビンの顔が耳たぶまで、まっかに染まった。
「ふぅ~ん。そうか。美人だったんだ」
ジュリーは悪戯っぽい笑みを浮かべながらいった。
「イライザは......とても綺麗な人だったよ。それに......とても優しかった」
ロビンの顔に、一瞬影がさして、すぐにまた、にこやかな顔に戻った。
ロビンの淋し気な顔を見て、何故かジュリーの胸は痛んだ。イライザは......この城の中で......千年もの間ずっとひとりで暮らしてきたんだと思うと...ジュリーの目から知らない間に涙がこぼれ落ちた。
ロビンに見られない様、あわててジュリーは涙をぬぐった。
イライザは...きっと淋しかっただろうな......。こんな所で、たった独りで、千年もの長い間生きていくなんてこと...あたしには出来ない......と思った。
ジュリーは、まわりを見回してみた。
すると、城のあちらこちらに、イライザの......孤独が......うず巻いている様な気がした。
もの言わぬ壁のすき間から......イライザの孤独がジュリーにおし寄せてきた時......声が聞こえた。ジュリーは一瞬、イライザの声を聞いた気がした。
ジュリーは思わず両の耳をふさいで、その場に座りこんだ。