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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第二章
32/42

ロビンとイライザⅡ──六年前──(3)

イライザは城の窓から身を乗り出して、ロビン少年に手を振った。

「イライザ!よかった......起きててくれて」

「すまない......ロビン。お前が来てくれても......私は眠ってばかりいるからな......」

「気にしないでよイライザ。そのことで、ニケに相談したんだけど......ニケは、千年の呪いが何なのか、教えてくれないんだ......イライザが最近、眠ってばかりいる様になったことと千年の呪いは関係あると思うんだけど......」

「ロビン......お前は本当に賢い子供だな......ニケは、お前に千年の呪いが何なのか、教えてはくれなかったのか?」

イライザは、ロビンの目を見つめてきた。

「うん......ぼくに話しても、どうしようもないからって、ニケは言ってた」

「そうか......」

イライザはロビンから視線をはずした。

「ねぇイライザ。魔女はどんな魔法を(呪いを)ふたりにかけたの?」

ロビンが無邪気な顔で聞いてきた。


 イライザはロビンの瞳を覗きこみ「......それは」と言った後、震えだした自分の体を自分の腕でぎゅっと抱きしめた。

「イライザ......だいじょうぶ?」

ロビンは、イライザの中に恐怖を感じとり、体が震えだしたのに気づいた。

「ロビン......お前こそ大丈夫か?」

「うん。ぼくならだいじょうぶ......イライザ話を続けて」

イライザの目が笑った。ロビン......お前は強い子供だな、とイライザの目は語っていた。

「ロビン......話を始めよう。......魔女は死ぬ間際に、呪いの呪文を唱えた。......魔女が最後に言った言葉は、私の心と体を一瞬にして凍りつかせた。魔女は──

お前たちふたりは、二度と互いに触れることはできないだろうと言った。魔女は──

お前たちのもしどちらかが、その体に触れたらその時は、死ぬだろうと言った。もしも......私がニケに触れてしまったら......ニケは死ぬ。ニケが私に触れたら......私は死ぬと......魔女は私に言った。......それが、千年の呪いだ────」

ロビンは、目を見開き、じっとイライザの話に耳を傾けていた。

ロビンは、心の震えをおさえつつ「もしかして......ニケは魔女の呪いの正体を知らないの?」と尋ねた。

「ああ......そうだ。ニケの耳には、魔女の呪いの言葉は届かなかった。なぜならその時ニケは......私の腕の中でぐったりしていたからだ」

ロビンとイライザは、しばらくの間無言で見つめあった。

「ねぇイライザ。ニケは本当に何も知らないのかな」

「えっ......それはどういう意味だ?」

「ニケは、ぼくに千年の呪いの話を少しだけしてくれたんだ。きっとニケは......その時魔女の『呪いの言葉』を聞いたんだよ」

「......そんなはずはない。......そんなはずは......ニケはあの時、魔女に傷つけられて気を失い......倒れていたんだ......」

イライザの脳裏に、あの日の出来事が浮かんで消えた。そうか......あの時、ニケは意識をとり戻して......魔女の声を聞いたのかもしれないイライザは頭に浮かんだ考えを、必死で振りほどいた。

「......そんなはずはない......」イライザはもう一度、小さな声で呟いた。けれど......もしロビンの言う通りだとしたら......。

イライザの目から涙がこぼれ落ちた。

とても、きれいな涙だった。まるで朝の光を浴びて、キラキラ輝いている朝露のような。

「私は......ニケに本当のことを話せなかった。本当のことをニケに伝えたら......ニケを苦しませてしまうから......」

イライザの声は、涙でくぐもり、イライザの流した涙は、頬を濡らし、服を濡らして床に落ちていった。

「イライザ......泣かないで。ニケはきっと......イライザのことを考えてたんだよ。だから子供たちを連れてお城を出ていったんだと思うよ」ロビンはいった。

イライザは驚いて、涙で濡れた顔を上げた。

「ロビン......お前は......本当に賢いな」

イライザは感心した顔でロビンを見た。

「そうか。私はニケが死ぬところを見たくなかった......きっとニケも......私と同じことを考えていたのだろうな」

「うんきっとそうだよ。だからニケは城に近づけなかったんだね。だって、イライザの姿を見つけたら、ニケはきっと、その胸に飛びこんでしまうだろうから」

「ロビン......お前」

イライザは驚きで目を見張った。この子供は小さな体に、なんと大きな心を持っているのだろうかとイライザは思った。

「ニケはイライザのことが大好きなんだね。イライザがニケのことを大好きな様にね」

ロビンの言葉に、イライザは〝はっ〟とした。そうか......そうだったのか......イライザは小さな笑みを浮かべると「ロビン。やっと決心がついた。私は今からニケに会いに行く。お前も一緒に行ってくれるか?」

「うん、ぼくも行くよ。ぼくね、ニケがどこら辺にいるか大体わかるんだ」

「それは、凄いな」

「ぼくね、すごく()()がいいんだよ。ニケがいないかなぁって思って、後ろを振り向くとニケがいるんだ」

ロビンは得意気な顔でいった。


 そうか......ニケは、ロビンの後をつけていたのか(ニケは姿を消せるからな)ニケはロビンと一緒にいたかったのだろうな。私がニケと一緒にいたかったように......ニケもまた私といたかった......?

