ロビンとイライザⅡ──六年前──(1)
ニケと城を訪れてから、三日後のこと──
ロビン少年は、再び城を訪れた。今度はひとりで。
ロビンは城へと向かいながら、ニケの言葉を思い出していた。
──ねぇニケ。どうして街の人達は城までたどり着けないの?──
──城の周りに結界がはってあるからだ。昔この城にはってあった結界は、魔女アンジェリカが死んで、壊れてしまった。今はってある結界は新しくイライザがはったんだろう。街の連中が、勝手に城へやってこれん様にな──
──じゃあ、ぼくはひとりで城に行くことはできないの?──
──お前は大丈夫だロビン。お前はもう、一度私と結界の中へ入ったからな。結界はもう、お前を拒んだりはせん──
──ほんとなのニケ?良かった......じゃあこれからぼく、好きな時に遊びにいけるね──
──ロビン......お前は、あんな所へ何しにいくんだ?──
──だって、ぼくはまだサファイアに会ってないし......それにイライザに、また会いたいんだ──
──そうか......イライザに会いたいのか──
──うん、そうだよ。ぼく、またまたイライザに会いにいくんだ──
六歳になるロビンは、イライザに合う為に、家から遠く離れたこの城まで、ひとりで歩いてやってきた。大人の足なら、二十分程でたどり着ける城までの道も、六歳のロビンの足では、四十分以上もかかった。
たどり着けるといっても、街の大人たちが、この城まで行こうと思っても、イライザのはった結界に阻まれて、いくら歩いても城へたどり着くことは出来なかった。歩けば歩くほど、城から遠ざかっていった。誰一人として城へは近づけなかった。
「あの人を除いては......」と、城の窓からロビンが城へ向かってくる足音を聞きながら、イライザは呟いた。
あの人が城の庭へ迷いこんだのは......そう......ただ、道に迷った為。この城に近づこうと思って近づいたわけではなかった。だから結界をくぐり抜け、庭へ入ってこられた。
「そのせいで......あの人は大変な目に合ってしまった。けど、そのせいで私は、あの人と出会うことができた......」
イライザは独りごとを呟いた後、ため息をひとつ漏らした。
とうとうロビンは、城の窓から顔を覗かせているイライザの姿を、とらえることができる程近くにやってきた。
「イライザ!ぼくだよロビン」
ロビンは元気いっぱいに大きな声で名前を呼んだ。
「ロビン!」
イライザはあわてて階段を駆け降りると、急いで城の扉を開けた。
「イライザ......これは、君とサファイアにおみやげ......」話の途中で、ロビンは、その場に座りこんだ。
「ロビン!どうしたんだロビン!」
イライザが、おろおろしらがら動き回っている所へ、魚を銜えたサファイアが降り立った。
「どこへ行っていたのだサファイア。ロビンがここへ来て、突然座り込んでしまった......一体どうしたのだろうか?」
猫のサファイアは、座り込んでいるロビンを見て「疲れちゃったんだね。ベッドで休ませてあげれば、すぐに元気になると思うよ」といった。
イライザの顔がぱっと明るくなって「そうかロビンはすぐ元気になるのか......サファイアお前は、賢い猫だな」と言った。
「ねぇイライザ。そのバスケットの中に、ぼくへのおみやげが入ってるの?」
「ああっ、確かロビンはそう言ってたな......」
「じゃあ、食べてもいい?」
「だめだ!ロビンが元気になってからだ」
「どうして?ぼくすぐに食べたいよ」
「お前は......いつまでの子供のままだなサファイア。おみやげってのは、持ってきた本人から渡してもらうものだぞ」
「じゃあ、じゃあ、はやくロビンを起こそうよ」
「起こすんじゃなくて、寝かしてやるんじゃなかったのかサファイア」
あまりの騒がしさに、ロビンが目を開けた。
「あっ、ロビンが起きたよ」
「ロビン......」イライザが心配そうな声を出した。
「なにを......騒いでるの?」ロビンがいった。
「なにも、騒いでないぞ」イライザがいった。
「ねぇねぇロビン。魚の干したのを持ってきてくれた?」サファイアがいった。
「あ......うん。バスケットの中に入ってるよ」
「わあーーい。ロビン大好き!」
