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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第二章
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ロビンとイライザⅡ──六年前──(2)

ある晴れた昼下がり、ロビン少年は城の庭にいて、サファイアと一緒に草の上を転がりながら遊んでいた。

「今日はいい天気だね。ねぇサファイア、こんないい天気に、イライザはどうして外へ出てこないの?」ロビンがいった。

「......イライザは眠ってるよ」

「えっ、お昼寝してるの?」

「ううん......イライザのは昼寝じゃなくて......」サファイアは言いずらそうに「ニャーー」と鳴いて誤魔化した。

サファイアはニャーーニャーー鳴きながら、城の中へ入っていった。

「サファイア待ってよ。どこへ行くつもり?」

ロビンは、あわててサファイアの後を追って行った。サファイアは、イライザの部屋の前で丸まっていた。

「サファイア......どうしたの?イライザはこの部屋で眠ってるの?」

「そうだよロビン......」

サファイアは、話すのがつらそうだった。

「イライザは、いつもこんな風に、昼間から眠ってるの?」ロビンは心配そうな声で聞いた。

「......母さんが(ニケが)言ってたけど......魔女アンジェリカも、力を失う前はこんなだったって言ってた」

サファイアの声は、ますます元気がなくなった。

「ねぇ、サファイア魔女も眠ってばかりいたの?」ロビンが聞きかえした。

「そうだよロビン......。だんだん眠る時間が増えていくんだ......イライザもよく眠るようになったから、ぼく心配なんだ。ロビンも心配でしょ......母さんに知らせといた方がいいかな?」

「そうだね。ぼくたちじゃどうしようもないから......帰ったらニケに、相談してみるよ」

「うん。そうしてよロビン」

サファイアは安心したのか、そのままイライザの部屋の前で眠ってしまった。

「サファイア?君まで眠っちゃたの?あっ、サファイアは猫だから、いつでも眠れるんだっけ」

ロビンは、サファイアとイライザに別れを告げると、いつもよりはやく城を出て家路に着いた。ロビンの母親は、庭に出て帰りを待っていた。

「ロビンなの?今日は早かったのね」

「ただいま母さん......ぼく疲れたから、少しだけ寝ててもいい?」

「あらっ、めずらしいわねロビン。疲れてるなら一眠りするといいわ。晩御飯ができたら起こしてあげるから、それまで休んでなさい」

「うん......ありがとう母さん」

ロビンは元気なく答えると、部屋のドアを開けて、ベッドの上に転がった。


 ロビンの頭の中で、サファイアの言った言葉がこだましていた。

    イライザも、よく眠るようになって──

    魔女アンジェリカも、力を失う前は──

    日に何時間もの間、眠り続けて──

    ──イライザ──

「イライザは死んじゃうのかな......」

ロビンは、悲しくなって枕に顔をうずめた。気づくと、ロビンの目頭から一粒の涙がこぼれ落ちて、頬を濡らした。

「そんなの嫌だよ......。やっと、友達になれたのに......」ロビンは呟きながら、眠りにおちていった。


 翌朝、ロビンはベッドから飛び起きると、母親の作った朝食のパンに、ピーナッツバターをたっぷり塗ると、ピーナッツバターがほっぺたにくっ付くのもかまわず口の中へ押し込んだ。

「ロビン?随分と急いでるのね」

「うん。今日はニケと約束があるんだ。朝早くに待ち合わせの草むらに行かなきゃならないから」

「草むら?」ロビンの母親が首を傾げた。

「あっ、草むらの近くでってことだよ」

「そう......じゃあ遅れない様、気をつけて行くのよロビン。母さんには、貴方しかいないんだから」

「うん、わかってる母さん。ぼくにも母さんしかいないんだから......」

ロビンは、目の見えない母親に笑顔を向けると後ろ向きにドアを閉めて出ていった。

「ロビン......随分あわててたけど......大丈夫かしら」ロビンの母親は、見えない目でロビンの出ていったドアを見つめた。


 ロビンは、飛ぶようにして、いつもの草むらへやって来た。ニケはいつもの様に草むらに子猫たちといた。

よかった......ニケがいてくれて。母さんにはニケと約束してるって言ったけど......本当は約束なんてしてないし......ニケがいてくれて本当に良かった。ロビンは、ほっと胸をなでおろすと、顔を輝かせながら、ニケに近づいていった。

「ニケ、おはよう」

「なんだお前か。魚は持ってきてるだろうな」

「あっ、ごめんねニケ。ぼく、すごく急いでたから......魚は持ってきてないんだ」

「なんだ。つまらんな。子供たちもガッカリしてるぞ」ニケはしっぽをブンブン振った。

「ごめんね、子猫ちゃんたち。お昼に、またここで会えるなら、魚を持ってくるけど」

「ふん。猫は気まぐれだからな。昼もここにおるとは限らんぞロビン」

「そうだね......ニケ」

いつになく元気のないロビンを見て、ニケは首を傾げた。

「元気がないようだが、城へはもう来るなとでも、イライザに言われたのか?」

「イライザは、そんなこと言わないよ」

「ふん、どうだか。お前は鈍いからな」

「ニケ、ぼくのことはほっといてよ。ぼくは......イライザのことでニケに相談があるんだ」

ニケの動きが一瞬とまった。ニケは毛づくろいを始めようとして出した舌を引っこめると興味深げな顔で、ロビンを見上げた。

「ニケ......イライザの眠る時間が、どんどん長くなってるって、サファイアが言ってた......魔女の時と似てるって、サファイアが心配してて......それで......」

「なんだそのことか」ニケがいった。

「ニケ。なんだはないよ。ニケは、イライザのことが心配じゃなの」

ロビンは怒った口調でいった。

「私だって、心配はしとる......。私とイライザは、昔、大の仲良しだったからな」

「ニケ。今だって、ニケとイライザは大の仲良しじゃない。ぼくにはわかるよ。ニケがイライザのことを、とっても大事に思ってるってこと。イライザだって、きっと同じだと思うよ。ぼくはニケとイライザに幸せになって欲しいんだ......なのに......ニケはどうして......イライザに会いに行かないの?イライザが可哀想だよ」

ロビンは、涙ながらに訴えた。

ニケは黙って、ロビンの話を聞いていた。

「私とイライザは......昔、魔女アンジェリカに千年の呪いをかけられた。あれから、そろそろ......千年の時を迎えようとしている......そのせいかもしれんな──」

「ニケ、千年の呪いって何なの?イライザが眠くなるのに関係があるの?ねぇニケ、一体どうしたらいいの?ねぇニケ、教えてよ!」

「ロビン。お前はうるさいな。私だって最近よく眠るようになったぞ」

「ニケが眠るのは、猫だからだよ」

「ふん。知った様なことを言うんじゃない」

ニケは、やれやれといった仕草をした後、丸まって狸寝入りを始めた。

「......ニケ」

ロビンは悲しくなった。ニケは......どうして何も言ってくれないんだろう......と思った。ロビンの握りしめた拳が、微かに震えているのを、ニケは薄眼を開けて見ていた。

「ロビン。そんなことより、はやくイライザの所に行ってやれ。お前が城にくる様になってから、イライザはよく笑う様になったと、サファイアが言ってたぞ」

「......ニケ」


 「ロビン......私とイライザにかけられた千年の呪いがなんなのかは、お前には話せん......。話してもどうにもならんからな」

「ニケ......」

ロビンは、さらに拳を握りしめた。

ロビンは、何も話してくれないニケを残して、ひとり城へと向かった。

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