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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第二章
23/42

ニケとロビンⅡ──六年前──(1)

 数日前、六歳になるロビンは、かつては猫の街と呼ばれたこの場所で、千年の時を生きてきた『魔法猫』のニケと出会った。


 ニケはいつもの草むらにいた。

「ニケ!やっぱりここにいたんだね」

ニケの子猫たちが、ロビンの足元にじゃれてきた。

「こら、よさんかお前たち」ニケがいった。

「いいよニケ。子猫たちの好きにさせてあげて」ロビンがいった。

「お前は......いつもここへやって来るが、学校へは行っとらんのか」ニケが聞いた。

「うん行ってないよ。勉強は母さんが教えてくれるから」

「イライザも学校へは行ってなかったな......。ま、あの頃には、学校といったものは、存在しとらんかったがな」

そう言った後、ニケは遠い目をして、空を見上げた。

「ねぇニケ。イライザって誰なの?」

「イライザは......ここから見える、あの城の中で暮らしている......。イライザは、魔女と呼ばれていた。本物の魔女は死んでしまったが街の連中は、あの城でひとりで住むイライザのことを〝魔女〟と呼んで怖がっていた。今では怖がるものはほとんどいないが、未だ魔女と呼ぶものもいる」

ニケはまた、遠い目をして空を見上げた。

ロビンも一緒に空を見上げた。

「ねぇニケ......ぼくイライザに会ってみたいな」ロビンがいった。

「......」ニケは何も答えなかった。

「ニケは、イライザの友達なの?」

「......」

「ねぇニケ。イライザは、まだあの城に住んでるの?」

「ああ、多分な」ニケはやっと口を開いた。

「ねぇニケ。ぼくを、あのお城に連れてって」

「お前には無理だ......いや誰にも無理だ。あの城には誰も近づくことはできんからな」

「どうして近づけないの?」

「あそこは魔女の住む城だからな。街の人間どもがやってこられない様、城全体をかこむようにして『結界』がはってある」

「ニケ、結界って......何?」

「お前はばかな子供だなロビン。結界も知らんとは。結界とは泥棒よけみたいなもんだ。誰も城に入ってこられん様にする為のな。......ロビン、お前はイライザと、どこか似ているな......」

ニケはそう言ったきり、ゴロンと草むらに寝転んだ。今まで、近くで遊んでいた子猫たちがニケに走り寄り、むき出しのおっぱいをまさぐり始めた。

「ニケ、おっぱいの時間なの?ぼくもう少しここにいて、子猫たちを見ててもいい?」

ニケはロビンをチラッと見ると「好きにしろいちいち私にきくようなことじゃないだろう」といった。

「うん、そうだったね」

ロビンは嬉しそうな顔で頷いた後、おっぱいを吸いながら、うとうとしてきた子猫たちの姿を眺めていた。

しばらくすると、ロビンは「なんだか、ぼくも眠くなってきちゃった......」と言ってニケと子猫の側に横たわり、気持ち良さそうな顔で眠ってしまった。

「こらっロビン。こんなとこで寝たら、風邪をひくだろうが。お前は本当にばかな子供......」と言いかけて、ニケは黙った。

「この子供といると......イライザのことを思い出す。イライザもばかな娘だったからな......」

あの女の正体にも気づかず、アンジェリカおばさんのことを悪く言わないでといっていた、イライザの声を、ニケは思い出していた。

「こらっ起きんかロビン。こんなとこで寝てしまったら風邪をひくだろうが!」

ニケの大きな声に、ロビンは驚いて跳び起きた。

「日が暮れる前に、早く家へ帰れ!母さんが心配するぞ」ニケはいった。

「ニケは優しいね......ぼく明日も、ここにくるからニケも来てね。じゃあねニケ、子猫たち」ロビンは草むらに足を取られながら、急ぎ足で我が家へと向かった。

ニケは、ロビンの後ろ姿を、目を細めながら見ていたが、子猫たちに「さて、私もいつものねぐらへ帰るとするか。お前たちも、はぐれない様、私の後からついてくるんだぞ」と優しい声でいった。

