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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第二章
22/42

ジュリーとサファイア(2)

 「ねぇジュリー。サファイアが手のひらに前足をのっけてこなかった?」

「えっ、前足?」

「そう、前足だよ。サファイアが魔法を使ったのは、相手の手のひらに前足をのっけた時だと思うよ」

「でもサファイアは呪文を唱えなかったけど......あたしはいつ『魔法』をかけられたの?」

「サファイアは、呪文を唱える時に人の言葉は使わないんだ」

「あーーっ!あたしサファイアと握手したサファイアの前足を握りしめた後......そういえば何か胸の奥がかき乱されて......むしゃくしゃ気分になっちゃったのよね。あれって......サファイアの『魔法』だったの?」

「多分ね。ぼくも昔、一度だけやられたことがあるから。サファイアなりの挨拶みたいなものだと思う」

「人の心を操る......魔法か......。サファイアって本物の『魔法猫』なのね......」

「サファイアは、ニケの子供だからね。魔法が使えても不思議じゃないよ」

「ニケも『魔法猫』だったのよね。サファイアの他にも『魔法猫』が、この街にはいるのかしら?だとしたら、この街は魔法猫のいる街として有名になっちゃうね」ジュリーは目を輝かせながらいった。

「ジュリー。魔法猫はニケとサファイアだけだよ。ニケは沢山の子猫を産んだけど、『魔法猫』はサファイアだけだったらしいよ......」

「そうか......ちょっぴり残念だけど、『魔法猫』が二匹もいる街なんて、世界中どこを捜しても見つからないと思うな」

「......今は、一匹だけだけど......」

「ああそうか......ニケはもういないんだったね」ジュリーはがっかりした声でいった。

「サファイアだって......元気そうに見えるけど千年近く生きてるはずだから......これから先、何年生きられるかもわからないし......」ロビンが浮かない表情でいった。

「ロビン!」突然、ジュリーは叫んだ。

「なに......ジュリー?」

「どうしちゃたのロビン?今日はいつになく、元気なさげだよ」

「ぼくは......いつもこんなだけど」

「ううん違うよ。いつもは、もっと元気だしもっといい顔してる。最近何かあった?」

「別に......何もないよ」

「何もなくて、そんな顔してるわけないでしょ」

「ぼくどんな顔してるの?」

「そうね......道に迷って鳴いてる子猫ちゃんみたいな。お母さんを捜して、鳴いてる子猫ちゃんみたいな。そんな風に見えるけど」

「それって......たとえが酷すぎる」ロビンは目を潤ませながらいった。

「ちょっとロビン大丈夫なの?めがうるうるしてるよ。あたしで良かったら......話を聞いてあげるから。役に立つかどうかわからないけど相談にのるから、話を聞かせてよロビン」

「......」

「どうしたの?話してくれないの?」

「......今は話したくないんだ」

「ロビン。今話さなくて......いつ話すのよ」

「ジュリーってさ、ちょっと強引な所があるよね」

「ふ~~ん。そうきたか」

ジュリーは顔に笑みを浮かべると、腕組みをして、ロビンの前に立ちはだかった。

「ロビンが話したくなるまで、あたしここでこうしてるからね」

「ジュリー......それはないんじゃない」

「いいえ、あるの。あたしはあんたの友達だから、さっきサファイアにもそう言ったけど友達が悩んでる時、知らんぷりしてられるわけないじゃない。ロビン!あんたは、あたしが悩んでる時、相談にものらないで、知らんぷりするつもりなの?」

ジュリーは、痛い所をついてきた。

ロビンは答えに詰まって、ボソボソと呟いた。

「いいよ......やっぱ今度にする」

ロビンは上目づかいに、ジュリーを見た。

「ロビン......それって、あたしから逃げてるって受け取ってもいいの。あたしあんたのこと......絶対逃がさないから。ちゃんと話してくれるまで、ここから一歩も動かないわよ」

ロビンは、ジュリーの迫力にたじろいで、思わず視線を外した。

「......玄関のモップがけだけは、ちゃんとやっとくように......母さんに言われてるから......そこをどいてくれないから......」

「そう。問題は......あんたの母さんなのね?やっぱあたしの思った通りね」

ロビンは驚いて、目を大きく見開いた。

「あたしんちと違って、あんたたち親子はうまくやってると思ってたんだけどな......。それでロビン、話を聞かせてよ!」

「君の......言う通りだよ。母さんのことなんだ......」

「それで?母さんと何があったの」

「何も......ないよ」

「喧嘩でもしたの?」

「喧嘩はしてないよ」

「じゃあ、一体何を悩んでるの?」

「この頃母さんは、ひとりでよく出かけるんだ。何処に行くかも教えてくれないし......なんだか母さんに、避けられてるみたいで、気持ちが落ち着かないんだ......。母さんが帰って来た時に何処に行ってたのか尋ねても「内緒よ!」で済まされて......今まで一度だって、こんなことはなかったのに......ぼくは母さんに嫌われてしまったのかもしれない......」

