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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第二章
30/42

ロビンとイライザⅡ──六年前──(1)

ニケと城を訪れてから、三日後のこと──

ロビン少年は、再び城を訪れた。今度はひとりで。


 ロビンは城へと向かいながら、ニケの言葉を思い出していた。

──ねぇニケ。どうして街の人達は城までたどり着けないの?──

──城の周りに結界がはってあるからだ。昔この城にはってあった結界は、魔女アンジェリカが死んで、壊れてしまった。今はってある結界は新しくイライザがはったんだろう。街の連中が、勝手に城へやってこれん様にな──

──じゃあ、ぼくはひとりで城に行くことはできないの?──

──お前は大丈夫だロビン。お前はもう、一度私と結界の中へ(城へ)入ったからな。結界()はもう、お前を拒んだりはせん──

──ほんとなのニケ?良かった......じゃあこれからぼく、好きな時に遊びにいけるね──

──ロビン......お前は、あんな所へ何しにいくんだ?──

──だって、ぼくはまだサファイアに会ってないし......それにイライザに、また会いたいんだ──

──そうか......イライザに会いたいのか──

──うん、そうだよ。ぼく、またまたイライザに会いにいくんだ──


 六歳になるロビンは、イライザに合う為に、家から遠く離れたこの城まで、ひとりで歩いてやってきた。大人の足なら、二十分程でたどり着ける城までの道も、六歳のロビンの足では、四十分以上もかかった。

()()()()()()といっても、街の大人たちが、この城まで行こうと思っても、イライザのはった結界に阻まれて、いくら歩いても城へたどり着くことは出来なかった。歩けば歩くほど、城から遠ざかっていった。誰一人として城へは近づけなかった。

「あの人を除いては......」と、城の窓からロビンが城へ向かってくる足音を聞きながら、イライザは呟いた。

あの人が城の庭へ迷いこんだのは......そう......ただ、道に迷った為。この城に近づこうと思って近づいたわけではなかった。だから結界をくぐり抜け、庭へ入ってこられた。

