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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第二章
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ジュリーとサファイア(1)

 その日は、午前中から雨だった。ジュリーは男物の黒い傘をさして、城へと向かっている所だった。


 雨でぬかるんだ道を歩いていたせいで、ジュリーのスニーカーは汚れてしまった。

「やっぱり汚れちゃった......これ、お気に入りのスニーカーだったのに......残念だな」

「ほんとだね」

ジュリーの独りごとに、誰かが返事を返してきた。

「誰なの?」

声のした方を振り向くと、そこには猫のサファイアがいた。

「サファイア!」

「雨降りなのに、お気に入りのスニーカーを履いてくるなんて、ジュリーはおバカさんだね」

「サファイア!あんたしゃべるの?」

「そうだよ。君はロビンの友達?」

サファイアが聞いてきた。

「あ......そうだね。あたしは、ロビンの友達でジュリーっていうの。前に一度、城の庭で会ったことあるよね......」

「うん、そうだね」

「よろしくね、サファイア」

ジュリーは傘を左手に持ちかえると、前かがみになり、猫のサファイアに右手を差しだした。

するとサファイアは、ジュリーの差しだした右手に、自分の右足をのっけて「よろしくねジュリー。ぼくはサファイア。ニケはぼくの母さんなんだよ。ジュリーはぼくの母さんに会ったことあるの?」といった。

「あっ、残念だけど......ニケには会ったことがないの。会ってみたかったけどね......その頃(ニケがこの街にいた頃)あたしは、別の所で暮らしていたから、ニケに会うチャンスがなかったの。ほんと残念だわ......」

「ねぇジュリー、前足を退けてもいい?」

ジュリーは、サファイアに言われて、自分がまだサファイアの前足を握りしめたままなのに気づいた。

「ああっ、ごめんねサファイア。あたし力強いから......前足痛くない?」

「平気だよ。ぼくは『魔法猫』だからね」

「『魔法猫』って?」

「魔法猫も知らないの?」

「うん。知らない」

「魔法が使えるから、魔法猫っていうんだ」

「それで?」

「それでって、それだけだよ」

「それで、どんな魔法が使えるの?」

「ぼく空を飛ぶことが出来るよ!」

「すごい!あたしも空を飛んでみたい!」

「ぼくは猫だけど、君やロビンとお話が出来るし、イライザにお魚を焼いてあげることも出来るんだよ」

サファイアは自慢気に答えた。

「あんたイライザの猫だったの」

「イライザとぼくは友達だよ。イライザはもういないけどね......だから今は、ロビンがぼくの友達なんだ」

サファイアは、誇らし気に答えた。

「あたしは......ロビンと友達で、あんたはロビンと友達。だったら、あたしとあんたも友達だねサファイア」

ジュリーはもう一度、サファイアに右手を差しだした。

「君は女の子にしては、力が強すぎだよジュリー。女の子はもっと可愛くって、優しくってイライザみたいじゃないとね」


 サファイアは、ジュリーが怒って傘を振り回す前に、その場から走って逃げだした。

「なんなのよ、あの猫!猫のくせにあたしのこと馬鹿にして!」

ジュリーは急いでサファイアの後を追ったが、サファイアの姿は見当たらなかった。

予想外のアクシデントで、ジュリーは五分ほど遅れて城にたどり着いた。


 城の玄関の扉が開いて、ロビンが顔を覗かせた。ロビンの腕には、サファイアが抱かれていた。

「おはようジュリー。今日は雨だから、ここにはこないかと思ったよ。それに五分遅れで──」

ロビンの言葉を遮って、ジュリーがいった。

「五分遅れたのは、(こいつ)のせいなの!」

ジュリーは、ロビンに抱かれながら素知らぬ顔をしている、サファイアのおでこを、人差指でこづいた。

サファイアはロビンの腕から飛び降りると一目散に駆け出した。

「こらーーっ!待てーーっ!あたしに謝りなさいよ。逃げるなんて、ひきょう者ーーっ」

ジュリーの大きな声は、城中に響渡った。

「あらあら。猫を相手に喧嘩とは、貴女ほんとにおもしろい子ね」

ジュリーは思わず口元をおさえた。

よりによって、こんな所をロビンのお母さんに見つかるなんて──

最悪だわ......ジュリーは耳元まで赤く染めながら「大きな声をだして、ごめんなさい」といった。

「いいのよ、気にしないで。私は元気な子供たちが大好きなの」

ロビンの母親はそのまま城の外へ出て行った。

ロビンが少しだけ、嫌そうな顔をしたことにジュリーは気づいた。ジュリーは首を傾げて考えた。ロビンて......何が嫌で、あんな顔をしたんだろう。

時々だけど......ロビンの()()()()見たことあるような......。やっぱりロビンは......お母さんに学校へ戻って欲しくないんだろうか。自分は学校へ行きたいと思ってるのに(本人は否定してるけど)母さんが学校に戻るのが嫌だなんて......ロビン手、意外と子供っぽいとこがあるのかも。

そんなことを考えながら、ジュリーは今気づいたという顔をして、ロビンにいった。

「えっ、サファイアと話をしたの?」ロビンは驚いて聞いた。

「ええ、そうなの。ここへ来る途中で、サファイアと出会って、それで少しばかり話をして、握手をしたら、あたしが女の子にしては力が強すぎるって、イライザは優しくて可愛いっていった後「女の子はイライザみたいじゃないとね」って、あいつあたしに言ったのよ」

「なんだ、それでそんなに怒ってたの」

「なんだはないわよ。あたしだって()()()なのよ。サファイアにそんなこと言われて、黙ってはいられないわよ。あいつの首根っこ捕まえて、謝らせるんだから」

「ジュリー......ちょっと怒りすぎだよ」

「いいえ、怒って当り前よ」

「そうかな......」

「そうなの!」ジュリーは腕組みしながらロビンの目を睨んだ。

「ジュリーは怒ってる顔より、笑顔でいる方が可愛いと思うんだけど......」

「......」ジュリーは、ロビンの言葉に怒りがすうっと消えていくのを感じた。

怒りが静まったジュリーは、なんでこんなに怒っていたのかわからないといって、ロビンに謝った。

「もしかして......サファイアに『怒りの魔法』でもかけられたんじゃないの」

「えっ?サファイアって......そんなことできるの」

「うん。だってサファイアは『魔法猫』だからね。サファイアは、滅多なことじゃ魔法を使ったりしないんだけど......君は特別みたいだね」

「そうか......あたし『魔法』をかけられたのか......」

ジュリーは興味深げな顔をしていった。

そういえば、サファイアに「どんな魔法が使えるの?」って聞いたけど、でも、いつ──

『魔法』を使ったんだろう......。

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