「それで、くよくよ悩んでたってわけ?」

ジュリーは突然、大きな声で笑いだした。

お腹をかかえて、馬鹿笑いって言われてもいい位笑い転げながら、突然ロビンに抱きついてきた。

「ロビン......なんて可愛いの。あんまり可愛いから()()したくなっちゃった」

ロビンは、あっけにとられた顔で「ジュリーぼくは真剣なんだけど......」といった。

「ねぇロビン。ロビンのお母さんて......イライザから目を貰うまで、目が見えなかったんでしょ」

「うん......そうだけど」

「ロビンのお母さんは、目が見える様になってから、何か変わった?」

「えっ、それは......少しは変わったと思うけど」

「そうよね。変わるに決まってるよ。だって今まで見ることの出来なかった物が、やっと見える様になったんだもの。誰だって......変わるに決まってる。ねぇロビン、そうは思わない?」

「......」

「ロビンのお母さんて......今とても楽しくて仕方ないんじゃないかな。あたしの勝手な想像だけどね......目が見える様になって、今まで出来なかったことがなんでも出来るようになったわけだし、あれもやりたい、これもやりたいって気持ちが湧いてきても不思議じゃないし......ロビンのお母さんて、元々行動力のあった人なんじゃない。それが、きっとロビンの気持ちをざわつかせてるのかも......自分の足で立って、自立しようとしてることに気づいて......きっとロビンは戸惑っているんだと思うよ。自分の母さんのことは......ちっとも解らないのに......ロビンの母さんの気持ちは、何故か解る気がするんだ......」

「ジュリー......」

「ねぇ、ロビン」

「なに、ジュリー」

「今は内緒かもしれないけど......きっとその内あんたの母さんは、話してくれるよ」

「............」

「あたしたち......もうすぐ十三歳になるんだよ。それ位は、解ってやれる年頃だと思うんだけどな」

ロビンは、驚いた顔でジュリーを見つめた。

ジュリーは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「君って......ぼくが思ってた以上に大人だね」

「そう?少しは、あたしのこと見直した?」

「うん。君の言う通りだな......と思ってさ」

「くよくよ考えてないで、あたしになんでも相談してね。親子関係の悩みに関しては、あたしの方が先輩なんだから」

「うん、そうだけど......ジュリーは母さんと話が出来る様になったの?」

「あっ、うん。ロビンのおかげでね。この間ロビンとふたりで、コンビニに行ったでしょう。あの日家に帰って来た母さんと、久しぶりで話をしたの。それからね......少しずつ母さんと会話ができるようになって、昨日は、あたしの冗談を聞いて、母さんが笑ったのよ。信じられる?ロビンと出会うまでは、あたしたちふたりとも、お互いのことを避けてばっかだったのに......それもこれもみんな、ロビンのおかげで、あたしたち上手くやれてるの......ほんと信じられないよ......ロビンありがとう。あなたは最高の友達よ」

ジュリーは、最高の友達よと言った後で、本当は友達以上の仲になりたいと思っていた。でも......今はまだ友達でいよう。その方がもっとロビンと仲良くなれそうだから。ジュリーは心の中で思った。

「ジュリーは話し上手だね」とロビンがいった。

「あんただって、聞き上手じゃない」

ジュリーは白い歯を見せて笑うと、ロビンの両手を握りしめた。

「子猫ちゃんはいなくなったわね。さぁロビン。玄関の掃除を始めましょう」

「うん、そうだね。今日は玄関の掃除が終われば、ぼくの自由時間なんだ。あとで城にある図書室へ連れていってあげるよ」

「えっ?この城には図書室があるの?」

「図書室には、イライザが、これまでに集めてきた沢山の、古い書物が置いてあるんだ」

「それって、素敵!」

「ジュリー、君って本が好きなの?」

「ええ、好きよロビン」

「えっ?あぁ......そうなんだ」

何故か、ロビンは顔を赤らめた。

「それならさっさと掃除をすませて、図書室へ行かなくっちゃね」

ジュリーが嬉しそうにいった。


 猫のサファイアは、ふたりの話に聞き耳を立てた後、一足先に城にある図書室へと入っていった。

「人間の子供って、複雑すぎて相手するのが疲れるよ。猫のことなら、何でもわかるんだけどな」

猫のサファイアは、独りごとを呟きながら、窓から差しこむ日差しに顔を向け、大きなあくびをした。

「ここはいい場所だな......雨も上がったことだし、あのふたりが図書室(ここ)に来るまで休んどこっと」猫のサファイアは、そう呟きながら体を丸めると、目を閉じ、あっという間に夢の世界へ入っていった。

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