ジュリーとサファイア(2)
「ねぇジュリー。サファイアが手のひらに前足をのっけてこなかった?」
「えっ、前足?」
「そう、前足だよ。サファイアが魔法を使ったのは、相手の手のひらに前足をのっけた時だと思うよ」
「でもサファイアは呪文を唱えなかったけど......あたしはいつ『魔法』をかけられたの?」
「サファイアは、呪文を唱える時に人の言葉は使わないんだ」
「あーーっ!あたしサファイアと握手したサファイアの前足を握りしめた後......そういえば何か胸の奥がかき乱されて......むしゃくしゃ気分になっちゃったのよね。あれって......サファイアの『魔法』だったの?」
「多分ね。ぼくも昔、一度だけやられたことがあるから。サファイアなりの挨拶みたいなものだと思う」
「人の心を操る......魔法か......。サファイアって本物の『魔法猫』なのね......」
「サファイアは、ニケの子供だからね。魔法が使えても不思議じゃないよ」
「ニケも『魔法猫』だったのよね。サファイアの他にも『魔法猫』が、この街にはいるのかしら?だとしたら、この街は魔法猫のいる街として有名になっちゃうね」ジュリーは目を輝かせながらいった。
「ジュリー。魔法猫はニケとサファイアだけだよ。ニケは沢山の子猫を産んだけど、『魔法猫』はサファイアだけだったらしいよ......」
「そうか......ちょっぴり残念だけど、『魔法猫』が二匹もいる街なんて、世界中どこを捜しても見つからないと思うな」
「......今は、一匹だけだけど......」
「ああそうか......ニケはもういないんだったね」ジュリーはがっかりした声でいった。
「サファイアだって......元気そうに見えるけど千年近く生きてるはずだから......これから先、何年生きられるかもわからないし......」ロビンが浮かない表情でいった。
「ロビン!」突然、ジュリーは叫んだ。
「なに......ジュリー?」
「どうしちゃたのロビン?今日はいつになく、元気なさげだよ」
「ぼくは......いつもこんなだけど」
「ううん違うよ。いつもは、もっと元気だしもっといい顔してる。最近何かあった?」
「別に......何もないよ」
「何もなくて、そんな顔してるわけないでしょ」
「ぼくどんな顔してるの?」
「そうね......道に迷って鳴いてる子猫ちゃんみたいな。お母さんを捜して、鳴いてる子猫ちゃんみたいな。そんな風に見えるけど」
「それって......たとえが酷すぎる」ロビンは目を潤ませながらいった。
「ちょっとロビン大丈夫なの?めがうるうるしてるよ。あたしで良かったら......話を聞いてあげるから。役に立つかどうかわからないけど相談にのるから、話を聞かせてよロビン」
「......」
「どうしたの?話してくれないの?」
「......今は話したくないんだ」
「ロビン。今話さなくて......いつ話すのよ」
「ジュリーってさ、ちょっと強引な所があるよね」
「ふ~~ん。そうきたか」
ジュリーは顔に笑みを浮かべると、腕組みをして、ロビンの前に立ちはだかった。
「ロビンが話したくなるまで、あたしここでこうしてるからね」
「ジュリー......それはないんじゃない」
「いいえ、あるの。あたしはあんたの友達だから、さっきサファイアにもそう言ったけど友達が悩んでる時、知らんぷりしてられるわけないじゃない。ロビン!あんたは、あたしが悩んでる時、相談にものらないで、知らんぷりするつもりなの?」
ジュリーは、痛い所をついてきた。
ロビンは答えに詰まって、ボソボソと呟いた。
「いいよ......やっぱ今度にする」
ロビンは上目づかいに、ジュリーを見た。
「ロビン......それって、あたしから逃げてるって受け取ってもいいの。あたしあんたのこと......絶対逃がさないから。ちゃんと話してくれるまで、ここから一歩も動かないわよ」
ロビンは、ジュリーの迫力にたじろいで、思わず視線を外した。
「......玄関のモップがけだけは、ちゃんとやっとくように......母さんに言われてるから......そこをどいてくれないから......」
「そう。問題は......あんたの母さんなのね?やっぱあたしの思った通りね」
ロビンは驚いて、目を大きく見開いた。
「あたしんちと違って、あんたたち親子はうまくやってると思ってたんだけどな......。それでロビン、話を聞かせてよ!」
「君の......言う通りだよ。母さんのことなんだ......」
「それで?母さんと何があったの」
「何も......ないよ」
「喧嘩でもしたの?」
「喧嘩はしてないよ」
「じゃあ、一体何を悩んでるの?」
「この頃母さんは、ひとりでよく出かけるんだ。何処に行くかも教えてくれないし......なんだか母さんに、避けられてるみたいで、気持ちが落ち着かないんだ......。母さんが帰って来た時に何処に行ってたのか尋ねても「内緒よ!」で済まされて......今まで一度だって、こんなことはなかったのに......ぼくは母さんに嫌われてしまったのかもしれない......」