イライザは心で呟きながら、ふっと空を見上げた。イライザは、見上げた空に浮かぶ雲を見て懐かしそうに微笑んだ。

──ニケあの雲は、あの雲はあなたに似ているわ──

──どれ、どの雲だ。私には皆同じに見えるが──

──ニケ──


 イライザはロビンを見て笑みを浮かべた。ニケ......お前は、ロビンに会えて幸せだったな......。

「ねぇイライザ......。ニケに会うのが怖くない?」

「ロビン......」

「もし怖くなったら、ぼくの手をつかんでいいよ。母さんがぼくにしてくれた様に。今日はぼくがイライザの手を握っててあげるから」ロビンはニッコリ笑って、イライザの手を握った。ロビンの手はとても暖かくて、イライザは思わず、目頭をおさえた。

「どうかしたのイライザ?」

「......ゴミが......目に入った」

「目をこすっちゃだめだよ。目を傷つけちゃうからね」

「お前は......物知りだなロビン」

「ぼくより、母さんの方がもっと物知りだよ」

ロビンは、イライザの手を握ったままで嬉しそうに飛び跳ねた。

「ロビン。それは当り前だろう。お前の母さんの方が、お前よりずっと長生きしてるのだからな」

「うん......そうだね」

ふたりはいつの間にか、城の庭をぬけて、街へ向かう道を歩いていた。イライザはちらっと城に目をやり、そしてロビンに視線をうつした。

「どうした?急に元気がなくなったな」

ロビンは何も答えなかった。イライザが心配そうな顔でロビンを見た。

「ぼくね......」と言って、ロビンは立ち止まった。

「なんだロビン。どうしてたちどまる?」

「ぼくね......ニケにも、イライザにも......もっともっと長生きしてほしいんだ。ふたりともぼくの大事な友達だから」

「ロビン......」

ロビンは、今にも泣きだしそうな顔でイライザを見た。

ロビンの優しい想いが、イライザの心に触れたとき────

イライザの中から、千年という長きに渡って、イライザを苦しめてきた魔女の呪いの言葉は、たった今ロビン少年によって解き放たれた────

ロビンありがとう。お前は──

千年の呪いから、私を解放してくれた......。


 「ロビン」

「なあに、イライザ」

「ありがとう、ロビン」イライザはいった。

「ぼく、何もしてないよ」ロビンはいった。

「お前は私に沢山のことを気づかせてくれた。ありがとう......ロビン......」

「イライザ。ぼくもイライザにお礼を言わなくっちゃ」

「私が......何をした?」

ロビンは、イライザに笑みを向けると「イライザぼくをお城の中に入れてくれて、ありがとう。ぼく一度でいいから、お城に来てみたかったんだ」といった。

「なんだ。そんなことか」イライザはいった。

「イライザは優しいんだね」

「お前は......私のことをいつも優しいと言うが......私は、魔女だぞ」

「もと、魔女だよね」ロビンが笑った。

「今でも私は魔女だ」イライザが笑った。

とても素敵な笑顔だと、ロビンは思った。

ロビンの手の温もりは、イライザの千年の孤独を溶かしていった。

イライザは握りしめたロビンの手に、そっと力をこめた。

「ねぇイライザ。ニケは街の人達がお城へ近づかない様に、結界がはってあるって言ってたけど、どうして結界をはるの?泥棒よけってニケは言ってたけど」

「そのようなものだ」

「ニケが結界を通れるのは『魔法猫』だから?」

「そうだな。ニケと一緒なら......あるいは街の人間もこの城までやってこれるかもしれんな」

「ほんとなのイライザ?ぼく、母さんをお城に連れてきたいな」

ロビンは、青い瞳をキラキラと輝かせていった。

イライザは立ち止まり「ニケが......それを望むなら......。ニケと一緒なら街の人間も城へやってこれるだろう......」と静かな口調でいった。

イライザが最後の言葉を濁したことに、ロビンは気づかなかった。

ロビンは嬉しくてたまらなかったので、イライザの顔が曇りがちなのに気づけなかった。

イライザは再び歩き始めた。イライザは城が遠ざかっていくのを感じた。

「ロビン......私は、城へあまり人を近づけたくはないのだ......悪いな......」

「えっ......?」

「ロビン......すまない。お前をがっかりさせてしまった」イライザは顔を曇らせた。

「ううん、いいよ。お城はイライザのお家だもんね。イライザの気持ちを、ぼく考えてなかったよ。ぼくの方こそ......ごめんね」

「ロビン......お前は小さいのに大人だな」

ロビンは、照れくさそうに笑うと、握りしめていたイライザの手を、大きく振りながら突然歌いだした。

ロビンの歌声に、森に住む動物たちが耳を傾けたのがイライザにはわかった。

「ロビン。お前はいい声をしているな。動物たちがお前の歌声に耳を傾けているぞ」

「ほんとなのイライザ?動物たちがぼくの歌聞いてるの?」ロビンは嬉しそうだった。

「ああ、そうだ。みんな耳を澄まして聞いていたぞ」

「うれしいな......ぼく。この歌は、母さんが教えてくれたんだ。母さんは目が見えなくなる前まで、学校で子供たちに教えていたんだよ。今は、母さんの生徒はぼくひとりだけど......母さんはきっと、いつか学校の先生に戻れると思うんだ......」

「ロビン」

「だって、母さん......子供たちに教えるのが大好きだから」

ロビンは、急にその場で立ち止まりうつむいた。ロビンは顔を上げて、イライザと向き合った。そしてまた、すぐに下を向いた。

「ねぇイライザ。イライザは魔法が使えるの?ぼくの母さんの目を、見える様にすることができる?」うつむいたままでロビンはいった。

ロビンは顔を上げることができなかった。

「ロビン顔を上げろ。人に頼みごとをすると時は、ちゃんと相手の目を見て話すもんだぞ」

「イライザ......」

「お前の母さんに、そう教わらなかったのか」

「イライザ......」

「ロビン。その話は、後でゆっくりと話そう......」イライザは深刻な顔でいった。




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