ニケの子猫たちは、ニャワニャワ鳴きながらあっちへこっちへと寄り道を繰り返しながら母親の後を追いかけて行った。


 翌日、いつもの場所に、ニケは子猫たちと(珍しく)ロビンを待っていた。ロビンが来るなり「待っていたぞロビン」とニケは言って、ここへ(草むらへ)座る様にいった。

「今日はお前に、面白い話をしてやろう」とニケはいった。

「ほんとなのニケ?」ロビンは食いついた。

「ああ、本当だ。今から話してやるから、はやくここにきて座れ!」そう言って、ニケは話し始めた。





 「あれは私がイライザの元を去って、数年後に起きた出来事だったな。あれは確か──数百年程前のこと。私はうっかり昼間に空を飛んでいる所を、男に見られてしまった──」

「えっ!ニケは空を飛べるの?」

ロビンが顔を輝かせながら聞いてきた。

「ふん。当たり前のことを、聞くんじゃない。黙って私の話を聞く気がないなら、もう何も話さんぞ」

「あっごめんねニケ。すごくびっくりしちゃって......」ロビンはいった。

「ふん。こんなことぐらいで驚いてるようじゃロビン、お前もイライザと同じだな」

ロビンはその時、気がついた。

ニケがなにかにつけ、イライザの名を口にしていることに。

ニケは......イライザのことが大好きなんだ。ロビンは、そのことを口には出さなかった。黙っている方が、いいような気がしたからだ。

「どこまで話したかな私は──」

そう言って、ニケは話の続きを始めた。


 「空を飛んでいる所を見られた私は、不覚にもその男に捕まってしまった。その男は私をサーカスに高い値で売りつけおった。私はすぐにでも逃げられたんだが、同じようにサーカスに売り飛ばされていた女の子が不憫で......ついつい長居をしてしまってな。小さかった女の子は、いつの間にか、おばさんと呼ばれる年になってしまい......もぅ、私を必要としていないことがわかったので、さっそく私は、そこから(サーカスから)逃げ出すことにした。

私はまず姿を消して(透明になって)、閉じこめられた籠の中で、じっと時のくるのを待っていた。

そこへ、私の世話係の男がやって来て、私がいないことに気づき、大きな悲鳴を上げた。

何事が起きたのかと、周りに人が集ってきた。世話係が籠の鍵を開けた時、私は世話係の肩にピョンと跳びのり、そのまま走りさった。

世話係が、何かが肩に乗って走っていったと、わめいている声が後ろで聞こえたが私は姿を消したまま、ひたすら走り続けた。

逃げ出したまでは良かったんだが──

私は自分がどこにいるのかが、さっぱりと分からなかった。

私は、空を飛ぶのは危険だと、身にしみてわかったので、歩いて街に向かうことにした。私を普通の猫だと思っている街の連中は、誰も私のことに興味を示さなかった。だが──

いつの時代も、子供というものは、私の苦手な生き物であることに変わりはなかった。私は突然小さな女の子の両手で抱えられて、そのままその子の家まで連れていかれてな。

その子の家で、普通の猫として何年か過ごすことになった。

私は空を飛びたくなる気持ちを抑えながら長年そこで、暮らしていたが、小さかった女の子は、あっという間に年頃の娘に育って、その子はあっさりと私の前からいなくなってしまった。

娘の母親は、私を抱きかかえると、「あの娘はお嫁に行ってしまったのよ。お前は連れていけないからって、あの子にお前のことを頼まれたんだけど......お前はどうする?この家にずっといてもいいし......この家から出て行きたかったら、そうしてもいいんだよ」といった。それを聞いて、私は母親の腕から飛び出すと「ニャァーーーーッ」と一声鳴き、家から飛び出ていった。

私の後ろで「元気でね。いつでも遊びに帰っといで」と呼ぶ、娘の母親の声が聞こえたが、私は後ろを振り向かずに、どんどん歩いていった。

もぅ、こんな所で、ぐずぐずしてる場合じゃないと(今更ながら)気づいたからだ。私はイライザのいる街へ、戻ることにした。

その為に私は、人の多い所に出向き、街の連中のおしゃべりに耳を傾けた。

その時、男の口から〝城〟という言葉が飛びだした。男は城に住む『魔女』の話をしていた。男がイライザの悪口を言ったらその時には男の顔に、鋭い爪の痕をふたつみっつ付けてやろうと思いながら、耳をそばだて聞いていると男は、イライザが街の人々を守っているのだと皆に話していた。」

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