「そのせいで......あの人は大変な目に合ってしまった。けど、そのせいで私は、あの人と出会うことができた......」

イライザは独りごとを呟いた後、ため息をひとつ漏らした。


 とうとうロビンは、城の窓から顔を覗かせているイライザの姿を、とらえることができる程近くにやってきた。

「イライザ!ぼくだよロビン」

ロビンは元気いっぱいに大きな声で名前を呼んだ。

「ロビン!」

イライザはあわてて階段を駆け降りると、急いで城の扉を開けた。

「イライザ......これは、君とサファイアにおみやげ......」話の途中で、ロビンは、その場に座りこんだ。

「ロビン!どうしたんだロビン!」

イライザが、おろおろしらがら動き回っている所へ、魚を銜えたサファイアが降り立った。

「どこへ行っていたのだサファイア。ロビンがここへ来て、突然座り込んでしまった......一体どうしたのだろうか?」

猫のサファイアは、座り込んでいるロビンを見て「疲れちゃったんだね。ベッドで休ませてあげれば、すぐに元気になると思うよ」といった。

イライザの顔がぱっと明るくなって「そうかロビンはすぐ元気になるのか......サファイアお前は、賢い猫だな」と言った。

「ねぇイライザ。そのバスケットの中に、ぼくへのおみやげが入ってるの?」

「ああっ、確かロビンはそう言ってたな......」

「じゃあ、食べてもいい?」

「だめだ!ロビンが元気になってからだ」

「どうして?ぼくすぐに食べたいよ」

「お前は......いつまでの子供のままだなサファイア。おみやげってのは、持ってきた本人から渡してもらうものだぞ」

「じゃあ、じゃあ、はやくロビンを起こそうよ」

「起こすんじゃなくて、寝かしてやるんじゃなかったのかサファイア」


 あまりの騒がしさに、ロビンが目を開けた。

「あっ、ロビンが起きたよ」

「ロビン......」イライザが心配そうな声を出した。

「なにを......騒いでるの?」ロビンがいった。

「なにも、騒いでないぞ」イライザがいった。

「ねぇねぇロビン。魚の干したのを持ってきてくれた?」サファイアがいった。

「あ......うん。バスケットの中に入ってるよ」

「わあーーい。ロビン大好き!」

「......君がサファイア?ニケが言ってた通り真っ黒でふさふさだね」

猫のサファイアは、嬉しさのあまりそこらじゅうを飛び跳ね、ロビンの顔をペロペロ舐め始めた。

「こらっサファイア、やめるんだ」

「いいよ、ぼく平気だから。サファイアは魚の干したのが大好きなんだね」

ロビンは、感心した様にそういった。

ロビンは、バスケットの中から紙に包んだ魚の干したのを、サファイアの為に地面に広げた。

「わあーーい!魚の干したの大好き!」

サファイアはそう言うなり、魚の干したのにがぶりと、かみついた。

「やれやれ、あさましい猫だな」イライザが呆れた声でいった。

「サファイアって、可愛いね」

「こいつは、可愛くなんてないぞ。もうすぐ千歳になるからな」

「わぁっ!すごいね。ぼくだったら百回は死んでるよ」

ロビンが笑顔でいった。

「ロビン......お前は無邪気でいいな」

「イライザは無邪気じゃないの?」

「私が?私が無邪気に見えるか?」

「ううん。見えないけど......」

お前はおもしろい子だな。そう言ってイライザは笑った。イライザは、サファイアが捕ってきた魚を手で掴むと「ロビン。捕れたての魚だ。私と一緒に食べるか?」ときいた。

「......生の魚は食べれないよ」

「私と一緒だな。私も生の魚は食べれない。サファイアが魚の干したのを、食べ終えたらこの魚を焼いてもらおう」

「ぼく食べ終わったよ。イライザ、魚をぼくに渡して。魚を焼いてくるから、お部屋でお皿を用意しててね」

サファイアは、イライザの手から魚を奪い取る様にして、魚を銜えて城の台所へ飛んでいった。

(サファイア)が飛んでる!すごいね......すごいねサファイア!」

「ロビン......私は......うるさい子供は嫌いだ」

「あっ、ごめんねイライザ」

ロビンは、ニケに怒られた時と同じ様な気持ちになった。

「......子供と言っても......子供はお前ひとりしか知らないが」

イライザは、ロビンにありったけの笑顔を作ってみせた。イライザのぎこちない笑顔にロビンは笑顔を見せた。

「ぼくの為に、お魚を焼いてくれるの?」

「あぁ、そうだ。お前が魚を嫌いだというなら、私ひとりで食べてもいいんだが......」

「ぼく、焼いた魚は大好きだよ」

「そうか......大好きなのか」

イライザの口元から、自然に笑みが漏れた。


 サファイアは「あちちあちち」と言いながら、お皿の上に魚をおいた。

お皿の上の魚を見つめて「この魚は、サファイアが焼いたの?」とロビンがきいた。

「うんそうだよ。ぼくは、ロビンみたいに上手に手が使えないからね。魔法で焼いたんだ!」サファイアが得意気に答えた。

「まず、フライパンの上に、お魚を乗せて呪文を唱えると、あっという間にいい匂いがしてきて焼いた魚の出来上がりだよ。ぼくは毎日、川に行っててぼくとイライザの為のお魚を捕ってくるんだ。今度そこへ、ロビンも連れていってあげるよ」

「サファイア!あそこは危ないぞ。ロビンはまだ子供だ......」

「大丈夫だよイライザ。ぼくがついてるから」

「ぼくそこに行きたいな。サファイアが、魚を捕まえるとこを見てみたい!」

「じゃあ、私も一緒について行こう。サファイアだけだと心配だからな」とイライザがいった。

「わぁーーい!イライザが行くなら、ぼくも一緒に行くよ」とサファイアが嬉しそうな声でいった。

「サファイアっておもしろい猫だね」ロビンはくすくすと笑った。

「ああ、お前もそう思うか」イライザも笑った。

「なに、なに?どうしてふたりとも笑ってるの?何かおもしろいことあったの?ぼくにも教えてよ」

「サファイアには内緒だよ」ロビンは口元にそっと指をあてた。

「ぼく、内緒の話大好き!」

ロビンと、サファイアのやりとりを見て、イライザは心の底から笑った。

──イライザが笑ってる──

猫のサファイアは、内緒話が気になったけれど、イライザの笑顔が見れたからもう、いいやと思った。

猫のサファイアが、優しい目をして、イライザを見ていることに気づいたロビンは、猫って......不思議だな......と心の中で呟いた。

「ロビン、はやく食べないと、魚が冷めてしまうぞ」

「うん、そうだねイライザ」

猫のサファイアは、まるでふたりのお母さんの様な顔で、ロビンとイライザを見つめていた。


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