ジュリーとサファイア(1)
その日は、午前中から雨だった。ジュリーは男物の黒い傘をさして、城へと向かっている所だった。
雨でぬかるんだ道を歩いていたせいで、ジュリーのスニーカーは汚れてしまった。
「やっぱり汚れちゃった......これ、お気に入りのスニーカーだったのに......残念だな」
「ほんとだね」
ジュリーの独りごとに、誰かが返事を返してきた。
「誰なの?」
声のした方を振り向くと、そこには猫のサファイアがいた。
「サファイア!」
「雨降りなのに、お気に入りのスニーカーを履いてくるなんて、ジュリーはおバカさんだね」
「サファイア!あんたしゃべるの?」
「そうだよ。君はロビンの友達?」
サファイアが聞いてきた。
「あ......そうだね。あたしは、ロビンの友達でジュリーっていうの。前に一度、城の庭で会ったことあるよね......」
「うん、そうだね」
「よろしくね、サファイア」
ジュリーは傘を左手に持ちかえると、前かがみになり、猫のサファイアに右手を差しだした。
するとサファイアは、ジュリーの差しだした右手に、自分の右足をのっけて「よろしくねジュリー。ぼくはサファイア。ニケはぼくの母さんなんだよ。ジュリーはぼくの母さんに会ったことあるの?」といった。
「あっ、残念だけど......ニケには会ったことがないの。会ってみたかったけどね......その頃(ニケがこの街にいた頃)あたしは、別の所で暮らしていたから、ニケに会うチャンスがなかったの。ほんと残念だわ......」
「ねぇジュリー、前足を退けてもいい?」
ジュリーは、サファイアに言われて、自分がまだサファイアの前足を握りしめたままなのに気づいた。
「ああっ、ごめんねサファイア。あたし力強いから......前足痛くない?」
「平気だよ。ぼくは『魔法猫』だからね」
「『魔法猫』って?」
「魔法猫も知らないの?」
「うん。知らない」
「魔法が使えるから、魔法猫っていうんだ」
「それで?」
「それでって、それだけだよ」
「それで、どんな魔法が使えるの?」
「ぼく空を飛ぶことが出来るよ!」
「すごい!あたしも空を飛んでみたい!」
「ぼくは猫だけど、君やロビンとお話が出来るし、イライザにお魚を焼いてあげることも出来るんだよ」
サファイアは自慢気に答えた。
「あんたイライザの猫だったの」
「イライザとぼくは友達だよ。イライザはもういないけどね......だから今は、ロビンがぼくの友達なんだ」
サファイアは、誇らし気に答えた。
「あたしは......ロビンと友達で、あんたはロビンと友達。だったら、あたしとあんたも友達だねサファイア」
ジュリーはもう一度、サファイアに右手を差しだした。
「君は女の子にしては、力が強すぎだよジュリー。女の子はもっと可愛くって、優しくってイライザみたいじゃないとね」
サファイアは、ジュリーが怒って傘を振り回す前に、その場から走って逃げだした。
「なんなのよ、あの猫!猫のくせにあたしのこと馬鹿にして!」
ジュリーは急いでサファイアの後を追ったが、サファイアの姿は見当たらなかった。
予想外のアクシデントで、ジュリーは五分ほど遅れて城にたどり着いた。
城の玄関の扉が開いて、ロビンが顔を覗かせた。ロビンの腕には、サファイアが抱かれていた。
「おはようジュリー。今日は雨だから、ここにはこないかと思ったよ。それに五分遅れで──」
ロビンの言葉を遮って、ジュリーがいった。
「五分遅れたのは、猫のせいなの!」
ジュリーは、ロビンに抱かれながら素知らぬ顔をしている、サファイアのおでこを、人差指でこづいた。
サファイアはロビンの腕から飛び降りると一目散に駆け出した。
「こらーーっ!待てーーっ!あたしに謝りなさいよ。逃げるなんて、ひきょう者ーーっ」
ジュリーの大きな声は、城中に響渡った。
「あらあら。猫を相手に喧嘩とは、貴女ほんとにおもしろい子ね」
ジュリーは思わず口元をおさえた。
よりによって、こんな所をロビンのお母さんに見つかるなんて──
最悪だわ......ジュリーは耳元まで赤く染めながら「大きな声をだして、ごめんなさい」といった。
「いいのよ、気にしないで。私は元気な子供たちが大好きなの」
ロビンの母親はそのまま城の外へ出て行った。
ロビンが少しだけ、嫌そうな顔をしたことにジュリーは気づいた。ジュリーは首を傾げて考えた。ロビンて......何が嫌で、あんな顔をしたんだろう。
時々だけど......ロビンのあんな顔見たことあるような......。やっぱりロビンは......お母さんに学校へ戻って欲しくないんだろうか。自分は学校へ行きたいと思ってるのに(本人は否定してるけど)母さんが学校に戻るのが嫌だなんて......ロビン手、意外と子供っぽいとこがあるのかも。
そんなことを考えながら、ジュリーは今気づいたという顔をして、ロビンにいった。
「えっ、サファイアと話をしたの?」ロビンは驚いて聞いた。
「ええ、そうなの。ここへ来る途中で、サファイアと出会って、それで少しばかり話をして、握手をしたら、あたしが女の子にしては力が強すぎるって、イライザは優しくて可愛いっていった後「女の子はイライザみたいじゃないとね」って、あいつあたしに言ったのよ」
「なんだ、それでそんなに怒ってたの」
「なんだはないわよ。あたしだって女の子なのよ。サファイアにそんなこと言われて、黙ってはいられないわよ。あいつの首根っこ捕まえて、謝らせるんだから」
「ジュリー......ちょっと怒りすぎだよ」
「いいえ、怒って当り前よ」
「そうかな......」
「そうなの!」ジュリーは腕組みしながらロビンの目を睨んだ。
「ジュリーは怒ってる顔より、笑顔でいる方が可愛いと思うんだけど......」
「......」ジュリーは、ロビンの言葉に怒りがすうっと消えていくのを感じた。
怒りが静まったジュリーは、なんでこんなに怒っていたのかわからないといって、ロビンに謝った。
「もしかして......サファイアに『怒りの魔法』でもかけられたんじゃないの」
「えっ?サファイアって......そんなことできるの」
「うん。だってサファイアは『魔法猫』だからね。サファイアは、滅多なことじゃ魔法を使ったりしないんだけど......君は特別みたいだね」
「そうか......あたし『魔法』をかけられたのか......」
ジュリーは興味深げな顔をしていった。
そういえば、サファイアに「どんな魔法が使えるの?」って聞いたけど、でも、いつ──
『魔法』を使ったんだろう......。