「それで、くよくよ悩んでたってわけ?」
ジュリーは突然、大きな声で笑いだした。
お腹をかかえて、馬鹿笑いって言われてもいい位笑い転げながら、突然ロビンに抱きついてきた。
「ロビン......なんて可愛いの。あんまり可愛いからハグしたくなっちゃった」
ロビンは、あっけにとられた顔で「ジュリーぼくは真剣なんだけど......」といった。
「ねぇロビン。ロビンのお母さんて......イライザから目を貰うまで、目が見えなかったんでしょ」
「うん......そうだけど」
「ロビンのお母さんは、目が見える様になってから、何か変わった?」
「えっ、それは......少しは変わったと思うけど」
「そうよね。変わるに決まってるよ。だって今まで見ることの出来なかった物が、やっと見える様になったんだもの。誰だって......変わるに決まってる。ねぇロビン、そうは思わない?」
「......」
「ロビンのお母さんて......今とても楽しくて仕方ないんじゃないかな。あたしの勝手な想像だけどね......目が見える様になって、今まで出来なかったことがなんでも出来るようになったわけだし、あれもやりたい、これもやりたいって気持ちが湧いてきても不思議じゃないし......ロビンのお母さんて、元々行動力のあった人なんじゃない。それが、きっとロビンの気持ちをざわつかせてるのかも......自分の足で立って、自立しようとしてることに気づいて......きっとロビンは戸惑っているんだと思うよ。自分の母さんのことは......ちっとも解らないのに......ロビンの母さんの気持ちは、何故か解る気がするんだ......」
「ジュリー......」
「ねぇ、ロビン」
「なに、ジュリー」
「今は内緒かもしれないけど......きっとその内あんたの母さんは、話してくれるよ」
「............」
「あたしたち......もうすぐ十三歳になるんだよ。それ位は、解ってやれる年頃だと思うんだけどな」
ロビンは、驚いた顔でジュリーを見つめた。
ジュリーは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「君って......ぼくが思ってた以上に大人だね」
「そう?少しは、あたしのこと見直した?」
「うん。君の言う通りだな......と思ってさ」
「くよくよ考えてないで、あたしになんでも相談してね。親子関係の悩みに関しては、あたしの方が先輩なんだから」
「うん、そうだけど......ジュリーは母さんと話が出来る様になったの?」
「あっ、うん。ロビンのおかげでね。この間ロビンとふたりで、コンビニに行ったでしょう。あの日家に帰って来た母さんと、久しぶりで話をしたの。それからね......少しずつ母さんと会話ができるようになって、昨日は、あたしの冗談を聞いて、母さんが笑ったのよ。信じられる?ロビンと出会うまでは、あたしたちふたりとも、お互いのことを避けてばっかだったのに......それもこれもみんな、ロビンのおかげで、あたしたち上手くやれてるの......ほんと信じられないよ......ロビンありがとう。あなたは最高の友達よ」
ジュリーは、最高の友達よと言った後で、本当は友達以上の仲になりたいと思っていた。でも......今はまだ友達でいよう。その方がもっとロビンと仲良くなれそうだから。ジュリーは心の中で思った。
「ジュリーは話し上手だね」とロビンがいった。
「あんただって、聞き上手じゃない」
ジュリーは白い歯を見せて笑うと、ロビンの両手を握りしめた。
「子猫ちゃんはいなくなったわね。さぁロビン。玄関の掃除を始めましょう」
「うん、そうだね。今日は玄関の掃除が終われば、ぼくの自由時間なんだ。あとで城にある図書室へ連れていってあげるよ」
「えっ?この城には図書室があるの?」
「図書室には、イライザが、これまでに集めてきた沢山の、古い書物が置いてあるんだ」
「それって、素敵!」
「ジュリー、君って本が好きなの?」
「ええ、好きよロビン」
「えっ?あぁ......そうなんだ」
何故か、ロビンは顔を赤らめた。
「それならさっさと掃除をすませて、図書室へ行かなくっちゃね」
ジュリーが嬉しそうにいった。
猫のサファイアは、ふたりの話に聞き耳を立てた後、一足先に城にある図書室へと入っていった。
「人間の子供って、複雑すぎて相手するのが疲れるよ。猫のことなら、何でもわかるんだけどな」
猫のサファイアは、独りごとを呟きながら、窓から差しこむ日差しに顔を向け、大きなあくびをした。
「ここはいい場所だな......雨も上がったことだし、あのふたりが図書室に来るまで休んどこっと」猫のサファイアは、そう呟きながら体を丸めると、目を閉じ、あっという間に夢の世界へ入っていった。