「......君がサファイア?ニケが言ってた通り真っ黒でふさふさだね」
猫のサファイアは、嬉しさのあまりそこらじゅうを飛び跳ね、ロビンの顔をペロペロ舐め始めた。
「こらっサファイア、やめるんだ」
「いいよ、ぼく平気だから。サファイアは魚の干したのが大好きなんだね」
ロビンは、感心した様にそういった。
ロビンは、バスケットの中から紙に包んだ魚の干したのを、サファイアの為に地面に広げた。
「わあーーい!魚の干したの大好き!」
サファイアはそう言うなり、魚の干したのにがぶりと、かみついた。
「やれやれ、あさましい猫だな」イライザが呆れた声でいった。
「サファイアって、可愛いね」
「こいつは、可愛くなんてないぞ。もうすぐ千歳になるからな」
「わぁっ!すごいね。ぼくだったら百回は死んでるよ」
ロビンが笑顔でいった。
「ロビン......お前は無邪気でいいな」
「イライザは無邪気じゃないの?」
「私が?私が無邪気に見えるか?」
「ううん。見えないけど......」
お前はおもしろい子だな。そう言ってイライザは笑った。イライザは、サファイアが捕ってきた魚を手で掴むと「ロビン。捕れたての魚だ。私と一緒に食べるか?」ときいた。
「......生の魚は食べれないよ」
「私と一緒だな。私も生の魚は食べれない。サファイアが魚の干したのを、食べ終えたらこの魚を焼いてもらおう」
「ぼく食べ終わったよ。イライザ、魚をぼくに渡して。魚を焼いてくるから、お部屋でお皿を用意しててね」
サファイアは、イライザの手から魚を奪い取る様にして、魚を銜えて城の台所へ飛んでいった。
「猫が飛んでる!すごいね......すごいねサファイア!」
「ロビン......私は......うるさい子供は嫌いだ」
「あっ、ごめんねイライザ」
ロビンは、ニケに怒られた時と同じ様な気持ちになった。
「......子供と言っても......子供はお前ひとりしか知らないが」
イライザは、ロビンにありったけの笑顔を作ってみせた。イライザのぎこちない笑顔にロビンは笑顔を見せた。
「ぼくの為に、お魚を焼いてくれるの?」
「あぁ、そうだ。お前が魚を嫌いだというなら、私ひとりで食べてもいいんだが......」
「ぼく、焼いた魚は大好きだよ」
「そうか......大好きなのか」
イライザの口元から、自然に笑みが漏れた。
サファイアは「あちちあちち」と言いながら、お皿の上に魚をおいた。
お皿の上の魚を見つめて「この魚は、サファイアが焼いたの?」とロビンがきいた。
「うんそうだよ。ぼくは、ロビンみたいに上手に手が使えないからね。魔法で焼いたんだ!」サファイアが得意気に答えた。
「まず、フライパンの上に、お魚を乗せて呪文を唱えると、あっという間にいい匂いがしてきて焼いた魚の出来上がりだよ。ぼくは毎日、川に行っててぼくとイライザの為のお魚を捕ってくるんだ。今度そこへ、ロビンも連れていってあげるよ」
「サファイア!あそこは危ないぞ。ロビンはまだ子供だ......」
「大丈夫だよイライザ。ぼくがついてるから」
「ぼくそこに行きたいな。サファイアが、魚を捕まえるとこを見てみたい!」
「じゃあ、私も一緒について行こう。サファイアだけだと心配だからな」とイライザがいった。
「わぁーーい!イライザが行くなら、ぼくも一緒に行くよ」とサファイアが嬉しそうな声でいった。
「サファイアっておもしろい猫だね」ロビンはくすくすと笑った。
「ああ、お前もそう思うか」イライザも笑った。
「なに、なに?どうしてふたりとも笑ってるの?何かおもしろいことあったの?ぼくにも教えてよ」
「サファイアには内緒だよ」ロビンは口元にそっと指をあてた。
「ぼく、内緒の話大好き!」
ロビンと、サファイアのやりとりを見て、イライザは心の底から笑った。
──イライザが笑ってる──
猫のサファイアは、内緒話が気になったけれど、イライザの笑顔が見れたからもう、いいやと思った。
猫のサファイアが、優しい目をして、イライザを見ていることに気づいたロビンは、猫って......不思議だな......と心の中で呟いた。
「ロビン、はやく食べないと、魚が冷めてしまうぞ」
「うん、そうだねイライザ」
猫のサファイアは、まるでふたりのお母さんの様な顔で、ロビンとイライザを見つめていた。




